第155話「救世鬼」★
「なっ……」
「え……?」
「ミ、ミリアムさん……?」
アックス、ラインバッハ、システィナが私の顔を見た瞬間、絶句して固まってしまう。
「み、み、見ないで! 見ないでぇ!!」
私は地面にへたり込んだまま、咄嗟に身体を小さく丸めて両手で顔を隠した。
しかし、私の抵抗も虚しく── オクタヴィアが私の顔を隠していた両手を掴んでグイッと持ち上げる。
見られた! 素顔を見られた! いやだ! いやぁぁーーっ!!
「ほう、これは驚きじゃのう。てっきりとんでもない美女かと勝手に想像しておったのじゃが」
「あはははは! ミリアムのおねーさんエルフなのに不細工じゃん! だからわざわざ仮面で隠してたってわけぇ~? だっさ〜」
オクタヴィアとククリカの嘲笑する声が洞窟の中に響き渡る。
……嫌だ! 聞きたくない!! もうやめてっ!! お願いだから、もう私を見下さないでっ!!
アックスとラインバッハの驚愕したような視線が、私の心を深く抉っていく。
さっきまで私のことを素敵だと褒めちぎっていた彼らも、醜い素顔を晒した今、きっと私を蔑んでいることだろう。
システィナの同情するような視線が、逆に私の胸を締め付けた。
美人の彼女からしたら、私なんて目も当てられないような酷い顔をしているに違いない。
結局、仲間や友人になれるかもしれないと思っていた彼らも、仮面で顔を隠した偽りの私しか見ていなかったのだ。
本当の私は、誰にも愛されない……。
「う、う……う、あ……あぁぁ……」
私はもう彼らの顔を見ることができずに、ただ下を向いて泣きじゃくった。
「フム、人間の美醜というのはボクにはいまいちよくわからないけど、外見を気にしているのかナ? だったら余計この角を貰っておくべきだと思うヨ? 魔術に目覚めたら、きっとキミの願いが叶うはずサ」
グリムリーヴァが私の前にしゃがみ込み、角を差し出してくる。
私は歯をガチガチと鳴らしながら、その角を見つめる。
死、死ぬのは嫌……。もう一度ソフィアに、お母さんに会いたい……。
この醜い顔が治る? 本当に? もう二度と馬鹿にされない?
角から目が離せない。
「……ま、待てミリアム! 今のは違う! 少し驚いただけだ!」
「そうですミリアムさん! 早まらないでください!」
「み、ミリアムさん! 駄目です、角を受け取ってはいけません!」
3人が私に向かって必死に叫ぶが、私はその声を無視して、ゆっくりと手を伸ばす。
そして──
***
「後悔は……してないわ。私は……自分を変えることができたから。私のような悩みを持つ多くの人も救うことができたし、こうやってあなたともまた会話できた……」
魔族になった経緯を俺に話し終えたミリアムは、淡々とした口調で呟きながら、額に埋め込まれた角をそっと撫でた。
……後悔はない、そう彼女は言った。
しかし、仮面で隠された顔から表情は見えないが、その声からは隠しきれない悲嘆の感情が滲み出ているように俺には思えた。
「私は……もっと人に愛されたかった。誰からも愛されるあなたのようになりたかった……。でも、それは決して叶わない夢だと、私は悟ったの。あなただって私の素顔を見ていれば、きっと親愛の情なんて欠片も抱けなかったはずよ」
「……」
俺と別れた後の彼女の人生は、孤独と苦悩に満ちたものだったに違いない。
もし、あのときミリアムを無理やりにでも旅に誘っていれば、もっと別の未来があったのではないか。
今更ながらそんなことを考えてしまう。
「ねえソフィア、見逃してくれない? この賢者の石があれば、もっと多くの人を救えるの。かつての私のように、辛い思いをしている人達を……」
台座の上に置かれている賢者の石を見つめながら、ミリアムが真剣な声音で言う。
確かにその石があれば、彼女の魔術で多くの人を救うことができるかもしれない。
だが──俺はゆっくりと首を振ると、ミリアムに向かって言い放つ。
「聞きましたよ。悪人を生贄にして善なる心を持った、悩みある人達を救ってきたと」
「ええ、それが何か問題あるの? 生贄にはどうしようもない悪人を選んだわ。誰も困りはしないはずよ」
彼女はさも当然だというような口調でそう言い切った。
それを聞いて、やはり彼女の価値観は完全に以前と異なっていることを確信してしまう。
「私、今学園で教師をしているんですよ。まあ、教師と言っても臨時ですが、それでも忙しい毎日を送っています」
「ふふ、あなたが教師とはね。でも、お似合いだわ」
「生徒の1人に、とても問題児がいたんですよね。他国の王子なんですが、王子の権力を笠に着て好き勝手やってました。先に席についていた子を無理やり押しのけて自分が座ったり、授業中に下品なヤジを飛ばしたり、決闘で私の体を要求してきたりと、それは酷いものでしたね」
「最低な男ね」
