第156話「クアドラプル」
ミリアムに近づく俺に、膨大なエネルギーの込められた炎のレーザー砲が襲い掛かってくる。
上空に飛んでそれを回避すると、今度は彼女の周囲に竜巻が発生して、無数の風の刃が俺に向かって飛んできた。
「"ホーリーシールド"!」
防御魔法でそれを防ぎながら、天井を蹴りつけて急降下し、ミリアムに向かって右足を振り抜く。
「南天流――――"
が、一瞬にして目の前に土の壁がせり上がり、俺の蹴りを防いでしまう。
それと同時に土壁の向こうから、壁をすり抜けるように大量の水で出来た槍が伸びてくる。
「ちぃ!」
咄嗟に体を捻って直撃は避けたものの、何本かが体をかすめて、白い肌に血が滲んだ。
バックステップで距離を取りながら、傷口をぺろり、とひと舐めして再びミリアムに向き合う。
「相変わらず厄介ですね。あなたの"
「ふふ……魔法での戦いで、私があなたに負けたことが一度でもあったかしら?」
ミリアムはその美しい顔と声で、俺を挑発するように笑った。
彼女は、"四大元素魔法"という激レアギフトを持っており、火、水、土、風、4つの属性魔法を同時に使うことができる稀有な存在だった。
通常、魔法というのは1人につき1属性が限界なので、2つ以上の属性魔法を同時に使うことはできない。
だが、複数の属性を使いこなせる俺でも、発動できるのは1つずつであり、次の魔法を使うまでは数秒間のタイムラグが生まれる。
聖天大魔導を装備した状態で、ようやく2属性の魔法を同時発動するのが限界なのだ。
ミリアムの"
しかも、彼女は魔族になったことで以前より魔法の威力が増しており、さらに賢者の石を装備にしたことにより、無尽蔵ともいえる魔力を持つに至った。
今の彼女は、俺がこれまで戦ってきた相手の中でも、間違いなく最強の一角に名を連ねるだろう。
「どうしたの? そっちからこないなら、こっちから行くわよ?」
ミリアムが両手を掲げると、その頭上に膨大な量の水が集まっていき、巨大な水の球を形成していく。
「"ハイドロバースト"!!」
彼女の手が振り下ろされた瞬間、圧縮された水がレーザーのように発射された。
その一撃は、一見するだけで俺の水魔法の威力を遥かに上回っていることがわかる。
なんとかそれを横に飛んで回避したが、水魔法の勢いは凄まじく、後ろの壁を突き破って地下空間の奥に消えていった。
「――くっ!」
息をする間もなく、大量の火弾や風の刃が俺に向かって襲い掛かってくる。
……強い! 近寄る隙すら与えてもらえない!
賢者の石を取り込んだミリアムは、もしや、魔王軍四天王に匹敵するほどの強さを秘めているのではないか?
彼女の猛攻をなんとか凌ぎながら距離を取ると、俺は巫女服の懐から光り輝く1枚のお札を取り出す。
「いでよ、我が従僕! 異界の迷宮の番人にして、百の腕を持つ巨人の王よ!」
俺の叫びと共に、お札から膨大な魔力が迸り、室内を眩い光で覆いつくした。
「その力をここに顕現せよ――"ヘカトンケイル"!」
お札を空中に放り上げると、輝きの中から部屋全体を覆わんばかりの異形の巨人が姿を現した。その体からは数え切れないほどの手が生えており、その1本1本がまるで生きているかのように蠢いている。
「……そいつはっ!?」
「こいつはこのアストラルディアには存在しない、別世界のモンスターですよ。さあ、ヘカトンケイルよ! ミリアムを捕まえなさい!」
『ルオオオオオオォオオォォォン!!』
俺の指示に従って、ヘカトンケイルの無数の腕がミリアムに殺到する。
だが、彼女から放たれた風魔法によって、ヘカトンケイルの腕は次々と切り落とされてしまう。
「見掛け倒しね、この程度じゃ足止めにもならな――!?」
