第132話「学食の新メニュー」★

「学園長~、来ましたよ~」


「む、ソフィアか。ちょっと待っておれ」


 ある日の昼下がり、俺は学園長に呼び出されて学園長室へとやってきた。


 中に入ると、彼は何やら事務作業をしているところだったらしく、机の上の書類にペンを走らせていたが、俺を見るなりソファーを指差して座るように促す。


 そこでしばらく待っていると、学園長は仕事が一区切りしたらしく、俺の向かい側のソファーに腰掛けた。


「それで、今日は何の用件ですか? 例の失踪事件に関することですか?」


「いや、それとは別件じゃ。実はな、教師や生徒達の一部から食事に関する心配の声が出ておる。生徒らが毎日同じメニューの食事しか食べていない、とな」


 あー、なるほど。


 マリーベルも言ってたもんな。三食全てが唐揚げ定食と味噌スープだって。


 マズ飯世界で生活している彼らからすれば、コッケコーの唐揚げ定食は美味すぎたようで、他の料理が食べられなくなってしまったらしい。


「かくいう儂も、三食とまではいわんが、実は毎日一食はコッケコーの唐揚げ定食を食べておる。おかげで体重も増えてしまったわい。これはいかんと思って他の料理を作るよう料理長に命じてみたんじゃが、なかなか新メニューの妙案が浮かばんようでな。そこでお主の知恵を借りたいのじゃ」


 確かに、それは切実な問題だな。俺も何とかしようとは考えてはいたのだが、最近忙しくてすっかり忘れていた。


「わかりました。そういうことでしたら、私が何とかしてみましょう」


「うむ、頼んだぞ。報酬は弾むのでな、期待しておくといい」


 学園長は満足げな様子で頷くと、俺の肩をぽんっと叩いてから再び仕事へと戻っていった。



「とはいったものの、どうしたものですかね……」


 学食で提供するメニューということは、コッケコーの唐揚げ定食と同じように全て現地で調達した材料で作らなければならない。


 それでいて、コッケコーの唐揚げ定食に負けないくらい美味しい料理となると、かなり難しい問題だ。


「とりあえずソレルの街からトマトを輸入しましょうかね」


 肉だけじゃ栄養が偏るからな。


 エルクの作ったトマトなら、単体でも美味しいし、既存のメニューにシンプルなトマトサラダを添えるだけでも健康的な食事になるだろう。


 だが、それだけじゃ物足りない。唐揚げ定食に代わる新たなメインディッシュが欲しいところだが……。


 ……駄目だ、全く思いつかん。


「ふぅむ、ここは料理のスペシャリストに相談してみた方がよさそうですね」


 料理人でもない俺が1人で考えても埒が明かない。


 そう判断した俺は、早速寮の自室に戻って全裸になると、ソレルの街へ向かうために転移の能力を発動させた。





「ちょっと留守にしてただけなのに、また発展したんじゃないですか?」


 農場のある自宅から、フィオナの店のある街の中心部へ向かって歩いていると、大きな建物がいくつも目に飛び込んできて、俺は思わず感嘆の声を上げた。


 大工や職人達がせわしなく動き回り、新しい建物があちこちで建築されている。さらには道路工事や街灯の設置など、街の景観を整備するための工事も進められており、異世界とは思えないほどの発展ぶりだった。


