第118話「失踪事件の調査」★
「うーん、特に問題を抱えてた様子はなかったぜ? 確かに冒険者としての才能はあるとはいえなかったけどよ、毎日コツコツ頑張ってたみたいだし、冒険者仲間からも可愛がられてたしな」
「なるほど、そうですか……」
俺はリステル魔法王国の王都マホリードで聞き込みを行っていた。
今日は俺の授業が休みということもあり、ワーズワース学園長に依頼されていた失踪事件の調査をするために、朝から王都へやってきたのである。
最初に向かったのは、行方不明者の1人が毎日のように利用していたというギルドに併設されている酒場だ。
まだ朝早い時間だというのに、すでに何人かの冒険者の姿があったので、まずは彼らに話を聞いてみることにした。
「いや……そういえばアイルのやつ、行方不明になる前によ……奇妙なことを言ってたぜ」
「奇妙なことですか?」
別の冒険者の男が思い出したように話し始めた。
「ああ、失踪する3日くらい前に、俺にこんな相談をしてきたんだよ。"自分は男らしくないか? 女の子の方が向いているか?"ってよ」
行方不明になった少年アイル。年齢は16歳で9級冒険者。
男性だが、女の子とも間違われる中性的な顔立ちをしていて、よく男にナンパをされたり、からかわれたりすることが多々あったらしい。
「なるほど、それは確かに奇妙な相談ですね」
「だろう? その時は俺も酔ってたし、特に何も考えずに、"まあ、お前が女の子だったら男にモテモテで人生が変わってたかもな"って返したら、急に真剣な表情で考え込み始めてさ……。あれは一体なんだったんだろうな?」
ふぅむ……。気になる証言だ。
アイル少年は性別に対するコンプレックスを持っていた……?
彼らの話を聞く限り、彼は自発的に姿を消したようにも思える。まぁ、いくら意味深な発言をしていたからといって、事件に巻き込まれた可能性もゼロではないのだけれど。
「ありがとうございます。また他に何か思い出したら教えてください」
「おうよ! 嬢ちゃんみたいな可愛い子相手なら何でも話しちゃうぜ!」
男達は酒を何杯も飲みながら、楽しそうに笑い声をあげていた。彼らがこうして朝から酔っ払っていられるのも、リステル魔法王国が平和である証拠だろう。
俺は冒険者ギルドを後にすると、次の失踪者が住んでいたとされる村へ向かうことにした。
◇
「うーん、最初の少年の情報を聞いた時は、案外簡単に解決しそうだなと思ったんだけど、学園長の言ってたように、かなり複雑な事件なのか……?」
俺は学園の寮に戻ってから、調査結果をまとめていた。
机に向かってカリカリとペンを走らせ、学園長に貰った資料に俺が今日調べた情報を書き足していく。
【調査資料】
・1人目、16歳・男性。名前はアイル。
性別にコンプレックスを持っていた? 冒険者仲間に意味深な発言をした数日後、自ら失踪か。
・2人目、72歳・男性。名前はトム。
普通の村に住む平凡な老人。家族円満で、失踪するような理由はなし。老人なので奴隷として攫われるなども考えにくい。ただ、孫娘が病弱で、完全に治すためには大金が必要であり、金に困っていた可能性は否定できない。
・3人目、12歳・女性。名前はモーナ。
来年から魔法学園に通う予定だった貴族のお嬢様。魔法の名門の家に生まれたが、魔法の才能があまりなく悩んでいたようだ。
・4人目、32歳・男性。名前はマーク。
街の荒くれ者。盗みや暴行を繰り返していた。
・5人目、22歳・女性。名前はナターシャ。
王都の娼館で働く女性。美人で人気が高いが、2週間ほど前から無断欠勤をしている。ひどいくせっ毛っで悩んでいたという情報もあるが、事件との関連性は不明。
・6人目、17歳・女性。名前はカリン。
王都に暮らす一般女性。特に変わった点は見られず、失踪をするような理由もなさそうである。
・7人目、19歳・女性。名前はジャスミン。
王都の酒場で働く踊り子の女性。明るく愛想が良く、お客さんからの人気も高いが、胸が小さくて悩んでいたとの噂あり。
・8人目、28歳・男性。名前はハンク。
王都の冒険者ギルドに所属する7級冒険者。特に変わった点は見られず、失踪をするような理由もなさそうである。
・9人目、23歳・男性。名前はゲハル。
王都の冒険者ギルドに所属する6級冒険者。イケメンで女の子にモテモテだったのだが、その血の
・10人目、31歳・女性。名前はプリシラ。
泣きぼくろがセクシーなお姉さんで、何十人もの男を騙し、その人生を破滅させたと噂の悪女。疑惑だけでいつも証拠を残さず、被害者は泣き寝入りをするしかなかったとか。
資料をパラパラとめくりながら、それぞれの失踪した人達の情報を再確認していく。だが、何度見ても彼らに共通点のようなものは見受けられない。
