第149話「氷の賢者」★

 闇の魔力を身に纏った学園長は、空中を浮遊しながらルナリアちゃんを睨みつける。


 だが、彼女はそれを意に介した様子もなく、右手を下からすくい上げるような動作で振り上げた。


「"アイスジャベリン"」


 瞬間、地面から大量の氷の槍が飛び出し、その矛先が学園長に襲いかかる。


「ぬぅん――"ダークホール"!」


 しかし、学園長が迫りくる氷の槍に向かって両手をかざすと、目の前の空間がぐにゃりと歪み、全ての槍が吸い込まれるようにして消えてしまった。


「くくく、この程度か? 氷の賢者ルナリアよ」


「もちろん今のはただの準備運動だわ。氷よ、嵐となりて、我が敵を凍てつかせたまえ――"アイスストーム"」


 ルナリアちゃんがパチンと指を鳴らすと、今度は巨大な氷の竜巻が出現し、ダーク学園長を飲み込んで天高く巻き上げていく。


 それに対抗するように学園長も漆黒の竜巻を発生させると、氷と闇の竜巻が空中でぶつかり合った。凄まじい突風が巻き起こり、周囲の建物がギシギシと音を鳴らす。


 野外訓練場は、まるで天変地異でも起きたかのような光景に包まれ、あちこちで生徒達が悲鳴と共に吹き飛ばされた。


「皆さんここは危険です! 学園長はルナリアさんにお任せして、私達は避難しましょう!」


 アリエッタが大声で呼びかけると、他の生徒達は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


 私達は野外訓練場から少し離れた位置に集まり、防御魔法を使える者はそれを展開しつつ、戦いの趨勢を見守ることにした。


「こ、これが十賢者同士の戦い……」


 魔法学園に留学して、私もちょっとは強くなったつもりでいたけど、さっきから全然ついていけてないよ……。


「仕方がないですよ。彼らはこの世界でもトップクラスの実力者ですし、ついていける人なんて殆どいません」


 落ち込む私を励ますように、アリエッタが背中をぽんぽんと叩いてくれる。


 そうしている間にも、ルナリアちゃんとダーク学園長の激闘は続いていた。


 両者ともに一歩も引かず、何度も魔法をぶつけ合う。その度に空からキラキラとした氷の結晶や闇の魔力の残滓が降り注ぎ、野外訓練場の地面には巨大なクレーターが幾つも出来上がっていった。


「ねえアリエッタ。どっちが優勢だと思う?」


「そうですね、私が見るに若干――」


「ルナリアさんのほうが優勢のようですね」


 いつの間にか眼鏡の男子が私達の隣までやってきており、眼鏡をクイッと上げながらアリエッタのセリフに割り込んだ。


「カイッセくん、起きたんだね」


「ええ、話は聞かせてもらいましたよ。解説ならこのカイッセにお任せください」


 カイッセは眼鏡をキラリを光らせると、自慢げに胸を張った。

 

 彼は戦闘にはまるで役に立たないけど、やたら色々な知識に精通しているし、ここは彼の知識に頼らせてもらおう。


「学園長は十賢者最強の存在であり、逆にルナリアさんは十賢者の中では一番の新入り。普通に考えれば、ルナリアさんの方が圧倒的に不利です。ですが、学園長の能力は現在"魔法の複製人形"の効果で半減しており、更には慣れない闇魔法を使っているので、消費魔力の効率がかなり悪いようですね。総合的に考えると、ルナリアさんが若干有利といったところでしょう」


