第126話「愛の伝道師」★
──愛を持って接しましょう。
そのお姉さんは子供のように無邪気に、そして娼婦のように妖艶に微笑みながら、そう呟いた。
それからゆっくりと俺の顔を両手で包み込むと、自分の胸へと優しく引き寄せる。
ただ、それだけだった。
俺が人の温もりに飢えていたことを見抜いたのだろうか、まるで俺の心を包み込むように、ただただ優しく抱きしめてくれた。
「ソフィアちゃん、あなたは1人じゃないのよ。今日からお姉さんにたくさん甘えなさい」
「……私、何も持ってませんよ? お金もないですし、戦うこともできないです。そんな私に優しくしても、お姉さんに何のメリットもありませんよ?」
彼女と出会ったのは、俺が盗賊のアジトから逃げ出して1週間ほど経った日のことだった。
盗賊達からは命からがら逃げ出すことはできたが、碌に戦うことも、お金を稼ぐ手段もない俺は、完全に路頭に迷っていた。
いくらスキルコピーが使えることがわかったといっても、男を誘惑する術も知らず、覚悟もない。当時の俺には、行きずりの男に身体を売るなんて真似は、とてもじゃないけどできそうになかった。
その日、俺はすっかり疲弊してしまい、山の中で倒れ込んでしまった。そんな俺を見つけて介抱してくれたのが彼女だ。
一言でいうならば、彼女はエッチなお姉さんだった。
ピンクの髪にピンクの瞳、声もピンクで、服装も下着のようなきわどい恰好をしており、何やら甘いフェロモンのようなモノを常に身体から放出していた。
なんというか……その人は、とにかくエッチなお姉さんとしか形容しようがないほどエッチなお姉さんだったのだ。
「私は世界を愛で満たしたいの。だからあなたのような子供に、愛を注ぐこともまた私の使命なのよ♥」
【挿絵】
https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16818093073930196559
胸の上に手でハートマークを作りながら、満面の笑顔で彼女は俺にそう告げた。
それから彼女は俺にたらふくご飯を食べさせ、夜は一緒のベッドで母親のように甘やかしながら寝かせてくれた。
「あの……私、行くところがないんです」
「だったらお姉さんと一緒に来ない? 私、ソフィアちゃんみたいなかわいい妹が欲しいと思ってたの」
「いいんですか? 私、何の役にも立てませんよ?」
「かわいい妹が傍にいれば、私の愛が満たされるわ。ね、そうしましょう?」
そう言って彼女はギュッと俺を抱きしめた。
温かくて、柔らかくて、甘い匂いのするそのお姉さんの胸の中は、まるで天国のように安心できる場所で……その日俺は久々に、いや、もしかしたら異世界に転生してから初めて、心の底から安眠できた気がした。
こうして、俺は彼女と一緒に世界を旅をするようになる。
──ソフィア・ソレル、10歳の夏のことである。
彼女は頭がおかしかった。
相手がどんな人間であれ、慈悲深く愛を持って接するその姿は聖女といっても過言ではなかったが、その方向性は常軌を逸していた。
道端で飢えている子供がいれば自分の食料を分け与えるし、その程度ならまだわかるが、浮浪者の前で服を脱ぎ、その天女のような身体を使って奉仕することもあるほどだった。
彼女の噂を聞いたクズ男達がその身体を目当てに次々と集まってくることもあったが、それでも彼女の在り方は変わらなかった。
「なんで……そんなこと、するんですか?」
嫉妬なのか、それともただ単に疑問に思っただけなのか、今となってはわからない。
あまりにも優しくて美しいお姉さんが、こんなクズの人間達に尽くして生きている意味がどうしても理解できなかったのだ。
「愛を持って接すれば、きっと世界も愛を返してくれると思うの。だから私はどんな人にだって愛を注ぐのよ」
まるでそれが当たり前だと言わんばかりに、彼女は笑顔で答えた。
そんなことがあるわけがない。俺はそう思ったが、でも実際にお姉さんに愛を与えられたクズ男達は、皆憑き物が落ちたかのように、穏やかな表情になって帰っていくのだった。
それからも、お姉さんの愛がどうしようもないクズを更生させたり、人生に絶望していた人間を立ち直らせ、生きる希望を与えたりする光景を、俺は何度も目の当たりにすることになる。
愛は世界を救う。それは、そう信じるに十分な光景だった。
だから、俺はお姉さんの在り方を真似してみたいと思ったんだ。彼女ほど狂気的に誰彼構わず愛を注ぐことはできなくても、それでも彼女と同じ優しさを持った人間になりたかった。
「あの……私にもできるでしょうか? お姉さんみたいに、人に愛を持って接することが……」
