第129話「賢者の石」★
「失踪事件、関係ないのかよっ!?」
俺は学園寮の自室に帰ってくるなり、名探偵にしてやられた新世界の神を目指す少年のように両手で頭を抱えた。
あれから俺は、ベスケード帝国にある冒険者ギルドの本部に向かい、殺し屋の里についての情報をギルドに報告することにした。
すると、運のいいことにちょうどベスケード帝国に帰国していた、特級冒険者のヨハンと再会することができたので、彼に協力を要請することにしたのだ。
ヨハンはベスケード帝国の第一王子でもあり、強力な私兵を多数有している。それに彼自身の能力も、 多人数を相手取ることに長けているため、今回のような任務にはうってつけだった。
俺の話を聞いたヨハンは、二つ返事でこれを承諾し、彼の私兵や王都の上級冒険者達に声をかけ、すぐに人数をかき集めてくれた。
そして、俺とヨハンの特級冒険者2人を含めた少数精鋭のパーティで、殺し屋の里があるという大森林へと向かったのだった。
結果から言うと、殺し屋の里はあっさりと壊滅した。
徹底的にアジトを秘匿していた殺し屋達は、まさか自分達のホームが襲撃されるとは夢にも思っていなかったのだろう。彼らはほんの僅かな時間で、俺達によって完全に制圧されてしまった。
まあ、里の長であるシスイという男はかなりの強さだったが、流石に特級冒険者2人を相手にしてはどうしようもない。
こうして、殺し屋の里は壊滅し、事件は無事に解決したのだが……。
「結局私の追っていた失踪事件の犯人との関わりは、ありませんでしたね……」
俺はがっくりと肩を落として項垂れる。
あれだけ苦労させられたというのに、結局無駄骨だったのだ。
いや、完全に無駄だったわけではない。資料の6人目にあったカリンという女性と、8人目のハンクという男性は、おそらく殺し屋の里の"成人の儀"という儀式の犠牲になった被害者だろう思われる証拠が見つかったのだ。
「この2人は失踪する理由が全く見つからなかった人物。つまり、私が追ってる失踪事件の本当の被害者は、それを除く8人だったということになりますね……」
ふぅむ、と顎に指を当てて考え込む。
そうなると少し話は変わってくる。残りの被害者は、何か悩みを抱えていた人物、もしくは世間から悪人と認識されていた人物、ということになる。
「まだ、情報が足りませんね……。引き続き調査の必要がありそうです」
ううん、と大きく伸びをして、俺は椅子から立ち上がった。
「小腹が空いたので、学食にでも行きましょうか」
コッケコーの唐揚げ定食が提供されてから、連日長蛇の列ができている学食だったが、時刻は既に21時を回っており、この時間なら流石に空いているだろう。
早く行かないと、そろそろ閉店の22時になってしまう。俺は軽い足取りで寮の自室を後にし、学食へと向かった。
◇
「あら? ソフィア先生じゃないですか。先生もこんな時間に学食ですの?」
道中、後ろから聞き覚えのある声で呼び止められた。
【挿絵】
https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16818093074289039177
振り返ると、そこには金髪を縦ロールにした、いかにもお嬢様といった風貌の女子生徒が立っていた。
「こんばんは、マリーベルさん。ええ、少し小腹が空いたので、唐揚げ定食でも食べに行こうかと……」
「ここの唐揚げ定食は絶品ですものね。わたくし、最近は三食全てが唐揚げ定食と味噌スープの日々ですのよ」
「それは流石に栄養が偏り過ぎですよ……」
俺が呆れたように言うと、マリーベルはオホホと口元に手を当てて優雅に笑った。
彼女、マリーベルさんはこの学園で最も有名である女子生徒の1人だ。
成績優秀、容姿端麗、運動神経抜群。それにコミュ力の塊のような性格で、誰とでも分け隔てなく接するため、男女問わずに人気がある。
どこぞの国の侯爵家の娘であるとか、実は王族の血を引いているだとか、噂が絶えない人物でもあるが、本人はそのことについて一切語らないし、詮索しようとすると上手くかわされてしまう。
だが、良い生徒であることは間違いないし、俺は彼女のことを好ましく思っている。
