第138話「闇の賢者」★

「いけぇ! 水弾乱舞!」


「ちっ! 土よ、俺を守れ――"アースウォール"!」


 雫の放った水弾の嵐がフォクスを襲う。しかし、フォクスは土の壁を生み出してそれを防ぐと、すぐさま反撃に移った。


 地面に手をついて無数の砂槍を生み出すと、それらを自在に操って雫に攻撃を仕掛ける。


 雫はそれらを巧みに躱しながら、水神の涙を振るってフォクスの砂槍を次々打ち砕いていく。


「雫さーん! 頑張ってくださーい!」


「王子ー! シズクっちはまだ魔法を使い始めて半年も経ってない素人らしいっスよ! 負けるのはやべーっス!」


 観客席ではアリエッタが雫に、リィトとキィマがフォクスに声援を送っており、他の生徒達も2人の戦闘に釘付けになっていた。


 現在ここ屋内訓練場では、俺の授業の一環として、雫とフォクスが模擬戦を行っている最中であった。


 彼らの戦いが始まってから既に20分近く経っているが、未だに勝負はつかず、熾烈な攻防が繰り返されている。


「やるじゃねぇかシズク! だが、これならどうだ! ――"サンドストーム"!」


 フォクスが地面に両手を叩きつけると、彼の周囲の地面から砂嵐が巻き起こる。砂嵐は、次第に広範囲に広がっていき、雫の視界を完全に奪ってしまった。


「くぅ! 水龍の息吹!」


 視界を奪われて一瞬怯んでしまう雫だったが、すぐに水魔法を発動させて周囲の砂を洗い流した。そして、すぐさまフォクスの姿を探す。


 だが、フォクスを見失ったようで、警戒しながら周囲を見回している。


「――そこだ!」


 背後に気配を察知した雫は、後ろを振り向きながら水神の涙を思いっきり横に薙ぎ払った。


 ――ズバァンッ!