 人々も活気に満ち溢れていて、王都のミルテからだけではなく、他国からも観光客が押し寄せてきているようだ。


「最後尾はここだよ~! ほら、お前ら押さないでちゃんと並べや~!」


 ウェインが声を張り上げて、行列の整理をしている。


 どうやら委員長のお店――『陽だまり洋菓子店』は大盛況のようだ。


 チラッと店内を覗くと、委員長やニーナがせわしなく働いているのが見えたので、邪魔するのも悪いと声をかけるのは控えることにした。


「ウェイン、ご苦労様です」


「おお! ソフィアちゃん、なんか久しぶりじゃね!? 俺にももっと会いに来てくれよ、寂しくて死んじまうぜ?」


 ウェインに声をかけると、彼はぱっと表情を明るくさせてこちらに駆け寄ってきた。そして、俺の隣に立つと、肩に手を回してくる。


 相変わらず馴れ馴れしい奴だな……。


 俺はウェインの腕を丁寧に振り払うと、街の状況についてあれこれ質問を投げ掛けた。すると、彼は上機嫌で一つ一つ丁寧に教えてくれる。


「見ての通り、陽依ちゃんの店は大繁盛だぜ。特にポメタロウのクリームパンは絶品でよぉ~、俺も毎日買いに来ちまってるよ」


 どうやら看板犬であるポメタロウをモデルにしたクリームパンが、女性を中心に大ヒットしているようだ。王都からも買い付けに来る商人まで現れるほどらしい。


「エヴァンのもとで働きだした蒼嗣は、めきめきと頭角を現してな。あいつが色々なアイデアを出してくれるから、街の発展も早いし、労働者のやる気もどんどん上がってるぜ」


 三上くんは俺よりもよっぽど頭がいいからなー。


 街を発展させていくシミュレーションゲームも好きだと言っていたし、現代知識での内政チートはお手の物といったところだろう。


「ところでソフィアちゃん今晩暇? 一緒に食事でもどうよ? 俺の部屋で2人っきりで――」


「それじゃあ、私は用事があるので」


 後ろで何やら騒いでいるウェインを放置して、俺はさっさと隣にあるフィオナの店へと向かうことにした。


 フィオナの店――『森の妖精亭』は、相変わらず多くの客で賑わっているようだ。


 店内を覗くと、大勢の従業員達が忙しそうに働いているのが見える。


 店も大きく拡張され、2階部分まで増築されていた。だが、新たに給仕や料理人を雇ったこともあり、以前と比べてフィオナの負担はかなり軽くなっているはずだ。


「あー! ソフィアちゃんだー!」


 店に入った瞬間、俺の姿に気付いたルルカがこちらにやってきた。


 ルルカはぱあっと顔を輝かせながら、俺の腰にぎゅうっと抱きついてくる。彼女のぷにっとした柔らかい頬がお腹に押し当てられ、少しくすぐったい。


「こんにちは。ルルカもお店を手伝ってるんですか?」


「手伝ってるの~!」


「偉いですね~……よしよし」


 俺はルルカの頭を優しく撫でてあげる。彼女が嬉しそうに目を細める様はまるで子猫のようでとても愛らしい。


「あら? ソフィアじゃないの。いらっしゃい」


 ルルカとじゃれ合っていると、フィオナが厨房から出てきて声を掛けてくる。


「こんにちは、フィオナ。少し相談があるんですが、今お時間よろしいですか?」


「ええ、ちょうど休憩しようと思ってたところよ。ルルカ、私は副料理長に声かけてくるから、ソフィアを奥の部屋へ案内してくれる?」


「わかったー! ソフィアちゃん、こっちだよ!」


 ルルカは元気よく返事をすると、俺の手を引っ張って店の休憩室へと連れていく。


 そして、俺をふかふかのソファに座らせると、彼女の特等席である俺の膝の上にちょこんと座った。


「ルルカ、水魔法の練習はちゃんとやっていますか?」


「うん! ほら、見て!」


 雨雲の指輪が嵌められた右手を掲げると、ルルカは得意げな表情で魔法を発動させる。すると、彼女の頭上にポメタロウの形をした水球が現れた。


「おお! 随分魔力のコントロールが上手くなりましたね!」


「えへへ~、ポメタロウが陽依ちゃんのお店に行っちゃって寂しいけど、ルルカも頑張ってるの!」


 そう言って、ルルカは俺の胸に頭をぐりぐり押し付ける。


 ううむ、才能はあると思ってたけど、予想以上の成長スピードだ。これは数年後にはリステル魔法学園に通わせたほうが良いかもしれないな。


 俺はルルカのぷにぷにほっぺに自分の頬をすりすりしてスキンシップをとりながら、今後の教育方針について思いを巡らせた。



