第122話「ソフィアvsルキシン」★
咄嗟に後ろへ体を引くも、前髪が数センチほど切れてはらりと宙を舞う。
――速い……っ!
油断していたつもりはないが、それでも反応が間に合わなかった。人間の中でここまでの速度を誇る手練れは、俺の知る限り、世界でも両手の指で数えられる程度しか存在しない。
「……っ! あなた誰ですか!? 何故私を狙うんですか!」
「…………」
男は無言のまま、ナイフを逆手に持ち替えると、続けざまに俺に斬撃を浴びせてきた。その鋭く研ぎ澄まされた一撃一撃は、全て確実に急所を狙っている。
だが、俺はそれら全てを見切り、紙一重で躱していく。
くそっ! マジで何なんだよこいつ!? 問答無用で殺しにきやがって!
しかも超速いし、殺意満々のくせに動きに全く躊躇がない。まるで機械のような正確さと冷徹さを感じる。
俺の知ってる奴か?
いや、顔は見えないが、声や戦闘スタイルなど、どれをとっても俺の知る誰とも一致しない。こいつが失踪事件の犯人でないなら、どうして狙われているのかが全く分からない。
「ふっ……!」
俺は地面を蹴って高々と跳躍し、太い木の枝の上に立つ。が、その瞬間、黒装束の男はナイフを一閃し、俺が立っていた木を一瞬のうちにバラバラに切り刻んだ。
ナイフの癖になんて攻撃力だよ!
残滓が目に見えるほどの超高密度の魔力が、ナイフ全体に纏わりついている。あれなら俺の魔力ガードも容易く貫通するだろう。
足場を失った俺だが、空中に放り出された木々の破片の上を次々と飛び移り、男の背後へと回り込む。
「南天流――――"土竜拳"!」
落下の勢いをそのまま乗せた正拳突きを、地面に向け放った。
――ドガァァァッ!!
轟音と共に地面からは大量の土砂が舞い上がり、森の中に砂の煙幕が発生する。
俺は森に溶け込んで気配を消すと同時に、魔力を限りなくゼロに近づけ、自身の存在感を希薄にした。
「……ちっ! 目眩ましか」
男は忌々しそうに呟きながら、ナイフに大量の魔力を流し込んで、風を切るように素早く腕を振るった。
すると、砂埃は一瞬にして吹き散らされ、視界が一気にクリアになる。
「これで――」
「こんにちは、そしてさようなら」
キスでもするかのような至近距離に俺の顔があったことに驚いたのか、男は一瞬だけ目を見開いたが、すぐにナイフを振り下ろしてきた。
だが、ナイフが到達するより先に、音もなく俺の掌が男の胸に触れる――
「南天流――――"無音掌"」
「――ぐはっっ!!」
男は砲弾でも撃ち込まれたかのように吹き飛び、森の中に生える木を何本も薙ぎ倒しながら、遥か後方まで一直線に飛んでいった。
ふむ、手ごたえあり……。
中国拳法の発勁にも似た原理で掌から魔力を放出し、ゼロ距離で衝撃を与える技だ。普通の人間なら間違いなく死んでいる威力だったが……さて、あいつはどうかな?
油断なく構えながら、敵が飛んでいった方向へと歩みを進めると――案の定とでもいうべきか、男は殆どダメージのなさそうな様子で、むくりと起き上がった。
「……お前、一体なんなんだ?」
男がボソリと呟くように問い掛けてくる。
いや、完全にこっちのセリフなんだが……。何で今のを喰らってピンピンしてんだよこいつ。
その口ぶりだと知らないようだが、俺これでも特級冒険者だからね? お前の方がどう考えても色々おかしいだろうが。
今の攻撃で男のフードが少し捲れ、先程より素顔がハッキリと見えるようになっていた。
【挿絵】
https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16818093073437741620
思ったより若い男だ。まだ10代半ばくらいじゃないだろうか。黒髪黒目で、黒いマスクや手甲を装備している。何だか忍者とかアサシンみたいなやつだ。
そして、やはり俺の知らない顔だ。狙われる理由が全く思い当たらない。
「あなたこそ何者ですか? 例の事件の犯人じゃないなら話し合いません? もしかしたら誤解が――」
俺がそこまで言いかけた瞬間――男は右手に持ったナイフを俺めがけて投擲してきた。
間一髪で頭を右に傾けて躱すも、ナイフは耳のすぐ横を掠め、後ろの木に深く突き刺ささる。
誤解かもって言ってんだから少しくらい会話してくれませんかね!? 何でこんなに殺す気満々なの!? 俺のことを誰かも分かってない様子なのに意味不明過ぎるんですが!?
