第143話「邂逅」★

「やれやれ、めんどくさいなぁ……。何故わざわざベスケード帝国まで行かなければならないのか……」


「ぐだぐだ文句言ってねーで、さっさと準備しろよネブラーク」


 今日の実践魔法の授業も終わり、学食にでも行こうかと学園の廊下を歩いていると、ネブラーク先生と彼の使役する死霊、ミルフィリアが何やら話をしていた。


 気になった俺は、彼らに声をかけてみる。


「どうしたんですかネブラーク先生」


「ああ、ソフィア・ソレルか。聞いてくれよ、明後日に十賢者の会合があるんだが、それがベスケード帝国の帝都で開かれるらしいんだよ。そのせいで、今から馬車で移動しなければならないんだ」


 ネブラーク先生によると、今度ベスケード帝国の帝都に、ここの姉妹校ともいえる魔法学園が創立されることになったらしい。


 その式典が明後日行われるのだが、式典には世界中に散らばっている十賢者が久々に全員集合するとかで、出不精の彼も流石に出席せざるを得なくなったのだとか。


「仕方なかろう、賢者が全員集まるなか、1人だけ不参加というわけにはいかん」


 そこにワーズワース学園長がやってきて、ネブラーク先生を嗜める。


「あれ? ということは学園長も出席するんですか? それってマズくないですか? 学園の結界って学園長がいないと張れないじゃないですか」


 俺は素朴な疑問をぶつける。


 光の賢者である学園長は、普段は学園に光の結界を張っているので、学園内から出られない。そんな彼が賢者の会合に出席するのは、いささか問題があるのではないだろうか。


「ふふふ、心配ご無用。これを使うのじゃ」


 学園長は懐から木で出来た人形のようなものを取り出すと、それに魔力を流し込む。


 すると――


「「どうじゃ、これで問題なかろう」」


「おおー! 学園長が2人になりました!」


 木彫り人形が学園長にそっくりな姿になると、まるで本人そのものであるかのように喋りだした。


「この"魔法の複製人形"は、対象の人物の姿形をそっくりそのまま複製することができるのじゃ。能力や記憶まで完全に再現できるのじゃが、魔力が半分になってしまうのと、元に戻るまではお互いに起こっていることを把握できないのが欠点じゃな」


 なるほど、便利なアイテムがあるものだ。


 確かにこれなら、学園長も光の結界を維持したまま問題なく会合に参加することができるな。


「それじゃあ儂は学園長室に戻るから、会合のほうは頼んだぞ儂よ」


「うむ、任された儂よ」


 本体と思われる学園長が踵をかえして去っていくと、複製学園長とネブラーク先生達は馬車の方へと歩いていく。


 俺もそれを見送るために彼らについて歩き出す。


「んん? ルナリアはまだ来ておらんのかの?」


 馬車の前まで来たところで、学園長が首をかしげながらそんなことを呟く。



 この学園には、十賢者のうち3人が在籍している。


 1人目は光の賢者――エルヴィス・ワーズワース。

 

 2人目は闇の賢者――ネブラーク・シキタイス。


 そして、3人目は氷の賢者――ルナリア・グラスマリンだ。



 ルナリアは十賢者最年少の17歳で、教師ではなく生徒として学園に在籍している。


 北方の果てにある、氷雪に閉ざされた極寒の国――アイスティア出身の天才魔法使いである彼女は、その幻想的な見た目から氷の妖精とのハーフではないかと噂されており、"スノーフェアリー"という二つ名をつけられていた。


