第140話「オークの洞窟」
「火よ、矢と成りて我が敵を貫け―― "フレイムアロー"!」
「ぶ、ブヒィィィ!!」
メリッサの火魔法がオークに命中し、醜い悲鳴が洞窟内に木霊する。
流石は学園治安維持部隊の一員なだけあって、彼女の実力は申し分なかった。オークは一撃で黒焦げになり、その場に崩れ落ちる。
「さあ、皆さんもメリッサさんに続いてください! 私やネブラーク先生、ミルフィリアは手出しはしませんが、いざとなれは助けますので、安心して、しかし緊張感を
絶やさずに戦ってください!」
洞窟の中程、少し大きな空間まで進んだところでオークの大軍と遭遇した俺達は、生徒達の実戦訓練を兼ねて、オークの討伐に勤しんでいた。
「よ、よーし、私だって……。風よ、刃と成って敵を斬り裂け――"ウインドカッター"!」
1人の女子生徒が震える手で杖をオークに向けると、風の刃がオークに向かって飛んでいき、その体を真っ二つに切り裂いた。
「や、やったぁ!」
「目の前の敵を倒したからといって油断してはいけません! 後ろ、来ています!」
女子生徒のすぐ後ろには、別のオークが迫ってきていた。彼女は慌てて杖を向けようとするが、恐怖で手が震えてしまい上手く狙いが定まらない。
だが、その瞬間――小柄な少女がオークと女子生徒の間に割って入ると、背中に背負っていた大剣を引き抜いて、軽く一振りした。
ズドンという鈍い音と共に、切り裂かれたオークの上半身が壁際まで吹っ飛んでいく。
「ったく、しょうがねぇなぁ。俺らがいるからって油断してんじゃねぇぞ! しっかり集中しろや!」
「は、はぃ……」
女子生徒は大剣を肩で担いでいるミルフィリアにぺこぺこと頭を下げると、「ミルフィリア様……すてき」と小声を漏らしながら、うっとりとした表情を浮かべる。
うーん、凶悪な魔族の死体と魂おっさんのハイブリッド美少女なんだがなぁ……。
「おらぁ! 土よ、槍と成りて敵を穿て――"サンドランス"!!」
「キィマ、俺らも王子に負けてらんねーぞ!」
「よし、いくぜリィト! 俺らの連携を見せてやろーぜ!」
他の生徒達も次々と魔法を発動させ、オーク達を討伐していく。
最初はぎこちなかった生徒達も、戦いに慣れてくるにつれて徐々に動きが洗練されてきていた。やはり実戦に勝る経験はなし……といったところだろう。
まあ、魔法学園の生徒は世界各地から集められた優秀なエリートばかりなので、そもそもの素質がその辺の冒険者とは段違いなのだが。
「ユニペガ、行くよ!」
『ヒヒーン!』
雫がユニペガに跨り、空中から水弾の嵐をオークに浴びせる。
飛行手段のないオークは、空中を自由自在に飛び回るユニペガに全く攻撃を当てることができず、一方的に攻撃を受けて次々と倒れていく。
「あいつ、性癖は終わってますけど、めちゃくちゃ有能ですよね……」
身体能力は高いし、頭もいいし、おまけに飛行能力も持っている。性格は最悪だが、その能力の高さだけは認めざるを得ない。
「……? マリーベルさんの様子が少し変ですね?」
彼女は魔法を使うまでもないとばかりにレイピアに魔力を込めて、オークの急所に正確に攻撃を加えている。
だが、その表情はどこか集中しきれていないというか、何か別の事に意識を取られているように見える。
もっとも、彼女は学園では学園長に次ぐ光魔法の使い手であり、特に魔力量に関しては賢者を除く教師陣をも凌ぐほどなので、多少集中を欠いていようがオーク如きに後れを取ることはないだろうが……。それにしたって、どこか彼女らしくない。
そんなことを考えているうちに、他の生徒達によって最後のオークが討伐され、戦闘は終了した。
「怪我をした人はいますか? いたらすぐに言ってくださいね?」
