第135話「聖なるアイテム」

 ヘイトマンはエルフの森に辿り着くまでに、多くの人間の命を奪ってきた。


 彼は人間を恨んではいたが、初めから殺戮を目的としていたわけではない。


 アイテム化の能力が人間相手にしか使えないことが判明した当初は、殺しても心が痛まないような悪人だけをターゲットにして、能力の実験を繰り返していたのだ。


 だが、それによって作られたアイテムの性能を目の当たりにした彼は、驚愕することとなる。



 ――端的に言ってしまえば、彼はアイテム師として『天才』であった。



 ヘイトマンの創り出したアイテムは、戦いの才能のない彼が使用しても、歴戦の戦士をまるで赤子のように捻ることができるほどの能力を有してした。


「ふ、ふ、ふ……。お、お、俺を馬鹿にしていた、あ、あいつが……こ、こんな簡単に……」


 彼は、次第に自分の能力の虜となっていく。


 1人、2人、3人……。次々と悪人達をその手にかけて、彼はアイテムを増やしていった。


 だが、10人の凶悪な犯罪者を始末してアイテムに変換した頃には、彼は次第に物足りなさを感じ始めていた。


「い、い、いつも同じようなアイテムにしか、か、変わらない……」


 強力なアイテムではある、あるのだが……犯罪者を変換して作ったアイテムは、その全てが"相手を殺すこと"に特化した武器やアイテムでしかなかったのだ。


「も、も、もっと、いろんな人間を、いろんなアイテムに変換したい……。も、もっともっともっと! お、俺を馬鹿にする人間を全員……!」


 タガが外れた彼は、やがて罪もない一般人までその手にかけるようになっていく。


 人間を殺してアイテムに変える男、その噂はあっという間に大陸中へと広まり、いつしか彼は"ヘイトマン"と呼ばれ、多くの人々から恐れられる存在となる――。




 そして、それから数年が経ったある日、彼はいつものように街を歩いて獲物を探していた。


(次はどいつをターゲットにするかな……。俺の経験上、変わり者の人間ほど面白いアイテムに変換できることが多い)


 犯罪者は凶悪なアイテムに、知性ある学者は強力な魔導書に、旅芸人は珍妙なアイテムに……。とにかくその人間の性質によって、様々なアイテムに変換される傾向があった。


 だから、彼はいつも変わり者の人間を獲物に選ぶようにしていたのだが……。


(最近は冒険者の目が厳しくて、あまり大それたことはできなくなった……)


 今までに人間を殺害してアイテムに変換した数は、実に42にも上る。すでに冒険者ギルドにも目をつけられており、彼には多額の懸賞金がかけられていた。


 それ故に、最近は表立って人間を襲うことができなくなっていたのだ。


 もっとも、彼の持つ数々の強力なアイテムがあれば、たとえ有象無象の冒険者が束になって襲いかかってこようとも、返り討ちにすることは容易いのだが……。


「で、で、でも……。こ、この前みたいな、奴に出くわしたら……」


 先日、彼はとある冒険者と対峙した。


 その冒険者は、まだ10代半ばくらいの水色の髪をした少女で、ヘイトマンに匹敵するほどの多数の特殊なアイテムを所有しており、彼の持つコレクションを奪おうと襲いかかってきたのだ。


 少女は今まで戦ってきた冒険者とは比べ物にならないほど強かった。


 ヘイトマンは少女の猛攻をかわし、なんとか隙をついて逃げ出すことはできたのだが、その際に大事なコレクションを三つも奪われてしまった……。


 また彼女みたいな冒険者に襲われては、流石に生き残れる保証はない。だから、彼はしばらくの間、表立って人間を襲うのをやめて、こっそりと獲物を探すことにしたのだ。


(つまらんが、殺しても誰も気づきすらしないようなスラム街の人間でもアイテムに変えて、我慢するか)


 そんなことを考えながら、ヘイトマンは裏路地を歩いて獲物を探す。


 すると、スラムのゴミ捨て場に、蹲るように座っている少年の姿を見つけた。


 全身がガリガリに痩せこけており、着ている服はところどころが破けていて、その隙間から見える素肌にはいくつも痣のようなものがあった。何か病気にかかっているのか、顔色もすこぶる悪い。


(放っておいてもすぐに死にそうだが、一応は獲物だ……。とりあえず、殺してアイテムに変えておくか)


