12. ダイナマイト柑橘類

 一昨年の年末の漫才コンテスト。結成4年目のコンビが最終ステージに進み、そして優勝を果たした。


 ぼくの印象としては、ツッコミのダイオウ・イカのセンスがなければ、ヒモノ・ルイの繰り出すボケはこんなに輝かないと思った。つまり、この天才的な漫才師ふたりの組んだ「ダイナマイト柑橘類」は、とても参考となるコンビだった。


 ダイオウ・イカは、先月号の『ネオ・エンタメカルチャー(イズ・ディス)』のインタビューでこんなことを答えていた。


《ぼくのツッコミの師匠は、「ヴィ・バ・ラ」のマハさんです。テレビではじめて「ヴィ・バ・ラ」を見て、漫才師になってツッコミをしたいと思ったんです。高校3年生のときです。大学に進もうと受験勉強に励んでいたころだったんですが、それどころじゃないと(笑)。お笑い養成所に、勝手に願書を出したんです。親は反対していました。大学には落研おちけんがあるし、いまテレビでも大学お笑いが注目されているんだし、賞レースだって、その人たちが結果を残しているじゃないか、などと言われました。でも、ぼくは今すぐにでも、漫才師になりたかった。だから、同級生のヒモノのケツを叩いて文化祭で漫才をやって、両親に見せつけてやったんです》


 もう解散してしまった「ヴィ・バ・ラ」のマハ。ピン芸人になった途端に鳴かず飛ばずになってしまい、お笑い芸人を引退してしまった彼女の消息は、調べてもでてこない。


《マハさんがぼくたちの漫才を偶然見つけてくれたみたいで、それは、他の芸人の先輩を通して聞いたことなんですけど、本当に嬉しかったです。あの舞台では、審査員の方々から高評価をいただいたんですが、マハさんに褒めていただけたことの方が、嬉しいかもしれません(笑)》


     *     *     *


 落研おちけん主催のお笑いライブ。十月中旬の青空のたもと。ゲストで招かれた「ダイナマイト柑橘類」のこの漫才を見て、笑わない観客がいるのだろうか。そんなこと、確かめている余裕はない。おもしろい。この五文字と割れんばかりの笑い声が、漫才師に対する最大の褒め言葉だ、喜びだ。いま、彼らはきっと、最高の興奮のなかにいる。


 過去、年末の漫才コンテストのトップバッターで優勝を果たしたは、4人しかいない。初回大会以来、二組目のトップバッターでの優勝者が「ダイナマイト柑橘類」の2人だ。


 まだ温まりきらない会場を、一気に沸き立たせる漫才。それをこの場でも披露してくれている。決して手を抜かない。何度もしているネタでも流さない。漫才に対してストイックな彼らだからこそ、この大学生たちと変わらない若さで、お笑いシーンの最前線を走ることができるのだ。


《豪勢な古本料理》《一貫した粘土細工》《歌手兼錬金術師》など、漫才の文脈のなかだけできらめくツッコミのパワーワード。いったい、どういう風にネタを作っているのだろう。《グミの躍り食い》《微笑の崩壊》《渡り鳥のダンシングパーティ》――短くて、予想を裏切りまくるキレキレのツッコミ。


「どういうツッコミ方をするんだろう?」というわくわく感が果てることはない。眼をつむって全速力で二人三脚で走っているかのような、息の合いかた。ふたりは、くっつくべくしてくっついた、最高の相方どうしなのに違いない。終わらないでほしい。ずっと、ふたりの漫才を見ていたい。

 しかし、夏休みの終わりのような感傷的な寂しさが、やってくる。


「どうも、ありがとうございました!」


 鳴り止まない拍手。このあとふたりは劇場に戻るのか、別の営業に行くのか、テレビの収録なのか――分からないけれど、ステージから去り、代わって司会者が壇上にあがった。そしてこう言った。


「少しインターバルを挟んで落研のライブは再開します。このインターバルの時間なんですが、このなかに『してみたい』という猛者もさはいませんでしょうか!」


 どこか、冗談めいた口調。観客席からは失笑と、「いるわけないだろー!」というな声が聞こえてくる。


 そのとき、ぼくの携帯が何度も震動した。栗林さんからの電話だ。しかし、出る前に切られてしまった。

 そしてすぐにテキストメッセージが送られてきた。


《四条くん、行くわよ》


 栗林さんは最前列にいた。手を上げて司会者に「やらせてください」と言っている――みたいだ。人混みをかきわけて、ぼくも舞台の方へと向かった。


「いる……みたいですね。うちの学生ですかね……ええと、高校生! 漫才を披露したい? きみ、相方さん? ネタ合わせの時間を少し取りますけど……分かりました。オッケーです。それでは、2分後くらいに。皆様! 高校生のおふたりが漫才を披露してくれるそうです!」


 舞台裏。観客たちのざわめきが聞こえてくる。

 落研の人たちは「がんばってね」と声をかけてくれた。


 練習してきた長尺のネタを、4分にまとめる。たった2分の打ち合わせでできるのか分からない。

 でも不思議なことに、緊張はない。ぼくはいま、になっていて、いまだったらなんでもできるという気持ちになってしまっている。

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