第152話「グリムリーヴァ討伐隊」★

 人類連合軍のアジトの一つにある大部屋。そこには、すでに大勢の猛者共が集まっていた。


 見渡してみると、アックスを含め有名な冒険者や、一目で実力者とわかるような手練れも何人かいるようだったが、その中にあの愛らしい少女の姿は見当たらない。


 私が少し落胆していると、部屋の奥に設けられた壇上に、討伐隊の指揮官らしき人物が現れた。


「諸君、よく集まってくれた。俺がグリムリーヴァ討伐隊のリーダーを務めることになったロダンだ。よろしく頼む」


 彼は如何にも歴戦の戦士といった風貌をした壮年の男で、なんでも人類連合軍の幹部らしい。


 経験、実績共に申し分なく、特に指揮能力に関してはかなりのものだという。


「およそ30名もの名だたる実力者達が集ってくれたこと、心より感謝する。この中には俺よりも強いやつが何人もいるだろうが、俺が指揮を執ることは……まあ、大目に見てくれると助かる」


 ロダンは冗談を交えて場を和ませながら、長々と演説を続けている。


 私は適当に話を聞き流しながら、他のメンバーの様子を観察する。中には私の知っているような有名人もいたが、やはりソフィアは来ていないようだ。


「……マルグリット先生?」


 集まった人々の中に、見覚えのある真っ赤な髪をした老女の姿があった。


 彼女はこういった討伐作戦には興味がないイメージだったので、少し意外に感じたが、実力はこの中でも群を抜いているだろうし、戦力として申し分ないことは確かだろう。


 そうして討伐隊の顔ぶれを眺めていると、ようやくロダンは話を終えたようで、壇上から降りると冒険者達へと歩み寄って交流を始めた。


「……お? ミリアム、やっぱりお前も来てたか」


 討伐隊のメンバー達が思い思いに談笑するなか、アックスが私に話しかけてきた。


「ええ、ちょっと興味があったから」


「ソフィアちゃんや他の特級冒険者はいないみたいだが、すげぇメンバーが揃ったな」


「私はあまり詳しくないけど、有名な人が何人かいるみたいね」


「ああ、少なくとも俺達と同格かそれ以上のやつが5名はいる。火の賢者、槍王、黄金の騎士、聖女候補、某国の天才王女」


 アックスは興奮した様子で、それらのメンバーについて説明する。


「まずは火の賢者マルグリット。ああ、この人はお前もよく知ってるか」


「ええ……」


 アックスの視線を追うと、彼女は退屈そうな様子で部屋から退出しようとしていた。


 あの人はこのような場は好まない性格なので、用が済んだらさっさと帰るつもりなのだろう。


「まあ、弟子のお前に彼女の説明は不要か。次は槍王ドノヴァン。うーん、あの爺さんはかつてはとんでもない強さだったらしいが、正直今では俺達のほうが実力は上だろうな」


 立派な槍を携えた老齢の男性に視線を移しながら、アックスはそう評価した。


 彼は槍の王印を持つ"槍王"であるが、やはり年には勝てず、全盛期と比べると大きく実力が落ちているという。


 最近は王印戦を挑まれてもそれに応じず、逃げ回って王印の死守だけに注力しているらしい。


 かつては人類最強の槍使いとして名を馳せた男が、なんとも情けない話である。


「あそこにいるのは黄金の騎士ラインバッハだな。実力、人格共に申し分ないベスケード帝国最強の騎士だが、黄金のことになると我を失っちまうのが玉に瑕だな」


 全身を金色の鎧で覆い、腰に黄金の剣を下げた金髪の男性が目に入る。


 私も噂には聞いたことがある。大国ベスケード帝国の騎士の中でも一二を争う実力者でありながら、稼いだ金を全て黄金に変えてしまうため、いつも金欠状態という変人だと。


 普段の性格は至って真面目なのだが、黄金のことになると途端に知能が低下してしまうという欠点があるらしい。


 私が目を向けると、ラインバッハは椅子に座って黄金の剣の手入れをし始めた。


 金色のハンカチできゅっきゅと剣を磨き、満足そうな顔を浮かべたかと思うと、今度はハンカチが汚れていることに気づき、呆然とした表情になる。そして、慌てた様子で部屋の片隅にある手洗い場まで駆けて行った。