「あー、そういう気なら容赦しないですよ。私は人殺しと強姦魔は死ぬべきって思ってる人間なので」
俺は魔力の隠蔽を完全に解除し、全身を溢れんばかりに満ちた魔力で覆い尽くした。男の表情がピクリと強張ったのが視界に入る。
次の瞬間、俺は強く地面を蹴り、爆発的な加速で男へと肉薄する。
男はナイフをもう一本取り出し、両手に構えて迎え撃とうとするが、俺はコートを脱ぎ捨て、男に被せるような軌道で投げつけた。
「ぬぅっ!!」
視界を奪われ、一瞬動きが止まった男を、周囲の地面ごと上空へ向かって蹴りあげる。
そして周辺の木々を足場にして三角飛びの要領で勢いをつけながら、打ち上げられた男を飛び越えると、ここら一帯で一番高い木の頂上を蹴りつけて、男のもとへと一気に加速した。
「南天流――――"
体を縦回転させて繰り出したかかと落としが、男の脳天に直撃する寸前――
男は体を思い切り仰け反らせ、その衝撃を最小限に抑えた。そのままくるりと回転して地面に五点着地を決めると、猫のような身軽さで俺から距離を取る。
マジかこいつ。1級の上位……いや、もしかしたら特級冒険者にも引けを取らない程の身のこなしだ。
すたり、と音も無く着地した俺に対し、男は無表情のまま静かに口を開いた。
「その武術、南天流か? オカがランダムに選んだはずだが……。お前、名の知れた冒険者か? 俺の動きにここまでついてこられるような、俺と同年代の武闘家の女など里の情報にはなかったが……」
「武器をしまって会話する気があるのならー、教えてあげてもいいですけど?」
俺が軽い調子でそう答えると、男は小さく舌打ちをする。
「たとえ誰が相手であれ、逃げる選択肢はない。ターゲットはいかなる方法を用いてでも必ず殺す。それだけだ」
男は淡々とそう告げると、体から魔力の奔流を発生させた。
……何か能力を使うつもりか? この感じ、たぶん特殊能力系のギフトだろう。
次の瞬間、男の体がブレたかと思うと、隣にもう1人、全く同じ見た目をした男が現れた。
「――――"
これは!? 魔力で自分の分身を作り出す"
かなりの魔力を消費するが、分身の能力は本体と全く同じで、しかも分身は勝手に動くので、ギフトを使った本体は分身に一切意識を割く必要がなく、単純に戦力が倍になるという恐ろしい能力だ。
え? その口ぶりだと他の使い手を知ってるみたいだし、既にコピーしていて俺にも使えるんじゃないかって?
いや、"
2人になった男は、その両手に別々の種類のナイフを持って構えると、俺を挟むように左右に移動しながら、ジリジリとにじり寄ってくる。
そして、2人は息を合わせたように同時に襲い掛かってきた。
「ちょっとずるいでしょ!?」
俺は横っ飛びに回転して転がりながら、男から繰り出されるナイフを躱していく。
だが、4本の手から放たれる斬撃は、俺のシャツやスカートを切り裂き、少しずつ俺の皮膚の表面に細かい傷を刻んでいった。
「ですがその程度の攻撃では、いつまでも致命傷は与えられませんよ?」
「…………」
俺の呼びかけに、男はマスクの下の顔を少し歪めると、更にギアを上げてきた。
超高速で打ち出される4本ナイフは、もはや残像が見える程のスピードで、俺の急所を狙って次々と襲い掛かってくる。
しかし、俺はそれを一度も急所に直撃させることなく、服や皮膚を犠牲にしながらも、巧みな動きで避け続けた。
……くそ、上も下も下着が丸見えになってるじゃねーか! ブラなんてもうちょっとで中身がこぼれそうなんですけど!? 何で俺は強いやつと戦う度に、いっつも裸体を晒すことになるんだよ!
「そろそろ疲れてきたんじゃないですか? こんな攻撃を続けても皮膚の表面を削ることしか――――うっ!?」
突如俺の体がぐらり、と傾き、地面に膝をついてしまった。
「……やっと効いてきたか。この4本のナイフには別々の種類の毒が塗ってある。本来なら一瞬で全身の自由を奪うものだが、一体どんな体をしてやがるんだか」
男は呆れたようにそう吐き捨てると、分身と共にゆっくりと俺のもとへ歩み寄ってきた。
「ま、待ってください……」
「死ね――」
そして、男は俺の心臓めがけてナイフを突き立てようとしたのだが――
「うっそで~す!!」
俺は舌を出すと同時に、男の腹部へ強烈な回し蹴りを叩き込んだ。そのままの勢いでもう1人残った男にもアッパーをお見舞いする。
男は俺の蹴りに吹き飛ばされると、地面をバウンドしながら大きく転がっていき、アッパーを喰らった男はきりもみ状に回転すると煙のように消滅した。
「がっ……。馬鹿なっ!? 1つならまだしも4種類の特殊毒を同時に喰らって何故動ける!?」
男は腹を押さえながら、信じられないといった表情でよろよろと立ち上がった。
「ふ……私は毒が効かない体質なんです。幼少期からありとあらゆる毒を、毎日のように食べさせられていましたので。毒のスペシャリストみたいなもんですよ、私は」
俺は哀愁漂う表情を作って、儚げにそう答える。
もちろん嘘だけど……。
単純に超免疫を持っているのと、それでも実はちょっと効いていたが、こっそり神聖魔法を使って解毒していただけである。
幼少期から毒を食らってたとか、そんな漫画みたいな設定のやついるわけないだろ。
「まさか俺と同じような環境で育ってきたやつが他にもいたとは……」
……すみません、なんかここにいたみたいです。
うっそだろお前、恰好だけじゃなくて生い立ちまで厨二設定なのかよ……。
だが、そんなことはどうでもいい。そろそろ決着を付けさせてもらうぞ!
「ドレスチェンジ! "
チョーカーに手を当てて下着が丸見えのボロボロの探偵服から、衣装チェンジを行う。
「――――"
一瞬にしてチャイナドレスのような武道着に切り替わった俺は、優雅にくるりと回転して決めポーズを取った。
闘気を纏い、先程よりもさらに膨大な魔力を周囲に撒き散らしながら、俺は目の前の男を見据えると、地面を踏み砕いて瞬時に男の懐に潜り込む。
そして、勢いそのままに正拳を繰り出した。
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