 しばらくすると休憩室にフィオナがやって来たので、早速学食のメニューについて相談してみる。


「なるほどねぇ……。それならばいい食材・・・・があるわよ」


「本当ですか!?」


 フィオナの言葉に、俺は期待に満ちた眼差しを向ける。


 彼女はそんな俺を見てニヤリと笑みを浮かべると、ちょうどその食材が保管されているという倉庫へと案内してくれた。



 そして、そこで俺が目にしたのは――。



「うげぇ……。これが、いい食材・・・・ですか……?」


 思わず顔をしかめる俺に、フィオナはケラケラと愉快そうに笑った。


「ソフィア、これ苦手だって前に言ってたものね。でも、供給が安定していて安価で手に入り、尚且つ美味しいものといったら、これしかないわよ?」


「でもこれって……」


「ええ、そうよ。これは――"オーク肉"よ!」


 そう言ってフィオナは、ドヤ顔でオークの肉塊を指差した。



 オーク――それは、ファンタジー世界ではお馴染みの豚の顔をした二足歩行の魔物である。


 ゴブリンと同じように世界中のどこにでも生息している魔物で、繁殖力も旺盛なため、常に一定の数が存在しており、そしてゴブリンとは違いその肉は食用にも適している。


 オーク肉は豚肉よりも若干脂が乗っているものの、意外とあっさりとした味わいで食べやすく、様々な料理に合う万能食材なのだ。



 ……だが、わかるだろう?


 この世界のオークは別に喋ったりしないし、本当に二足歩行で歩く凶暴な豚みたいなものなのだが、前世が地球出身の俺としては、どうもあれを食べるということに抵抗感があるのだ。


「あのねぇ、どれだけグロテスクな見た目でも、お肉にしてしまえばみんな一緒なのよ? 食材なんて見た目が悪いものほど案外美味しかったりするものなんだから」


「まあ、言ってることはわかりますけど……」


 確かにタコなんかも見た目はアレだが、実際食べてみると美味しいし、見た目で敬遠するのは勿体無いというのも理解できる。


 それに、フィオナの言う通りオーク肉はどの国でも大量に手に入るし、安価なことも大きなメリットだ。


「とにかく私がオーク肉で絶品の料理を作ってあげるから、ソフィアも一度食べてみなさいよね」


 そう言ってフィオナはオーク肉を持って倉庫から出ていくと、キッチンへと歩いていった。



 それから数十分後――。



 テーブルに座る俺のもとに、フィオナが料理を運んでくる。


「お待たせ。オーク肉にソフィアの指定した食材を使って作った料理がこれよ」


「こ、これは……!」


 大きなどんぶりに盛られたご飯の上に、オーク肉で作られた豚カツが乗せられている。


 更に、付け合わせの千切りキャベツ、そして豚カツの上には味噌だれがたっぷりと掛けられており、おまけとばかりにコッケコーの目玉焼きまで添えられていた。


 【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16818093074635467395


「これぞ、"オーク肉の味噌カツ丼"よ! さあ、召し上がれ!」


 フィオナに促されて、俺はどんぶりを手に持つと、箸で肉を挟み口に運ぶ。


 すると、サクッとした衣とジューシーなオーク肉の旨味、そしてしっかりとした味付けの甘辛い味噌だれが口の中に広がり、思わず頬が緩んでしまう。


 これは美味い……。オーク肉なんて、と偏見を抱いていた自分を殴ってやりたいくらいだ。


「はふっ! はふっ!」


 熱々の豚カツをご飯の上に乗っけて、口の中に放り込む。


「慌てないで、ゆっくり噛んで食べなさい。それと、コッケコーの黄身と味噌だれを絡めて食べると更に美味しいわよ?」


 フィオナのアドバイスを聞きながら、俺は箸で卵の黄身を潰すと、そこへ味噌だれを絡めて豚カツと一緒に頬張った。


「ん、ん、んま~い!」


 黄身と味噌だれが豚カツの旨味を更に引き出し、口の中で絡み合って絶妙なハーモニーを奏でる。


 これは、確実に人気メニューになるぞ……!


 夢中になって料理を食べる俺を、隣に座ったフィオナは穏やかな笑みを浮かべながら眺めていた。

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