第161話「飯が美味いけど日本に帰る」

「思ったんだけどさぁー」


「なんだよ」


 空の旅を楽しむこと1時間、風を切り裂くように飛んでいた俺に、雫が声をかけてくる。


「地理の授業で習ったんだけど、ソレルの街ってミステール王国でしょ? リステル魔法王国からめっちゃ遠いじゃん! なんで転移使わないで空を飛んでるの!?」


 ……ツッコミが入るのがおせぇな。


 確かに、転移ならたったの20分でソレルの街まで行けるのだが……。


「あのなぁ……転移を使うってことは、さっきみたいに盛大にお別れをしたあと、そのまま部屋に戻って全裸待機するんだぞ? 色々と台無しだろ」


「そ、それは盲点だった!?」


「せっかく俺もお前も飛行手段を持っているんだから、皆の前でバーッと上空に飛び立ったほうがカッコいいだろ?」


「確かに!? アニメの最終回みたいで気持ちよかった! 流石お兄ちゃん……天才かな?」


「おう、それに異世界空の旅ってのもなかなか乙なもんだろ? ほら、あれを見ろよ」


 俺は雫に体を寄せて、空高く指を差す。


 そこには、どこまでも澄み渡る青空と、白く輝く太陽……そして、その太陽に照らされるように黄金に輝く巨大なドラゴンの姿があった。


「うわーーーーっ! なにあれ! カッコいい!!」


「この世界最強のドラゴン"皇龍ウルリカナリヴァ"だ。温厚な性格をしていて、ああやって自由に空を飛び回っているんだ」


「ユニペガっ! ちょっとスピード上げて、あのドラゴンの近くまで行って!」


『ヒヒ~ン』


「おい! いくら温厚な皇龍だからって、ドラゴンに無闇に近づくなよ!?」


 無知蒙昧というか、恐れ知らずというか……。


 俺は雫に忠告したが、時すでに遅し。彼女は既にユニペガを加速させて皇龍に迫っていた。


 慌てて俺も後を追うと、ウルリカナリヴァは俺達の姿を見つけて、ゆっくりと高度を下げてくる。


 そして、挨拶をするように小さく鳴くと、その巨大な頭をこちらに向けて近づけてきた。


「あ、頭いいんだ~。それに、近くで見ると予想以上に大きいね!」


 雫はウルリカナリヴァの頭部に近づくと、恐る恐る手を伸ばす。


 すると、彼女は舌をべろりと出して、雫の手を舐めた。どうやら、このドラゴンは雫のことを気に入ったようだ。


 ウルリカナリヴァは長い首を回して自分の胴体に生えている立派な黄金の鱗を一枚毟り取ると、雫の小さな手のひらに乗せる。


「え? これくれるの? ありがとう!」


 雫は笑顔で礼を言うと、皇龍は嬉しそうに大きな翼を広げて、再び空高くへと飛び上がっていった。


 俺と雫は、手を振って去っていくドラゴンを見送る。


「な、異世界空の旅も悪くないだろ?」


「うん! 最高だよ、お兄ちゃん!!」


 俺達は笑い合うと、再び空を駆ける。


 異世界の空はどこまでも青く澄み渡り、爽やかな風が優しく頰を撫でていった。





「ふ~、到着っと」


 ゆっくりと時間をかけて空の旅を終えた俺達は、ついにソレルの街へ到着した。


 委員長とフィオナの店の前に位置する広場に、俺と雫は音もなく着地する。


 すると、広場を見回っていたウェインが、こちらに気付いて声をかけてきた。


「お、ソフィアちゃんじゃねーか! ん……そっちの娘は初めて見るな。へへ、俺はウェイン。この街で警備を担当してるんだぜ。どうよ、今晩俺と――」


『ヒヒーンッ!!』


 ――ドゴォオンッ!!


「ぶげぁーーッ!?」


 ウェインが雫の肩に馴れ馴れしく手を置いた瞬間、ユニペガの強烈な後ろ蹴りが彼の股間に直撃した。


 彼は錐揉み回転しながら広場の外へと吹っ飛んでいくと、遠くに見える岩盤に激突し大きなクレーターを作る。


『ブルルルッ!』


「ユニペガ、駄目でしょ! ちょっと肩に手が触れたくらいで蹴ったりしたら……」


 うーむ……。大分気性が安定したと思っていたが、雫に下心全開で近寄って来る男には容赦ないな。


 雫のやつ、こいつがいたら一生彼氏とかできないんじゃないか?