「ちょっとだけど擦りむいちゃった。アリエッタ、お願い~」
「はい、わかりました。……神聖なる光よ、彼の者の傷を癒したまえ――"ヒール"」
アリエッタが治癒魔法を唱えると、女子生徒の膝から流れていた血が止まり、傷口が塞がっていく。
うむ、やはりパーティに神聖魔法使いが1人いれば安心感がまるで違うな。
他の生徒達も、戦いによる疲れはあれど、大きな怪我をした者はいないようで一安心だ。
「へっ! 楽勝だったな。これならもっと上位種のオークが出てきても、俺らだけで余裕で倒せるんじゃねーか?」
「フォクスくん、そういう油断がいけないと何度も言っているでしょう?」
「わ、わかってるよ。自分と相手の実力を正確に見極めろ……だろ?」
「よろしい。皆さんも、決して油断しないでくださいね? 実戦は訓練とは違い、一度判断を誤れば、待っているのは死です。そのことを努々忘れないように」
「「「はい!」」」
生徒達の元気のよい返事を聞き、俺は満足気に頷くと、オークの死骸を次元収納へと回収していく。
先ほどパーティには神聖魔法使いが1人欲しいと言ったが、次元収納かそれに類するアイテムを持っている人間もいれば、尚良いだろう。
全ての死骸を収納し終えた俺は、生徒達を引き連れて奥へと進む。
だが、やはりマリーベルの様子がおかしい。
彼女は時折立ち止まっては、何かを探すようにキョロキョロと周囲を見回していた。そして、その表情にはどこか焦りのようなものが見て取れる。
「マリーベルさん、どうかしましたか?」
俺が話しかけると、マリーベルはハッとした表情を浮かべて慌てて取り繕うような笑みを浮かべた。
「い、いえ、大丈夫です。なんでもありませんわ……」
明らかに何か隠している様子だったが、本人が大丈夫と言っている以上、あまり踏み込むのはよくないか……。
俺は知りたい気持ちを抑え込んで、再び歩き出した。
その後も何度か戦闘をこなしながら洞窟の奥へと進むと、やがて大きく開けた空間へと辿り着いた。
「あれは……」
俺達は広間の中心に、他のオークと比べて二回りほど大きいオークの姿を確認する。その体には黒いオーラのようなものが纏わりついており、明らかに他の個体とは一線を画していた。
どうやら、あいつがこの群れのリーダーのようだ。
生徒達は緊張した面持ちで武器を構え、オークリーダーと対峙する。
だが、オークリーダーは生徒達が戦闘態勢に入ったのを確認した後も、攻撃を仕掛けてくるような素振りは見せず、じっとこちらの様子を観察するように見つめていた。
「うん? これは何かの守護者……あるいは番人のような存在なのかもしれないね」
「守護者……ですか?」
ネブラーク先生の言葉に、俺は首を傾げる。
この空間はどうも洞窟の最奥部のようで、これ以上先に進む道はなく、宝箱のような物も見当たらない。
「まあ、別に倒してしまってもいいんじゃないか? 僕達には特にデメリットはないしね」
俺がオークリーダーを倒すかどうか悩んでいると、ネブラーク先生はそう結論づけた。
生徒達も特に反論する様子はないので、俺も先生の意見に賛同し、戦いを始めることにする。
「皆さん! これが今日の授業の締めくくりです! 見事、あの怪物を倒して学園へと戻りましょう!」
「「「おーー!!」」」
俺の言葉を聞いて、生徒達は元気よく返事をすると、一斉にオークリーダーへと向かっていった。
「炎よ、敵を焼き払え――"ファイアボール"!」
最初に攻撃を仕掛けたのは、メリッサだった。杖をオークリーダーに向けると、そこから拳大の火の玉が射出される。
だが、オークリーダーはその巨体からは想像もつかないような俊敏な動きを見せ、地面を蹴って空中へと飛び上がると、背中に背負っていた大剣を引き抜き、飛んできたファイアボールを真っ二つに斬り裂いた。