ミリアムが嘲るようにそう言った瞬間、切り落とされた腕が一瞬にして元通りに再生して、再び彼女に襲い掛かった。
ヘカトンケイルの再生力には俺も散々苦労させられたものだ。いくら強くなったミリアムでも、そう簡単に攻略できる相手じゃないはずだ。
「ならば、その巨体ごと焼き尽くしてあげるわ! 星の輝きよ、全てを焼き尽くす業火となれ――"スーパーノヴァ"!」
「それは悪手ですよミリアム」
俺も人のことは言えないけどな。最初にこいつと対峙したとき、全く同じことをやったし。
ミリアムの右手から放たれた膨大な熱量の塊がヘカトンケイルに襲い掛かるが、その攻撃は光り輝く巨大な手によって捕まれてしまう。
そして、ヘカトンケイルはそれをそのままミリアムに向かって投げ返した。
「――なッ!?」
「ヘカトンケイルの光の腕は、あらゆる魔法を反射します。あなた自慢の火魔法がその身にそのまま返ることでしょう」
俺の言葉通り、ヘカトンケイルの腕から反射されたスーパーノヴァがミリアムに直撃する。
だが――
スーパーノヴァは、彼女の胸に埋め込まれた賢者の石の中に吸い込まれるようにして消えてしまった。
「……ふぅ、まさか魔法を跳ね返すモンスターがいるなんてね。でも残念ね。賢者の石は無尽蔵の魔力を生み出すだけじゃなく、魔法を吸収する特性も持ち合わせているのよ」
彼女の胸で、賢者の石が妖しく輝いている。
あの輝きがある限り、ミリアムの魔力が尽きないどころか、俺の魔法攻撃も吸収されてしまうということか……厄介だな。
ミリアムは風の刃で襲い来るヘカトンケイルの腕を切り刻み続けている。いくら再生するといっても、ミリアムも魔力が尽きないのであれば意味がない。
「ヘカトンケイル、一旦私の後ろへ」
『ルオォォオン』
俺の命令に従い、ヘカトンケイルが巨体をずしん、と動かしてミリアムの前から退く。
こいつの腕が再生する度に、召喚者である俺の魔力が削られるので、賢者の石を持っているミリアムとこのまま削り合いをしても分が悪いからな。こいつは魔法反射用として後ろに控えておいてもらおう。
「あら? 巨人の攻撃はもう終わり? だったら、今度はこっちの番ね! その魔法を反射する光の手は一つしかないのでしょう? なら、封じられるのは四色のうち一色のみ。何も問題はないわ!」
ミリアムは再び四色の魔力を練り上げ、その身に纏っていく。
「魔法で劣るのならば! 肉弾戦に持ち込むまで――"拳の王印"!」
俺の胸元に拳の刻印が浮かび上がると、全身から大量の魔力が迸り、周囲の空気がビリッと震える。
そして、その魔力を全て右足に集めて地面を蹴った。
迷宮の床がその衝撃でめくれ上がり、俺は音速のごときスピードでミリアムに肉薄する。
「なっ……王印!? くっ、土よ――」
「――遅い!」
ミリアムの防御魔法が発動されるよりも早く、俺の拳が彼女の脇腹を捉えると、その華奢な体は凄い勢いで吹き飛ばされて壁に激突した。
だが、やはり手ごたえが薄い。アックスもそうだったが、魔族になったことによって肉体が頑丈になっているのだろう。
その上、賢者の石による膨大な魔力による身体強化も施されている。
俺は再び地面を蹴ってミリアムに接近すると、今度は顔に向かって拳を振り抜いた。
「……ぐぅ!? がぁッ!」
連打! 連打!! 連打!!!
壁を背に追い込まれたミリアムに、反撃の隙すら与えない。息もつかせぬ程のラッシュが彼女の美しい顔を次々と打ち据える。
勝てる! 彼女は天才的な魔法使いだが、白兵戦においては俺のほうが遥かに上だ! このまま押し切る!
「あなたにも私の気持ちを味わわせてあげましょうか?」
「――え?」
顔面を殴られながらも、俺の左手をがしり、と掴んだミリアムが呟く。
その瞬間、ミリアムの右手が眩い輝きを放ち始めた。
これは……何かヤバい!!