 ウェインは下半身だけが岩盤から突き出た状態で、ピクピクと痙攣している。


 あいつはあれでいて頑丈だから命に別状はないだろうが……蹴りを喰らった場所が場所だし念のため回復魔法をかけておいてやるか。


「神聖なる光よ、癒しの矢となって彼の者を撃ち抜け――"ヒールアロー"!」


 俺は弓を構えるように呪文を唱えると、ウェインに向けて治癒魔法を放った。


 放たれた光の矢は見事彼のケツに突き刺さり、そこから全身が光り輝くと、彼は岩盤から自力で這い出してくる。


 抗議の視線をこちらに向けたウェインだったが、ユニペガが嘶きながら前足で地面を掻き始めると、股間を隠してそそくさと立ち去っていった。


「まったく……何やってんのよアンタは」


「あ、フィオナ。ただいま帰りました!」


 いつの間にかフィオナが俺達の側に来ていた。


 彼女は腕を組んで溜め息を吐くと、俺の隣にいる雫に視線を向ける。


「この娘が例の異世界人の知り合い?」


「わわ! 写真で見たエルフの人だ。初めまして、私の名前は山田雫です!」


「初めまして、雫。私はフィオナ、この街で食事処を経営している者よ」


「そして私の親友です!」


 俺は肩を組んでフィオナの頬に自分の頬をくっつけると、彼女は少しうざったそうにしながらも、まんざらでもない顔をした。


「それよりソフィア聞いた? マサヒコの話は」


「え……? 草壁のおじさんがどうかしたんですか?」


 草壁正彦氏。


 元並木野洋菓子店の店主であるおじさんで、今は委員長の洋菓子の師として、『陽だまり洋菓子店』の店長代理をしている彼に、何かがあったのだろうか?


 嫌な予感がして、俺はフィオナに詳細を尋ねた。


「うーん、直接本人に会ったほうが早いわ。彼、今お店にいるから、一緒に来て」


 フィオナに連れられ、俺達は陽だまり洋菓子店の中へと入る。


 店の中は、以前来たときより更に洗練された雰囲気を醸し出していた。


 カウンターには美味しそうなケーキが綺麗に並べられており、店内に漂う甘い香りは食欲をそそる。


「うわー、日本のお店と全然変わらないじゃん! すごー、ここが委員長のお店なんだ」


 雫も店内の設備を見て、感激の声を上げていた。


 俺達がキョロキョロと店内を見回していると、奥から委員長が姿を見せた。俺と雫に気が付くと、彼女は嬉しそうにこちらへやってくる。


「雫ちゃん久しぶり!」


「委員長も! 元気だった? 三上くんとは仲良くやってる?」


 2人はきゃいきゃいと手を取り合って、再会を喜んでいた。


 俺とフィオナはそんな彼女達を微笑ましく眺めながら、草壁のおじさんのいる奥の厨房へと進む。


「おや、ソフィアさん。それにフィオナさんも、こんにちは」


 そこにはコックコートを着た草壁おじさんが、ケーキの仕込みをしていた。


 彼は俺とフィオナの姿を見ると、手を止めて挨拶をしてくれる。


「こんにちは草壁のおじさん。あの……フィオナから何かあったと聞きましたが」


「え……? も、もう聞いちゃったんですか?」


「まだ内容までは話してないわよ。どうせそのうち話さなきゃいけなくなるんだから、早いほうがいいでしょ」


 フィオナはそう言いながら、草壁おじさんの背中をバシッと叩く。


 すると、彼は言いにくそうにもごもごと話し始めた。


「あの、ソフィアさん……私にソレルの街の永住権を頂けないかと思いまして」


「え!? それはいいですけど、2年後には地球に帰るんじゃなかったんですか?」


「実は、こちらに骨を埋めようかと考えているんです……」


 これは意外な展開だ。


 まさか地球出身のおじさんが、この世界に永住したいと言い出すとは……。


 確かにソレルの街は急速に発展しているし、俺が日本から色々な物資を輸入できるから、生活に困ることはないだろうけど、それでも娯楽もまだ殆どないこの街に、何故おじさんは永住を決めたのだろうか?


