第130話「ユニペガ」★
その日俺が教室に入ると、何故か生徒達が二つの集団に分かれていた。
一つは、教室の一番奥で女子生徒達がきゃいきゃい騒ぎながら何かを囲んでいる集団。
そしてもう一つは、男子生徒達と女子生徒の一部が集まって、それを遠巻きに眺めている集団である。
教室の隅には、マホガクのアイドルと名高い、男子に大人気の清楚系美少女――ユーティアリアさんが、何かに吹っ飛ばされた形跡を残してぴくぴく痙攣しており、それをアリエッタが神聖魔法で治療していた。
「…………」
なんだこのカオスな光景……。
とりあえず俺は、近くにいたマリーベルに事情を聞いてみることにした。
「おはようございます、マリーベルさん。一体これは何の騒ぎですか?」
「ああ、ソフィア先生おはようございます。実はですね……、シズクさんの育てていた霊獣の卵が孵化したのですわ。それで、女子生徒達がシズクさんの周囲で盛り上がっているのですが……」
なるほど、そういうことか。
そろそろ孵化するとは思っていたが、遂にその時が来たというわけか……。
「どれどれ、私も見せてもらいましょうかね……」
「いけませんわソフィア先生!!」
雫を取り囲む女子生徒の集団に近付こうとすると、マリーベルが慌てて制止してきた。
一体どうしたのだろう?
俺が疑問に思っていると、彼女は少し気まずそうに言葉を続ける。
「い、いえ……。ソフィア先生はきっと駄目だと、そんな気がするんですの。悪いことは言わないので、近づかないほうがいいとわたくしは思いますわ」
「…………?」
マリーベルにしては珍しく歯切れの悪い言い方である。
でも雫の霊獣だし、これから山田家のペットになる存在なので、俺が見に行かない理由はないだろう。
俺はマリーベルの制止を振り切り、雫の周囲に集まっている女子達の輪へと近付いていった。
すると、雫は俺に気付いたのか、こちらに向かって大きく手を振ってきた。
「あ……。おーい! ソフィアせんせーい! 霊獣、生まれたよー!」
「おおっ!」
そこにいたのは、真っ白い体毛に覆われた、ポニーくらいの大きさの小さな馬だった。
いや、ただの馬ではない。頭からは立派な一本の角が生えていて、背中には天使のような翼が生えている。
雫はその馬の上に乗って、嬉しそうに微笑んでいた。
【挿絵】
https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16818093074408262199
白馬はフワフワと宙を浮いており、どうやら飛行能力があるらしい。
「ユニペガちゃんかわいいーー!」
「シズクちゃん! 次は私も乗せてー!」
「私も私もー!!」
女子生徒達はそんな白馬を囲みながら、キャッキャと黄色い歓声を上げている。
ユニペガと呼ばれた白馬は、女子達の声に反応してゆっくりと降下すると、雫を背中から下ろした。そして、彼女達につぶらな瞳を向けながら愛想よくヒヒンッと鳴いた。
可愛らしい見た目からか、大勢の女子生徒達がユニペガに群がってその体を撫で回している。
なるほど、ユニコーンとペガサスでユニペガか……。なかなかカッコいい霊獣じゃないか。
そんなことを考えながら、俺は白馬に近づいていくと――。
『ヒヒヒヒーーンッ!!』
白馬は突如俺に向かって角を向け、威嚇するように嘶いてきた。
周りの女子生徒達にはあれほど愛想良く振舞っていたくせに、何故か俺にだけは敵意を剥き出しにしている。
「おや? どうしたんですかね? 私はあなたの主人の身内ですよ? ほら、怖くないよー。こっちにおいでー」
俺は笑顔で白馬に歩み寄りながら、優しい声音で呼びかけると、その身体に手を伸ばした。
すると――
『ブルルッ! ヒヒーンッ!!』
白馬は憤怒の表情を浮かべ、俺に向かって強烈な後ろ蹴りをお見舞いしてきた。
――ドゴォオオンッ!!!!
