第151話「醜いモノ」
「初めまして、今日からこの学園に転校してきました、ソフィア・ソレルと申します。あなたがルームメイトのミリアムさんですか? よろしくお願いします」
「え、ええ……。よろしく」
彼女を一目見た瞬間から、「ああ、この娘は人々に愛される存在なんだろうな」と直感的に理解した。
だって、容姿の美しさは言うまでもなく、その性根の優しさが、彼女の表情や仕草、そして纏っている雰囲気から溢れ出していたから。
実際に、初対面で会う人が必ず気にする私の仮面についても、彼女は特に触れてくることはなかった。
「どうかしましたか?」
「い、いえ! な、なんでもないわ。こちらこそよろしくね」
ソフィアは私と同い年の14歳であり、12歳から南天流の総本部道場で武術の修行をしてきたが、魔法の才能にも恵まれていたため、学園に通うことになったという。
「へぇ、武術も魔法もできるのね。すごいじゃない」
「まだまだどっちも全然ですよ。道場じゃ門下生の中で一番弱いですし、魔法だって使えるってだけで実戦では殆ど役に立たないレベルです。だから、学園ではもっと強くなって、自分だけじゃなくて周りの人を守れるくらいになりたいです!」
……きっと誰もが彼女を愛さずにはいられないだろう。
へにゃりと笑う、まるで太陽のような彼女の笑顔を見つめながら、私はそう思った。
私とは違う世界に生きる存在、なのに……不思議と嫉妬心のようなものは湧いてこなかった。むしろ彼女を見ていると、自分の醜い素顔を忘れられそうな気すらして、私は彼女一緒に生活するのが楽しみになった。
ところが、学園での彼女を見ていると、日に日に違和感を感じるようになる。
「ねえソフィア、なんで昨日あんな男の部屋に行ったの? 大丈夫だったんでしょうね?」
"あんな男"とは、ソフィアに馴れ馴れしく近づく同じクラスのチャラ男のことだ。彼は魔法の才能はそこそこあるが、女癖が悪く、女子の間ではかなり嫌われている。
昨夜彼女は、そんな男の部屋に行ったきり、朝まで帰ってこなかった。
もちろん、ただお喋りしていただけ、という可能性もなくはないが……彼女の反応を見るに、やはり何かがあったのだろう。
「大丈夫です。大したことじゃ……ないですから」
ソフィアは俯きながら、小さな声でそう言った。
私はその態度から、彼女が何か弱みを握られているのではと疑ったが、翌日男に問い詰めたら、彼はソフィアのほうから誘ってきたと言うのだ。
実は彼のことが好きだったのかとも思ったが、それ以降は付き合うといったことはせず、それっきりだそうだ。
正直、意味が分からなかった。
ソフィアの容姿や性格なら、恋人を作るのなんて簡単だろうし、わざわざ好きでもない男と関係を持つ必要なんてない。そして、彼女はそういったことはあまり好きではないように私には見えたからだ。
「必要なことなんですよ……。私は、強くなりたいんです」
男と関係を持つことが、何故強くなるための行動になるのか、その時は全く理解できなかったが、ソフィアのあまりに真剣な様子を見て、私はこれ以上何も言うことができなかった。
しかし、それからも彼女は度々、恋人でもない男と関係を持つようになる。
どういうわけか、男子の中で所謂非モテと呼ばれるような連中の部屋に泊まって朝帰りしたかと思うと、女子に大人気でファンクラブまであるようなイケメンからの誘いには、全く関心を示さないなど、ソフィアの行動は不可解なものが多かった。
聞くところによると、彼女は学園に来る前にもこのようなことを繰り返していたようで、特級冒険者パーティを男女関係で崩壊させたこともあるとかないとか……。
彼女の気質や人柄の良さから、大きな問題にはならなかったが、それでもそのような悪い噂が立つこともあった。
「ソフィア、最近少し度が過ぎるんじゃない? もう、そういったことはやめたほうがいいと思う」
「またお説教ですか? 放って置いてくださいよ……。足りないんです、まだまだこの程度じゃ……」
最初は太陽のように明るく、非の打ち所がないと思っていた彼女だったが、どうやら心身ともにかなりの問題を抱えているらしい。
この頃には、どうやらソフィアの行為はおそらく彼女の能力と関係しているだろうことは予測がついていた。
彼女にはその行為をせざるを得ない、何かがあるに違いない。
私はそんな彼女を親友として、そして姉のように見守りながらも、内心ではぞくぞくとした高揚感を覚えていた。