最初は何か悩みを抱えている人物が自発的に失踪したのかとも思ったが、悪人や本当に平凡な人物も混じっているようだし、やはりこれは一筋縄ではいかない事件のようだ。
「ぬぅん……」
俺は頭に被ったチェックの鹿撃ち帽をクイッと直すと、足を組みなおして思考を巡らす。
すると、ソファーで霊獣の卵を抱き枕のように抱えながら寝そべっていた雫が、こちらに顔を向けた。
「あのさ、ところでお兄ちゃん何でそんな恰好してるの?」
「何でって、探偵といえばこの服だろう?」
立ち上がってくるり、と一回転してみせ、ドヤ顔でポーズを決める。
【挿絵】
https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16818093072973955631
今の俺は鹿撃ち帽だけでなく、ベージュのインバネスコートを羽織り、チェックのスカートを履き、手には白手袋を装着している。どこからどう見ても名探偵の出で立ちだ。
「いや、めっちゃ可愛いけどさ。もしかしてその恰好で外を歩いてたの……?」
「そうだけど何か?」
「…………」
雫は何とも言えない微妙な表情を浮かべている。
なんだよその顔は。俺が聞き込みをした人々は皆、俺の格好を見て可愛いと褒めてくれたんだぞ。まったく……女子供には理解できないか、この服装の良さは。
「あのなぁ。これを着ると知力が上昇するんだよ。これぞ"天衣五宝"の四つ目、"名探偵の推理服"だ!」
俺はビシッと雫に指を突きつけると、自信満々に言い放った。
「それこの前ド〇キで買ってたやつじゃん……。お兄ちゃんって、たまに意味不明な嘘つくよね……」
「うるさいなぁ……細かいことはいいんだよ! 俺は格好から入りたいタイプなんだよ!」
インバネスコートを翻しながら、左手で鹿撃ち帽の鍔を持ち、右手で犯人を指さすポーズを取ると、俺は声高に叫んだ。
「──犯人はお前だっ!」
ふふん。何回も練習してきただけあって、俺の動きは完璧だ。
「はぁ……。まあ似合ってるから別に良いんだけどさ……」
雫は呆れたように肩を竦めると、再び霊獣の卵を抱きしめて魔力を流し始めた。
「それ、随分デカくなってね?」
「うん、ダチョウの卵くらいの大きさにはなったかな?」
こっちに持ってきた時はソフトボール程の大きさだった霊獣の卵が、今やダチョウの卵サイズまで成長してしまっている。
アストラルディアの魔力が地球よりも濃いせいだろうか、それとも雫が成長して魔力量が増えたからだろうか? いずれにせよ、そろそろ孵化するかもしれない。
「あまりにデカいやつが生まれたら地球に連れて帰れなくなるぞ」
「ええ~、それは困るなー! おーい、これ以上大きくならないでね~!」
俺の体積の2倍を超えるサイズに育ってしまったら、転移で連れて帰るのは無理になってしまう。なので、せめて小さいポニーくらいの大きさに抑えておいてほしいところである。
「ところでお前……翻訳魔法抜きでルディア語は喋れるようになったのか?」
「……まあまあ? ほら、今だってちゃんとお兄ちゃんの作った教科書読んでるじゃん」
雫はソファー前のテーブルに置かれた教科書を俺に見せつけた。
今日はアリエッタが神聖魔法の授業に出てるので、暇な雫はこうして俺の部屋で勉強をしているのである。
「よし、それじゃあ今からは日本語禁止な。ルディア語のみで会話すること」
「え~……。せっかくお兄ちゃんと久々に日本語でお喋りできると思ったのに……」
雫は不満そうな顔をしながらも、しぶしぶといった様子で教科書を手にとって身構えた。
「こんにちは。あなたのお名前を教えてください」
「わたしのなまえはやまだしずくです」
「今あなたは何処にいますか?」
「わたしはいまソフィアのへやにいます」
「今日の天気はどうですか?」
「とてもはれていてりょうこうです」
「あなたはどんな食べ物が好きですか?」
「わたしのすきなりょうりはからあげていしょくです」
ほぉ~……。意外とちゃんと答えられているな。やっぱり子供は飲み込みが早い。
よし、じゃあ今度はもうちょっと難しい質問をしてみよう。
「ソフィア、アリエッタ、雫、この中で神聖魔法が使えるのは誰ですか?」
さあ、雫は答えられるか?
雫は難しい顔をしてうーむ……と考え込んだあと、ハッとした様子で叫んだ。
「おっぱい!!」
「…………」
まあ、間違いではないが……。
どういった翻訳をしたらその解答にたどり着いたんだ? それに、こいつ絶対単語間違えて覚えてやがるだろ。
ルディア語で「おっぱい、おっぱい」と楽しそうに連呼する雫に、俺は何と説明しようかと頭を抱えるのだった。
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