『――"
ミリアムがそう叫ぶと、俺の体に膨大な魔力が流れ込み、全身が光に包まれた。
そして――顔面がびきびきと音を立てながら変形していく。
「あ、あ、あ、あ、あぁあぁぁ!! た、"
慌てて時間を10秒ほど巻き戻し、彼女を殴っていた手を止めて一気に後方へ飛びのいた。
額から滝のように流れ落ちる大量の汗。動悸が激しくなり、全身の震えが止まらない。
な、なんだ今のは!? まるで自分の体を作り替えられるかのような……。
ミリアムに視線を向けると、彼女は勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
「その顔、"
「……」
ミリアムは俺の能力――"スキルコピー"を知っている、数少ない人物の1人だ。
学園生時代に、俺があまりにも男と関係を持つものだから、その理由を問い詰められたことがあり、彼女を信頼していた俺は自分の能力のことを全て打ち明けていた。
そして、"
俺は苦虫を嚙み潰したよう表情を浮かべながら、ミリアムを睨んだ。
「私はどんなふうに能力を使ったんでしょうね? その美しい顔を醜く反転させた? それともあなたの綺麗な心をどす黒く染め上げた? ふふ、気になるわね」
一歩、二歩と身体を引いてミリアムから遠ざかる。
「どうして逃げるの? 近接戦闘ならあなたのほうが圧倒的に上よ? ……ああ、それと"不老"のギフトを反転させるとかも面白そうね。一体どうなるかしら? 試してみる?」
ミリアムが余裕の表情で俺に向かって歩いてくる。
「はぁ……はぁ……はぁ…………」
呼吸はどんどん荒くなっていく。まるで全力疾走でもしたかのように、鼓動も早くなっていった。
「"
ミリアムが俺に向かって、ゆっくりと手を伸ばしてくる。俺はその手を振り払うように、大きくバックステップをして彼女から遠く離れた。
おそらく、さっきは俺が"
次は、十分に注意を払えば対処できる……と思う。そして、万が一反転の魔術を喰らっても、彼女を倒せば元に戻れるはずだ。
だが、俺の体はまるで重りでも付けられたように重くなり、彼女の側に近寄るのを拒否をしている。
「あなたは肉体的な痛みには耐えられても、精神的な痛みには脆いでしょう? くすくす、もうあなたはこの戦いの最中に、私に拳を当てるだけの距離まで近づくことは決してできない」
彼女の言う通りだった。さっきの……自分が自分じゃなくなるようなあの感覚、あれをもう一度味わうのは……とてもじゃないが耐えられそうにない。
魔法は賢者の石に吸収されてしまう。その上、得意の体術まで封じられた。
もたもたしていると、マルグリット先生がヴァルガリスを倒してミリアムの援護に来かねない。
……落ち着け。俺はもうかつての弱かった俺じゃないんだ。
俺は、特級冒険者【サウザンドウィッチ】のソフィア・ソレルだ。
いつ死んでもおかしくないような窮地には何度も陥ってきたし、その度に必死にあがいて、全てを乗り越えてきたじゃないか。
「ふぅーーーー」
呼吸を整えて大きく息を吐くと、ミリアムを見据える。
本当は……これは使いたくなかった。だって、どうしても相手を
それに、魔法や体術と違って、絶え間ない努力や鍛錬、我慢の積み重ねで得た力ではなく、どちらかといえば偶然に近い形で得たものだから、胸を張って誇れるような力でもない。
だけど、今のミリアムを倒すには、これに頼るのがもっとも確実な方法だ……。
「…………」
「何かする気なの? 無駄よ、賢者の石を手に入れた私を倒すことなんて、たとえ特級冒険者でも不可能よ」
俺は無言で次元収納に左手を突っ込み、"それ"を取り出した。
すると、俺の右肩に光り輝く"刻印"が浮かび上がる。
「……別の王印! 拳の他にまだ王印を持っていたの!?」
驚愕するミリアムを視界に収めながら、俺は"それ"を左手に握りしめる。
『王印開放。"拳"、"斧"に続く第三の王印────』
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