だって、こんなも人に愛される完璧な友人ですら、自分と同じ"
そんな風に、ソフィアの面倒をみては彼女に感謝される日々を過ごしているうちに、私は自分の中にとある感情が芽生え始めたことに気づく。
それは、ソフィアだけでなく、他の"
そうすることで、彼らに対してほんのちょっとの優越感を感じ、自身の劣等感を和らげることができると気づいたから。
我ながら最低で歪んだ感情であると思ったが、その欲求は日に日に肥大化していき、やがてそれは一種の使命感のようなものへと変わっていった。
私は学園で、"
学園という箱庭での小さな活動ではあったが、それでも多くの人の悩みを解決することができたし、その度に私の中から劣等感が薄れていき、優越感と自己肯定感を得られた。
――そして、あっという間に2年という月日が流れる。
私達は16歳になり、学園を卒業することになった。
学園には決まったカリキュラムがないため、最大で6年間もの間学ぶことができるが、私達は2年で必要な知識や技術を一通り習得し終わったからだ。
「私はこれから冒険者になって世界を回ろうと思うんです。よかったらミリアムも一緒に行きませんか?」
卒業の日、ソフィアからそう誘われる。
彼女と一緒に冒険者として世界を回れたら、きっと楽しいだろう。だけど……。
「ごめんなさい。私、エルフの森に帰らなければならないの……」
「ああ、そういえばミリアムは女王様の一人娘でしたね」
この世界では、人間は15歳で成人とみなされるが、エルフの里では20歳にならないと大人とはみなされない。
ようするに……単純に私はまだ未成年であり、親にないしょで世界を旅するのは色々と問題がある、ということだ。
ソフィアは残念そうにしながらも、その意志を尊重してくれた。
「それじゃ、またどこかで会いましょう」
「ええ、必ず」
あっさりした別れの言葉だったけれど、私達にとってはそれで十分だった。
気軽に連絡できる手段のないこの世界では、再び会えるかどうかはわからない。
だけど、それでも私達ならきっとまた会える。そんな不思議な予感があったから。
「あら? ミリアム姉さん帰ってたの? お外のご飯ってどうだった? 美味しかった?」
「フィオナ、久々に会う従姉にいきなり食べ物の話をするってどうなのよ。普通に考えてもう少し近況報告とかあるでしょ」
エルフの森に帰ってくるなり、従妹のフィオナが出迎えてくれる。
この娘は私以上に変わり者のエルフだ。
基本的に料理という文化を持たないエルフ族の中で、この娘だけは食べ物への執着が強く、いつも食事の話題ばかりを振ってくる。
当然エルフの里では孤立しているが、当の本人は何処吹く風である。
周りの目ばかり気にしている私からすると、この従妹のマイペースさは眩しくもあり、同時に羨ましくもあった。
「ディアーナ様もミリアム姉さんが帰ってくるの楽しみに待ってたわよ。早く顔見せてあげたら?」
顔……。仮面で隠した私の顔。
私と正反対の、まさにエルフの女王と称されるにふさわしい容姿の母。
母の顔を見る度に、私はどうしようもない劣等感に苛まれた。だから、私は母のことが苦手だった。
でも、嫌いにはなれない。だって、こんな私のことを心から愛してくれているのが伝わってくるから……。
複雑な感情を抱きながらも、実家の扉を開ける。
「あら、ミリアム! お帰りなさい!」
「……ただいま」
母に笑顔で迎え入れられて、私はなんとなくバツが悪くなりながらも素っ気なく返事をする。
「学園、どうだった? お友達はできた?」
「うん……」
そして、私は母に学園での生活や、ソフィアという友人ができたことなど色々と話をした。
母は興味深そうに私の話を聞き、まるで自分のことのように嬉しそうに笑った。
穏やかな日々が過ぎていく。
エルフの森での生活は、私にとってとても心地の良いものだった。
何もない、退屈で、でも優しい日常。
だけど、4年が経って私が成人を迎えた頃、そんな私の日常は終わりを告げる。
母から父の話を聞かされたからだ――。
「何故そんな人と愛を育んだの!? 私がどれだけ苦しんだのかわかっているの!?」
「み、ミリアム……。聞いて、あの人は世間で言われてるような――」
「うるさいっ!!」
私は生まれて初めて母に対して怒鳴り声を浴びせる。母はそんな私を見て、ひどく悲しそうな顔をした。
だけど、それでも私は自分の感情を抑えることができなかった。
私の父があの悪名高いヘイトマンですって?
