第121話「犯人はお前だ!」
「うーむ、すまないが失踪事件に関する新しい情報は入ってないな」
「……そうですか」
俺は王都マホリードのギルドで、引き続き失踪事件の聞き込みを続けていた。
中肉中背のちょび髭を生やしたダンディな男――ギルドマスターであるバルディックさんが、申し訳なさそうに頭を掻く。
「ただ、面白い情報が1つだけあってな。君にも関係のある話かもしれないぜ?」
「私に関係のある話、ですか?」
「ああ、どうも近々8人目の特級冒険者が誕生するんじゃないかって噂が立っている」
「本当ですか!? ……でも、どうしてそれが私に関係ある話だと?」
俺はここではただの探偵として活動しており、自分の素性を明かしていない。そして、ギルドにいる冒険者達もまだ俺の正体に気づいていないようだった。
それなのになぜバルディックさんは、俺が特級冒険者であることを知っているかのような口ぶりなのだろうか?
「ははは、俺はこれでも元1級冒険者で、ついのこの間まで前線でばりばり戦ってた男だぜ? 君は魔力をかなり制御して一般人に偽装しているようだが、それでも俺には分かる。君の内に秘められた圧倒的な力ってやつが。……それこそ、俺が会ったことのある特級冒険者と遜色ないほどのな」
そう言ってバルディックさんはニヤリと笑った。
「むむむ……。魔力の偽装には自信があったんですが、流石はリステル魔法王国の王都のギルマスですね。……ですが、これならどうですか?」
偽装が見破られたのが悔しくて、俺はさらに綿密に魔力をコントロールしてその量を抑えこんだ。これならどうみても一般人にしか見えないはずだ。
「おお、凄いな! こんなに近くで見ても分からなくなったぞ! これなら相当な手練れでも間近で注視でもしない限りは、本来の魔力量に気づけないだろうな」
ふふん、そうだろう。もっと褒めてくれてもいいんだよ?
この状態を維持するのは結構大変だが、せっかくだし寮に戻るまでは訓練もかねてこのまま頑張ってみようかな。
俺は魔力の制御に意識を集中しながら、新たな情報を求めてギルドを後にした。
テクテクと街中を歩きながら、バルディックさんから聞いた情報について考えを巡らせる。
しかし8人目の特級冒険者か……一体どんな人なんだろう。機会があれば一度会ってみたいな。
俺はこの世界で強者といわれる人物には、殆どといっていいほど出会ってきた。何故なら強者ほど強力なギフトを持ってる者が多く、彼らの周辺にも同じような人々が集まるからだ。
それはスキルコピーを持つ俺にとっては、スキル集めにうってつけの環境であり、だから俺は彼らと積極的に交友関係を築くように心がけていた。
なので、新たな特級冒険者についても、いずれ接触することになるだろう。
「…………?」
ん? ん~~? 何か妙だな……。
俺は足を止めて後ろを振り向いた。
しかし後ろには、街の人々が行き交うばかりで特におかしなところはない。
気のせいかと思い、前に向き直って再び歩き始める。だが、やはりどうも妙な違和感が拭えない。
「…………」
これ、俺つけられてるか?
わからん……。つけられてる
だけど、この異世界で何度も死線をくぐり抜けてきた俺の経験からすると、こんな感覚を覚えたときは当たってることが多いんだよなぁ。
念の為、つけられてるという前提で行動したほうがよさそうだ。
さて、どうする? 撒くか?
いや……このタイミングで俺を尾行してるってことは、こいつが失踪事件の犯人である可能性が高い気がする。事件の調査をしている俺を邪魔に思い、消しにきたのかもしれない。
「うーん……」
ならば倒すか?