「唐揚げ定食と味噌スープはソフィア先生が考案なさったんでしょ? あんな美味しいもの、わたくし今まで食べたことがありませんでしたわ」
「私も人から学んだ知識を実践しているだけですから……。そんな褒められるようなことじゃないですよ」
マリーベルと談笑しながら歩いていると、すぐに学食に到着した。
学食の中に入ると、やはり夜も遅い時間なだけあって、数人の生徒しかいなかった。早速カウンターに並んで、メニューを注文する。
「コッケコーの唐揚げ定食と味噌スープをお願いしますわ」
「私も同じもので」
「はいよ! おや? ソフィア先生じゃないですか! 先生の考案した味噌スープ、唐揚げ定食との相性が抜群だって評判で凄い売れ行きですよ。味噌の作り方なんて、ベスケード帝国からお偉いさんが視察に来るぐらいですし」
俺を見かけた料理長のおじさんが嬉しそうに話しかけてきた。
この世界には味噌という調味料は存在しなかった。だが、地球に戻った俺は、これが案外簡単に再現できることに気がついて、味噌の作り方を広めることにしたのだ。
味噌は大豆と米麹と塩の三種類の材料があれば作れるので、地球の道具さえあればこの学園でも簡単に生産できる。
なので俺は、学園長に頼み込んで学園に調味料開発室を作らせてもらい、そこで味噌や醤油の量産体制を整えたのである。
「味噌を筆頭にソフィア先生の作った調味料さえあれば、新たなメニューがどんどん開発できそうですね。だけどいいんですか? ベスケード帝国に味噌のレシピを公開してしまって……」
「いいんですよ。私の目的は美味しいご飯をこの世界に広めることなので、大国のベスケード帝国が味噌を広めてくれるなら、むしろ願ったり叶ったりです」
調理長はなるほど、と大きく頷くと、カウンターの向こうで料理を作り始めた。
「先生、料理ができるまで向こうでお話しませんこと?」
「そうですね」
マリーベルと一緒に空いている席へと向かう。
すると、その途中で、フォクスが取り巻きの2人と一緒に何やら難しい顔で話し込んでいるのが見えた。
気になった俺達は彼らに近づいて声をかける。
「フォクスくん、こんばんは。フォクスくん達もこんな時間に学食ですか?」
「ちぃーーす! ソフィアちゃん先生こんばんはー!」
「もちのろんっスよー! この時間は空いてるから、ここで飯食ってから寮に戻るのが俺らの日課っス!」
取り巻きのリィトとキィマが元気よく挨拶を返してくるが、フォクスはあまり元気がない。いつも自信満々な彼にしては珍しい反応だ。
「フォクスさん、どうしたんですの? いつもの貴方らしくないですわね。何かお悩みでも?」
俺達は彼らと同席して、話を聞くことにした。
フォクスは最初こそ、少し渋っていた様子だったが、俺達の真剣な態度に押されたのか、やがてポツリポツリと話し始めた。
「兄貴がよぉ……。どうも廃嫡されそうなんだよ……」
「「え?」」
俺とマリーベルは驚いて声を上げた。
フォクスが言うには、彼の兄であるツーレヒが王位継承権を剥奪されそうになっているのだとか。
そうなると次のサンクサイウ王国の王はフォクスということになる。突然の話に、彼も困惑しているらしい。
「兄貴は殺し屋の里と繋がりがあったみたいなんだよ。聞いたか? 殺し屋の里が壊滅したって情報は」
「ええ、今日は学園でもその話題で持ちきりでしたわね」
「兄貴は殺し屋の里に、政敵や他の国の重鎮まで暗殺を依頼してたんだとよ。その証拠が奴らのアジトから見つかって、親父は他国からの批判を恐れて、兄貴が1人で勝手にやったことだと切り捨てるつもりらしいんだ」
あー、そういうことね。それは確かに、廃嫡されても文句は言えない。
何か国王のほうも怪しい感じがするが、そこまでは俺には知る由もないことだ。
しかし、つまりは間接的に俺が原因でフォクスが王様になることが決まってしまったのか……。これはフォローしておいた方が良さそうだな。
「まあ、国王はまだ若いですし、フォクスくんが王様になるとしてもまだ先の話でしょう。それまでに王としての立ち振る舞いとか、色々勉強しておけばいいじゃないですか。フォクスくんならきっと立派な王様になれますよ」
俺がそう言うと、フォクスは少し元気が出たのか、珍しく素直に俺の言葉に頷いてくれた。
