第123話「魔弾」

「……くっ!!」


 男は咄嗟に両腕をクロスさせて、俺の拳を受け止める。


 が、魔力だけではなく闘気までもを纏ったその拳は、男の手甲を粉砕してその体を吹っ飛ばし、背後の巨木に叩きつけた。


 俺は即座に男の前に移動し、更に追い打ちの後ろ回し蹴りを顔面に叩きこもうと体を捻る。


「――むっ!」


 しかし、何かを察した俺は直感に従って体操選手のようにぺたん、と両足を180度に開脚して地面にしゃがみ込んだ。


 その刹那、いつの間にか俺の背後に現れていた新たな"影男ドッペルゲンガー"のナイフが、俺の頭上を掠めた。


「ほっ!」


 俺はそのまま地面に手をついて回転すると、軟体生物のように太ももを影男の首に絡みつかせる。


 そして、その首を支点にして、ぐるりと半回転して起き上がると、今度は男の本体に向かって、影男を叩きつけるように投げ飛ばした。


「ぐあっ!」


 衝撃で後方の大木がへし折れ、男は分身と2人揃って地面を転がっていく。


 だが、まだ終わりではない。俺は倒れ行く大木を蹴りつけて、男が下敷きになるようにその方向を調整する。


 ――ドゴォォォォォォォン!!!


 巨木は男の上に折り重なるようにして倒れ、森の中に凄まじい轟音を響かせた。


 流石に死んだかな……?


 しばらくして辺りが静寂に包まれる中、俺は男の死体を確認するべく、ゆっくりと近づいていく。すると――


 男が下敷きになったかと思われた場所の地面が突如、ボコッと盛り上がったかと思うと、その中から男が這い出てきた。


 額から血を流し、マスクも外れて素顔が露になっている。


 男は首をゴキゴキ鳴らすと、口から血の塊をぺっと吐き出しながら、忌々しげに俺のことを睨んだ。


「……世の中にはまだまだ俺の知らん強者が潜んでいるということか。この俺としたことが少々驕っていたようだ……。だが、もう遊びは終わりだ」


 男はそう言うと、深く呼吸をして、再び魔力を高めていく。


 すると、男の額の部分に、光り輝く"刻印"が浮かび上がってきた。


「……王印」


「ご明察だ。俺は短剣の王印を持つ"短剣王"。この王印を見た者はこれまで全て消してきた。お前もその仲間入りだ」


 男はそう言って短剣を両手に持ち、溢れんばかりの魔力を全身に纏うと、その切っ先を俺に向けた。


 それを受けて俺も、同様に全身を魔力と闘気で覆い尽くす。


 同時に、俺の胸元にも光り輝く"刻印"が浮かび上がり、俺はその刻印を男に見せつけるように右の指でトントンっと叩いた。


「拳王だとっ!? ……道理で意味不明なほど強いわけだ。それにしても……くっ、くっく……。まさか、偶然殺しに選んだ相手が拳王とは……」


 男は顔を手を覆って天を仰ぐと、小さく笑い声を上げた。


 今こいつ偶然って言った? もしかして俺、全く無意味に殺されそうになってたの?


「まあいい。相手が拳王であろうとも、賢者の1人であろうとも、やる事は変わらない。俺はお前を殺して、俺の目的を果たすだけだ――」


 一瞬にして男の体が俺の視界から消え去る。


 だが、俺は慌てる事なく、左後方に向かって裏拳を繰り出した。


「ぐうっ!?」


「むっ!?」


 男のナイフが俺の頬と腕を切り裂くも、俺の拳も同時に男の胸部へと突き刺さっていた。俺と男は同時に後方へ吹っ飛び、地面を転がっていく。


 俺は素早く体勢を整えて立ち上がると、頬を流れる血もそのままに、男へ向かって駆け出した。


 男も同じように地面を蹴ると、俺達の体は森の中に掻き消え、音だけが周囲に響き渡る。


 木々が次々に倒れ、大地に穴を穿ち、2つの影が高速で移動する度に、まるで嵐のように森が破壊されていく。


 ――そして、1分ほどが経った頃。


 俺達は荒れ果てた森の中心に姿を現すと、互いに距離を取って向かい合った。


「はぁ……。はぁ……。ふぅ……」


「ぜぇ……っ! ぜぇ……っ! ぜぇ……っ!」


 俺は軽く呼吸を整えながら、額の汗を腕で拭って男の姿を見据えた。


 男は肩で息をしながら、滝のような汗を流している。体中に打撲の痕が残り、まさに満身創痍といった様子だ。


 一方俺は、全身にナイフによる切り傷や刺し傷があるものの、それは徐々に回復を始めている。


「貴様……。毒が効かないだけじゃなく、何故傷が再生しているっ……!?」


「そういう体質なんですよねー。軽い傷なら勝手に治っちゃうんです」


「……化け物めがっ!」


 化け物はちょっと酷くない?