「またどこかで寝ているんじゃないですかね」


 彼女はいつもどこか眠たげで、授業をサボっては学園内のどこかで昼寝をしていることが多い。


「ち、仕方ねーなぁ……。俺がちょっくら探してくるから、お前らは先に馬車に乗ってろ」


 ミルフィリアは面倒くさそうにそう呟くと、ルナリアを探しにどこかへ行ってしまった。


 やれやれといった感じで学園長は肩を竦めると、ネブラーク先生と馬車へ乗り込んでいく。




「眠いから先に行っててくれってよ」


 しばらくすると、ミルフィリアが戻って来て、ルナリアの伝言を伝える。


「先に行けじゃと? 馬車が行ってしまったらルナリアが困るじゃろうに……」


「あー、なんか友達にユニコーン? だか、ペガサスだかよくわからん馬を借りるから、そいつに乗って後で行くから大丈夫らしいぜ」


 ユニペガのことか。


 まあ、確かにあいつは空も飛べるし、馬車なんかよりよっぽど速いからな。あいつに乗れば一日遅れて出発しても問題ないくらいだろう。


 というか雫のやつ、顔が広いな。もう賢者であるルナリアとも友達になってんのかよ。コミュ力の高さが羨ましいぜ。


「ふむ、なら大丈夫かの。では、儂らは先に馬車でベスケード帝国に向かうとしようか」


 学園長がネブラーク先生に視線を送ると、彼はミルフィリアに御者台に乗るように指示を出した。


 ミルフィリアが手綱を握ると、馬車はガラガラと音を立てながら俺の目の前を通り過ぎていく。


 それを見送った後、俺は学食へと足を向けたのだった。





「ソフィア先生、少しよろしいですの?」


 俺が学食でオーク肉の味噌カツ丼とトマトサラダのセットを食べていると、マリーベルが声をかけてくる。


「ええ、いいですよ。なんでしょうかマリーベルさん」


 彼女は俺の正面に腰かけると、真剣な面持ちで話を切り出してきた。


「この前、実習授業でオークの討伐に行ったときのことは覚えていまして?」


「はい、もちろん覚えていますよ」


 マリーベルの様子がなんだかおかしかった日だ。


 彼女は少し悩んだ後、意を決したように再び口を開いた。


「実は……あそこは、"緑の教団"のアジトだったんですの」


「"緑の教団"、ですか?」


 確か最近、王国内で話題になっている新興宗教団体だったはずだ。なんでも弱者の救済を謳っていて、その信奉者は皆、緑のローブをまとっているとか。


 何かあくどいことをしているとか、特にそういった怪しい噂も聞いたことがないため、今のところは静観していたのだが……。


「わたくし、過去にあの教団にお世話になったことがありますの」


「ああ、それで様子がおかしかったんですね」


 教団が秘密にしている隠れ家が俺達に見つかってしまいそうになり、慌てていたのだろう。


「でも、あんなにもオークのいるような場所ではなかったはずですの。だから、教団に何か良くないことが起きてるんじゃないかと思いまして……」


 マリーベルは心配そうな表情を浮かべながら呟く。


「ふぅむ、ならば私が様子を見てきましょうか?」


「いいんですの? それでは、わたくしが案内しますわ」


「いえ、場所だけ教えてもらえれば大丈夫ですよ。あのボスみたいな奴のいた場所ですよね?」


 俺1人の方が身軽だし、さっさと調査を終わらせられる。


 マリーベルは学生にしてはかなりの強さだが、学園の外では何が起こるかわからないし、彼女を危険な目に遭わせるわけにはいかない。


「え、ええ……。あそこの奥の壁に、隠し通路がありますの。よく調べれば見つかるはずですわ」


 俺はオーク肉の味噌カツ丼を口の中にかきこむと、席を立つ。


 そして、心配そうな視線を送ってくるマリーベルを宥めると、オークの洞窟へと向かって歩き出した。





「んん……どこですかね? お、これかな?」


 洞窟の最奥まで来た俺は、岩肌によって巧妙に隠されていた通路を発見する。きっとこの先に"緑の教団"の本拠地があるのだろう。


 俺はさっさと終わらせようと、暗い道を歩き出した。


 しばらく狭い通路を進むと、巨大な両開きの扉が目の前に現れる。


「おお、これは凄いですね」


 扉を開けると、そこは洞窟の中とは思えないほど美しい空間が広がっていた。


 床は大理石みたいになっているし、壁には絵画が飾られており、 奥には祭壇がある。天井から差し込む光と相まって、神秘的という言葉がよく似合う場所だった。


 カツカツと靴の音を響かせながら部屋の中を探索していると、祭壇の更に奥に隠れるように設けられた扉を発見した。


