第134話「秘密」★
「これくらいでいいかしらね。さて、そろそろソレルの街に帰りましょうか」
フィオナは袋いっぱいに入った茶葉を満足そうに眺めると、踵を返して歩き出そうする。
「あれ? 家族に挨拶とかしなくていいんですか?」
「まだ1年しか経ってないし、別にいいわよ。それに、パパとママにはかなり無理を言って料理人になるために飛び出してきたから、ちょっと気まずいのよね……」
「ああ、女王の姪っ子が料理人になりたいだなんて、普通は反対しますよね」
「一応、許しは得ているんだけど、顔を合わせたらまた小言を言われそうだから、あんまり会いたくないのよ。ほら、早く帰りましょう?」
うーん、俺としてはもっと家族と仲良くしてもらいたいのだが……。
前世で非業の死を遂げた身からすると、いつ別れの日が来るかわからないからこそ、後悔のないように家族との時間を大切にしてほしいと思ってしまう。
まあ、フィオナにも色々あるだろうし、俺がとやかく言うことではないか……。
というか、フィオナって両親のこと「パパ」と「ママ」って呼ぶのか……。なんか微笑ましいな。
「……なに? ニヤニヤして」
おっと、どうやら顔に出てしまっていたらしい。
「いえ、なんでもないですよ。それよりもソレルの街なら転移で帰れますよ」
「ああ、そういえばそうね。だったら裸になれる場所に行きましょうか」
そう言って、フィオナは再び森の奥に向かって歩き出す。
「こっちには神聖樹の魔力で清められた泉があるのよ。女王様やその親族の女性しか立ち入れない場所だから、安心して裸になれるわ」
「ほへ~、そんな場所があるんですか。エルフの森の転移スポットとして記憶に焼き付けておいたほうがよさそうですね」
いつも人の多い場所に、ついうっかり全裸で転移してしまうからな……。これからはちゃんと転移場所を厳選しようと考えているのだ。
もう痴女扱いはこりごりなのである。……本当だぞ?
フィオナの後に続いて森の中を進んで行くと、突然目の前が開け、巨大な泉が現れた。
太陽の光に照らされてキラキラと輝いている泉の水は透明度が非常に高く、底まで見通せるほどだ。
「あれ? 誰かいますね……」
「本当ね、ここに人がいるなんて珍しい」
泉を覗き込んでみると、そこには一糸纏わぬ姿の美しいエルフの女性が佇んでいた。
長い金色の髪に、きめ細やかな白い肌。まるでエメラルドのように美しい輝きを放つ瞳と、長く尖った耳。
――そして、その胸は豊満であった。
森の精霊かと見紛うほどに美しく、見るもの全てを魅了するかのような肢体。泉から湧きでる水滴に濡れるその裸体は、神々の住まう天界より舞い降りた女神だと言われても納得できるほどだ。
女性は俺達が近くまで来ると、その長い耳をピクリと動かし、ゆっくりとこちらに振り返った。
「あら? もしかしてフィオナちゃん? 帰ってきてたの?」
フィオナの姿を見て、驚きと喜びの入り混じったような表情を浮かべる美女。
「ディアーナ様、ご無沙汰しています。申し訳ありません、水浴びの最中にお邪魔してしまって……」
「ふふ、いいのよ。かわいい姪っ子のご帰還だもの。久しぶりに会えて嬉しいわ」
彼女は近くに置いてあったタオルで身体を拭きながら、泉から上がり俺達の方へと歩み寄ってくる。
【挿絵】
https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16818093074867711729
この人がエルフの女王様か……。
……おっぱいでっかいな! 俺よりも一回り以上大きいんじゃないか? やはりエルフはこうじゃないとなぁ……。
「ふんっ!」
「いたぁっ!?」
俺が彼女の胸を凝視していると、突然フィオナにお尻を蹴られた。
何故だ……。俺はただ、エルフの大きなおっぱいを観察していただけなのに……。解せぬ……。
「ところで、そちらの子はフィオナちゃんのお友達?」
「す、すみません。ご挨拶もなしにジロジロと……。私はフィオナの友人でソフィア・ソレルと申します」
「……ソフィア・ソレル? もしかしてミリアムのお友達のソフィアちゃん?」
「え?」
驚きに目を丸くしていると、女性は俺の手をそっと握り、優しく微笑みかけてきた。
「あの子、魔法学園を卒業したあと、一度ここに帰って来てくれたの。その時、学園でルームメイトだったソフィアちゃんのお話ばっかりしていたのよ。本当に嬉しそうだったわ、大切な友達ができたって。あなたがそのソフィアちゃんでしょう?」
「え、ええ……。そうです。そのソフィアです」
ミリアムがそんな風に俺のことを思っていてくれたなんて……。なんかちょっと照れくさいな。
彼女は俺の前ではお姉さんぶるというか、カッコつけなところがあったから、母親にそんな話をしているなんて夢にも思わなかった。
「いつも泣いてばかりの、妹みたいに放って置けない子だって」
「ちょ! そんな恥ずかしいことまで言ってたんですか!?」
「なになに? ソフィアの学園生時代ってそんな感じだったの? ディアーナ様、もっと詳しく聞かせてください!」
「ええ、私があの子から聞いた話だと……」
「わー! わー! ちょっとやめて下さい!」
俺は慌ててディアーナ様の言葉を遮ろうとしたが、時すでに遅し。2人は泉のほとりに腰を下ろして、俺の恥ずかしい学園生活について話に花を咲かせるのだった。