 ちょっと毒が効かなくて、傷がにゅるっと再生して、年を取らないだけの美少女なんだが?


 ……あれ? もしかして俺、結構化け物だった?


 ま、まあ、とにかく。同じ王印持ちではあるが、どうやら俺の方が若干有利らしい。


 俺は毒やナイフの軽いダメージは直ぐに回復してしまうが、相手は俺の攻撃を喰らう度にダメージが蓄積していくからだ。


 相性も良いし、単純に総合的な戦闘能力でも俺の方が上だ。ポテンシャルは相当高いようだが、俺やマキナとは違っておそらく見た目通りの年齢なのだろう。まだ俺の領域には達していない。


「……どうやら、現状では貴様の方が俺よりも強いようだ。認めよう、貴様が俺よりも格上の存在であることを」


「随分素直ですね? あなたのように若くてそれだけの強さを持っている者は、得てして相手を認めたがらないものだと思っていましたが」


 俺の言葉を聞いて、男は自嘲するように笑う。


「自分と相手の実力を正確に判断できずして、殺しはできん。確かに貴様は俺よりも強い。それは認めよう。だが、"勝てぬ"とは言っていないぞ?」


「――――!?」


 俺は地面を蹴って、咄嗟に後方へと飛び退いた。


 男が懐から取り出した一振りのナイフ。漆黒に染まったそのナイフは、禍々しい魔力を纏いながら、まるで生き物のように脈動している。


 あれはまずい。絶対にヤバい武器だ。


 何やら不気味な唸り声を響かせてるし、ヘイトマンズコレクションかもしれない。


 しかも俺のソウルリーパーやフィオナの暴食のグリモワールと呪いの質がまるで違う。本当に相手を呪い殺す類いのものだ。


 俺の勘が全力で警鐘を鳴らしている。


 念の為にあの魔法・・・・をかけておくか……。俺には回復魔法や"逆行する世界タイムリワインド"があるから、大抵の攻撃は喰らっても問題ないが、それでも万が一ということがある。


 男は精神を集中して漆黒の武器に魔力を送り込み続けている。俺はその隙にこっそりと、とある魔法を発動させて自分にかけた。


 直後、男の持つ武器が耳をつんざくような不協和音を立てて震えだす。


「穿て――――"呪怨の魔弾ハートブレイキング・ショット"!」


 まるで生き物のようにうねる漆黒のナイフが、男の腕から弾丸のごとき速度で放たれた――。




◆◆◆


(ルキシン視点)



 ヘイトマンズコレクションNo.07――"黒き心臓食いの匕首"。


 このナイフは人間の心臓を喰らうのが三度の飯よりも大好きな武器で、一度噛みついたら相手が死ぬまで決して離れないという、呪いの武器だ。


 あまりにも心臓を食べさせない期間が続くと、持ち主の心臓すらも喰い始めてしまうため、普通の者では扱いきれない。


(だが、日常的に殺しを生業とする俺ならば、このナイフとも共存することができる)


 "黒き心臓食いの匕首"に百個の心臓を食べさせることによって、一度だけ使うことのできる大技――"呪怨の魔弾ハートブレイキング・ショット"。


 これはあらゆる障害物をすり抜け、対象の心臓を確実に貫く、回避不能の呪いの一撃だ。


 一度放たれれば最後。標的をどこまでも追跡し、心臓を喰い尽くすまで決して止まることはないこの技の前では、たとえ相手が世界最強の存在であろうとも、決して死は免れない。


 拳王の女は、凄い速さで森の中を駆け回っていた。木の後ろに隠れたり、不規則にジグザグに動いてナイフから逃れようとしているが、全てをすり抜ける"呪怨の魔弾"の前では無意味だ。


