第117話「学園の飯が不味い」★
「――で、あるからして……相手を外見で判断しては痛い目を見るということですね。普通に考えれば体格に優れた者ほど戦闘力は高いように思えますが、そこに魔力や女神のギフトという要素が絡んでくると、話はまた変わってくるのです」
俺は魔力板に文字を書きながら、生徒達に向かって語りかけるように解説していく。
「常日頃から、外見よりも内包する魔力に注視する癖を身に付けておくことで、相手の実力をより正確に推し量ることができるようになります。それは同時に、女神のギフトや魔族の魔術、モンスターの特殊な体質といった、見抜くのが困難な特殊能力への対処にも繋がるでしょう」
そこで一拍置き、生徒達が板書を終えるのを待つ。
しばらく経つと皆が書き終えたようなので、再び話を続けようしたところ、一番前の席に座っているフォクスが手を上げて質問してきた。
「何で魔力に注視すると特殊能力の対処に繋がるんだよ?」
「いい質問ですね。例えばですが、レインボーポイズンフロッグという猛毒を持ったモンスターがいます。このモンスターは体から毒液を発射する際に、魔力が一瞬だけ異常な高まりを見せるんです。そして、その後すぐに毒液を発射するので、魔力を注視していれば回避するのはそう難しいことではありません」
そう言いつつ、俺は魔力板にレインボーポイズンフロッグのイラストと説明文を書き込んでいく。
絵の才能のギフトを遺憾なく発揮して、漫画家顔負けの可愛らしいカエルの絵を描き上げた。
「ギフトや魔術にも同じことが言えます。大抵はこれらを発動する際には、魔力が通常とは異なった流れを見せます。ドラゴンが炎を吐く時なんかも同じですね。なので、魔力の動きに注視していれば、相手の特殊攻撃はある程度見抜くことができるわけです」
俺の説明を聞き終えたフォクスが、感心したように何度も頷く。
うーむ……。最初は王族にありがちな傲慢で横暴なクソガキかと思ったが、授業はちゃんと聞くようになったし、こうやって質問もしてくるしで、案外素直で真面目な生徒なのかも知れない。
逆にデビアスに関しては、本当に何だったんだあいつは……。七三分けで真面目そうな顔してた癖に、学園長の光の結界に引っかかって退学処分になったうえに国へ強制送還って……。
学園長の光の結界に引っかかる人間なんて、相当悪いこと考えてる奴くらいだぞ。しかも学園長曰く、何故か俺を狙ってたみたいだし……。
まあ、もうこの国には入ることすらできないはずだし、二度と会うこともないだろうから、あまり気にする必要もなさそうだけど。
「ですが、相手の魔力が少なかったとしても、油断してはいけませんよ? 魔力操作に長けた手練れの中には、魔力を制御して自らの魔力量を偽装する者もいます。かくいう私も、平常時は一般人並みに魔力を抑えたりしていますからね。ただ、そのせいで普通の女の子だと思われて、たまに絡まれたりもするんですけど……」
フォクスに視線を向けながら冗談交じりにそう告げると、教室はドッと笑いに包まれた。
自信満々で俺に絡んで返り討ちにされたことを思い出したのか、フォクスの顔が少し赤くなっている。
「で、あるからしてですね。そういった偽装を見抜く為にも、日常的に魔力の観察眼を磨いておく必要があるわけで――」
――カーン、カーン、カーン。
「……おっと、今日の授業はここまでですね。それでは皆さん、お疲れ様でした」
授業の終わりを告げる鐘が鳴り響き、俺は板書の手を止めると、生徒達に向かって深々と頭を下げた。
生徒達は一斉に立ち上がり、俺に元気よく挨拶を返すと、次々と教室を後にしていく。
「ふー、授業というのは案外喉が渇くものですね……」
俺は教壇の隅っこの方に移動すると、魔力で水球を生成し、それをゴクゴクと飲み干した。喉が潤うのを感じながら一息ついていると、不意に背後から声かけられる。
「ソフィア先生。この後用事がなければ、私達とお昼ご飯をご一緒しませんか?」
「そうそう、たまには楽しくお喋りしながらランチしようよソフィアちゃん」
雫とアリエッタだ。2人はすっかり仲良しになったようで、常に一緒に過ごしているようだ。
そういえば最近は色々あって忙しかったから、2人と一緒に過ごす時間が全然取れてなかったな。今日はもう俺の授業はないし、彼女達の誘いに乗ることにしよう。
「そうですね、是非ご一緒させてください」
俺は笑顔で頷くと、2人と一緒に教室を出て食堂へと向かった。
◇
「ご飯が不味い! 日本に帰りたいっ!」
学食の料理を食べながら、雫が両手を上げて叫ぶように嘆いた。