 が、そこにあったのは土で出来た人形だった。


 雫がそれに気付くと同時に、彼女の足元からいくつもの砂槍が突き出される。


「しま……ッ!」


「これで終わりだぜ、シズク!」


 回避が間に合わず、直撃を覚悟したような表情をみせる雫。逆にフォクスは勝利を確信し、ニヤリと笑みを浮かべた。


 しかし、その時だった――


『ヒヒーンッ!!』


 突如観客席から羽の生えた白馬が飛び出してくると、フォクスに体当たりをして吹き飛ばした。


「ぶげぁぁぁぁっ!?」


 フォクスは予想外の出来事に防御もできず、勢いよく訓練場の防護結界に激突すると、そのまま地面に倒れ伏す。


 そして、白馬は空中で一回転し見事な着地を決めた後、ゆっくりと雫のもとへ歩いていき、彼女の頬に顔を擦り付けた。


「そこまで! 勝者、雫!」


 審判をやっていた俺が試合の終了を宣言すると、観客席から大歓声が巻き起こる。


 訓練場に倒れ伏すフォクスに、アリエッタが駆け寄っていくのを見ながら、俺は雫に労いの言葉をかけた。


「お疲れ様。いやー、随分強くなりましたね」


「疲れたぁ……でも、ユニペガがいなかったら負けてたよ。ありがとう、ユニペガ」


 雫がユニペガの頭を撫でながら答えると、彼は嬉しそうにしながら翼をバサバサと羽ばたかせた。


 そして、俺には角を向けて威嚇する。


「あなたの主人の身内だっていってるんだから、いい加減その角を向けるのはやめなさい。まったく……」


 雫が頑張って躾けた甲斐があって、俺に問答無用で攻撃してくることはなくなったが……。やはり、未だに俺に対しては攻撃的な態度を取ってくる。


 日本に帰ったらこいつも一緒の家で暮らすことを考えると、かなり不安である。


「最低でも私が触れるようになるまでちゃんと躾けないと、日本に連れて帰れませんからね」


「ええ~、それは困るよ! ユニペガ、ほら、ソフィアちゃんに角を向けないでちゃんと挨拶しなさい」


『ヒヒ~ン……』


 雫はユニペガの首筋を優しく撫でて、俺に挨拶するように言い聞かせるが、ユニペガは嫌そうにしながら雫の後ろに隠れてしまった。


 生まれたての頃と違って気性は大分落ち着いたが、この様子じゃ現地に置き去りしなくてはいけなくなるかもしれない。


 ユニペガを日本に連れて行くことを雫が楽しみにしているだけに、何とかしてやりたいのは山々なんだが……。


 と、そんなことを考えていると、アリエッタによって回復魔法をかけられたフォクスが起き上がってこっちに歩いてきた。


「おいおいシズクよー。いきなりユニペガを乱入させるのは反則だろ!」


「そうっスよー、今のはちょっとずるくねーっスか? 先生」


「そうだぜー。実力では王子の方が上だったのに……」


 フォクスに続いて、リィトとキィマも不満を言ってくる。


「まあ言いたいことはわかりますが、武器も有りのルールですからね。使い魔も武器の一つとみなします。それにこれは実戦を想定した訓練ですし、あらゆることを警戒するのは当然のことです」


「ぐっ! そう言われるといてぇな。俺は完全に勝ちを確信して油断してたし……。座学の授業でそういうときにこそ警戒を怠るなって、教わってたってのによぉ……」


 俺の指摘に、フォクスは悔しそうにしながら自分の敗北を認めた。


「ですが、雫」


「なにー? ソフィア先生」


「勝ちは勝ちですが、まだまだ詰めが甘いです。例えば最後にフォクスくんを見失ったとき、目を頼りましたね? あそこは魔力を感知することに意識を割くべきだったでしょう。そうすれば、砂嵐で視界を防がれても、魔力の流れから相手の位置を特定できたはずです」


「うぐっ……!」


 まぁ、今まで魔核がなかった人間が、いきなり呼吸をするように魔力感知をしろというのは難しい話ではあるが、それでも今後は、そういった技術も身につける必要がある。


「それに、戦闘の動きも無駄が多いです。あなたは水神の涙という伝説級の武器を持っているのですから、本来なら丸腰のフォクスくん相手ならユニペガ抜きでも勝てるようにならなければいけません」


「はーい……」


 一応勝利こそしたものの、まだまだ改善点は沢山ある。


 そのことは雫本人も自覚しているのだろう。俺の言葉に、彼女は素直に頷いた。


「それよりソフィア先生よー。前に言ってた、冒険者ギルドのクエストに同行して実戦の経験を積むって授業はどうなったんだよ。クラスメイトとの模擬戦もいいけど、モンスターと戦う方が実戦経験になるんじゃねーか?」


 フォクスの指摘に、他の生徒達も確かにといった様子で俺を見る。


「そうしたいのは山々なんですが、最近は物騒な事件が多いんですよ。学園の外は学園長の結界が及ばないので、生徒の安全面を考えると、安易に連れて行くわけにはいきません」