自らの欲望のために人を殺してアイテムに変える猟奇殺人鬼。そして、とても醜い容姿をした男……。
改心して、最後は聖なるアイテム師アトンとして活動していたらしいが、そんなことは、私にとってはどうでもいい。
結局、母がそんな男と愛を育んだせいで私はこんな容姿で生まれてきたのだ。
「そんな男が父親なら、生まれてこないほうが良かった!!」
私は母に怒鳴り散らすと、その場から逃げ出した。
後ろから母の嗚咽が聞こえたが、私はそれに耳を塞ぎながら、森を駆け抜けた。
もう二度とこの森へは戻らない、そう心に決めながら――。
◇
それから数年の月日が経ち、私は冒険者として各地を転々とする生活を続けていた。
元々膨大な魔力と、四大元素魔法という激レアギフトを授かっていた私は、瞬く間に1級冒険者へと上り詰め、"仮面のエルフ"としてそこそこ名の知れた存在となる。
魔物を討伐したり、学生時代のように悩みを持つ人々を救済したりして、周りからは尊敬されたり、感謝されることも多かったが、私の中ではあの頃のような満足感はもう味わえなくなっていた。
「ソフィア、今頃何をしているのかしら……。こんなことなら、彼女と一緒に世界を回ってみれば良かったわ」
仕事仲間と呼べる人達は何人かできたが、所詮は上辺だけの付き合いだ。ソフィアのように本当の友人と呼べる存在は1人もいない。
冒険者としての日々の中で、私はいつしかソフィアと過ごした学園での日々を懐かしむようになっていた。
そんなある日、いつものようにギルドで依頼を受注しようとした私を、1人の男が呼び止めた。
「よう、ミリアム。聞いたか? 魔王軍四天王のグリムリーヴァのアジトが見つかったって話は」
「アックス、それは本当なの?」
彼は冒険者パーティ"栄光の戦斧"のリーダーで、私と同じく1級冒険者の中でも上位に入る実力者だ。
気さくな人柄と、彼もソフィアと友人だった関係から、何度か仕事中に話をするようになったのだ。
まだ友達の友達……といった関係でしかないが、少なくとも気兼ねなく話せる相手であることは間違いない。
アックスによると、残念ながらソフィアはちょっと前からどこかに姿をくらましてしまったらしく、まだ会うことができていないが……。
「ああ、今度討伐隊が編成されるらしいぞ。連合軍の精鋭や、賢者や王印持ちまで参加するって話だぜ。俺も参加してみようかと考えてるんだが、お前もどうだ?」
魔王軍四天王の討伐隊か……。
正直なところ、然程興味はなかった。ただ最近は何をしても虚無感が心を支配する日々が続いていたので、何か変化が欲しかった。
それに、もしこの討伐隊にソフィアがいたら……。そんな淡い期待も抱いていたのかもしれない。
だから私はアックスの提案を承諾し、この討伐隊への参加を決めたのだった。
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