「私もカイッセくんに同感です。ほら、見てください。ルナリアさんが押しはじめていますよ」


 アリエッタの視線の先に目を向けると、ルナリアちゃんがダーク学園長の放つ闇の魔力弾を、氷魔法による防御で全て防いでいた。


 そして、彼女はお返しとばかりに氷の槍を何本も放つと、それは学園長の肩や足を掠めて小さな傷を刻み込んでいった。


 学園長は少し顔を歪めると、今度は漆黒に染まった剣を生み出し反撃するが、ルナリアちゃんは涼しい顔で氷の剣を生み出してそれを相殺する。


 もはやどちらが優勢かは誰の目にも明らかだった。


「どうやら決着がつきそうですね」


 カイッセが呟いた直後、ルナリアちゃんの放った氷の矢が学園長の両手両足に突き刺さり、学園の校舎の壁に磔にした。


 身動きが取れなくなった学園長に向けて、ルナリアちゃんは巨大な氷の槍を生み出して構える。


「ま、待て! 生徒ルナリアよ! 儂は魔族に魔術をかけられてこんな状態になっているのだぞ? 本当は善良な儂をこんな目に合わせるのは、正義に背く行為ではないか?」


「……確かに学園長がいなくなるのは困るわね。どうすれば元に戻るの?」


「ミリアムという魔族を倒せば元に戻る! 儂はもう投降するから、地下の迷宮に向かったミリアムを倒してくれ!」


 それを聞いたルナリアちゃんは、学園長の四肢に突き刺さっていた氷の矢を全て消滅させる。


 すると、学園長は自由になった両手を擦りながら安堵の息を漏らした。


「仕方ないわね。ひとまずはミリアムを追うことに――」


「油断大敵じゃあぁぁぁ!」


 背を向けたルナリアちゃんに対して、ダーク学園長が口から漆黒の光線を発射する。


 ルナリアちゃんは咄嗟に振り返って防御魔法を展開したが、光線は彼女の氷盾を貫通し、左肩をかすめて空の彼方へと消えていった。


「ひ、卑怯だぞーー!」


「そうだそうだ! 学園長のクセにみっともねぇぞ!」


「ルナリア様になんてことをするのよ!」


 学生達がダーク学園長に向かってブーイングの嵐を浴びせる。


「黙れ黙れぇぇぇ! 勝てば官軍なのだぁぁ!」


 ダーク学園長は血走った目で生徒達を一喝すると、再びルナリアちゃんに向かって漆黒の魔力弾を乱射しはじめる。


 しかし、ルナリアちゃんは肩の傷を一瞬にして凍り付かせて止血すると、氷剣で魔力弾を斬り払いながら、一直線にダーク学園長に突っ込んでいった。


「学園長卑怯すぎでしょ!?」


「それだけ本来の学園長は善の心を持っていたということでしょうね。反転させられことで、まさに最低のクズ野郎へと成り下がってしまったのでしょう」


 カイッセの解説を聞いている間にも、ルナリアちゃんとダーク学園長は激しい攻防を繰り広げている。


 やはりルナリアちゃんのほうが押しているが、結局とどめを刺すことができないので、じわじわと彼女に疲弊の色が見え始めた。


「……これだけは使いたくなかったけど仕方ないわね」


 ルナリアちゃんは学園長から距離を取って大きく溜め息を吐くと、背中に背負っていた一本の杖を手に取った。


 その杖の先端には、目玉のような物体が埋め込まれており、それはギョロギョロと不気味に蠢いている。


「で、出たぁぁぁーー!! "芸術の杖"だぁーー!!」


 カイッセが興奮したように叫び声を上げると、周りの男子生徒達がワァッと沸き立った。


「え? なに? あれってそんな凄い武器なの?」


「知らないのかいシズクさん! あれはヘイトマンズコレクションNo.40――"芸術の杖"ですよ! カッコいいポーズを決めたり、着ている服の状態を変化させることで点数がつけられ、その点数によって魔法の威力が増大するという、かなり特殊な魔法武器なんです!」


「ちょっと近い、近いから!」


 興奮して唾を飛ばしながら顔を近づけてきたカイッセを、私は慌てて押し返す。


 杖の効果はわかったけど、何故か女子より男子の方が盛り上がっているのは気のせいかな……?


 ルナリアちゃんは杖を前方に突き出すと、マントを翻して、シャツの上に羽織っていた上着を地面に投げ捨てた。


「え? なんで脱いだんだろう?」


 私が疑問に思った瞬間、杖の先端についている目玉がぷるぷる震えだしたかと思うと、突然カッと強い光を放った。


《ゴ、ゴ、50点! 50点!》


 目玉から不気味な声が発せられたかと思うと、杖から膨大な魔力が溢れ出してくる。


「くっ……。倒すことができないなら、氷の中に封印してやるわ! 食らいなさい――"氷結の棺アイスコフィン"!」


 ルナリアちゃんが杖を地面に突き立てると、学園長の周囲に巨大な氷柱がいくつも生えてきた。


 それらはまるで生き物のように彼を包み込み、完全に動きを封じ込めてしまう。


 だが、出力が足らないのか、学園長の闇の魔力によって氷柱が破壊されると、彼は再び自由の身になってしまった。


「あ~、上着を脱いだだけじゃ点数は上がらないか……。もうちょっと大胆なポーズを取らないと学園長を封印できるほどの魔力は引き出せないんじゃないかな」


「どういうこと!? だからなんでルナリアちゃんは脱いだの!?」


 カイッセが訳の分からないことを言うので、思わず叫んでしまう。


「"芸術の杖"は、基本的に脱げば脱ぐほど高得点をつけるんですよ。あ、でも男や可愛くない女の子が脱いでも0点しかもらえないんですけどね」


「……」


 それって、"芸術"じゃなくて"変態"の間違いじゃない?


 私が呆れていると、ルナリアちゃんはその場でバク宙を決め、更にはクルクルと回転しながらスカートをなびかせた。


 すると、杖の先端に埋め込まれた目玉が嬉しそうに震えだし、再び点数が表示される。


《ゴゴゴ……! ヨ、ヨ、42点!》


「……くっ!」


 ルナリアちゃんは悔し気に唇を嚙みながら、再び学園長を封印しにいくが、やはり点数が足りず、簡単に氷を破壊して脱出されてしまった。


「な、なんでよ! 今めっちゃルナリアちゃんのパンツ見えてたんだけど!? なんで50点を割ってるの!?」


「……どうやらパンツが見え過ぎてしまったようですね。"芸術の杖"はこだわりが強いんですよ。モロに見えるよりチラリと見えたほうが高得点になるんです。わざわざバク宙したのも、下品だと判断されてしまったのかもしれません。ちなみにいきなり全裸になると、どんな美少女でも0点になるそうです」


 なにそれ!? 理不尽すぎない!?


