第157話「第三の王印」★
俺が左手の人差し指に力を込めると、「ダンッ!」という音とともに、ミリアムの左腕から鮮血が舞い散った。
「うぐっ……! な、なに……を……!?」
ミリアムは左腕を抑えながら、目を見開いて絶句している。
俺と彼女の距離は優に20メートルは離れていた。
この距離から魔力の溜めもなく、一瞬にして左腕にダメージを負わされたことが信じられないのだろう。
「驚きましたか? これはこの世界にはまだ存在しないはずの武器ですからね。あなたが知らないのも無理はありません」
そう言いながら、俺は左手に握りしめた"それ"をミリアムに向けて構える。
その物体は、武器としては小さめで、黒光りする鉄の塊に握り手がついただけの簡素なもの。
だが、この武器は見た目に反して、剣や槍などとは比べ物にならないくらい……恐ろしい破壊力を秘めていた。
「これは拳銃と呼ばれる武器です。そして──私は銃の王印をもつ"銃王"です」
【挿絵】
https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16818093077637688367
──"拳銃"。
それは、この異世界アストラルディアには本来存在しないはずの武器である。
魔法が発達し過ぎた結果、火薬系に類する技術は進歩せず、銃や大砲といった兵器は未だに発明されていなかった。
そんなものがなくても、魔法や魔道具があれば大抵のことはできるし、魔力があれば剣や槍から斬撃を飛ばすことだって可能なのだ。
わざわざ銃なんてものを発明しようと考える、奇特な人間はそうそういない。
では、何故俺がそんな銃を持っているかというと、それには"アイテム化"のギフトが大きく関係していた。
どういうわけか、俺がモンスターをアイテム化した際に、極稀にだが拳銃に変化することがあったのだ。
理由はわからない。あのマキナでさえ拳銃を知らなかったので、おそらく俺だけに起きる現象なのだろう。
だけど、断言はできないが予想はできる。たぶんだが、アイテム化の能力には使い手のイメージが少なからず反映されるのではないだろうか。
前世が地球人なので俺は拳銃を知っているが、マキナのような世界トップともいえるアイテム師でも、想像すらできない武器は創造できないのかもしれない。
で……だ。
せっかく手に入れたので、俺はたまにこのアイテム化した拳銃を使ってモンスターを倒したりしていたのだが、そうしているうちに、いつの間にか右肩に王印が浮かび上がっていたのだ。
正直、かなり驚いた。
だって、俺には銃の師もいなければ、正しい使い方も学んでいない。もちろん銃の才能のギフトも持っていないし、前世で見たドラマとかアニメの見よう見まねで使っていただけだから。
色々試行錯誤はしたけれど、とても世界一の腕とは呼べないレベルだったと思う。
おそらく、この王印は誰かから継承されたものではないのだ。
俺が拳銃を何度も使用したことによって、拳銃がこの世界に存在する武器だと女神に認定されて生まれた、新たな王印なのだろう。
そして、この王印を開放することによって、本来は素人に毛が生えた程度だった俺の射撃技術は──
再び人差し指に力を込めて引き金を引く。
迷宮内に、「ダンッ! ダンッ!」という2発の銃声が轟くと、それは寸分の狂いなくミリアムの両足に着弾した。
「あぐぅっ!!」
両足から鮮血が吹きだし、ミリアムは悲鳴と共に地面に倒れ込む。
距離にして約25メートル。学校のプールの端から端までの距離とほぼ同じ。
これだけの遠距離で、2発ともピンポイントにヒットするなんて……我ながら恐ろしい精度である。
銃の王印は──素人の俺の銃の腕を、まるで西部劇に登場する凄腕ガンマンに匹敵するほどの高みにまでに引き上げた。
「……くっ、なにか鉄の塊のようなものを飛ばす魔道具ね!」