「そうっスよ! 王子なら国をもっといい方向に導いていけるはずっス!」
「俺らも一生王子についていくんで、頑張ってくださいっス!」
「お、お前ら……!」
フォクスは取り巻きの2人の言葉に感動したのか、ガシリと2人の肩を抱いて、熱い抱擁を交わした。
うんうん、青春だね。
「お待ちどうさま! コッケコーの唐揚げ定食と味噌スープだよ! ソフィア先生とマリーベルさんにはいつもご贔屓にしてもらっているから、今日はサービスしておいたよ!」
そこへ、料理長のおじさんが唐揚げ定食と味噌スープを持ってきてくれた。
ご飯は大盛りで、唐揚げも一個多く入っている。俺達は早速、熱々の唐揚げにかぶりついた。
「ソフィア先生は"賢者の石"がこの学園に隠されているって噂、ご存じですの?」
唐揚げ定食を完食し、フォクス達が先に学食を出ていったところで、マリーベルが小声で俺に尋ねてきた。
――賢者の石。
それは伝説の魔道具である。無限に魔力を生み出す石で、これを用いれば、死んだ人間すらも生き返らせることのできると噂されている幻の石だ。
「ええ、そんな噂は私が学生時代の頃からありましたね」
「このリステル魔法王国は、豊か過ぎると思いませんこと? いくら沢山の魔法使いがいて、魔道具が潤沢に流通していると言っても、他国と比べてここまで文明が進んでいるのは、不自然だと思うんですのよ」
「まあ、確かにそうかも知れませんね」
それは俺も思ったことがある。このリステル魔法王国は、他の国に比べて文明レベルがかなり高い。それが賢者の石のおかげだと言われれば、なるほどその可能性もあり得なくはないな、とは思うが……。
「でも、賢者の石なんて所詮はおとぎ話の存在でしょう? 古今東西、物語の中には頻繁に登場しますが、実在したという話は聞いたことがありません」
「ですが……30年ほど前まではこの王国も、他の国とそう変わりはなかったそうですわ。それが今ではどうでしょう? 世界一の大国と名高いベスケード帝国よりも、さらに豊かな国になっていますわ。ここまで急速な発展は、何か理由があるとしか思えませんわ」
「今から30年前までのどこかのタイミングで、リステル魔法王国が賢者の石を手に入れたと?」
「はい、わたくしはそう睨んでいますわ。おそらく、賢者の石は今でもこの学園のどこかに隠されていますのよ」
マリーベルは確信を持ったような口調でそう言い切った。
「もし本当に賢者の石があるのなら、もっと世界の人々の為に使うべきですわ。世の中には困っている人々が沢山います。そんな彼らを救うために、賢者の石はあるべきだとわたくしは思います」
真剣な眼差しでそう語るマリーベル。彼女は本気で人々を救いたいと考えているのだろう。
だけど、俺はその考えにあまり賛成できなかった。
「マリーベルさんの言うことは一理ありますが、もしこの魔法学園に賢者の石が本当にあるのなら、それはそのままにしておくのが良いと私は思います」
「……どうしてですの?」
「世の中にはマリーベルさんのような考えの人ばかりではありません。賢者の石は悪用しようと思えばいくらでもできる。だからこそ、それを欲しがっている悪党達は大勢います」
「それは……確かにそうですけれど……」
「リステル魔法王国の王侯貴族が私腹を肥やしているという話は聞いたことがありますか?」
俺の問いに、マリーベルはゆっくりと首を横に振った。
「この魔法学園にしてもそうです。世界各国から魔法使い候補生を集め、 最高の環境で教育することで、優秀な魔法使いを量産している。そこに悪意など微塵もありません。ならば、たとえここに賢者の石が存在していたとしても、それでいいではありませんか」
「そう……ですわよね。ええ、ソフィア先生のおっしゃる通りですわ……」
マリーベルは考え込むように俯きながら、そう言って自分の意見を引っ込めた。
「さあ、そろそろ閉店の時間なので寮に戻りましょう。明日も授業がありますからね。夜更かしはいけませんよ?」
俺が席を立つと、マリーベルも頷いて立ち上がる。
そして俺達は、2人並んで寮へと歩き始めた。だが、彼女はどこか上の空で、心ここに在らずといった様子だった。
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