08. ウェスト・ツリー・ツリー・ツリー

 いままで大紀と良彦と共にしていた昼食。ふたりが入院してからはひとりで食べるようになった。しかしいまは、栗林さんと「生徒指導室」で一緒に食べている。


 これには、こういう事情があった。ぼくと栗林さんは、昼休みになるとふたりで漫才のネタ作りをしているのだが、周りからの好奇の視線と、こちらに聞こえてくる――というより聞こえさせようとする「ひそひそ話」に気を取られがちだった。なかには、ぼくたちをわらさげすみ、栗林さんにまで冷笑を加える言葉もあった。


 そのことを無花果いちじく先生にこっそりと伝えると、文化祭の出し物の準備をするという名目に、昼休みの間、この「生徒指導室」の使用を特例で許可してくれることになったのだ。それはぼくたちをからかっている同級生たちへの、ひとつの牽制になったみたいだったが、逆にいえば、大っぴらにりもしない噂やゴシップをささやき合える機会を作ることにもなった。


 しかし、栗林さんはぼくの前では、そんなことにはうろたえていない様子を見せていた。


「わたしたちは『エイリアン』だから、どうやったってあのクラスに快く迎えられないのよ。どうせあと一年少しで関わり合いにならない人たちなんだから、どう思われようが知ったことじゃない。わたしたちには、もっと大切にするべきことがあるんじゃないの?」


 周りからの過度なからかいにひるんでいたぼくに、栗林さんはこう言ってくれた。


     *     *     *


「やっぱり考えてみたんだけどね」


 購買部の横の自販機で買ったイチゴミルクのパックにストローを突きさしたあと、栗林さんは口を開いた。

 栗林さんは、弁当のなかのものを食べている間は、決してなにも話すことはなかった。


「ネタのなかで『四条くんは、そう思わないの?』とか『栗林さん、それは違うんじゃない。ねえ?』とか、お互いを名字で呼び合うのは、観ている側からしたら、よそよそしさのようなものを感じてしまうんじゃないかと思うの」

「コンビなのに距離感が遠く見える……みたいな?」

「そう。だから一体感を高めるというか、信頼関係のあるコンビであるということを分かってもらうような呼び方がいい気がする。そうした一体性みたいなものは、ネタを見てもらう上での、一種のスタートラインみたいなものだと思うから」

「だとすると……『あんた』とか『お前』とか、そういう呼び方はよく聞くけど、ぼくたちみたいな高校生だと、違和感というか、暴力的な感じがするよね」

「けど、お互いが下の名前を呼び捨てみたいな、カップルみたいな感じは見ていて不愉快に思うひともいるだろうし、少なくともわたしは不愉快だから、止めたほうがいい」


 その言い方は、ちょっと傷つく。

 しかし、お互いの呼び方か。たしかにそこに気をつけないと、肝心のネタの内容を見てもらう手前で戸惑わせてしまうかもしれない。


「だから、わたしの考え方としては……わたしから四条くんに対しては『四条くん』という呼び方で、四条くんの方は、例えば『芽依さん』という風に下の名前で呼ぶのはどうかしら?」

「えっ、下の名前?」

「そう。四条君は、いやかしら? 少なくともわたしは、四条くんを下の名前で呼ぶのはいやだけれど……」

「さっきから、ひどすぎません?」

「マーケット・アドバンテージくんにしようかしら?」

「マーケット……? ああ、『市場有利』ってこと。あのプリントのミスタイプのやつ」

「ミスタイプ? 芸名をそれにしたんだと思ってた」

「いやいや。ていうか発音したらどちらも『しじょうゆうり』だから。変わらないから」

「よく分からないツッコミだけど……あれを見たとき、ちょっと引いた。暴走族の人たちの当て字の方が芸術的に見える」

「ほんとうに、ひどくないです?…………芽依さん」

「ひゃっ、わわっ」

「芽依さん?」

「ひゃい!」


 栗林さんは、普段のクールな感じを一気に赤く染め上げて、奇妙な声を上げた。下を向いて、両手で顔を隠している。肩まである髪が前の方へと垂れて、美しい陰を作っている。


「四条くん、やっぱり、わたしも芸名にするわ。ウェスト・ツリー・ツリー・ツリーにする」

「漢字組み立てクイズ?」

「下の名前で呼ぶのは、禁止」

「えっと……どうして?」

「どうしてもダメ」

「だって、栗林さんが提案したんじゃ……」

「やっぱり恥ずかしいのよ、家族じゃないひとにそう言われるの」


 じゃあどうすれば?――とこうとしたとき、無花果いちじく先生が入ってきて、そろそろ授業に行くようにとかされた。

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