 森をぐるっと一周し、ナイフを背中に引き連れながら俺の目の前まで戻ってきた女は、俺の前で一瞬立ち止まり、ナイフが当たる寸前で真横に飛んだ。


 だが、無駄だ。ナイフは俺の体をすり抜けて再び女のもとへと向かう。


「くぅ……っ!?」


 流石に拳王といえど、疲れが蓄積してきたのだろう。その足取りが見るからに重くなってきた。


(ワーズワースに使う予定だった一撃だが、相手が拳王であるのならば惜しくはない。予定は狂ったが、また百人の心臓を喰わせてやればいいだけの話だ)


 さぁ、これで終わりだ。


 ナイフは女の心臓へと一直線に突き進み、そして――



 ――ドスッ!



「ぐぅ!?」


 女ではなく、俺の口から呻き声が漏れた。


 視線を下ろすと、俺の胸部に深々と漆黒のナイフが突き刺さっている。


「が……ごふっ……! な、何が……っ!?」


 確かに女の心臓を貫いた筈なのに、何故俺の胸にナイフが刺さっているのだ!?


 混乱する俺の視界の隅に、何事もなかったかのように平然と佇む女の姿が映った。女の胸には何やら魔法陣のような紋様が浮かび上がっている。


(ま、まさか……。カウンター系の能力! 俺の攻撃を反射したのかっ!?)


 暗殺者が最大限に注意しなければならないもののひとつに、"カウンター"の力を持った特殊能力やアイテムの存在がある。


 相手を一撃の元に仕留めることを身上とする暗殺者にとって、ダメージをそのまま返されるというのは、致命的な攻撃に他ならないからだ。


 なので当然、暗殺者達は戦闘中、自らの攻撃を行う際には細心の注意を払い、カウンター系の能力を喰らわないように立ち回る。


(だが、奴はあれほどの格闘家だ。ギフトがカウンター系であるはずが……っ!)


 カウンター系の能力は、特殊能力系のレアギフトか、もしくは闇魔法の最上級クラスのものしか存在しないはず。


 あれだけの拳才だ。奴は十中八九、格闘系に類するギフトの筈なのだ。


 それにカウンター系のアイテムを所持してる気配もなかった。カウンター系のアイテムは、強力である反面、使い勝手が非常に悪い。


 常に身につけている必要があるし、即死級の一撃にだけ都合よく反応してくれるといった便利な物は存在せず、あらゆる攻撃に対し自動で能力が発動してしまうため、ちょっとしたことですぐに壊れて使えなくなってしまう。


 なので、そういったアイテムを持ってそうな相手には、まずはジャブのような軽い攻撃を与えて、さっさとアイテムを発動させてしまうというのが暗殺者の間ではセオリーになっている。


(奴はそのどちらでもない……。なのに何故――)


「ふー……。人間相手にここまで苦戦したのは久々ですよ。あなた、本当に強いです」


 女は額の汗を拭いながら、こちらに向かって一歩ずつ近づいてくる。


「神聖なる光よ、我が身を癒したまえ――"エクストラヒール"」


 女がそう唱えると、女の体のあちこちにあった傷口がみるみるうちに塞がっていき、元の美しい肌に戻っていく。


「な、何故……拳王が神聖魔法……を」


「あれ? 言ってませんでしたっけ? 私、実は魔法使いなんですよ」


 ニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべながら、女はいつの間にか俺の目の前までやってきていた。


 黒灰色の艶ややかで長い髪に、黄金色の美しい瞳。その整った顔立ちは、まるで女神のように美しく――


「……黒灰色の髪、……黄金色の瞳の……魔法使い」


 漆黒のナイフが心臓をぐしゃりと嚙み砕き、俺の体はぐらりと傾いた。


 なんてことはない儀式だったはず。数え切れないほど存在する人間の中から、ランダムで選ばれた1人を殺すという、単純でくだらない儀式のはずだったのに……。


「…………サ、サウザンド……ウィッチ」


 ……それが、その相手が特級冒険者で拳王とは。


 重力に引かれるようにして、俺の体が地面へと落下していく。


「おれ……が、こんなところ……で……」


 薄れゆく意識の中で最後に目に映ったのは、木漏れ日の中で俺を見下ろして微笑む美しい少女の姿だった――。

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