21. ありがとう、センターマイク

 ぼくはこう言うだけでいい。


「ごめんなさい、できません」――と。

 自分たちの責任を果たせないことを、平謝りしながら。


 いや、ここまできたら、なにかをしなければダメだ。しかし漫才はできない。ふたり以上でするのが漫才だ。でも、これだけは分かる。


 センターマイクは、いらない。


 実行委員のひとりがセンターマイクを回収し、向こうの袖へと持っていく。会場は少しの間、ざわついた。これから、この観客たちは冷ややかな目線をぼくに投げかけ、多くの人たちがここから去ってしまうことだろう。


 しかし――センターマイクが、向こうの袖からふたたび現れた。全身がしびれた。震えていた足が、一歩、また一歩、ぼくを舞台の中央へと運ぶ。もう、身についてしまった習性。へ、引き寄せられていく。

 彼女は、両手で運んできたセンターマイクを下ろした。ぼくは、右手でマイクの高さを調節し、ぐちゃぐちゃになった頭の中を、換気する。


 なんで、身だしなみを整えてきてんだよ。少しは、焦れよ。この一連の流れが、想定通りのように振舞うなよ。


 でも、来てくれて、ありがとう。待ってたよ。


 いや、それがぼくの第一声ではない。ぼくたちは誰だ?

 そう、ぼくたちは――

「どうも、2年4組のエイリアンです」

 栗林さんも、そうだろう?

「よろしくお願いします」


「さあ、四条と栗林さんで、がんばっていきましょう」

 拍手が、ぼくたちに向けられた。


「ねえ、四条くん。手っ取り早く、歴史上の偉人になる方法を考えたんだけど、ちょっといまからやるわね」

「まって、まって。どういうこと、どういうこと?」


 これはきっと、文化祭という特別な場所の力だ。高揚感のせいだ。ネタの入りだけで、笑い声が響いてくる。

 それは違うわよ?――と、栗林さんは伝えてくる。彼女の左手が、ぼくの背中をポンと叩いた。


「生き様がエイプリルフールな四条くんにも分かりやすく説明するとね」

「よく分からないけど、バカにされてる?」

「ウソばかりついて生きてるってこと」

「そんなことないけど!」

「四条くんがいままで我が物顔で提出した課題は、妹さんがやってくれたものだということはともかく、話を進めるのだけど」

「そんなわけないだろ!」


 ぼくは、この漫才を楽しんでいるのだろう。観客席がクリアに見える。

 妹は、ほんとうに、良い席を取ってくれている。

 あのノートパソコンの向こうに、ふたりはいるのだろう。ちゃんと、ぼくたちの漫才を見ることができるよう、セッティングされている。


「四条くんの書きめが『虚偽報告』だったのはともかく」

「画数が多いから逆にすごくない?」

「逆にの意味が分からないけど、話を戻すわね。わたしはこれから、新しい大陸を見つけた冒険家になるから、四条くんはパトロンをやってほしいの」

「たしかに、大発見をすると教科書に載りますからね」

「でも、いまさら新しい大陸なんて見つけられないから、適当にでっちあげるわ」

「文字通りの虚偽報告じゃん!」


 笑い声が連鎖していく。そしてそれに引き寄せられるように、舞台の方へと人が集まってくる。ぼくのセリフが早口になると、栗林さんが背中をポンと叩いて報せてくれる。よく冷静にいられるな、と思う。


 大切なコンテストの舞台で、センターマイクを片手に担いで舞台にやってきた、破天荒な漫才師がいた。

 お笑いのことしか考えていないのではないかというくらい、絶え間なくボケを繰り返す相方を、コントロールしきれていないツッコミの彼。

 一見、無茶苦茶なことをしている彼らには、あるひとつの掟があるという。


 会場全体を、笑いの糸でぐるぐる巻きにすること。


 ぼくたちの漫才は、足並みを揃えるようにお互いに気をつけながら、台本通りに進んでいった。


 ぼくたちは、尊敬する漫才師たちのように、テクニカルに笑いを取れるわけではない。ネタも、比べられるほど凝ったものではない。

 でも、たしかに、笑い声が聞こえてくる。


 ぼくたちは、見世物としてのエイリアンではない。プロテスタントとしてのエイリアンだ。


 ここまでくるのに、いろんなことがあった。でも、それがどうしたというんだ。

 この一時、漫才をしているあいだに考えるべきことは、目の前の観客を笑わせることだけだ。


 ふたりのエイリアンが作った漫才が、この屋外ステージをかせている。その実感が、たしかにある。手応えがある。


「四条くんは、超有名な絵描きをやって。わたしは、世界史と美術の教科書に掲載される、モデルの役をやるから」

「具体的な配役を指示されたけど、なにをどうすればいいか分からないな……」

「ごめんなさいね、四条くんの想像力の限界を公然に晒してしまって」


 栗林さんのトゲのあるボケに、ぼくはツッコミを入れていく。

 ぼくが「かわいそう」に見えてしまったら、笑いは生まれなくなる。だから、大声で大袈裟な身ぶりで、突っ込んでみせる。


 しかし――それは、突然やってきた。


 ぼくは急に、言葉を発することができなくなった。いままで流れるように進んでいた漫才に、急にブレーキがかかった。


 あれ? 次のセリフがでてこない。

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