第119話「8人目の特級冒険者」

《さあ、遂にこの時がやって参りました! 武王祭決勝戦! 勝つのは一体どちらなのか!?》


 闘技場中央、向かい合うは2人の男。


 1人は筋骨隆々の大男で、巨大な2本の剣をその両手に備えている。その腕には特徴的な紅い腕章が巻かれており、どこかの組織に与する人間であることが窺える。


 そしてもう1人は、全身を黒で統一した服を着た細身の男だ。右手にナイフを持ち、顔を隠すように深く被ったフードの下からは、鋭い眼光が覗いている。


《西に構えしは、あの残虐非道な犯罪組織、"クルーエル盗賊団"をたった1人で壊滅させた男! "百人斬りのリカルド"! 対するは、こちらも実力派! ここまでの対戦相手を全て一撃の元に殺害してきた男、"兇刃のルキシン"! どちらも1級冒険者で、優勝候補筆頭の2人が決勝戦で激突だーっ!》


 実況の女性がマイクのような魔道具に声を乗せると、闘技場の観客席から大歓声が上がった。


 そしてそれに応えるように、2人の男は同時にゆっくりと前へと歩き出す。


《両者、準備はよろしいですか? ……それでは、決勝戦――――始めッ!》


 試合開始の合図と共に、まずはリカルドが駆け出した。


 巨大な剣を2本も携えているというのに、瞬く間にルキシンとの距離を詰めると、そのまま豪快に大剣をクロスさせて切り掛かる。


 しかし、その大剣がルキシンを捉えようとしたその瞬間、その場にいたはずの黒装束の男の姿が、忽然と消え去ってしまう。


《リカルド選手、いきなり仕掛けた! しかしルキシン選手、いつの間にか上空に跳んでいます! そのまま垂直に落下し、ナイフでリカルド選手を切りつける!》


 上空から頸動脈目掛けて一直線に振り下ろされたルキシンのナイフを、リカルドは右腕を盾のように構えて受け止める。


 ナイフはその太い腕を縦に斬り裂いたが、その筋肉の鎧によって阻まれたのか、殆どダメージは通っていないようだ。


《おおっとぉーー! 今大会初めてルキシン選手が一撃で仕留めることが叶いませんでした! やはり実力派同士の戦い、一筋縄ではいかない!》


 大剣を巧みに操り、ルキシンを両断せんと苛烈に攻め立てるリカルド。対するルキシンもまた、それを軽い身のこなしで避けながら、的確に反撃を重ねていく。


 リカルド体の表面には細かい切り傷が無数に刻まれ、ルキシンの攻撃が確実に当たっていることが窺える。


 だが、それでもリカルドは止まらず、獣のような雄叫びを上げながら猛撃を続けた。


 一見するとルキシンが押しているように見えるが、彼は試合開始の合図から忙しなく動き続けており、一度も足を止めていない。このまま戦いが長く続けば、先に体力が尽きるのは恐らくルキシンだろう。