二つに分かれた炎弾は、そのまま背後の壁へと激突して爆散する。
「ひっ!」
生徒達の間に、動揺が走った。
今までのオークとあまりにも違いすぎる強さに、皆足がすくんでしまっているようだ。
「お前ら落ち着けぇ! 俺らが後ろに待機してんだから死ぬこたぁねぇ! ちゃんと連携して攻撃すりゃ、問題なく倒せるはずだ!」
生徒達を鼓舞するべくミルフィリアがそう叫ぶと、生徒達は武器を構えて再びオークリーダーへと向かっていく。
「土よ、敵を束縛せよ――"アースバインド"!」
フォクスが地面に手をつき、呪文を唱えると、オークリーダーの足元から無数の土の腕が現れ、その動きを阻害しようとする。
「よっしゃー! 王子があいつの動きを止めてるうちに、全員で畳みかけっぞ!」
「私達も行くよ、ユニペガ!」
『ヒンヒンヒヒンッ!』
フォクスを援護すべく、雫とユニペガが空中から水刃を飛ばし、メリッサが炎の矢を放ち、他の生徒達もそれぞれの魔法を発動させる。
だが、オークリーダーは上空から降り注いでくる水刃を大剣で防ぎ、地面に縫い付けられながらも、全身の力を込めて強引に土の腕を粉砕しようともがく。
それでも、10人以上の魔法学園の生徒達からの一斉攻撃だ。流石に全ては防ぎきれないようで、オークリーダーの体に少しずつ傷が増え始めた。
「駄目だ! 俺の拘束は長くは持たねぇ!」
「フォクスさん、後退してください! 次は私が動きを止めます! 神聖なる光よ、悪しき者を封じる牢獄となれ――"ホーリープリズン"!」
フォクスに代わってアリエッタが呪文を唱えると、眩い光で構成された半透明の結界がオークリーダーの体を包み込み、その身動きを封じた。
「今です、皆さん!」
アリエッタの掛け声で、生徒達は一斉に魔法を放つ。
拘束されているオークリーダーはその攻撃に為す術もなく、全身を炎に焼かれ、風の刃で切り裂かれ、土の槍に貫かれていった。
そして――
「いけぇぇぇぇ――"水刃一刀"!」
雫の水神の涙から伸びた水刃がオークリーダーの首元に迫り、その巨大な頭部を胴体から切り離した。
頭部を失った巨体は轟音と共に地面へと崩れ落ち、そのまま動かなくなる。
生徒達はオークリーダーが完全に絶命したことを確認すると、一斉に歓喜の声をあげてハイタッチを交わしていた。
◇
「うーん、結局何もありませんでしたね……」
ネブラーク先生が守護者とか言ってたから、てっきり倒したら宝箱でも出てくるかと期待していたのだが、残念ながら何も見つからなかった。
まあ、今回の授業の目的は生徒達が実戦経験を積むことだから、別に宝探しが目的じゃないんだけど……。
「ソフィア先生、終わったのですから、そろそろ帰りませんこと? 皆さんあれでいて、慣れない実戦で疲れているようですし」
マリーベルがちらりと生徒達に視線を向ける。
その視線に釣られるように、俺も生徒達に目を向けると……確かに喜びはしているが、皆どこか疲れた様子だ。相当精神をすり減らしたのだろう。
「そうですね、目的は達成できましたし、そろそろ帰りましょうか」
俺がそう答えると、マリーベルはどこかホッとしたような表情を浮かべた。
なんだろう……。マリーベルはこの洞窟にいたくない? それとも俺達に早くここから出ていってほしい?
まあ、考えても仕方ないか。ここで問い詰めるわけにもいかないし、きっとそのうち彼女の方から話してくれる時が来るだろう。
俺はそう結論付けると、生徒達を連れて地上へと戻るのだった。
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