エピローグ

 渡月橋の下では、傷だらけになった若い女が川の中で座り込んで静かに涙を流し、それを若い男が見守っている。それを遠くから眺める三本足の烏は溜息をつくようにカァと鳴いた。いつの間にか西の空も赤く染まり、川の水は燃える血のように紅に染まっていた。


 久世大智は満足に人生を終えられただろうか。未練は無くなっただろうか。今まで数千年の間八咫烏は幾度となく、理不尽な死を遂げ未練を残した者達に、霊としてのチャンスを与え続けてきた。その力を生かすも殺すも彼ら次第。その鳥が、導きの象徴である八咫烏と見るか、あるいは不吉の象徴である二本足の烏と見間違うかは、見る者の意識次第であって八咫烏が決められることではない。二人がよろよろと川岸に上がって来るのを見ながら、飛び立つことなく八咫烏は羽を休めていた。


「ねえ、あそこに留まってる烏、足三本に見えない?」


 川から上がって来た、ずぶぬれになった傷だらけの若い女が言った。


「まさか。気のせいじゃない?」


 男は、疲れたという風に、その場に座り込んだ。女は打撲傷だらけの足を引きずりながら八咫烏の方へと近づいて来た。


「ほら、やっぱり。突然変異かなぁ?」


 数メートル離れて八咫烏を見ていたその女に、八咫烏は語り掛けた。夕焼けが女の背を燃やしていた。


「私と契約をしないか?お前が死んだ後、一週間だけ幽霊として復活することが出来る…。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

愛と憎悪の路地を食う 日野唯我 @revolution821480

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