でも、これほどの尾行術を持つ相手には、魔王軍四天王のイヴァルドを除いて、今まで出会ったことがない。
技術か、女神のギフトか、あるいは何らかの特殊アイテムを利用しているのかは定かではないが、相当の実力者であることは間違いないと思われる。
「はぁ、面倒くさいですね……」
正直あまり気は進まないが、せっかく犯人かもしれない人物が向こうからのこのこ現れてくれたのだ。ここでこいつを取り逃がす手はないだろう。
……仕方ない、覚悟を決めて相手をするか。
俺は人通りの多い道を外れ、人気のない郊外の森の方へと入っていく。
人々の喧騒が次第に遠のき、辺りが静寂に包まれるなか、俺は自分の感覚が間違ってなかったことを確信する。
うん、ここまでくれば流石に分かる。完全につけられてるな。相手は1人、そして相当な手練れだ。
そのまましばらく森の中を進み、少し開けた場所へと出ると、俺はおもむろに立ち止まり、後ろを振り向く。
「私に何か用ですか?」
俺の声に反応したのか、木陰から黒装束に身を包んだ人物がゆっくりと姿を現した。顔はフードを深く被っていて見えないが、背丈や体格からして男だろう。
そして、全身を覆う魔力やその足運び一つをとっても、こいつが只者でないことは明らかだった。
「……驚いたな。まさかとは思ったが、本当に俺が後をつけているのに気づいていたのか?」
「ふふふふ……。私にかかればこの程度の尾行に気づくのは容易いことです。最初から最後までずっと気づいてましたよ」
俺が得意げに答えると、男は感心したように小さく息を漏らした。
しかし、次の瞬間には直ぐに油断のない鋭い目つきへと戻り、懐からナイフを取り出すと、腰の重心をやや落とし臨戦態勢に入った。
「待ちなさい! 貴方のたくらみは全部まるっとお見通しですよ!」
「……なんだと?」
これまで澄ました態度を崩さなかった黒装束の男が、僅かに動揺の色を見せる。
くふふ、やっぱり俺の推理に間違いはなかったな。どうやらこいつが失踪事件の犯人で決まりのようだ。わざわざ自分から尻尾を出してくれるなんて、何ともお馬鹿な奴だ。
「どのような謎であれ、この世に解けないものなどありません。私の灰色の脳細胞は、あらゆる謎を解明し、真実という名のたった一つの答えを導き出す……」
俺は艶やかな黒灰色の髪をファサ~っとかきあげながら、コツコツと地面を踏みしめ、円をかくように男の周囲をゆっくりと歩き回る。
「Q.E.D.……。どうやら私の灰色の脳細胞は結論を導き出したようです」
そして、流れるような動作でベージュのインバネスコートをバサッと翻しながら、左手で鹿撃ち帽の鍔をクイッと上げると、右手の人差し指をビシッと黒装束の男へ突き付けた。
「貴方が失踪事件の犯人ですね? 大人しくお縄につきなさい!」
か、完璧に決まった……っ!
練習よりも上手くいったんじゃないか?
セリフもかまなかったし、特にコートを翻す時の腰の回転とか、人差し指を突き付けた時のスナップの利かせ方とか、今のはかなり自信があったぞ。観客がいないことが悔やまれるな。
さあ、どうした? さっさと正体を現せ。お前に逃げ場はない。この俺の完璧な推理に反論できるものなら反論してみろ!
だが、俺が自信満々のドヤ顔を晒すなか、黒装束の男は訝しげな視線を俺に向けてきた。
「……失踪事件の犯人?」
「ええ、貴方が失踪事件の犯人でしょう?」
「……?」
「…………?」
あ、あるぇ~? この反応……おかしいぞ。も、もしかして俺の勘違いだったのか? ま、まずい……。めっちゃドヤ顔で決め台詞まで言っちゃったんだけど。
くそっ! 犯人じゃないなら何で俺の尾行してたんだよこいつ! 紛らわしいことしやがって!
俺は次第に自分の顔が熱くなってくるのを感じ、堪らず一歩後ずさった。
「どうやら、何か勘違いしているようだな。まあいい、とにかくお前にはここで死んでもらう」
「――え?」
男は目にも止まらぬ速さで地面を蹴って距離を詰めると、手に持っていたナイフで躊躇なく俺の首筋を切りつけてきた。
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