第136話「アトン」★

 最初は口を閉ざしていた彼だったけど、私が献身的に看病をし続けたら、徐々に心を開いてくれるようになった。


 そして、遂に彼の身の上話を聞かせてもらうことができたのだ。


「せ、せ、セレスティアとの約束は……も、もう果たした……」


 聖女セレスティアに人を救うことを望まれたヘイトマン。


 少年をアイテム化した後、彼は彼女と共に死にゆく者の願いを叶える形でアイテム化の能力を行使ながら、世界を旅することになる。


 そして、各地を旅しながらスラムの少年をはじめとして、総勢10名もの善なる心を持った人間を、彼らとの約束のもとにアイテム化していったのだが……。


 そうするうちに、彼の邪悪な心は、セレスティアの魔法抜きに完全に消え去ってしまったらしい。


 だが、それは同時に自分の過去の行いが決して許されるようなことではないという罪悪感も生み出してしまった。


「み、み、醜いのは、俺の顔ではなく……お、俺の心だったんだ……」


 彼女との旅はヘイトマンにとって、贖罪の旅でもあった。


 セレスティアが寿命で亡くなった際には、彼女の願いを聞き入れ、その亡骸をアイテムに変えたヘイトマン。


 すると、聖女であったセレスティアの遺体は、彼がこれまでに集めてきたどんなアイテムよりも強力な力を持った石へと姿を変えたのだ。


 彼はその石の名を、おとぎ話に登場する伝説の魔道具になぞらえて――"賢者の石"と名付けた。


 それを彼女の遺言通り、リステル魔法王国にいるワーズワースという彼女の弟子へと手渡した時点で、彼の旅は終わりを迎えた。


 後に残ったのは、過去の行いに対する後悔と罪悪感だけ。


「お、お、俺はもう……し、し、死にたい……」


 だから、彼は死に場所を探していた。そうしているうちに、いつの間にかエルフの森に迷い込み、そこで命尽きようとしていたらしい。


「あなたの過去の行いは、決して許されるべきものではありません。ですが、あなたはもう十分反省しているではありませんか。そんな澄んだ目を持っているのに、命を絶とうだなんて間違っていますよ」


 私の言葉を聞いて、彼は驚いたような表情を見せる。


「聖女様のおっしゃっていたように、あなたの力は人を救うために使うことができるはずです。罪滅ぼしなら、そうやって善行を積んでいけばいいではありませんか」


 そう言って彼の手を握ると、彼はびくりと体を震わせて、私から顔を背けた。


「あ、あ、あんたみたいな綺麗な人が、お、お、俺に触れちゃいけない……」


「何を言ってるんですか。あなたが寝ている間、誰があなたの体を拭いたり、傷の手当をしたりしたと思ってるんですか? 私ですよ、わ・た・し」


 私がクスクスと笑いながら、彼の体をツンツンと突くと、彼は顔を真っ赤にして俯いてしまった。


 なんというか、今までエルフの森の男達からは、私が女王ということもあり、常に畏まった態度を取られていたので、男性のこういう反応を見たのは初めてで新鮮だった。


 それに、彼は一見すると恐ろしいといわれる容姿をしているかもしれないけれど、こうして見るとなかなか愛嬌があって可愛らしいではないか。


 だから、私は彼のことをもっと知りたくなってしまったのだ。


 こうして私は彼を泉の傍にある小屋に匿い、そこで看病しながら彼が元気になるまで面倒を見ることにした。


 最初は死にたがりだった彼も、私との仲を深めていくにつれて、少しずつ生きる希望を取り戻していったように思えた。


 そして――いつしか彼は私のことをディアーナと呼ぶようになり、私もまた彼のことを"罪を償う者"という意味合いを込めて、"アトン"と呼ぶようになったのだ。





「アトンの創ったアイテム群だから……"アトンズシリーズ"とかでいいんじゃないかしら?」


 彼がヘイトマンとして創った呪いアイテム――"ヘイトマンズコレクション"は、実に42個に及ぶ。


 だが、その後に創り始めた11個の聖なるアイテムの呼び名が決まっていないことを思い出し、私達は頭を悩ませていた。


「う、うん……。そ、その呼び方で、い、いいと思う」


 あれから1年が経ち、すっかり回復したアトンは、今では私に対して完全に心を許してくれていて、最近はよく笑顔を見せてくれるようになった。


 こんなに長い間一緒にいたら、当然といえば当然なのかもしれないけれど、私は彼に愛情を抱くようになっていた。


 まあ、実のところ……すでに男女の仲にもなっており、彼もまた私のことを愛してくれていると実感できる。


 幸せな毎日だった。



 ――だけど、そんな幸せな時間は長くは続かなかった。



 ある日突然、私達の平和な日常は終わりを迎えてしまった。エルフの里に、突如人間の集団が押し掛けてきたのだ。


「何事ですか! あなた達、ここがエルフの里と知っての狼藉ですか!」


 私はアトンを泉の小屋に隠し、里に侵入した人間達の前に躍り出る。


「ディアーナ様、下がってください! おい、あんたら一体何の用だ? ここはエルフの森だぞ? あまり乱暴なことをすると神獣様が黙っていないぞ」


 エルフの兵士の1人が、武器を構えながら侵入者を牽制する。


 だが、兵士の発言を聞いて私は違和感に気づく。何故武器を持った人間達が侵入しているのに、神獣様やその眷属達が現れないのか。


 エルフに害意を持っている人間がエルフの森に近づけば、神獣様が容赦をしないことは有名な話なので、彼らもよく知っているはずだ。


 それなのに、彼らが此処まで来れたということは――。


「あなた達エルフと敵対する気はない。俺達は正当な理由でここに来た。人間の大犯罪者――"ヘイトマン"がこの森に隠れているという情報を掴んだ。俺達はそいつを捕縛しに来ただけだ」


