第128話「リトルサキュバス」★
勇者を殺したのは魔族の少女だったらしい。
なんてことはない、ただの下級魔族の女の子。本来ならセトの敵ではないはずの存在だ。
だが、セトはその少女を殺すことができなかった。首を切ろうとした剣を止め、そしてその隙に少女に心臓を貫かれたらしい。
その魔族はピンクの髪とピンクの瞳を持った、どこかお姉さんに似た雰囲気を持つ可愛らしい女の子だったという。
「私のせいかもしれないわね……」
「…………」
お姉さんの呟きに、俺は何も言えずに黙り込む。
だって、俺は「きっとそうだろうな」と思ってしまったから。
勇者は愛に目覚めてしまったのだ。魔族とも、もしかしたら分かり合えるかもしれないと、錯覚してしまったのだろう。
そんなことが、あるはずがないのに。
お姉さんは頭のおかしい魔族だから、勇者とも分かり合えただけであって、本来、人類と魔族は相容れない存在だって本人が一番良く分かっていたはずなのに……。
「お姉さん、私に戦いを教えてくれませんか?」
気付けば、俺はそんなことを口にしていた。
何故だかどうしようもないほど強くなりたいって、そう思ったから。
「ソフィアちゃんには、あまり危ないことはして欲しくないんだけど……」
「強くなりたいんです……」
俺は真っ直ぐにお姉さんの目を見つめながら告げる。
すると、お姉さんは少しだけ迷ったような素振りを見せたが、すぐに笑顔を浮かべて俺を抱きしめてきた。
「かわいい妹に頼まれたんじゃ、お姉さんが断るわけにはいかないわね♥」
こうして、俺はお姉さんに戦い方を教わることになったのだった。
◇
「やあーーっ!」
気合の掛け声と共に、正拳突きを放つ。
しかし、お姉さんはそんな俺を見ながら、ゆっくりと首を横に振って駄目だしをしてきた。
「違うわソフィアちゃん。そこはもっとバシュって感じで、足をもっとギューンってして、ヒュンって感じでパンチを打つのよ。わかった?」
「まったくわかりません……」
お姉さんは感性で生きていた。人にものを教えるのが絶望的に下手な人だった。
エッチなことを教えるときはあんなに情熱的でわかりやすいのに、どうしてそれ以外ではこうもポンコツなのか……。
――結局、エッチなこと以外は全く上達しないまま、日々は過ぎていった。
「ソフィアちゃん、今日は私が一番好きな愛の物語を教えてあげる」
ある日の夜、お姉さんはベッドの中で、俺に本を読み聞かせてくれた。
それは、"厄災"と呼ばれる少女と、 そんな彼女を愛した少年の物語だった。
少女は生きているだけで世界に害を為す存在として、 世界中の人々から嫌われ、恐れられ、疎まれ、憎まれていた。
そんな少女を愛した少年は、彼女を守り、共に生きることを決意する。
少年はひたすらに、少女を愛し、守り、支え続けた。己が傷つこうとも、世界の全てが敵になろうとも、ただ少女のためだけに戦い続けた。
そして、数々の困難を乗り越え、最終的に少年と少女の愛は世界に打ち勝ち、2人は結ばれて幸せになりましたとさ。
めでたしめでたし。
お姉さんが語ってくれたのは、そんな物語だった。
「愛という感情は、この世でもっとも強い力なのよ。憎しみや怒りなんかよりも、ずっとずっと強くて、それでいて尊いの。その中でも、この2人のように世界の全てに打ち勝つほどの究極の愛! それは一体どんなものなんでしょうね? 私はいつか、そんな愛を見てみたいわ」
お姉さんがうっとりとした表情を浮かべながら、そんなことを呟く。
「……あの、世界の人々はどうなったんでしょうか?」
「さあ? そこまでは分からないわね」
「…………」
物語では2人が結ばれたところまでしか語られていない。少年と少女の視点なら、確かにハッピーエンドかもしれないが、世界の人々の視点ではどうだろうか?
現実では、1人1人にそれぞれの人生があり、誰もが自分の物語の主人公なのだ。そんな彼らにとって、生きているだけで世界に害をもたらす少女とそれを守るナイトの少年は、一体どう映ったのだろうか?
きっとそれは、"悪魔" や"魔王" と形容されるものだったに違いない。
そして、世界はどうなったのか? たぶんおそらく、滅んでしまったんじゃないか。そう思わずにはいられなかった。
「……私は、いずれ世界の敵になると思う?」
「そ、そんなことは……っ」
お姉さんの言葉に、俺は動揺を隠せない。
「いえ……セトくんが言っていたことも、私はなんとなく分かる気がするわ」
お姉さんは俺を抱きしめながら、優しく語りかける。
「もし、いつか私の"愛"が世界を滅ぼす日が来たら、ソフィアちゃんがもっと大きな"愛"で、それを止めてくれる?」
「そんな日、来ませんよ……」
「……そうね」
俺はお姉さんの言葉を否定したが、でも、心のどこかでいつかそんな日が来るんじゃないかって、そんな予感がしていた。
◇
その日、お姉さんは俺の手を引いて、何やら大きな道場のような場所に連れていった。
「ソフィアちゃん。ここでお別れよ」
「――え?」
突然の言葉に、思わず聞き返してしまう。
お姉さんは微笑みながらもどこか悲しげな表情で、俺の頬を両手で包み込むようにして触った。
「やっぱりソフィアちゃんは、私のような存在と生きるべきではないと思うの。あなたは他の人間と、同じ世界で生きていくべきなのよ」
そう言って、お姉さんは寂しげに笑った。
「ここにいる"ガーライル"という男を尋ねなさい。私の古い友人で、彼ならきっとあなたを正しい方向に導いてくれるわ」
お姉さんは俺を道場の入り口へと誘導すると、最後に俺の身体をぎゅっと強く抱きしめた。
そして、ゆっくりと俺から離れていく。
「……あの! また、会えますよね!?」
「ええ、もちろん。私のかわいい妹。いつかきっとまた会えるわ。だからその時まで、さようなら」
こうして、俺とお姉さんの生活は唐突に終わりを告げた。
その後、俺はお姉さんに言われた通り、南天流の総本部道場へと向かい、ガーライルという老人に弟子入りすることになる。
南天流総帥――ガーライル・サザンダイナ。
風雷月光流開祖――ライガ・フウラン。
火の賢者――アネッサ・マルグリット。
俺はこの異世界で様々な師と出会い、色々なことを学び、そして強くなった。
だけど、その中でもっとも俺の人生に強い影響をもたらしたのは誰か。そう聞かれたら、俺は迷うことなくこう答えるだろう。
それは、魔王軍四天王の1人、【友愛のメリエール】であったと――――。
◆◆◆
「ふーん、それで私を狙っていたんですか」
俺はオカの背中に指を這わせながら、耳元へふっと息を吹きかける。
オカはそれだけでビクビクと身体を痙攣させながら、切なげな声で俺に訴えかけてきた。
「そ、ソフィアちゃん。
「駄目ですよ。運よく一回で"魔糸"のギフトはコピーできたので、
「そ、そんなぁ……」
そう言って、オカは絶望の表情を浮かべる。
そんな彼を見て、俺はクスクスと笑いながら、頬に白い手を添えて耳元で囁いた。
「それで? 殺し屋の里はどこにあるんですか? サンクサイウ王国の南にあるとの噂ですが……、冒険者ギルドでも一向に情報を得られなくて困っているんです」
人類と魔王軍が戦争を続けるこの世界で、金さえ貰えればどんな要人でも殺す"殺し屋の里"の暗殺者達は、人々の悩みのタネになっている。
だが、彼らは非常に用心深く、なかなか尻尾を掴ませない。そのうえ、捕まって尋問されそうになると、即座に自害してしまうため、情報を引き出すのも非常に困難だった。
もちろんこのオカも、俺に捕まった瞬間、自害しようと試みたのだが、残念ながら俺は神聖魔法使いだ。即死しない限りはどんな傷でも治すことができる。
俺は暴力的なことはあまり好きではないのだが、皮肉なことに、もしかしたらこの世界でもっとも尋問や拷問に向いている人間かもしれなかった。
「そ、それだけは言えない……。俺の命はどうでもいい。だが、仲間を売ることは絶対にできない!」
「もし教えてくれるなら、
「さ、
俺の言葉を聞いた瞬間、オカの頬がだらしなく緩み始める。だが、彼は頭を強く左右に振ると、再び険しい表情を浮かべて、はっきりと俺の誘いを拒絶した。
……ふむ、なかなかどうして強情だ。仕方ない、そろそろ仕上げといこう。
俺はオカの目を真っ直ぐに見つめながら、甘く蕩けるような声で語りかける。
「ねぇ~、教えてくださいよ~♥」
【挿絵】
https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16818093074167098871
俺は胸の上に手でハートマークを作りながら、満面の笑顔で闇魔法の"
「あ、うあ……」
オカは抵抗しようとするも、既に彼の理性は崩壊寸前だった。
"
だが、そこに"愛"と"快楽"が加われば話は別である。
人間という生き物は、痛みや苦しみには耐えることができても、"愛"と"快楽"には決して抗うことはできない。
俺はメリエールのお姉さんから学んだ愛と快楽のテクニックを用いて、オカの心をとろとろに溶かし尽くし、徹底的に籠絡した。
この状態からの"
オカは涎を垂らしながら、焦点の定まらない目で俺を見つめ返し、うわ言のように呟いた。
「うう……。サンクサイウ王国の南に広がる大森林、そこに"殺し屋の里"はある……。目印の木に隠された魔道具を起動させないと……、里へは入れない……」
それから、オカはペラペラと殺し屋の里の所在地について喋り続けた。震える手で地面に地図を描きながら、どこに何があるかを詳細に説明する。
そして、全てを話し終えたオカは、くたりと力尽きたように地面に崩れ落ちた。
「ふむ、ご苦労様です。あなたはギルドに引き渡しますので、ゆっくりと眠っていてくださいね」
さあ、これでようやく殺し屋の里の場所がわかった。
殺し屋の里が失踪事件に関係あるかは、こいつの情報だけではわからなかったが、念の為調べてみるべきだろう。
「うーむ、私だけでは少々心もとないですね……。ベスケード帝国にある冒険者ギルドの本部にでも行って、討伐隊でも組んでもらいましょうか」
こんな奴らがうじゃうじゃいるかもしれない場所に、流石に1人では行きたくない。
俺はそう判断し、ベスケード帝国へと転移するのだった。
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