 俺が不思議そうな表情で見ていると、彼は少し照れながら厨房の奥で掃除をしている娘に手招きをした。


 ニーナだ。


 俺達が初めて採用した従業員で、前はフィオナの店で働いていたのだが、今はこうして陽だまり洋菓子店の店員として働いている。


 ニーナはこちらに気づくと、ぺこりと頭を下げて俺達の側までやってきた。


 そんな彼女の様子を、草壁のおじさんは優しい瞳で見つめている。


 こ、これはもしや……。


「う、うん……。実は彼女……ニーナと結婚しようと思っていまして」


「ええーーっ!?」


 俺の大声が厨房内に響き渡った。





 ニーナと草壁のおじさんの婚約記念ということで、今日は『陽だまり洋菓子店』も『森の妖精亭』も臨時休業となり、盛大なパーティが開かれることになった。


「まさか初の異世界カップルがこの2人になるとは……」


 森の妖精亭でフィオナの作った料理を食べながら、俺はしみじみと呟く。


 ことの始まりは草壁のおじさんが、ニーナにルディア語を習い始めたことからだった。


 地球育ちのおじさんにとって、この世界の言葉は難しい。だから店員であるニーナに毎日つきっきりで教わっていたのだが……。


 元々お菓子に興味があったニーナは、この世界ではありえないレベルのおいしいお菓子を次々と作り出すおじさんの腕に、尊敬と同時に異性としての好意も芽生えていったらしい。


 そこからニーナの猛アタックが始まった。


 だが、ニーナは17歳だ。地球出身のおじさんからすれば、アルバイトの女子高生が父親ほど年の離れている自分にアプローチしてきているようなもので、なかなかその好意を受け入れることができなかった。


 しかし、こちらの世界では15歳が成人であり、成人と同時に結婚する女性も珍しくない。


 ニーナからすれば、自分は十分大人の女性という認識であり……おじさんの煮え切らない態度に業を煮やした彼女は、ついに夜中に彼のベッドに潜り込んでしまったのだ。


 そして――


「うーむ、真面目なおじさんの性格だと責任を取らずに逃げ出すという選択はありえないでしょうし、これはニーナの作戦勝ちですね」

 

 まあ、おじさんも年齢差を気にしていただけで、実際はニーナに惹かれていたみたいだし、結果オーライかな。


 地球だと周りから何か言われそうなカップルだとは思うが、こちらの世界ではよくある話だし、2人が幸せなら何も問題はないだろう。


 おじさんはしばらくこのまま委員長の師として、お菓子作りの技術を彼女に教えながら、その期間が終わったら街の反対側に彼の店を構えることに決まった。


 これでこの街の食事情が更に充実しそうで、俺も楽しみだ。


「ちょっとソフィア、暇なら手伝ってくれない? 料理の量が多くて困ってるのよ」


「ええ、構いませんよ」


 店の中には、街の代表代理であるエヴァンや彼の片腕の三上くん、それにエルクら農業関係者やウェインなど警備担当の者達も集まって大賑わいだ。


 外では頭にポメタロウを乗せたドラスケと、雫とルルカを背に乗せたユニペガが走り回っており、皆が楽しそうに騒いでいる。


 フィオナは彼らの料理を作るのに大忙しで、俺はそんな彼女を手伝うために厨房へと向かった。



「……あら? ソフィア、前より料理の腕が上がってるじゃない」


 俺の作った一品を一口食べたフィオナが、感心するように呟く。


「え~、そうですかねー」


「うん、美味しいわ。これなら料理人としてもやっていけるレベルよ」


 まあ……実はこっそり"料理の才能"のギフトを入手したからな。


 え? どうやってって? うるせー! 秘密だ!