《両者一歩も引かず! これが1級冒険者でも上位に位置する者達の闘いなのか!? 凄い、凄すぎる!!》


 興奮したように実況の女性が叫ぶと、観客のボルテージは更に上がっていった。


 しかし、勝負は突然決着を迎えることとなる。体力の落ち始めたルキシンのナイフが、リカルドの大剣によって弾き飛ばされたのだ。


 武器をなくしたルキシンを両断せんと、リカルドが2本の大剣を振り下ろそうと構えたその時――


《おおっとぉ!? これは一体どうしたことでしょう! ルキシン選手に攻撃が当たる直前、リカルド選手が突然膝を着いた!》


 闘技場のど真ん中で、突如リカルドが膝を着いて前のめりに倒れた。


 すぐに立ち上がろうとするも、その顔は苦痛に歪んでおり、中々立ち上がることができないようだ。


《これは……出血でしょうか!? 一つ一つは小さなダメージでも、無数の攻撃が蓄積し、リカルド選手の血液と体力を大きく削り取っていたようです!》


 実況の女性の声に応えるように、闘技場内が一気に沸き立った。


 よろめきながら立ち上がったリカルドだが、ルキシンの方は既に武器を拾い、リカルドに向かって投擲していた。


「ぐあぁぁぁぁぁーーーーっ」


 闘技場にリカルドの悲鳴が響き渡る。


 ルキシンの投擲したナイフはリカルドの腹部に深々と突き刺さり、そこから真っ赤な血が溢れ出した。


《これは決まったかぁーーーーーっ!?》


 リカルドの体がぐらりと傾き、大剣が地面に落ちる。


 ルキシンはその隙を見逃さず、トドメを刺そうと駆け出したが、リカルドは敗北を悟ると両手を上げて降参の意思を示した。


「ま、待てっ! まい――――」


 だが次の瞬間――ルキシンはリカルドの腹部からナイフを引き抜くと、その心臓へ深々を突き立てた。


 リカルドは口から大量の血を吐き、そのままゆっくりと仰向けに倒れていく。


《"兇刃のルキシン"容赦なしぃーーーーっ!! 降参など許さないとばかりに、リカルド選手の心臓をナイフで一突きだぁぁーーーーっ!》


 残虐ではあるが、ここは何でもありの武王祭の会場だ。審判が止めに入る素振りもないし、観客からもブーイングが飛ぶどころか逆に大盛り上がりである。


《勝者! "兇刃のルキシン"ーーーーッ!!》


 闘技場に実況の声と観客の歓声が響き渡る中、ルキシンはナイフに付いた血を振り払うと、何事もなかったかのように悠々と闘技場を後にした。





「……ルキシン。お前を特級冒険者に推薦しようかと考えている」


 ここは武国ラシームの王都にある冒険者ギルド。


 その最上階にあるギルド長室には、大柄な白髪の老人と、ルキシンと呼ばれた黒装束の男の姿があった。


「本当か? ギルマス」


「ああ、原初の魔物"ガルガリオレーム"の単独討伐、及び武王祭の優勝。それにこれまでの実績を考えれば、おそらく本部の方々も首を縦に振るだろう。お前さえ良ければ、すぐにでもベスケード帝国にあるギルドの本部に推薦状を送ろうと思うのだが」


 ギルマスと呼ばれた老人からの思わぬ提案に、ルキシンは口角を僅かに吊り上げた。


「俺が特級冒険者か……。くくくく、悪くないな。ぜひ頼む」


「うむ、わかった。だが、あまり羽目を外さんようにな。今日のリカルドだって殺害までする必要はなかっただろうが……。貴重な1級冒険者を無意味に減らされては敵わんわ……」


 ギルマスが眉間にシワを寄せながら苦言を呈すると、ルキシンはフンと鼻を鳴らした。


「死ぬ覚悟もなく俺の前に立ったあの男が悪い。敵対する者は誰であろうと殺す。それが俺の美学だ」


 ルキシンはそう言い放つと、くるりと踵を返して歩き出す。後ろから聞こえてきた、呆れたような溜め息には一切耳を貸さずに。




「ルキシン、貴様……このまま帰れると思っているのか?」


 ギルドの外に出たルキシンを、4人の男女が待ち受けていた。


 全員が先程戦ったリカルドと同じ紅い腕章を腕に巻いており、全身から並々ならぬ魔力を発している。


「これはこれは、1級冒険者パーティ"紅の絆"の皆様じゃありませんか。一体どういったご用件で?」


 ルキシンがわざとらしく慇懃無礼な態度で尋ねると、リーダーと思われる男が怒気を孕んだ声を放つ。


「何故リカルドを殺した! あいつは既に降参の意思を示していたはずだ!!」


 それに対し、ルキシンは小馬鹿にするように鼻で笑った。


「すまんな。降参の宣言があまりにも遅すぎたもんで、つい殺してしまった。うすのろにはお似合いの末路だろう?」


 その言葉を聞いた瞬間、紅の絆のメンバー達が一斉に武器を構えた。魔力の波動が膨れ上がり、周囲にピリつくような空気が漂い始める。


 だがルキシンは武器を構えず、やれやれといった様子で肩を竦めた。


「おいおい、1級冒険者様が4人がかりで俺1人をボコろうってのか? まあいいぜ、かかってきな。でもここじゃ人目につくだろうから、少し場所を変えようぜ。その方がお互い存分に戦えるだろう?」


 ルキシンはニヤリと笑うと、その場から跳躍して建物の屋根から屋根へと飛び移りながら、紅の絆のメンバーを誘導するように王都の路地裏へと飛び込んでいった。

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