第120話「成人の儀」

「がふ……っ! ば、馬鹿な……我々4人が手も足も出ない、だと……!?」


 数分後、地面に倒れ伏す紅の絆のメンバー達。皆辛うじて意識はあるが、立ち上がることができないようだ。


 ルキシンはそんな彼らを見下ろしながら、嘲笑うかのように吐き捨てた。


「ふん、リカルドと俺の戦いを見て、4人がかりなら簡単に勝てると思ったか? 馬鹿が、あんな大勢の人間がいる場所で、本気を出すわけがないだろう? 本来ならリカルド程度の雑魚を倒すのに要する時間は、せいぜい数十秒ってところだ。だがせっかくの決勝の舞台だったから、わざわざ互角の戦いに見えるように演出してやったんだよ」


「お、俺達は1級冒険者だぞ……! こんなことがあり得るはずが……っ」


 紅の絆のリーダーの男が悔しげに表情を歪めながら、信じられないといった様子でルキシンを見上げる。


「俺は数日後には特級へと昇格する身だ。この世にたった8人しかいない、選ばれた存在……それが特級冒険者だ。お前らとは住む世界が違うんだよ」


 ルキシンはそう言い放つと、懐から禍々しい魔力を纏った漆黒のナイフを取り出して、倒れている魔法使いの女性の心臓へその刃を突き立てた。


「ぎゃあぁぁーーーーっ!」


「せ、セリナぁーーーーっ!」


 胸から血を噴き出しながら絶叫を上げる魔法使いの女性。


 リーダーの男が涙を流して女性の名を叫ぶが、彼女はビクンと体を震わせた後、そのまま動かなくなった。


「き、貴様ぁ……! このような事をしてギルドが黙っていると思うのか!?」


 紅の絆のメンバー達は怒りに震えながら何とか立ち上がろうとするが、ルキシンは冷めた表情で血まみれのナイフを片手に彼らに近付いていく。


「紅の絆の皆さんが、理不尽にも4人がかりで俺に襲い掛かってきた。俺は仕方なく正当防衛として彼らを返り討ちにしました、とギルマスに報告するだけさ。相手は1級冒険者だからな、俺も必死で手加減する余裕もなくつい殺してしまったと、涙ながらに力説しよう」


「や、やめ――」


 ――ドスッ。


 ルキシンのナイフが、リーダーの男の心臓に深々と突き刺さる。


 そしてそのまま、紅の絆のメンバー達が全員息絶えるまで、無慈悲な刃が振るわれたのだった。





「親父殿、只今帰りました」


「おお、ルキシン! よくぞ帰った。お前が特級冒険者に推薦されたと聞いて、儂は鼻が高いぞ!」


 ルキシンが実家に戻ると、立派な口髭を生やした強面の男性が、酒の注がれたジョッキを片手に上機嫌な様子で彼を出迎える。


「なんだ、もう知っていたのか。流石は情報通の親父殿だ」


「くくくく、当たり前じゃ! 我が"殺し屋の里"始まって以来の快挙だからな。それにしても殺し屋が特級冒険者とは、なんとも皮肉が利いているではないか!」


 そう言ってガハハと笑う男性。彼はルキシンの父親であり、殺し屋の里の長である"シスイ"という男だ。


 殺し屋の里とは、サンクサイウ王国の南にひっそりと存在する、暗殺を生業とする者達が隠れ住む村のことである。


 金さえ貰えれば、どんな依頼でも引き受ける殺し屋達。当然、敵も多く存在するため、いざという時の為に彼らは家族単位で隠れ里を作り、互いに協力しながら暮らしているのだ。


 そしてルキシンはそんな殺し屋の里で生まれ育った、殺しのエリートであった。


 その才能は、父親や祖父など歴代の里長をも凌ぐと太鼓判を押されるほどであり、まだ16歳と成人したばかりにもかかわらず、特級冒険者に推薦されたことからも、その実力の程が窺えるだろう。


