第144話「襲撃①」
学園サイドは雫視点になります。
──────────────────────────────────────
「ほら、ルナリアさん。そろそろ起きてください。会合に遅刻してしまいますよ?」
「う~ん……、あと5年……」
屋上で熟睡していたルナリアをアリエッタが起こそうと揺さぶっているが、彼女はなかなか目を覚まさない。
式典は明後日なので、ユニペガで移動するならまだ時間的余裕はあるが、このままだといつまでもここで寝ていそうなので、私は水魔法を使い、彼女に向かって思いっきり冷水を浴びせた。
「ぷぎゃ!」
──ピキキキ……。
その瞬間、ルナリアの全身が一気に凍りつき、そのまま完全に固まってしまう。
「あ……やば……」
「ちょ、ちょっと雫さん! ルナリアさんは寝ているとき、外敵から身を守るために無意識に身体を氷の魔力で覆ってるんです! だから、水なんて浴びせたら……」
学園の屋上に美少女の氷像が完成してしまった……。
「……見なかったことにしよ」
私がくるりと背を向けると、バリン、と氷が砕ける音がして、中から美少女が姿を現す。
「──ぶはっ! シズク、こ、殺す気なのっ!?」
まあ、世界最強の氷魔法使いなんだから、自分が凍らされても余裕で脱出できるよね。
「はぁ、完全に目が覚めてしまったわ。あと5年くらいは寝ていたかったのに……」
「5年は長すぎでしょ。花の10代が終わっちゃうじゃん。せめて2年にしときなよ」
「そうね……。次からはそうするわ」
ルナリアは、ぐーっと伸びをすると、乱れた髪を整える。
少し青みがかった白、所謂スノーホワイトと呼ばれる髪色をしたロングヘアーに、透き通るような白い肌。宝石のように輝く水色の瞳と、目鼻立ちが整った小さな顔。
お兄ちゃんやアリエッタほどの豊満な身体ではないものの、引き締まったウエストとすらりと伸びる四肢から繰り出される、しなやかなボディライン。
その美しさは、まさに氷の妖精そのものだ。
『ヒヒ~ンっ!』
ユニペガもこの娘がとても気に入っているようで、尻尾を振りながら甘えるように彼女の首に鼻をすり寄せる。
うーむ、私達の前ではこんなに大人しくて愛想もいいのに、何でお兄ちゃんには懐かないんだろう……?
「ふふふ……、いい子ね。ブルーサファイア号と名付けましょう」
「ユニペガって名前がすでにあるからね……」
ちょっと変わり者だけど、私はこういうマイペースな人間が嫌いじゃないので、彼女とはすぐに友達になれた。
「それじゃあ、ユニペガ。ちゃんとルナリアちゃんを、ベスケード帝国まで送り届けてくるんだよ?」
『ブルルッ! ヒヒ~ン!』
任せておけと言わんばかりにユニペガは嘶くと、ルナリアを背に乗せて、翼を広げて空へと羽ばたいていった。
「行って来るわねー!」
「「いってらっしゃ~い!」」
ルナリアの出発を見送ると、私とアリエッタは屋上のベンチに腰掛ける。
「ルナリアちゃんじゃないけど、こうも暖かいと眠くなってきちゃうね」
「そうですねー、ふあぁ……」
アリエッタも欠伸をしつつ、私の肩に頭を乗せてきた。
あ、なんか本当にめちゃくちゃ眠くなってきた……。もう今日は授業もないし、このままここでお昼寝しちゃおうかな……。
……
…………
………………
「……ずくさんっ! 雫さん、起きてください!」
んぁ……? 私の肩を揺さぶりながら、誰かが何かを叫んでいる……。
……誰? せっかく気持ちよく寝てるのに……。
「う~ん……、あと5年……」
「5年は長すぎると自分で言ってたじゃないですか!」
そんなこと言っても、眠くて眠くて起きられないんだもん……。
「これは、普通の眠気ではない? ……神聖なる光よ、彼の者を眠りの淵より呼び起こしたまえ――"アラウズ・ライト"!」
突如、私の身体を暖かな光が包み込み、私の睡魔は一気に吹き飛んだ。
「──はっ!」
目の前には、私を心配そうに覗き込んでいるアリエッタの綺麗な顔……と、13歳とは到底思えないほどの豊かな胸がある。
「あれ? 私、寝てたの?」
「はい。それはもうぐっすりと……」
「ふぁ~……、アリエッタが魔法で起こしてくれたの? わざわざそこまでしてくれなくても良かったのに……」
私は大きな欠伸をしたあと、眠たい目を擦る。
うーん……、なんか変な夢を見たような……? だけど、霞がかかったように内容が思い出せない。
「そんなことを言っている場合ではありません! 周りをよく見てください!」
「……へ?」
アリエッタに促されるまま周囲を見渡すと、先程まで陽光で照らされていた屋上が、今では雨の日のように暗くなっており、辺り一面に霧が立ち込めていた。
「え? なにこれ、霧?」
「それだけではありません、空をよく見てください。何か違和感がありませんか?」
違和感? 違和感なんてあるかなぁ……。
ん? んん!?