「ミリアム姉さんも……こうやって美味しいご飯を毎日食べていれば、悩みなんて吹き飛んでいたでしょうに……」


 フィオナにはことの顛末は話してある。


 俺から話を聞いた彼女は、悲しさと悔しさが入り交じった複雑な表情を浮かべていた。


「そう……ですね。きっと、そうだったかもしれないですね……」


 美味しいご飯は全てを解決する。


 もしフィオナがもっと早く料理人になっていたら、違った結末になっていたかもしれない。


「あー、やめやめ! ミリアム姉さんはいつか帰ってくるんでしょう? ならば私達は、それまでにもっと美味しい料理を作れるようになって、食べさせてあげればいいだけよ」


「ええ、そうですね。……さあ、できましたよ!」


 俺達は完成した料理を手にして厨房を出ると、皆が集まるテーブルへと持っていく。


 すると、それを見たエヴァンが嬉しそう声を上げた。


「もしかしてソフィアの手作りかい!? いやー、楽しみ――」


「いただき! もぐもぐ、むしゃむしゃ。へへ……ソフィアちゃんの初めては俺が貰ったぜ」


「ウェイン! お前!!」


 エヴァンの皿から料理をかっさらったウェインは、彼の怒りの鉄拳を食らって地面に沈んだ。


 皆はその様子を見て大笑いし、俺もフィオナと顔を見合わせて笑う。


 こうして、俺達の賑やかな宴は朝まで続いたのだった。





「さて、ユニペガ。お前はこの街に置いていかなければなりません」


『ヒヒン?』


 翌日、日本に帰るための準備を終えた俺は、ユニペガにそう切り出した。


 俺の言葉に、彼は首を傾げるような仕草をする。


 生まれた当初より気性も安定し、雫の調教のお陰で俺と普通に会話できるようにまでなったユニペガだが、やはり種族の本能には逆らえないのか……俺に触れられると数分も持たずに嫌がって暴れだす。


 これでは到底20分間の転移には耐えられず、日本に連れていくことはできない。


 まあ、実は裏技もあると言えばあるのだが……ここはソレルの街に残していくのが一番だろう。


「お前はルルカに預けますから、彼女の言うことをよく聞いていい子にしていて下さいね」


 だが、俺の言葉に雫が問題ないとばかりに口を挟んできた。


「ふふん、お兄ちゃん。ユニペガなら大丈夫だよ。ユニペガ、あれを見せてあげて!」


『ヒヒーーン!』


 雫の頼みにユニペガは元気よく鳴き、その身体を光らせると……。


 なんと、その身体がみるみる小さくなっていき、柴犬程度の大きさになったのだ。


「これなら私が抱いて持っていれば転移できるし、日本の家で暮らすにも邪魔にならないでしょ?」


『ヒヒ~ン♪』


 雫は小さくなったユニペガを胸に抱きかかえると、その頭を撫でる。


 ううむ……雫と一緒にいたいがために新たな技を生み出してしまうとは……。こいつ本当にスペックだけは高いな。


 しかし、確かにこれなら山田家でも飼えるサイズだし、ニオも面倒を見てくれるだろうから、問題はなさそうだ。


「しょうがないですねー。では、そろそろ日本に帰るとしましょうか」


「うん! なんだか凄く長い間、異世界にいた気がするね。でも魔法学園は楽しかったし、フィオナさんのご飯は美味しかったから、また来たいな」


 ちょっと前まではマズ飯しかない世界だったなんて、フィオナの料理を食べた雫には信じられんだろうなー。


「ご飯は美味しいですが、向こうで皆が待っていますからね」


「そうだねー。空とか絶対寂しがってるよー」


 俺達は服を脱いで全裸になると、転移の準備を始める。


 さあ、家族の皆が待つ日本に帰るとしようか!


 手を繋いでしばらく待機していた俺達の身体が、淡い光に包まれていく。


 そして、俺達の姿は光とともにこの場から消え去ったのだった――。





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これにて四章は終了です。ここまで読んでくれた皆様、本当にありがとうございます。

ここまででちょっとでも『面白かった!』『続きが気になる!』と感じて頂けたならば、ぜひともフォローや★★★評価、感想等で応援して下さいますようお願い申し上げます!



【お知らせ】

大変申し訳ないのですが、作者多忙のため、次章更新は少し時間がかかりそうです。

完結はさせるつもりですので、再開まで今しばらくお待ち下さい。



次回、第五章『TSクソビッチ、黄金郷へ行く』お楽しみに!

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