「そういえば、凄い依頼が届いておったぞ。サンクサイウ王国のツーレヒ王子からだ」


 楽しそうに酒をあおりながら、父親が1枚の紙を差し出してくる。


 ルキシンはそれを受け取ると、その内容に目を通した。


「これは……。光の賢者ワーズワースの暗殺だと? ツーレヒは本気なのか?」


 彼はその内容に驚きを隠せなかった。なぜならそれは、国家レベルの要人の暗殺依頼だったからだ。それも世界最強クラスの実力を持つと言われる光の賢者である。


「金さえ貰えれば聖人だろうが赤子だろうが、特級冒険者だろうが殺すのが儂らの流儀だ。ルキシン、やってのける自信はあるか?」


 父親のシスイが、試すような視線を向けてくる。


 ルキシンはそんな彼から目を逸らさず、不敵な笑みを浮かべてみせた。


「当然だ。俺はどんな相手でも必ず殺す。だが、ワーズワースが相手では少しばかり準備が必要だな。サポートも何人かつけてもらうぞ」


「それでこそ我が息子よ! ――アイ、おるか?」


「――は、ここに」


 シスイが名を呼ぶと、天井から1人の女性が飛び降りてきた。黒髪をおかっぱにした、10代半ばほどの小柄な少女だ。


 彼女はルキシンにちらりと視線を向けた後、シスイに向かって跪く。


「アイの他に、ウエ、オカ、キク、ケーコの5人をお前につける。お前も幼馴染達と一緒の方がやりやすいだろう?」


 彼ら幼馴染5人は、ルキシンと同じ年の少年少女であり、幼少期から暗殺の訓練を受けてきた最も付き合いの長い仲間達だ。


 しかも彼らはすでに全員が1級冒険者としての表の顔を持っており、ルキシンを含めて殺し屋の里の最強世代と呼ばれていた。


「ああ、助かる。あいつらと一緒なら、ワーズワースだろうが楽勝だ」


 ルキシンはそう言って自信満々に笑うと、受け取った依頼書を懐へしまい込み、部屋の外に向かって歩き出したのだが――


「お待ちください若! 長、若はまだ"成人の儀"を終えておりません!」


 アイが慌てた様子で、ルキシンの前に回り込んで進行を遮った。


「……そういえばそんなものもあったな。だが、俺が今更あれをやる必要があるのか?」


「規則ですから……。長の息子が"成人の儀"をまだ終えていないなど、他の里の者に示しがつきません」


「ふむ、そうか……。お前は留守にしがちだから、"成人の儀"をまだやってなかったか。確かに他の幼馴染達はすでに終わっているし、このままでは体裁が悪いな。仕方がない、明日にでも行うとするか」


 シスイの言葉にルキシンは面倒くさそうな顔を浮かべるも、逆らう気はないようで素直に頷いた。




 ――"成人の儀"。


 それは殺し屋の里で15歳の成人になった者達全員が受ける、大事な通過儀礼である。


 この儀式を終えることによって、ようやく彼らは一人前と見なされ、正式に里の殺し屋として認められるのだ。


 内容は至極シンプルで、試験官によってランダムに選出された人間を1名殺害する。たったそれだけである。日頃から殺しの訓練に励んできた彼らにとっては、1日もかからずに終了する簡単かつ退屈な試験であった。


 だが、この試験につまずく者は案外多い。


 何の罪もない一般人を、一方的に殺害する罪悪感に耐えられない者。訓練では優秀な成績を叩き出していたのに、いざ本番となると手が震えて動けなくなる者など、人によって理由は様々だ。


 この里の人間はこの儀式でふるいにかけられ、暗殺者としての適性なしと判断された者は、里の掟に従い処分されてしまう。




「まあ、すでに数え切れないほどの人間を殺めてきたお前には、今更必要のないものかもしれんがな……。規則ではあるし、儀式はきちんとやってもらうぞ」


「はぁ……面倒くせぇな。じゃあどうせならリステル魔法王国で実施してくれよ。終わったらそのままワーズワーズの暗殺に行けるからな」


「よかろう。では"成人の儀"はリステル魔法王国で実施する。試験官はオカに任せる。彼の選んだターゲットの首を、明日までに取ってこい」


 ルキシンは気怠げな表情で頷くと、アイを連れて部屋を出ていった。





 翌日、ルキシンは幼馴染5人を連れてリステル魔法王国の王都マホリードにやってきていた。


 道行く人々を注意深く観察していたルキシンが、やがて大きな溜め息を吐き出す。


「リステル魔法王国は国民の殆どが魔法使いだと聞いていたから、骨のありそうなのがうじゃうじゃいると思ったんだが……。どいつもこいつも、全然大したことがなさそうでガッカリだ」


「いや……若からしたら1級冒険者でも雑魚でしょうよ。こんな街中に若を満足させられる強さの人間がいるわけないじゃないですか」


 ルキシンの呟きに、幼馴染の1人であるのっぽの男――オカが苦笑する。


 背が高く温厚そうに見える彼だが、その実力はルキシンに次ぐほどであり、里の将来を担う存在として期待されていた。


「まあいい。俺はオカとターゲットを探すから、お前らは宿で待機していてくれ。ターゲットをやったらすぐ戻る」


「「「「はっ!」」」」


 4人はルキシンに向かって一糸乱れぬ動きで敬礼すると、宿へと向かって歩き出した。


 ルキシンはそんな彼らの後ろ姿を見送ると、オカと一緒に街中を逍遥し始める。


「その辺の一般人を殺してもつまらんからな。できるだけ骨のあるやつを頼むぜ? 試験官殿」


「また無茶振りを……。でもまあ、若の期待に応えられるように頑張りますよ」


 オカは困ったような表情をしながらも、顎に手あてて考えを巡らせ始めた。


 そして、しばらく歩いたところで何か思いついたように指を鳴らす。


「では、あそこにある冒険者ギルドの扉から次に出てくる人物などいかがでしょう? 魔法王国の王都の冒険者だから、多少は骨があるはずですよ?」


「まあいいだろう。だが、仮に受付嬢が出てきたりしてもそいつを殺して終わりにするぞ?」


「ええ、構いませんよ」


 ルキシンとオカはニヤリと笑いながら、冒険者ギルドの扉が見える位置を陣取り、その時が来るのを今か今かと待ち構えた。



 ――そして数分後、彼らの見つめるギルドの扉から1人の人間が現れる。



「……女か? 受付嬢ではなさそうだが、あれは外れだな」


「何か妙な恰好をしてますが、内包する魔力を見る限りあまり強くなさそうですね。魔力の流れが自然ですし、偽装している様子もない」


 標的は10代半ばくらいで、チェックの帽子にベージュのコートとスカートを身に着けた、可愛らしい少女であった。


 黒灰色の長い髪を靡かせながら、テクテクとルキシン達の横を通り過ぎて行く。


「若、規則は規則ですので。あの少女の首を取ってきてください」


「はぁ、しょうがねーなぁ……。お前も宿に戻ってろ。すぐに始末して合流する」


 ルキシンは面倒くさそうにオカに言うと、少女の背中を追いかけて歩き出した。

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