第124話「一網打尽」
「ふ~……。ちかれたぁ~……」
足元に転がる謎の男の屍を見下ろしながら、俺はぐ~っと大きく伸びをした。
いやー、しんどかったわー。尾行されてた段階で強いだろうとは思ってたけど、まさかこれほどとは予想してなかった。
男の胸に突き刺さっている漆黒の短刀を引き抜いて鑑定してみる。
【名称】:黒き心臓食いの匕首
【詳細】:アイテム師――ヘイトマンによって作られた7番目の呪物。人間の心臓が大好物で、一度心臓に嚙みついたが最後、決して獲物を逃がさない呪いの短刀。百個の心臓を喰らうことによって、回避不能の呪いの一撃――"
やっぱりヘイトマンズコレクションだったか……。しかも効果がヤバすぎる。
思った通り即死系だった。これを喰らってから"
「恐ろしい武器ですが、これは私には使えそうにもないですし、封印ですね」
カタカタと小刻みに震えながら、謎のうめき声を上げているナイフを次元収納の奥深くに封印し、俺は地面に転がっている男に改めて視線を向ける。
「いや、それにしてもほんと何だったんですかね? この人」
尋常じゃないほどの身のこなしに、暗殺術。それに短剣の王印やヘイトマンズコレクションまで所持していた。
はっきり言って特級冒険者に比肩するほどの強さだったと思う。
俺や既存の特級冒険者ならいざ知らず、新しく8人目に加わる予定の新人君がこいつと戦ったなら、殺されていてもおかしくはなかったのではないだろうか?
「実際、"リフレクトミラー"を使ってなかったら私もヤバかったですしね」
闇属性の最上級魔法――"リフレクトミラー"。
これは相手の攻撃を完全に反射することができるという凶悪な魔法なのだが、当然ながらデメリットも存在する。
まずはこの魔法をかけている間は、常に大量の魔力を消費し続けるということ。そして、この魔法を解くまで、他の魔法を一切使うことができないということだ。
更に、効果は一度だけな上に、ちょっとしたかすり傷程度の攻撃でも勝手に反射してしまうので、使いどころがかなり難しい。
「……あ、王印が」
男の額にあった刻印が一瞬輝いたかとおもうと、まるで役目を終えたかのようにスゥっと消えてしまった。
俺に継承された感覚はない。短剣の戦いではなく、魔法による反射攻撃なので王印戦とはみなされなかったのだろう。俺は短剣は元々得意じゃないので、きっと世界のどこかにいる誰か別の人に継承されたのだと思われる。
「しかし、世の中にはまだまだ私の知らない強者が沢山いるものですね」
特級冒険者になった直後は、名を上げようとする奴らによく絡まれたものだが、ここまでの相手に問答無用で襲われたのは初めてかもしれない。
「ふむ……。今度新しく特級冒険者の仲間入りをする新人君には、私が先輩として色々レクチャーしてあげましょうかね?」
せっかく特級冒険者になったのに、いきなりヤバい奴に絡まれて殺されたりなんかしたら、流石に可哀想だしね。
足元に転がる屍を見ながら、新たな特級冒険者のことへ思いを馳せていると、突如森の奥から小さな風切り音が耳に飛び込んできた。
「――むっ!」
咄嗟にバックステップで後方へ飛び退くと、死体に糸のようなモノが絡みつき、一瞬にしてその身体を運び去ってしまった。
あまりにも鮮やかな手並みに、思わず感心する。
「今のは魔糸……? 仲間がいたと、いうわけですか?」
あの男は単独ではなく、何か組織のようなものに属していたのかもしれない。
しかしそうなると、あまりよろしくないな。このような奴らに日常的に命を狙われるのは正直勘弁してもらいたい。
しかも例の事件と関係ないみたいだし……。
「いや? 案外、そうでもないとか?」
さっきの男は何も知らなそうだったが、あいつの仲間が事件と全く関係ないとは言い切れない。
「…………」
見られてるな……。糸の奴とはまた別の奴だ。
……近くに人の気配も魔力も感じない、魔法か特殊能力系のギフトか?
こいつも糸の奴も、かなりの手練れだ……。だけど、たぶんさっきの男ほどではないな。まあ、あんな奴が何人もいたら堪ったもんじゃないが……。
どうする? 逃げるか?
いや、正体の分からない集団を魔法学園まで引く連れてくのは危険か。それに、この監視してるやつの能力の射程距離が分からないまま放置するのは避けたい。
「倒すしかなさそうですね……」
放置はできないし、もしかしたら事件に関係がある可能性もある。
ならば、ここで一網打尽にして、色々と情報を引き出しておくのも悪くないのではないだろうか?