 それからも、ルナリアちゃんは"芸術の杖"を何度も振るってポーズを決めていくが、最高でも70点までしか点数が上がらず、学園長を封印するまでには至らない。


「ユニペガ! 行くよ!」


『ヒヒ~ン』


「ちょっと雫さん、危ないですよ!」


「大丈夫、遠くからルナリアちゃんにアイテムを渡すだけだから!」


 私はアリエッタの制止を振り切り、ユニペガに跨ると、ルナリアちゃんに向かって全力で駆ける。


 そして、小さな家の中から一つのアイテムを取り出して彼女に放り投げた。


「シズク!? これは……?」


「それを身につけてもう一回ポーズをとってみて!」


 ルナリアちゃんは戸惑った様子だったが、私を信頼してくれているのか素早くそれを装着した。


 私が再び皆の所に戻ってユニペガから降りると、カイッセくんは訳がわからないといった様子で首を傾げる。


「シズクさん、一体何を? 先ほど僕は脱げば脱ぐほど高得点になると言ったはずでしょう? なぜルナリアさんに新たな服を与えたのですか?」


「いいから黙って見てなよ、今にわかるから」


 ルナリアちゃんは"芸術の杖"を高く掲げると、真剣な表情でポーズをとりはじめた。そして、スカートがふわりと舞い、その下が露になる。


「「「あ、あれはっ!?」」」


 男子生徒達が驚愕の声を上げる。


 彼らの視線の先には、私の渡した黒のニーハイソックス・・・・・・・・・・と、ルナリアちゃんの美脚が織りなす美しいコントラストが映し出されていた。


 スカートとニーハイの僅かな隙間から見える白い太ももは、まさに芸術といっても過言ではない。


《フ、フ、フムフムフム! な、78点! 78点!》


 目玉から得点が発表されると、ギャラリーから大きな歓声と拍手が巻き起こった。


 ルナリアちゃんは顔を真っ赤に染めて俯いている。


「し、シズクさん! あれは一体……!? 布面積が増えたというのに、この心震えるような感動は……!?」


 カイッセが驚愕の表情で詰め寄ってきたので、私は声を大にして叫ぶ。


「あれこそ、"絶対領域"だよ! スカートとニーハイの間に生まれる、聖なる領域! あの領域に心惹かれない男子なんて存在しない!! あの目玉もおそらく男子! あの杖は男子の心を映す鏡なんだよ!!」


 私が力説すると、一部の男子生徒達が膝を屈して涙を流しながら地面に平伏した。


 だが、それでも僅かに点数が足りないのか、学園長はルナリアちゃん作り出した氷の棺から脱出してしまった。


 ルナリアちゃんは肩で大きく息をしながら、悔しそうに地団太を踏む。どうやら体力よりも羞恥心が限界にきているようだ。


 仕方ない、ここは心を鬼にして最後の手段をとろうかな。


「ルナリアちゃん頑張って! 次は絶対に封印できるから!」


「シズク……わかったわ……! 今度こそ絶対に封印してみせる!」


 ルナリアちゃんはフラフラと立ち上がると、再び杖を掲げて芸術の杖を回し始めた。


「今だ! "水弾乱舞"!」


 私はルナリアちゃんがポーズを決めた瞬間に、彼女の胸に向かって水魔法を放つ。


 水弾は見事命中し、ルナリアちゃんの胸元のボタンを一つ弾き飛ばすと、白いシャツを濡らして中の下着を透けさせる。


 その勢いのままに水弾は次々と地面に着弾し、上昇気流によってルナリアちゃんのスカートをフワリと持ち上げた。


 そして、その下から現れたのは、ちらりと見え隠れする水色のパンツと、ニーハイと太ももの境界線に僅かに見える"絶対領域"。


 【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16818093076646244868


「「「う、うおぉぉぉぉぉ!!!」」」


 男子生徒達は、もはや言葉にならない歓声をあげて地面の上を転げまわった。


 中には感極まってむせび泣いている者もいる。


《オオオオォオオッ! き、き、き、95点! 95点!》


 目玉もガタガタ震えながら、今日一番の得点を叫ぶと、ルナリアちゃんは顔を真っ赤にしながら最後の力を振り絞り、杖を学園長に向けて突き出した。


「くたばれや、じじぃぃぃ!!」


「ぬ、ぬおおおおおぉぉーーーー!!」


 杖の先端の目玉がカッと目を見開くと、光り輝くほどの膨大な魔力の奔流が、学園長に襲いかかる。


 彼は闇の魔力を放出して抵抗するが、やがてその体は氷の棺に完全に閉じ込められてしまった。


 男子生徒達が歓声をあげるなか、ルナリアちゃんは膝から崩れ落ちて、その場にペタンと座り込んでしまう。


 私とアエリエッタは慌てて彼女に駆け寄る。


 すると、ルナリアちゃんは顔を真っ赤に染めて、涙目になりながら私を睨んできた。


「シズク、後で覚えてなさいよ……!」


 彼女はそれだけ言うと、力尽きて気を失ってしまったのだった。

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