 そうして、ヘイトマンが少年に近づこうとした、その瞬間――。


「おやめなさい」


 突然、背後から何者かに声をかけられて、彼は振り返る。


 そこには1人の老人が立っていた。年齢は80、いや……もしかしたら90代に達しているのかもしれないほどのしわくちゃの老婆だ。


 だが、瞳には強い意志の光が宿っており、顔立ちも若い頃はさぞ美人であったのだろうと思わされるような、そんな容姿をしていた。


 神官のような格好をしたその老婆は、年を感じさせないような透き通った声でヘイトマンに向かって語りかける。


「あなたがヘイトマンと呼ばれている者ですね? 私はあなたと少しだけお話をしたくて――」


 話を遮るかのように、ヘイトマンはコレクションの一つである剣を振りかぶり、老婆の首を刎ねようとする。


 だが――。


「神聖なる風よ。彼の者を包み、邪なる心を浄化せよ――"セイクリッド・ウインド"」


 ヘイトマンが老婆を切り刻む直前、聖なる光を纏った風が彼の体を優しく包み込んだ。


 すると、彼の中にあった邪悪な心が、風に攫われるかのように一瞬にして消え失せ、目の前の老婆に対して一切の敵意を向けることができなくなってしまう。


「お、お、お前、い、い、一体何者だ……」


 老婆はしわくちゃの顔をさらにくしゃっと歪ませて、ニッコリと微笑み、彼の質問に答えた。


「私の名はセレスティア。今はただの老いぼれですが、かつては聖女と呼ばれていた者です」





 虚ろな表情でブツブツと何かを呟き続ける少年を宿のベッドへと横たわらせると、老婆はヘイトマンに向かって、まるで孫の話をするかのような穏やかな表情で語りかけた。


「私の余命はもう幾ばくも残っていません。だから、私は最後の役目を果たすために、こうしてあなたの前へと姿を現したのです」


「さ、さ、最後の役目……?」


 もう殺意など微塵も残っていないヘイトマンは、老婆の話に聞き入る。


「あなたの能力、自分では呪われた力だとお思いのようですが、それは間違いです。確かに、使い方を間違えれば多くの人の命を奪い、世界すら滅ぼしかねない力です。ですが、それは同時に多くの者を救う力でもあるのです」


「ひ、ひ、人を救う?」


 そんなことは考えたこともない。


 ヘイトマンはただ、自分の力を使ってアイテムをコレクションすること、自分を馬鹿にする人間達を見返すことだけを目的として生きてきた。


 だから、セレスティアの言葉に思わず動揺してしまう。


「今、この世界は新たなる魔王の侵略を受けています。魔王軍との戦いは苛烈を極め、すでに多くの人々の命が失われています。どうか、あなたの力を貸してください」


「ち、ち、力って……」


 一体この老婆は何を言っているのだ。自分は呪われたアイテム以外は何も生み出せない存在なのに……。


「人の命を無理やり奪い、アイテムに変える。その行為こそが呪いの根源です。死にゆく者に同意を取るのです。そして、彼らの力を正しきことに使うことを約束して、アイテムへと変えるのです。さすれば、それは聖なるアイテム・・・・・・・へと変わることでしょう」


 それは、ヘイトマンが未だかつて想像すらしたことのない、あまりにも突拍子もない発想であった。


 人間をアイテムに変える、それは人間を殺すことと同義だと、彼は思っていたからだ。


「この少年は……今宵が峠です。私は神聖魔法使いですが、衰えた私の力では、もう彼の命を救うことは叶いません。ですから、どうか……あなたの力で彼を救ってください……」


 老婆はそう言うと、ヘイトマンに向かって深々と頭を下げる。


 ヘイトマンは狼狽えてしまう。先程老婆に魔法をかけられたことによって、一時的にではあるが邪悪な心が全て消え去り、人々の命を奪うたびに心の奥底で感じていた罪悪感が、彼の心を支配し始めたのだ。


「あ……の……お願いします。僕が死んだら、アイテムに変えて……ください。それを、スラムの家で待っている妹に……渡してください」


 今までの話を聞いていたのか、ベッドに横たわる少年が弱々しい声で、ヘイトマンに懇願してくる。


 その目は、まるで地獄に垂らされた蜘蛛の糸を掴むかのように必死だった。


 それはかつてスラムのゴミ捨て場で、食料を漁って生きていた自分の姿と重なって見えて――


「わ、わ、わかった……」


 気づけば、彼は少年の言葉に頷いていた。



 それから数時間後――少年は眠るように息を引き取った。


 そして、ヘイトマンは少年との約束を守り、彼をアイテムへと変換したのだが……結果は、老婆の予想通りだった。


 どういう理屈なのか……今までのような呪いのアイテムは生まれず、代わりに聖なる光を纏った竪琴が彼の手の内へと収まったのだ。


 その竪琴は、ヘイトマンが今までに創ってきたアイテムの中でも、一際強い力を持っているように感じられ、まるで妹を守る力を与えるために、少年の魂が形を得たようにすら思える代物であった。


 その後、ヘイトマンは老婆に連れられて、少年の住んでたスラムの家へと赴き、彼の妹に竪琴を手渡す。


 すると、妹は兄の形見であるその竪琴を抱きしめて、ポロポロと涙を零しながら、最後にこんな言葉を口にしたのだ。


 ――ありがとうございます。あなたのことは一生忘れません。


 その日、ヘイトマンは生まれて初めて人から感謝された。


 彼の心に、これまでに感じたことのない感情が芽生える。そして、彼は人生で初めて涙を流したのだった――。

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