「流石に察しがいいですね。ですが、まだまだこんなものではないですよ」
次元収納の中に右手を突っ込むと、もう一丁の銃を握りしめる。
二丁拳銃。
俺は"両利き"のギフトを持っているので、剣にしろ銃にしろ、左右どちらの手でもほぼ同じ精度で扱うことができる。だからこそ、こんな芸当もできるのだ。
両手に持った銃をクロスさせるように構えると、彼女に向かって躊躇なくトリガーを引いた。
「魔法壁よ! 私を守りなさい──"アースウォール"! "ファイアウォール"!」
俺とミリアムの間に土と火の2層防壁が出現する。
放たれた銃弾は土の壁を貫通することはできたが、炎の壁で食い止められてしまった。
「はぁ……はぁ……。強力な武器のようだけど、ネタが割れてしまえば防ぐのは簡単ね」
「もう傷が再生を始めているんですか、その魔人の角とやらは厄介ですね……」
ミリアムはもう地面から立ち上がっていた。
アックスもそうだったが、賢者の石を持っているぶんだけ、彼女のほうが傷の治りが早いようだ。
結局はあの角を折らない限り、戦いは終わらないというわけか……。
俺は再び二丁の拳銃をミリアムに向ける。
「無駄よ! その武器では、私の魔法壁を突破することは不可能よ!」
今度は土と火だけではなく、風と水の防壁も出現し、俺の前に立ちはだかった。
火がミサイル弾のように敵を爆散させ、風がまるで刃物のように飛び周囲を切り刻む。土は壁となって剣や矢を防ぎ、水は津波となって全てを押し流す。
剣や斧からは斬撃が飛び、槍は嵐の如くあらゆるものを貫き、弓は一射一殺の矢となりて敵を穿つ。
そんな異世界で、拳銃などという武器を持ったところで、意味があるのだろうかと思うかもしれない。
──だが、違うのだ。
俺は銃口をミリアムの前に立ちはだかった魔法壁から、天井や迷宮の壁に移して引き金を引く。
すると、放たれた銃弾は天井や迷宮の壁にぶつかって方向を変え、魔法壁の外側から後方にいるミリアムに襲い掛かった。
「な、何……!? うぐっぅ!」
魔法壁の向こう側からミリアムの苦悶の声が聞こえる。
──跳弾。
銃の王印を発動した状態の俺は、100メートル離れた地点からだって、障害物を利用して自在に弾丸を曲げ、あらゆる方向から標的に命中させることができる。
床、壁、天井、それらに向けて俺は両手の銃を構えて乱射する。
銃弾は、魔法壁の位置を無視して四方八方からミリアムに襲い掛かり、その度に迷宮内に彼女の悲鳴が轟いた。
「こ、こんな馬鹿なことが……」
魔法壁が解除されると、ミリアムは血塗れの体で膝をついていた。頭部だけは何とか守っているようだが、満身創痍という様子だ。
いくら角の再生力があるといっても、体力は無尽蔵にあるわけじゃない。
その額には大量の脂汗が浮かんでおり、俺が放った銃弾が相当なダメージを与えていることを物語っている。
──強い、銃は強いのだ。
この世界で魔法や剣などが強いのは、全て魔力というエネルギーが前提にある。
魔力があるから、剣を目に見えぬほどの高速で振るうことができるし、斬撃だって飛ばすことができる。
魔力があるから、魔法を使って不可思議な現象を引き起こすこともできる。
そして、当然それは銃にも当てはまる。
銃を撃った際の反動は、魔力で体を強化してやれば、簡単に抑えることができるし、動体視力も強化できるので、ブレが発生しにくく、狙いを定めるのにそれほど苦労はない。
それに王印を持つ俺くらいになれば、銃弾の一発一発に高密度の魔力を込めることができるので、その威力は自然と強力なものとなる。
さらには剣や槍などに比べて大きさが小さいので、魔力の消費効率は遥かに良い。
それでいて、魔法のように溜め必要とせずに、遠距離から連発することができるのだ。
地球で人類の戦の仕方を根本から変えてしまった……まさに悪魔の武器だ。
「私を倒すには、魔法、体術、そして──銃、その全てを封じなければなりません」