「――!?」


 額から冷や汗が流れ落ちる。


 まさか、アトンの情報が漏れているなんて……。


 それならば神獣様が現れなかった理由が分かる。彼らはエルフやこの森には本当に何の害を与える気もないのだろう。


「ヘイトマン? そんな奴は知らん! そんな極悪人がこの森にいるなら、神獣様が黙っているはずがあるまい! 訳の分からぬことをべらべらと抜かすな! 早く立ち去れ!」


 エルフの1人がそう叫ぶと、他のエルフ達もそれに同意するように武器を構えた。


 すると、リーダーと思われる黒髪の青年の後ろに控えていた、メイド服を着た2人の少女が武器に手をかけ、臨戦態勢を取る。


「い、一日だけ時間をください。武器を持った人間に動き回られると、エルフや森の動物達が怯えてしまいます。私達が魔法で探してみますから、どうか、明日の朝までお待ちいただけないでしょうか?」


 私がそう言って懇願すると、黒髪の青年は考え込むように顎に手を当てた後、静かに頷いた。


「確かに少し性急すぎたかもしれない。いきなり押し掛けてきた俺達に非があるな。すまなかった、謝罪しよう。みんな! 武器をしまってくれないか?」


 青年がそう言うと、彼の後ろに控えていた少女達が一斉に武器を下ろす。


 なんだか女の子ばかりのパーティだ。男は黒髪の青年だけで、残りは全て女性。それも全て美女や美少女といって差し支えない見た目をしている。


「……ディアーナ様、あいつ……特級冒険者の【不死者ノスフェラトゥ】ですよ。奴と事を構えるのは避けた方がよろしいかと思います……」


 エルフの1人が小声で耳打ちする。


 そういえば、噂で聞いたことがある。人間の冒険者の中に、全く年を取らず、不死身の肉体を持つ、【不死者ノスフェラトゥ】の二つ名を持つ者がいると。それが彼なのか……。


「あなたを信じて明日の朝まで待つことにしよう。どこかキャンプができるような場所を貸してくれないか?」


 【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16818093075102083990


 黒髪に黒目、真っ黒な服に黒いマント。おまけに背中には2本の黒い剣を背負っており、たくさんの美少女を侍らせているその男は、私に手を差し伸べながらそう言った。


「え、ええ……。わかりました。あちらに広い空き地があります。ご案内しましょう」


「助かる。俺の名はナロウ。【不死者ノスフェラトゥ】と呼ばれている冒険者だ。よろしく頼む」


「私はこの里で女王をしている、ディアーナと申します。以後お見知りおきを……」


 男と握手を交わしながら、私はどうやってこの危機を乗り切るかを必死に考えていた。


「ナロウさんですか……。変わったお名前ですね」


 空き地へと男と彼の仲間達を案内しながら、何か情報を得られないかと雑談をする。


 だが、相手は特級冒険者だ。警戒されて何も聞き出せないかもしれない。そう思っていたが、意外にも男は気さくに話に応じてくれた。


「名ではなく姓だ。"名楼なろう"と書く。……まあ、この世界の人にはわからない文字だがな」


 男の木の棒で地面に妙な文字を書いたが、彼の言う通り私には読むことができなかった。


「そうなんですか……。それで、お名前はなんとおっしゃるのですか?」


「えっ!? ……な、名前など、この世界に渡ったときに捨てたさ。ふ……今の俺はただの【不死者ノスフェラトゥ】だ」


「はぁ……」


 この人にもかつてヘイトマンだったアトンのように、何か複雑な事情があるのかもしれない。


 そんなことを考えていると、彼の取り巻きの少女の1人が、目の前に見えた空き地を見て声を上げた。


「あー! 見えてきたよー! 智衣斗ちいと! 早くキャンプしようよ!」


「おいぃぃ! 人前で俺の"真名まな"は呼ぶなとあれほど言っただろうがぁ! 不死者ノスフェラトゥかご主人様と呼べといつも言っているだろうがぁーーっ!」


 黒髪の青年は顔を真っ赤にして少女に向かって叫びながら、彼女を追って空き地へと走っていった。


「な、なんだか不思議な人達ですね……」


 ともあれ、明日まで時間は稼げた。まずはアトンと一緒にこの状況を打開するための作戦を立てなければ……。


 私はエルフ達に彼らの監視を任せると、急用ができたからと嘘をついて、アトンの待つ小屋へと向かったのだった。

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