 どうやら、黄金にかかわると知能が低下するという噂は本当だったようだ。


 アックスはそんな変人騎士を呆れた様子で眺めつつ、次の人物へと話題を移す。


「で、あの窓際にいる美女が、今代の聖女候補筆頭と言われているシスティナだ。容姿、人柄、神聖魔法の才、全てにおいて完璧といっていいほど優れた人物だが……何故か聖女に認定されていない」


 その女性は美しい金髪と、修道服の上からでも分かるほどグラマラスな肢体を持っており、討伐隊の男性達の視線を一身に集めていた。


 年は20歳前後だろうか。数年前から聖女の座に最も相応しいと噂されている人物だが、どういうわけか未だ聖女に認定されてはいないらしい。


「何か理由でもあるの?」


「あ~……。噂レベルでしかないが、どうも彼女は……子供が好きらしい。少年とか少女とか、とにかく年端も行かないかわいい男の子や女の子が大好きなんだとよ」


「……? 子供好きなくらいなら別に良いんじゃないの?」


 小さな子に優しい聖女様なんて、むしろ人々に好感を持たれそうな話だと思うのだが……。


 私は首を傾げながらアックスに尋ねるが、彼は微妙な表情でそんな私の疑問に答えた。


「だから……あっちの意味・・・・・・で好きらしいんだよ……」


「……それって変態ってこと?」


「言うなよ! あくまでも噂だからな!」


 アックスは周りを見渡し、私の発言が他の人間に聞かれていないか確認すると、ほっと胸を撫で下ろしていた。


 特殊性癖を持つと噂の聖女候補……か。


 だが、それほどのスペックを持ちながら、聖女に認定されていないことを鑑みるに、おそらく真実なのだろう。


「こほん、そして最後にあそこにいる幼い少女だが、あいつがメガーキス王国の第5王女、ククリカだ」


 アックスが指差した先には、ピンクの髪をローツインテールにした生意気そうな少女が、屈強な男性冒険者を足蹴にして痛めつけていた。


「ぷぷー。オジサンよわよわ〜。筋肉ムキムキの癖にククリカみたいな子供に負けるなんてはずかしくないのぉ~♥」


「こ、このガキ! 俺を誰だと思ってやがる! 俺は1級冒険者、"鉄壁"のウィ──ぬわぁーー!」


 ククリカは体格で遙かに上回る"鉄壁"のなんちゃらを、紙屑のように軽々と投げ飛ばすと、彼の頭に片足を乗せながら嗜虐的な笑みを浮かべる。


「これが"鉄壁"~? 紙屑の間違いでしょ~。こんなんじゃ討伐隊に参加しても足手まといにしかならなそうだからぁ~、おうちに帰って家族サービスでもしてろ♥」


「ぐ、ぐうぅっ……! このクソガキぃ……!!」


「あ、でも童貞っぽいし、お嫁さんどころか彼女もいなそうな中年オジサンにサービスする家族なんていないか。かわいそ〜♥」


 そう言いながら、ククリカは倒れた男の股間をぐりぐりと踏み潰す。


 男は「大人がガキに負けるわけがぁ~」と喚き散らしているが、どこか恍惚とした表情も浮かべている。


「あらゆる才能に恵まれた天才少女らしい。ただ、見ての通り性格は最悪で、自分より弱いやつには容赦がなく、逆に強いやつには異常なまでに媚を売るらしい」


「最悪な子供ね。まさか土壇場で私達を裏切ってグリムリーヴァに寝返ったりしないでしょうね……?」


「……そ、それは流石に大丈夫だと……思いたい」


 苦笑いするアックスを横目に、私はもう一度彼らの顔を眺める。


 "槍王"ドノヴァン、"聖女候補"システィナ、"黄金の騎士"ラインバッハ、"天才王女"ククリカ、か……。


 【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16818093077027935999


「随分と個性的なメンバーが揃ったものね」


「……お前がそれ言うか?」


 アックスが何か言っていたが、私はそれを聞き流して、これからの討伐作戦に思いを馳せた。

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