銃の王印が発現してからは、近距離、中距離、遠距離、全てにおいて、俺は死角のない戦い方ができるようになった。
どれか一つ、ないしは二つまでは攻略できた者は今までもいた。だが、三つ全てに対処できた者は未だかつて存在しない。
銃口を向けながら、かつかつと靴音を響かせてミリアムに近付いていく。
すると、彼女は歯を食いしばりながら、血走った目をこちらに向けた。
「負けるわけにはいかない! 私は人々を救済しなければならないのよ! どうして邪魔するのよソフィア! どうして、どうして、どうして、どうしてっ!!」
「──っ!」
ミリアムが半狂乱気味に叫ぶと、彼女の全身を土の鎧が包み込んでいく。
それは、みるみる内に大きさを増していき、やがてヘカトンケイルに匹敵するほどの巨体へと変化した。
「あはははっ! これでその武器も通じないわよ!」
土の巨人の最上部にミリアムの上半身だけが露出しており、それを水の膜のようなものが覆っている。巨大な両腕には炎と風の魔力が渦を巻き、こちらに狙いを定めていた。
巨大化。シンプルではあるが確かに銃を防ぐには有効な手段だ。
あれだけデカいと小さな銃弾では効果が薄いだろうし、本体と思われるミリアムの身体は、的が小くなったうえに防御膜で守られている。さらには、天井近くに位置しているので、跳弾を狙おうにも角度が悪い。
「救済! 救済! 救済! 私は救済をする! 邪魔する奴は全員滅ぼしてやる! 私こそが弱者を救済する使徒なのよ!!」
巨大な土の手が俺を押し潰そうと、勢いよく振り下ろされる。
俺はそれを体を捻って回避しながら、ミリアムの本体に向かって数発の銃弾を放った。
だが、やはりと言うべきか……土の腕や魔力膜に阻まれて銃弾はミリアムまで届かない。
「無駄よ! 無駄、無駄! もうそんな攻撃なんて微塵も通用しないわ!」
ミリアムは勝ち誇るように笑いながら、土の腕を地面に何度も叩きつける。
その度に迷宮内は地震でも起きたかのように揺れ、天井や壁から細かい破片がぱらぱらと落ちてきた。
……やはり、賢者の石を破壊するしかないのか。
賢者の石が魔力を供給し続けているから、ミリアムはあのような巨大な土鎧を顕現させていられるし、魔術も発動できるのだ。ならば、魔力の供給源を断てば……。
だが、ディアーナ様にアトンと聖女セレスティアの話を聞いた今、あの石を破壊するなんて、俺にはできそうもなかった。
あれは人類の英雄であるセレスティアが、人々の未来のために残した希望の光なのだ。
本当は、銃弾であれを破壊するチャンスは何度もあった。だけど、俺はわざと目を逸らし続けてきた。
俺が葛藤している間にも、ミリアムは迷宮を崩壊させんばかりの勢いで暴れている。
──と、その時だった。
「うっ!?」
ヴァルガリスが消えた! マルグリット先生に倒されたんだ!
……もう迷っている暇はない。
いい加減覚悟を決めろよソフィア・ソレル。お前はミリアムを救うためにここに来たんだろう!
「…………」
流天巫識神を解除して通常状態に戻ると、後方に待機していたヘカトンケイルは煙のように消え去り、召喚に使っていた魔力は還元された。
そして、俺はミリアムが振り下ろした土の腕を紙一重で回避すると、そのままの勢いで彼女の本体に向かって駆けだした。
皮肉なことに、我を失って巨大化したことによって両手が土の巨人の中に埋まり、魔術が使えない状態になっている。
今なら臆病な俺の体も、ある程度は彼女に近寄ることを許してくれそうだ。
「……もう、終わりにしましょう」
走りながら、拳銃を二丁とも次元収納にしまい込む。
そして代わりに、神々しい光を放つ剣を取り出すと、それを右手に握りしめてミリアムへと猛然と跳躍した。
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