「あっ! 学園長の結界がなくなってる!」
遥か上空から、学園を覆うように放射線状に張り巡らされていた、学園長の結界が綺麗さっぱり消失している。
ということは……。
「おそらく……敵襲です」
「敵襲!?」
「悪意ある存在が、何らかの方法を用いて学園長の結界を破り、この学園内に侵入しています。……ほら、あれを見てください」
アリエッタが屋上から下を指差すと、そこには異様な光景が広がっていた。
そこかしこで、学園の生徒達が地面に倒れ伏しており、まるで眠っているかのようにピクリとも動かない。
「実際に眠っているのだと思います。魔法か、あるいは魔族の魔術か。これほど大規模な睡眠魔法は聞いたことがないので、魔族の魔術である可能性が高そうですね。先程雫さんも、私が神聖魔法をかけるまで、あんな感じでぐっすり眠っていたんですよ? 揺すっても全然起きなかったんですから」
そういえば、誰かに肩を揺すられていた気がするけど、あまりにも眠くて起きられなかったんだ……。
とにかく、これはどう考えても異常事態だ。
「それで、どうするの?」
「とりあえず校舎内の状況を確認しましょう。魔法耐性の高い人や、私のような神聖魔法使いなら、自力で目覚めることができているかもしれません」
「う、うん……」
私はまだ寝ぼけたままの頭を振り、アリエッタと一緒に屋上から校舎内へと入っていった。
「皆さんぐっすりと眠っていますね……」
「アリエッタ以外に自力で目覚めてる人はいないみたいだね」
この王女様は、めちゃくちゃ高い魔法耐性を持っているのだ。その上、神聖魔法の使い手なので、自らに害をなす魔法や魔術に対してはめっぽう強い。
だが、どうやら殆どの生徒……いや、生徒だけじゃなく教師達も皆、この状況に抵抗できずに眠らされているようだ。
「アリエッタの魔法で起こすことはできないの?」
私はアリエッタの後ろを歩いて、彼女の服の裾を握り締めながら問いかける。
いや、13歳の女の子に縋りつく15歳の私ってどうなん? と思わなくもないけど、アリエッタめっちゃ冷静で頼りになるんだから仕方ないじゃん。
こういう異世界の謎現象とか、オラついて1人突っ走るより、現地人のいかにも生き残りそうな王女様の後ろについて行ったほうが絶対生存率高いでしょ。
「可能です。可能ですが、今は人数を増やさないほうが得策だと判断しました」
「どうして?」
「戦闘音もしませんし、大軍が攻めてきた気配も感じません。おそらく、敵は少数精鋭。そして、死者が出ている形跡もありません。たぶんですが、賊の目的は校内にいる特定の人物、もしくは校内にある何かだと思うのです。なので、皆を無理やり起こしてしまうと、逆に賊に襲われる確率が高くなると考えました。相手はどうやら寝ている生徒は襲っていないようですし」
「……」
「どうかしました? 雫さん」
「ううん、なんでもない。……それより、外の様子も確認しようよ」
「え、ええ……」
アリエッタは少し訝し気だったが、それ以上は言及せずに私の提案に素直に頷いてくれた。
私達は校舎内から中庭に出て、辺りの様子を観察してみることにする。
「やはり、皆さん眠っていますね」
「うん、この霧が原因なのかな?」
「たぶんそうだと──雫さん、こっちにっ!」
突然、アリエッタが私の腕を引っ張り、近くにあった茂みの中へと引きずり込んだ。
アリエッタは口元に人差し指を当て、静かにするように私に指示すると、反対の手で噴水の方を指差す。
すると、遠くから3つの人影がこちらに向かって歩いて来るのが見えた。
「な……なにあいつら……」
思わず、そんな言葉が口を衝いて出る。
人影の1つは、頭から馬のような耳を生やした女性で、何故かシスター服を着ており、背中からはコウモリのような黒い羽が生えている。
もう1人は、山羊の頭をした、まるで悪魔のような大男で、その身体には似合わぬ執事服を着ている。
そして最後の1人は、褐色の肌をしたエルフと思われる女性で、その顔には仮面を付けていた。
3人共とてつもない魔力と威圧感を感じる。
特に真ん中のエルフの女、あれはヤバい……。あいつから感じる魔力は、お兄ちゃんと比べても遜色がないように思える……。
「あれが、魔族です……」
アリエッタが小声で私に耳打ちをする。
「魔族って、あんなヤバそうな奴らなの……」
てっきりモンスターに毛が生えた程度の強さを想像してたんだけど、あんなのが沢山いるとか、異世界怖すぎじゃん……。