「ええ、もちろん! ソフィアちゃんはかわいいし、性格も優しくていい子だもの。きっと多くの人に愛を与えられるはずよ」
俺はその日から、彼女に人に愛を与えるテクニックを教わることにした。
その殆どがエッチなテクニックだったが、お姉さんはとにかくエッチなお姉さんだったので、それは仕方のないことだった……。
──そしてあっという間に時は流れ、俺は12歳になっていた。
お姉さんと共に旅をしながら、彼女から愛を持って人と接するための技術を教わって……そのおかげで、俺は男からスキルをコピーするのにもだいぶ抵抗がなくなっていた。
しかし……。
「ソフィアちゃん! 昨日泊まった教会で、真夜中に神父のおじさまの部屋に忍び込んで強引に迫ったそうじゃない!? おじさま、神の怒りに怯えていたわ。かわいそうに……。罪悪感に苛まれて私に懺悔までしてきたのよ!?」
「うっ! そ、それは……。あのおじさん、神聖魔法のギフトを持っていて……」
「言い訳しないの! 愛は強制するモノじゃないわ。無理やりは絶対ダメよ!」
「はい……」
「わかったらもっと丁寧に、紳士的に、かつ情熱的に、相手の心に寄り添うように、愛を持って接するのよ。そうすればきっとおじさまもソフィアちゃんの虜になって、向こうから求めてきたわ」
「向こうから……ですか?」
「そう、愛の力は神より偉大よ。愛を持って接すれば、強引に迫らなくても相手の方から愛を求めてくるわ。そうやってお互いに愛を分け与えた先にこそ、本当の幸せがあるのだから。……おまけに、最高の快楽もね♥」
そう言って彼女は艶やかに微笑んだ。
……いや、最後のは愛とは全然関係ないんじゃないか? と思わなくもないが、お姉さんの言うことは妙に説得力があり、ついつい従ってしまうのだ。
「はい、今後は気をつけます」
「ええ、お互いに"合意"の上なら何も問題ないから、ね?」
お姉さんが言うならきっと間違いはないだろう。今度からはちゃんと愛で相手をとろとろに蕩けさせて、向こうから求めてくるように仕向けていこう。
ちなみに、神父のおじさんはお姉さんに懺悔しているうちに彼女に愛を与えられ、とてもすっきりした表情で部屋に帰っていったらしい。
うーむ、流石はお姉さんだ。俺の失態を見事にリカバリーしてくれた。
「ところで話は変わるけど……ソフィアちゃん、最近おっぱいがかなり大きくなってきたんじゃない?」
「そうですね、少し邪魔になってきました」
まだ12歳だというのに、俺はかなり発育がいいようだ。まあ、成長してるのは胸だけで身長は全然伸びないのだが……。
「せっかくだし、そろそろおっぱいを使ったテクニックも覚えておかなくちゃね♥」
「おっぱいを使ったテクニック……ですか?」
「ええ、おっぱいは重要よ。男の子を虜にするには、まずおっぱいで攻めないといけないわ」
「確かに……おっぱいは重要かもですね」
前世が男だった俺の経験上、おっぱいは最強の兵器だ。おっぱい以外にもっと好きな部位があるという男はいても、おっぱいが嫌いな男はまずいないだろう。
いや、女の子になった今ですら、あの柔らかい感触には抗いがたいものがある。
大人も子供も、男の子も女の子も、おっぱいの前では等しく無力だ。おっぱいは愛すべき人類の宝であり、この世でもっとも尊いものの一つなのだ。
……しかし、最近何かおかしくないだろうか? 愛というよりもエッチなテクニックしか教わっていないような……。
もしかしたら俺は間違った人に師事してしまったのではないだろうか?
そんな疑問が頭に浮かぶものの、実際お姉さんに師事してからはスキルコピーの成功率は格段に上昇したし、女性としての魅力も大幅に向上した。
いつもほわほわしているお姉さんの影響により、精神的にも幾分か余裕が生まれたし、性に対しても寛容な考え方ができるようになった。
なので別に悪いことではないはずだ。……うん、きっとそうだ。
俺は深く考えないようにして、その日も愛のレッスンを熱心に受けたのだった。
それからしばらく経ったある日のこと。お姉さんのもとに1人の男が訪ねてきた。
彼は歴戦の戦士のような風格を漂わせた若い男で、一目で只者ではないとわかるほどの威圧感を放っていた。
「見つけたぞ……メリエール! 貴様の首を取り、人類連合軍の士気を取り戻す!」
男は剣を抜き放ち、お姉さんにその切っ先を向ける。
エッチなお姉さんは人間じゃなかった。
魔族──人類の敵だった。
しかも魔族の中でも一二を争うほど有名な存在である、サキュバスの女王。
魔王軍四天王の1人、【友愛のメリエール】。それが彼女の正体だった。
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