……
…………
………………
「うふふ、久しぶりにこんなに楽しい気分になったわ。ソフィアちゃん、フィオナちゃん、ありがとう」
ディアーナ様はそう言って、嬉しそうに微笑む。
俺はそんな彼女の顔を見ながら、ミリアムのこと伝えようかと一瞬悩んだ。
だが、俺の表情を見て全てを察したのか、ディアーナ様は小さく息を漏らし、そっと呟いた。
「ミリアム……あの子が魔族と化して、魔王軍に寝返ったことは、すでに知っているわ」
「「えっ?」」
俺達は揃って驚きの声を上げる。
特にフィオナの動揺は凄まじく、彼女はそのまま固まって動かなくなってしまった。
「そう、フィオナちゃんはまだ知らなかったのね。きっと何か事情が……いえ、わかりきったことだわ。あの子は小さい頃からずっと悩み続けていたもの。魔族は渇望を具現化させる"魔術"という力に目覚めることがある。あの子がそれを求めてしまっても不思議ではないわ……」
ディアーナ様は悲しげに目を伏せると、言葉を続ける。
「ソフィアちゃんはあの子の
「そ、それは……」
思わず言葉に詰まった俺の様子を見て、ディアーナ様は眉尻を下げる。
「2年間も一緒の部屋で暮らしていたんですものね。あの子はそういうところは鈍感だから……きっと、ソフィアちゃんが"それ"を知っていることに気づいていないでしょうね」
「…………」
何も言うことができずに俺は黙り込む。
「私は……あの子に愛情を持って接してきたつもりだった。でも、きっとあの子にとって、私は良き母親ではなかったのでしょうね」
ディアーナ様は自嘲するように小さく笑いながら、泉に向かって小石を放り投げた。
静かな森に、ぽちゃんという水音が響き渡る。
「結局、あの子の父親との約束も果たすことができなかった……。本当にダメな母親よ、私は」
「え!? ミリアム姉さんって父親がいたんですか!?」
下を向いて沈んでいたフィオナが、ディアーナ様の一言に反応してガバっと顔を上げた。
俺も初耳だ。ミリアムは自分の父親について、何一つとして語ろうとしなかったから。
「当然いますよ、父親くらい。そうね、あなた達には話してもいいかしら……。私の
「本当にいたんですね、ミリアム姉さんの父親。里の噂では人間の勇者であるとか、別部族のエルフの英雄であるとか、色々な憶測が飛び交ってましたけど……」
フィオナが興味深そうに尋ねると、ディアーナ様はクスクスと笑いながら俺達のほうを見た。
「ふふふ、彼はそんな立派な人じゃないわ。いえ、むしろその真逆ね。あの人は、そう――"大悪党"、とでも呼ぶのが相応しい人間だったわ」
ディアーナ様は遠くを見つめながら、懐かしむように目を細めると、ゆっくりと語り始めた――。
◆◆◆
あれは今から26年も前のことよ。
私がいつもと同じようにこの泉で身体を清めていると、突然背後に人の気配を感じたの。
「誰ですか! 女王であるこの私に覗きを働く不届き者は!」
私は慌てて胸元を隠すと、その者を叱りつけるべく後ろを振り返ったわ。
その時は、里の若いエルフが度胸試しや悪戯心で覗きに来たのだろうと思ったの。だけど……振り向いた先にいたのは、黒いフードを被った人物だった。
「あ、あなたは……人間? どうやってこの場所に?」
あなた達も知っての通り、ここは神聖な場所だから、限られた者しか立ち入ることが許されない。悪意のある人間が立ち入れば、神獣様が黙っていないはず。
つまり、ここに人が来ること自体がおかしいのよ。
「……す、す、すまない。の、の、覗くつもりはなかったんだ」
その声は聞き取るのも難しいほど小さく、かろうじて男性であることはわかった。
彼は慌てて私から顔を背けると、フードを深く被り直して、逃げるように走り去っていこうとする。
けれど、その途中で彼は泉の近くの茂みに躓いて転んでしまったわ。よく見れば、彼は全身に怪我を負っており、満身創痍といった様子だった。
私はすぐに彼の傍に駆け寄って、傷の手当てをしようとしたの。
でも、彼は私の手を払いのけて、またしても小さな声を発した。
「し、し、死に場所を、探している。た、たのむから、放っておいてくれ……」
彼はよろめきながら立ち上がると、覚束ない足取りで歩いていこうとしたのだけれど、再びその場に倒れこんでしまったわ。
その時、フードが捲れて彼の顔が露になったの。
「み、み、醜い顔だろう。あ、あんたみたいな人が、み、見るべきじゃない」
彼はそう言って私から顔を背けたけれど、私はそんなことはちっとも思わなかったわ。だって、その男性の瞳は見たこともないほど澄んでいて、まるで宝石のように綺麗だったんですもの。
結局、反対を押し切って私は彼を治療することにしたの。
「私はディアーナ。このエルフの森で女王を務めているわ。あなた、名前は?」
「な、な、名前など……と、当の昔に、わ、忘れた……」
彼はそう答えると、しばらく沈黙していたけれど……やがて小さな声でポツリと呟いた。
名前は、ない。
だけど、人々は自分のことを畏怖や軽蔑、そして嫌悪を込めてこう呼ぶ――――
――"ヘイトマン"、と。
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