「雫さん、魔力が少し高ぶっています、もっと抑えてください」
「え? ど、どうしよう。私まだ魔力を完全に消すとかできないんだけど……」
「落ち着いてください。周りの眠っている生徒達をよく観察してください。あれくらいの魔力を纏っておけば、私達と眠っている人の区別はつきません」
な、なるほど、そういうことか。
まだあの魔族3人は私達に気づいた様子はないし、このままやり過ごすことにしよう。
「あの真ん中のエルフのような魔族……私、見たことがあります。確か魔王軍八鬼衆の1人だったはずです。彼女に対抗できそうなのは、世界中から優秀な魔法使いが集められたこの学園でも、学園長とネブラーク先生、それにルナリアさんとソフィア先生の4人くらいしかいないと思います」
「ええ……。ルナリアちゃんはさっき出発しちゃったし、ソフィアちゃんもお昼ごろに王都に何かの調査に出かけちゃったよ? どうするの?」
そして、ネブラーク先生も確か十賢者の会合に出かけていて不在のはずだ。
「学園長であれば何とかできると思いますが……。結界が消えたのが気になります。もしかしたら、彼に何か──」
アリエッタはそこまで言うと、驚愕の表情を浮かべて黙り込む。
何かあったのだろうかと、私が彼女の視線の先を追うと、そこには信じられない光景が広がっていた。
「あ、あれはマリーベルさん! あぶないっ!」
なんとマリーベルさんが、あの魔族達に向かって歩いて行こうとしているではないか。
私は咄嗟に飛び出して彼女を止めようとしたが、アリエッタに腕を掴んで止められてしまう。
「アリエッタ! どうして止めるの!? マリーベルさんが殺されちゃう!」
「落ち着いてください雫さん! 彼らからまるで殺気を感じません。それに何故マリーベルさんがこの現象のなか、平然と歩いているのか。私にはそれが気になります」
確かに、アリエッタの言う通りだ。
こんな異様な光景のなか、マリーベルさんはまるで散歩でもするかのように、あの魔族達のもとへ向かっている。
そして、彼らも彼女に攻撃をするような雰囲気は見られない。
「……なるほど、そういうことですか」
アリエッタは何かに気がついたようで、私の腕を放してくれる。
「どういうこと?」
「マリーベルさんの羽織っている緑色のローブ。あれは最近この国で話題になっている新興宗教団体、"緑の教団"のシンボルです」
緑の教団、どこかで聞いたことがあるようなないような……。
「ええと、マリーベルさんがその教団の関係者だっていうこと?」
「はい。他国で十賢者の会合があり、ソフィア先生も不在で学園の防衛力が落ちているこのタイミングでの襲撃、学園内に内通者がいると考えるのが自然です。マリーベルさんは教団の信徒であり、そして、緑の教団は魔族と繋がっていた──いえ、そもそも教団そのものが魔族によって作り出されたものなのかもしれません」
「……」
目を白黒させる私に対し、アリエッタは淡々と言葉を紡いでいく。
「光の結界を解いたのもおそらく彼女なのでしょう。彼女はこの学園で学園長に次ぐ光魔法の使い手です。内側からでしたら結界に干渉できてもおかしくありません。悪意を検知する光の結界が彼女に反応しなかった理由は想像するしかありませんが、操られていて本人には悪いことをしている自覚がない、もしくはそれに準ずる精神状態であればあるいは──」
「…………」
「どうかしましたか? 雫さん」
「IQ180くらいある?」
「……? IQってなんですか?」
さっきからずっと思ってたけどさ……。
この娘、頭の回転早すぎでしょ!?
名探偵なの? お兄ちゃんよりよっぽど探偵服が似合いそうなんだけど……。
私なんて、「敵が攻めてきてヤバい」とか、「お兄ちゃんー!! はやくきてくれーっ!!」とか、「こんなことになるなら先にトイレ行っとけばよかった」とか、「魔族こわっ!」とか、そんなどうでもいいことばっかり考えてたのに……。
まぁ、驚き役である名探偵の助手は最後まで生き残るのがお約束だし、私はこのままアリエッタの助手として後ろについて行こうと思います。
私がそんなことを考えている間に、マリーベルさんは魔族達のもとに辿り着き、彼らと何やら会話をし始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます