22. わたしは、好きよ?

 ネタが飛んでしまうと、ネタが飛んだことを指摘して、その珍しい事態を笑いにかえることがある。でもそれは、普段から舞台に立っているプロだからこそできる技術であって、ぼくたちのこの初舞台では、練習不足だと思われるに違いない。


 このまま強制終了というわけにはいかない。なんとか思い出さなければならない。しかし焦れば焦るほど、頭は真っ白になっていく。


 終わった。ごめん、栗林さん。けっきょく、しくじってしまうのは、ぼくの方だったんだよ。


「あ、みなさんにはお伝えしてなかったんですけど」

 と、栗林さんは、急に話しはじめた。


「わたしのセリフは、彼に言わされているんです。だって、わたしがこんな性格が悪いわけないじゃないですか。四条くんは、わたしに罵倒されたいんですよ、困ったことに」

「違うわ!」

「大丈夫、四条くんのほんとうにヤバイところは言わないから、安心して。毎晩のように、大量の電話をかけて愛の言葉をささやいてくることなんて、墓場まで持っていくから」

「誤解を招くようなことを言わないでよ!」


 アドリブだ。思えば、ぼくは舞台の外でも、ふだんから、栗林さんにツッコミを入れてきた。だからもう、自然と、ツッコんでしまう。


「それはともかく、話を戻すんだけどね。なにか偉業を成し遂げたり、大きな発見をしたり、世界を揺るがすような事件に関係したりしなくても、教科書に載る方法があることに気付いたわ」

「ええと……それは?」

「教科書の編者になるのよ」

「教科書を作るってこと?」

「そうよ。でも、わたしには教科書を作れるほどの知識はないし、あっ、もちろん四条くんよりは圧倒的に賢いのだけど」

「一言おおいよ!」

「だからね、新しいジャンルの教科書を作ろうと思っているから、その構想をあとでメールで送るわね」

「いまここで言いなさいよ!」

「四条くんのメールアドレスと電話番号が、中学生のときに好きだった子のニックネームと出席番号なのはともかく、折角だから、ここでお披露目しましょうかね」


 戻った。もとのネタの道筋へと。そしてまた、ぼくたちの漫才は加速していく。


「わたしは内容を考えるから、四条くんが、本文を書いてね」

「ふたりで作るんだ!」

「でも、四条くんに紙の辞書が使えるか不安だわ。ぶ厚い本を見ただけで倒れてしまうって聞いてるし」

「だれにだよ! あと、パソコンを使えば楽勝だよ!」

「まさか、四条くんにパソコンが使えるとは思わなかった。あのね、パソコンの電源を切るときは、ボタンのようなところを押すんじゃなくて、シャットダウンっていうのを選ぶのだけれど……分かる?」

「分かるよ! ぼくをなんだと思ってるんだよ!」


 ぼくたちの漫才は、もう、クライマックス。寂しい。この漫才を披露するのは、最初で最後なのだ。ぼくのセリフは、あと、ふたつしかない。


「このままだと栗林さんのことを嫌いになりそうだから、もうこのあたりで止めさせてもらいます」


「えっ? わたしは、四条くんのこと、好きよ?」


 は?――いやいや、違う、違う。そうじゃない。『まだまだ罵り足りないんだけど』「罵るのが目的だったのかよ! もういいよ!」――そしてふたりで、「どうも、ありがとうございました」で終わるはずだろ。なんで、愛の告白なんかしてんの? 会場もちょっとざわついてるぞ。


「だって、好きなだけ罵っても、反撃してこないんだもの」

「そっ、そういうことかよ!」

「ストレスの解消になるわ」

「もういいよ!」

 なんとか、言葉を返すことができた。


――どうもありがとうございました。


 ぼくたちの漫才は終わった。

 万雷ばんらいの拍手を背に、ぼくたちは、舞台袖へと引っ込んだ。


 なんだったんだ。あのアドリブは?

 栗林さんは平然とした顔をしたまま、ペットボトルに口をつけて、かわいた喉をうるおしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る