ミリアムが仮面の奥で顔を歪ませたのがわかった。
「どうですか? この男はやはりあなたの生贄の対象になりますか?」
「当然ね。そんなクズは生贄にしたほうが世の為よ。そして、その命で他の善なる者が救われるなら、それはとても尊い行為だわ」
俺は大きく溜め息を吐くと、ミリアムに語りかける。
「その生徒、フォクスくんというんですけどね……。話せばわかってくれましたよ。悪ぶってましたけど、根はいい子でした。今では一番真面目に私の授業を受けてくれています」
「……え?」
ミリアムが困惑したような声を出すが、俺は構わず話を続けた。
「善と悪、それって全てあなたの主観ですよね。あなたが悪として生贄にしてきた人々は、本当に悪でしたか? 善だとして救済してきた人々は、本当に善でしたか? 何か事情があって一見すると悪に見えている人もいますし、善と見せかけて、あなたに救済だけしてもらって心の中ではしめしめとほくそ笑んでいるような人も、中にはいるかもしれませんよ」
「……」
俺の言葉にミリアムが押し黙る。
「神でもない一個人が、救済を謳って自分にとっての悪を殺し、善を生かすというのは傲慢というものでしょう」
「……私によって救われた者達は皆、心から私に感謝をしているわ」
ミリアムは即座に反論してくるが、声がわずかに震えているのがわかった。
俺はさらに畳み掛けるように告げる。
「では、学園長に反転の魔術をかけて彼の心を悪に染めたのは一体どういう理由ですか? かれこそ善人の代表的な例でしょう? 私やあなたよりもよっぽど立派な人物ですよ、彼は」
「……そ、それは、賢者の石を手に入れるのに必要だったから! 賢者の石があればもう生贄はいらない。だから、そうするしかなかったのよ!」
「つまり、単純に自分の目的に邪魔だから排除した、そういうことでしょう?」
「……っ!」
ミリアムに一歩、また一歩と近づいていく。
彼女は俺の言葉を聞いて明らかに動揺していた。
「自分にとって邪魔であれば、たとえ善なる者でも排除する。そういう考えを持っている者を、人はこう呼ぶんですよ──── "悪"と」
「う、うぐぅぅぅぅっ……!!」
俺がそう指摘すると、ミリアムは頭を手で押さえてその場に蹲った。
「もし、あなたが学園長に反転の魔術を使っていなければ、話し合う余地はあったかもしれません。しかし、あなたは自分の目的達成のため、彼を犠牲にしてしまった」
もう、学園長は元には戻らないのだ。……ミリアムの命が尽きるまで。
それを知っていながら、ミリアムは何の躊躇もなく学園長に魔術を行使した。その時点で彼女は、人間だった頃とは決定的に違う存在になってしまったのだ。
ミリアムは苦し気に呻き声を上げていたが、やがてゆっくりと立ち上がる。
「ふ、ふ、ふふふ……。そう、私は本当に変わってしまっていたのね」
「ミリアム……」
彼女は、今度は動揺することなく落ち着いた声でそう言った。
そして、くつくつと笑いながら、ゆっくりと仮面に手をかける。
「私はこの顔と引き換えに、心を醜く歪めてしまったのね……。もう後戻りできないくらいに」
仮面を取ったミリアムの顔は、母親のディアーナ様にもどこか似ている、とても美しいエルフの女性のものだった。
だが、その額には禍々しい2本の角が生えている。
ミリアムは仮面を地面に放り投げると、自嘲するように笑う。
「ああ……でも、抑えきれないのよ。救済がしたい。私はこの手で、多くの人を救ってあげたい、その気持ちが止められないの……! さっきからずっと……それを邪魔するあなたを排除したくてたまらないのよぉ!!」
台座の上に固定されていた賢者の石を力ずくで取り外すと、それを自分の胸に押し付ける。
賢者の石はミリアムの胸に張り付くと、淡い光を放ち始め、彼女の体に膨大な魔力が流れ込んでいくのがわかった。
「もう、戻れないのですね。かつての私達には……」
「ええ……。私は、この力で多くの人を救うわ。たとえ……ここであなたを殺してでもっ!!」
ミリアムの身体から、火、水、風、土、四色の魔力が溢れ出す。
そして、彼女は高らかに名乗りを上げた。
「我が名は魔王軍八鬼衆が1人、"救世鬼ミリアム"! ソフィア! 我が救世の道を阻むならば、たとえかつての親友であろうとも容赦はしないっ!!」
【挿絵】
https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16818093077393665831
地下迷宮にミリアムの悲痛な叫びが響き渡る。
「ならば、私があなたを救いますよ。以前のあなたなら、きっとそうしたと思うから……」
俺は唇を強く噛み締めると、魔力を纏って彼女に向かって駆け出した。
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