「ソフィアちゃん先生がいれば大丈夫じゃねーっスか?」


「私1人では、予期せぬ事態に対処しきれないこともあります。私はあくまで教師としてここにいるので、生徒の安全を第一に考えなければなりません」


 俺がそう答えると、リィトやキィマだけでなく、他のクラスメイト達も残念そうに肩を落とした。


「うーん、それなら他の先生にもついてきてもらったら? ソフィアちゃん1人じゃなかったらいいんでしょ?」


 そんな中、雫が名案とばかりにそう提案してくる。


 確かに他の教師もいれば生徒達の安全性は格段に向上するだろうが、魔法学園の先生は忙しい人が多いからなぁ。俺の授業についてきてくれそうな暇人なんて――。


「あ、そういえば彼がいましたね。ちょっと声をかけてみましょうか」


 俺はふとある人物のことを思い浮かべると、早速その人物に会いに研究棟へと向かうのだった。





「ネブラーク先生、いますかー?」


 研究棟の奥の奥。普段は誰も近寄らない場所に、目的の人物がいることを知っていた俺は、返事がないことなどお構いなしに部屋の扉を開けると中を覗き込んだ。


 すると、そこには大量の本や魔道具が乱雑に積まれた机があり、その中心に1人の男が座っていた。


 ボサボサの髪にこけた頬、目に下には濃い隈が浮かび上がっており、いかにも陰気そうな雰囲気を醸し出しているその男は、俺の声に反応してゆっくりと顔をこちらに向ける。


「ん? 君はソフィア・ソレルか。相変わらず美しいな……。これで死んでいれば完璧なのに」


 そして、開口一番に失礼極まりない言葉をぶつけてきた。


「残念ながらまだ生きてますよ。ネブラーク先生は今日も死霊術の研究ですか?」


「ああ、もちろん。それが僕の生き甲斐だからね。いや、生き甲斐? むしろ死ぬために研究している……? まあ、どうでもいいか」


 【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16818093075338778667


 男はゆらりと立ち上がると、うっとりとした表情で宙を見つめ始めた。彼の周りには、まるで彼を取り囲むかのように、無数の霊魂が飛び回っているのが見える。


 彼の名はネブラーク・シキタイス。魔法学園の教師にして、世界最強の闇魔法使いである――"闇の賢者"だ。


 そして、俺の授業に同行してくれる人材として、彼が最適であろうという判断で訪ねてきたのである。


 なぜなら、彼は一応教師という肩書きはあるが、授業を一切受け持っていないからだ。


 その理由は、彼の能力に起因する。


 彼は闇魔法のギフトを生まれ持った、世界でも数少ない闇魔法使いであるが、使える魔法はたった一つだけしかない。


 その魔法とは、闇魔法の中でも最難関と言われる"死霊術"である。


 彼は"死霊術"に魅入られ、その天才的な才能の全てを、この魔法に注ぎ込んだのだ。


 その結果として、彼の"死霊術"は世界でも類を見ないほど強力かつ凶悪な魔法へと昇華した。


 だが、もちろん生徒に教えられるような魔法ではないので、学園の先生という立場ではあるが、授業は行わずにこうして1人で研究をしているというわけである。


「それで今日は何の用かな? デートのお誘いなら、死んでから来てくれと前に言ったはずだが……」


 俺が学生だったとき、こいつから闇魔法をコピーしようと誘ったのだが、断られた上に、"死んでから来い"という最低な言葉まで投げつけられた。


 その後、別の奴から闇魔法はコピーできたのだが、闇魔法使いは性格に問題がある人間が多いので本当に苦労した。


 とはいえ、貴重な人材であることには変わりがないので、俺は気を取り直して彼に事情を説明する。


「生徒達の引率か、面倒臭いな。……いや、モンスターにやられた生徒の死体が手に入るチャンスか?」


「物騒なことは言わないでくださいよ。そうならないように、あなたに同行して欲しいのです」


「ふむ、まあいいか。ちょうど先日、久々に素晴らしい死体が手に入って、気分が良くなっていたところだしね」


「……素晴らしい死体ですか?」


 死霊術師である彼は、歴史的偉人や犯罪者、魔族やモンスターなどの死体を集めてコレクションしている。


 だが、最近そんな大物が死んだという情報は聞いたことがない。一体、誰の死体なのだろう?


 俺が尋ねると、ネブラーク先生はニヤリと笑みを浮かべて、 その死体について語り始めた。


「"兇刃のルキシン"という男だ。近日、特級冒険者になることが決まっていたほどの実力者だったが、何故かマホリードの宿で死体が発見されたらしい」


「……」


「死体の引き取り手もないらしく、僕が貰い受けたんだがね。いやはや、実に素晴らしい死体だった。もし生きていれば、数十年後には世界に名を轟かせる傑物になっただろう。誰かは知らないが、わざわざ僕の為に彼を殺してくれた人物には感謝しなければね」


「…………」


 オカから聞き出した情報で判明したが、まさかあいつが特級冒険者の後輩くんだったとは……。


 だが、俺は悪くない。あれは正当防衛であり、不幸な事故だったのだ。


「ん? どうかしたかね? ソフィア・ソレル」


「い、いえ、なんでもありません。それで、同行して頂けるということでいいんですよね?」


 俺は顔が引き攣りそうになりつつも、なんとか平静を装って話を続けた。


「ああ、構わんよ。ちょうどモンスターの死骸もいくつか欲しいと思っていたところだし、同行しようじゃないか」


 通常、光の結界の中には魔族やモンスターは入ることができないが、完全な死体なら物扱いで持ち運ぶことができる。


 他にもネブラーク先生の使役するアンデッドも、学園長の許可を取っているので学園内を動き回ることが可能だ。


「それじゃあ、日程が決まったらまた連絡しますので、よろしくお願いします」


「うむ、僕はこれから研究の続きをするから、これで失礼するよ」


 そう言い残し、ネブラーク先生はこの部屋の地下にある研究室へと歩いていった。


 地下の研究室は、俺も入ったことがないのでどんな設備があるのかはわからないが、死体置き場も兼ねているようなので、あまり近付きたくない場所である。


 相変わらず非常識な男であったが、能力は確かなので、同行してくれるのは素直にありがたい。


 俺は小さく溜め息を吐くと、生徒達にその旨を伝えるため、研究棟を後にするのだった。

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