「ぶげぇぇーーっ!!」
雫のペットに攻撃されるとは夢にも思っていなかった俺は、それをモロに喰らい、教室の隅まで吹っ飛んでいった。
横たわっているユーティアリアさんの隣に並ぶように、ぴくぴくと痙攣しながら倒れ込む俺。
「そ、ソフィア先生大丈夫ですか! 今すぐに治療しますから!」
「あ、ありがとうございます……アリエッタ」
アリエッタは俺に駆け寄ってきて、すぐに神聖魔法を使ってくれた。
自分でも回復魔法は使えるが、精神的なショックが大きいので、今は彼女の厚意に甘えさせてもらおう。
それにしても……、どうして俺は蹴られたんだ? 俺は動物には好かれるタイプだと思っていたんだが……。
隣で倒れているユーティアリアさんも、おそらく俺と同じようにあいつに蹴られたのだろう。彼女も優しげな雰囲気の美少女で、動物に嫌われそうには見えない。
突如怒り狂った白馬に、雫や女子生徒達は困惑の表情を浮かべている。
「ユニペガ……どうしたの? ソフィアちゃんは怖くなんかないよ?」
「さっきもユーティアリアさんが触れた途端、暴れだしたよね。私達の前ではこんなに大人しいのに、一体どうしちゃったんだろう?」
「ソフィア先生とユーティアリアさんの共通点っていうと……。胸の大きな美少女が嫌いとか? うーん、でもそれだけであんなに怒るかなぁ?」
女子生徒達は口々に白馬が凶暴化した理由について議論しているが、その答えが出る様子はない。
俺も原因が分からず首を傾げていると、マリーベルが心配そうな顔で話しかけてきた。
「だから言いましたのに。ソフィア先生はたぶん駄目だって」
「……その様子だと、マリーベルさんは私やユーティアリアさんが蹴られた理由に、心当たりがあるみたいですね」
「ええ、おそらくあの馬は
「…………」
ああ、そういう……。
俺はマリーベルの言葉で、あの白馬に蹴られた理由をようやく理解した。
よく見ると、ユニペガに近寄らないようにしている女子達は、所謂陽キャと呼ばれるような派手で明るい感じの女子や、学生の中でも年長の女子ばかりだった。
中には真面目系やロリ系の子もいるのだが、理由が判明した今は見なかったことにしておく。
「やれやれ、いるんですよねぇ。人間の世界でも、動物の世界でも、大人の女性の良さを理解できず毛嫌いする愚か者は。あらゆる属性を受け入れた先にこそ、真理があるというのに……」
漫画でも小説でも食わず嫌いせずに、様々なジャンルを摂取することが大事なのである。
そうすることによって、新たな属性が開花したり、思わぬ発見があったりして、人生はより豊かで実りあるものになるのだ。
「かくいう私も、前世では色んなジャンルを嗜んだものです。NTRだけは私にはいまいち理解が及びませんでしたが……。それでもいざ読んでみれば時にはハッとさせられるような名作に巡り合うことも――」
「ソフィア先生? おっしゃってる意味がよく分からないのですが……」
おっと、いかんいかん。つい前世での業の深さが溢れ出てしまった。
俺はコホンと咳払いをして、ゆっくりと立ち上がる。
「……ん? ということは、マリーベルさんやユーティアリアさんは……」
ふと疑問に思い2人に視線を移すと、彼女達はサッと俺から目をそらした。
人は見かけによらないと言うが、学園でも人気トップクラスの美少女2人が、白馬から大人の女性判定を下されてしまうとは……。
男子やアリエッタら判定に引っかかってない女子はまだ気づいてなさそうなのが、唯一の救いか……。
というか、アリエッタはあのネラトーレル王国に留学していたのに本当に大丈夫だったんだな。こんなことで貞操の無事が証明されるとは思わなかったけど。
俺はそんなことを考えながら、白馬の霊獣に視線を向ける。
ユニペガは未だに俺に対して敵意を向けており、「ブルルッ!」と嘶きながら、前足で地面を引っ掻いていた。
「ふ……。別に私は気にしていませんよ。私にはポメタロウやドラスケ、鷹四郎やニオ達がいますから。あなたのような性癖の偏った淫獣に嫌われたところで――」
『ヒヒーンッ!!』
――ドゴォオオンッ!!
俺の言葉を遮るように、ユニペガは再び俺を後ろ蹴りで吹っ飛ばした。
「ほげぇえええーーっ!!」
教室の窓をブチ破り、屋外訓練場まで吹っ飛ぶ俺。そして、そのまま地面に頭からスライディングし、ズザーッと大きな土埃を巻き上げながら停止した。
……まあ、確かに俺は大人ですし、大人の女性判定されても仕方ないのかもしれませんけども! いくらなんでもこの仕打ちは酷くないですかね!
その後もユニペガは俺に対してのみ執拗に攻撃を仕掛けてきて、俺は傷心のまま、授業を自習にして保健室のベッドで不貞寝したのだった。
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