 俺は迷うことなくその扉に手をかけ、開く。


「……うっ」


 扉を開けた瞬間、思わず顔を顰めてしまった。


 その部屋の中には、人のミイラのような物がずらりと並んでいたからだ。それらはどれも苦悶の表情を浮かべていて、まるで生きているかのようにも感じられる。


 ミイラは服を身につけており、それらの保存状態から推測すると、ごく最近に作られたものであることがわかる。


「なんらかの能力で、ミイラにされたのでしょうか……。まさか失踪事件の犯人は緑の教団?」


 とにかくもっとアジト内を探索しなくては。



 そう思い、先に進むため扉から外へ出ると――



 祭壇のある部屋の中央に、いつの間にか真っ赤な髪をした美女が佇んでいた。


 黒のローブを羽織り、額から2本の角が生えているその女性は、俺を見ると、まるで街で偶然再会した友人のように親しげに話しかけてきた。


「よう、ソフィア! 久しぶりじゃないか」


「……もしかして、マルグリット先生ですか?」


 若返ってはいるが、その容姿は紛れもなく俺の魔法の師、アネッサ・マルグリットだ。まさかここで彼女と会うことになるとは思わなかった。


 マルグリット先生は後ろを向いて指を鳴らすと、俺の入ってきた出入口が灼熱の炎に包まれる。


「あれに突っ込んだら、流石のお前でも一瞬で消し炭になっちまうよ。もうあたしを倒さない限りここからは出られないわけだ」


「……マリーベルは、まだ緑の教団と繋がっていた? そして、教団は失踪事件の犯人でもあり、魔族とも関係があった? 私は彼女に騙されたというわけですか?」


「お前、頭がいいのかマヌケなのかよくわからん奴だよな。ああ、地頭はいいんだろうが、きっと他人を信じたいという気持ちが強すぎて、疑うことが苦手になってるんだろうな」


 彼女はニヤニヤと笑いながら、俺に話しかけてくる。

 

 相変わらず人を小馬鹿にしたような態度だ。


「学園の結界は今頃マリーベルが解いているはずだ。ミリアムもワーズワースから賢者の石を奪うために学園へ向かってるところさ。配下の魔族を引き連れてな」


 やられた!


 まさかミリアムとマルグリット先生が組んでいて、マリーベルまで彼女らの側についていようとは……。


「やっかいなネブラークとルナリアも十賢者の会合で学園にはいない。ワーズワースの力も"魔法の複製人形"で半減している。今のミリアムなら、十分に勝算はあるだろう。つまり、お前さえここに縛り付けておけば、あたし達の勝利は確定するってこった」


「あなたという人はっ!」


 何から何まで計算ずくで動いている。これがこの人のいやらしいところだ。


 本当にこの人は魔族になっても何一つ変わっていない。いや、むしろ前より生き生きしているようにすら思える。


「なんだその顔は? せっかく久々に師匠に会えたんだ、もっと嬉しそうにしろよ」


 マルグリット先生は心底楽しそうに、邪悪に微笑んでいる。


「ふ、ふふふ……」


「お? どうした? 本当は嬉しかったのか?」


「ええ、あなたをぶちのめせるかと思うと、つい笑みがこぼれてしまいました」


 ポキポキと指の骨を鳴らしながら、一歩、また一歩と彼女へと近づいていく。


「ずっと、その顔をぶん殴ってやりたかったんですよ。いつも私だけをいびって、ストレスの吐口にしてましたよね? 当時は私じゃ敵いっこなかったし、先生でおばあちゃんでしたから、殴るなど到底叶わぬ願いでしたが、魔族になって若返ったんなら、何も遠慮する必要はありませんよね?」


 俺がそう言うと、先生はクックッと腹をよじらせながら笑う。


「はっはっは! 言うようになったじゃないかソフィア! いいだろう、やれるものならやってみな!」


 マルグリット先生の全身から炎の魔力が吹き出す。


 俺の知っている当時の彼女よりも、更に強大で禍々しい力だ。同じ部屋の中にいるだけで肌が焼けてしまいそうなほど、その魔力は熱く渦巻いている。



「あたしは魔王軍八鬼衆が1人、"魔炎鬼マルグリット"! ソフィア・ソレル! あんたの力、見せてもらおうじゃないか!」



 【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16818093075932583093


 渦巻く炎を身にまとい、真紅の髪を揺らしながら、かつての師は俺の前に立ち塞がった――。

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