うん、そうだな。そうしよう。
久しぶりに命のやり取りをして、肉体と精神が極限まで研ぎ澄まされている感覚がある。
最近、地球にいてなんだか色々と鈍っていたというか、緊張感が薄れていた気がするが、やっぱり異世界の空気に触れると自然とスイッチが切り替わるな。
「……ん」
俺は近くにある切り株に腰を下ろすと、魔力を練り上げながら、奴の仲間が襲撃してくるのを静かに待つことにした。
◆◆◆
その部屋の中には5人の男女の姿があり、床には1つの屍が横たわっていた。
「あり得ないっ!? 若がやられるなんて……」
驚愕に目を見開き、信じられないとばかりに首を激しく左右に振るアイを宥めるように、隣に佇むのっぽの男が冷静な口調で告げる。
「俺だって信じられんさ。だが、実際に若はこうしてお亡くなりになられた」
「オカ!? アンタが一緒にいれば……!! 何で若を1人にしたの!!」
アイの悲痛な叫びに、オカは苦悶の表情を浮かべる。
怒りに燃えるアイの瞳は、まるで親の仇を見るかのようにオカを睨みつけていた。
そんな2人のやり取りを傍で眺めていた、黒髪をサイドテールで結んだツリ目気味の少女が、淡々とした口調で呟く。
「誰も若が1対1で負けるなどと予想だにしなかったのだから仕方ない。私達が考えるべきは今後どうするか。ケーコ、標的はまだ動いてないの?」
「ええ、キク。森の中でずっと動きを見せてないわ」
サイドテールの少女――キクの問いに、眼鏡をかけた長身の少女――ケーコが静かに答える。
「なら答えは決まってるじゃねーか! 俺達全員で若をやったそのクソ女をぶっ殺しに行くんだよ!! それ以外に選択肢はねえ!!」
「ウエ! 落ち着け! 若がやられた相手だぞ? 一度里に戻って長に指示を仰ぐべきだ!」
筋骨隆々でスキンヘッドの大男――ウエの言葉を、オカが慌てて諫めた。
「私達5人がついていながら、若が殺されたのですがどうすればいいですか? って若の父親である長に判断を仰ぐの? 馬鹿じゃないの? ここで里に戻ったところで、全員処刑されるだけよ」
キクの的を射た発言に、オカはぐうの音も出ずに押し黙る。
「とにかく私は1人でも若の仇を討つ!」
「落ち着けアイ! わかった、わかったから1人で突っ込むな!」
アイが1人で走り出しそうだったので、オカは急いで彼女の前に立ち塞がり、止む無く決断を下す。
「やるからには全員で連携して攻めるぞ。覚悟を決めろよ? 敵は俺達よりも強い」
オカの言葉に5人は決意のこもった目で頷き合うと、標的の潜伏している森へと歩を進めた――。
「おいおいおいおい! 冗談だろう? あいつ一体何なんだっ!?」
「わからない……。でも若が殺されたのも納得。魔力の量が若……いえ、長や里のどの人間よりも上」
標的より約1キロの位置に身を隠しながら、5人はその女の様子を監視していた。
魔力感知が得意なウエとキクは、標的の異常な魔力量と質を感知し、驚愕に顔を歪める。
「オカ、あの女何者かわかる?」
切り株に座っている黒灰色の髪色の少女を見つめながら、アイが静かに尋ねた。
「10代半ばから20歳くらいの美しい少女……しかも若が敗北するほどの実力者といえば、特級冒険者の"百合剣姫"か"サウザンドウィッチ"。もしくは"氷の賢者ルナリア"、人類連合軍の"勇者イシス"あたりしか思いつかんな。どいつとも会ったことはないが、噂に聞く外見的特徴からは"サウザンドウィッチ"が一番近いように思える」
「あいつがウィッチ? あれはどう見ても武闘家だろうが! 異常な魔力量に加えて闘気まで纏いやがって! あんな魔法使いがいてたまるか!」
そうなのだ。ウエの言う通り、標的は武闘家のような服装をしており、闘気を纏っていることから魔法使いには見えない。
「ケーコ、あいつと若の戦闘はどうだったの?」
「わからないわ。私の式紙が到着した時にはすでに若は倒れてたから……。でも、戦闘跡を見るに魔法での戦いではなかったと思う」
アイの質問に、ケーコは首を横に振りながら答える。
確かに標的が座っている場所の周辺を見ても、魔法というよりは物理的な攻撃で戦った形跡が多く見られた。ならばあの女は"サウザンドウィッチ"ではない?
だが、ルキシンを倒すほどの戦闘能力を持つ少女の武闘家などオカは聞いたことすらなかった。
「皆、静かにして。標的が動いた」
キクに言われ、全員が標的の方向へ視線を向ける。
すると、標的は切り株から立ち上がり、首を左右に倒してコキコキと鳴らすと、まるで準備運動をするかのように軽くストレッチを始めた。
そして――
直後、地面に足跡を残したかとおもうと、一瞬にしてオカ達の目の前にその姿が出現した――。
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