俺とアリエッタが苦笑いを浮かべる中、雫はバクバクとパンを貪ると、一気にスープを流し込んでいく。
異世界のパンは、はっきり言って不味い。硬いしパサパサだし、スープに浸して柔らかくしないとまともに食べれたものではない。まあパンだけじゃなくて料理全体が不味いんだが……。
それでもこの学園は設備が整ってるだけあって比較的マシな方なのだが、地球のウマメシが普通の雫にとっては地獄のようなものだろう。
「確かにソレルの街のフィオナさんが作った料理は、信じられないくらい美味しかったですからね。雫さんの故郷ではあれくらいが普通なのでしょうか?」
「ですねぇ。まあ最近のフィオナの料理は、素材によっては地球の料理に匹敵するレベルのものがでてきますけど、地球の料理は大体あんな感じですね」
俺は硬いパンを千切ると、スープに浸して柔らかくしてから口に含む。うん、雫が嘆くのもしょうがない味だ。
「ソフィえも~~ん。何とかしてよ~~」
雫が半べそをかいて、俺の腰に抱き着きながら駄々をこねる。
俺はそんな雫の頭を撫でてあやしつつ、どうしたものかと考える。次元収納の中にある程度の食材や調味料は入っているので、俺が毎日料理を作れば、雫に地球の料理を食べさせてあげることはできる。
でも、毎日料理を作るのはめんどくさいんだよなぁ……。
それに俺も教師として色々忙しいし、学園長に頼まれた依頼の件もある。雫の食事の為だけに毎日時間をとるわけにもいかない。
「ふうむ……料理長のおじさんと相談して、学食に新メニューでも追加して貰うように頼んでみますかね……」
この世界はマズ飯ばっかりだけど、食材自体がダメってわけではない。
地球の調理器具は次元収納の中にたくさん入ってるし、それを学食に設置すれば、食材次第では料理長だけでも美味しい料理が作れる可能性はある。
というわけで、俺は食堂の調理場へと足を運ぶと、料理長のおじさんとメニューの相談をすることにした。
「うーん、やっぱり僕の料理はあまり美味しくなかったかい?」
「あー……。いえ、味は悪くなかったんですが、私の友人はとても舌が肥えているものでして……」
「いや、いいんだよ。僕のギフトは次元収納で、料理の才能は然程ないって自覚してるから」
「次元収納のギフト持ちなんですか!?」
俺は驚いて調理場のおじさんに尋ねる。次元収納のギフトは、この世界において珍しいギフトの一つだ。
ご存じの通り俺はすでにコピーを持ってるが、本来の次元収納は、中に収納した物の時間を停止させる効果も持ち合わせていて、料理人にもってこいの能力なのである。
「うん、この能力を活用して新鮮な食材を西のベスケード帝国から仕入れてるんだけど、肝心な料理の腕が追い付いてなくてね……」
「ふーむ、どんな食材を仕入れてるんですか?」
「最近はコッケコーの肉が人気だね。ベスケード帝国は広大な土地を活かして本格的なコッケコーの養殖に成功してるみたいで、お肉が手軽に手に入るんだよ」
そう言っておじさんは、次元収納の中から新鮮なコッケコーの肉を見せてくれた。
コッケコーの肉は地球の鶏に匹敵する美味さを誇る。この肉が安価で手に入るのなら、いくらでも料理のバリエーションは出てきそうだ。
「お米はありますか?」
「米はこの国であまり人気がないから、今はそんなに仕入れてないけど、ベスケード帝国は農地も広くて米も大量に作ってはいるから、お望みならもっとたくさん入手できると思うよ」
よし! 米とコッケコーの肉さえあれば、何とかなりそうだ!
俺はおじさんにコッケコーの肉と米を大量に仕入れてもらえるようにお願いすると、次元収納の中から発電機と業務用の巨大な炊飯器を取り出して食堂の隅に設置した。
「それは?」
「お米を一気に美味しく炊けるアイテムですよ。たぶんこれからお米を使った料理がバカ売れすると思いますから、これを使って料理の提供をしてください」
「あ、ああ……」
「それでは今から米とコッケコーの肉を使った、シンプルかつ美味しい料理をお見せしましょう。おじさんも一緒に手伝って作り方を覚えていってくださいね」
おじさんは戸惑いつつも、俺の指示に従って炊飯器を使ってお米を炊き始めた。
その間に俺は、発電機を動かすための魔石や地球の調味料や調理器具、キッチンペーパーなど必要になりそうなものを片っ端から次元収納から取り出して、調理場の棚へと並べていく。
「次はどうするんだい?」
「コッケコーのお肉を一口サイズに切っていきましょう」
「了解した」
おじさんが慣れた手つきでコッケコーのお肉を一口サイズに切り分けていく。俺はそれを受け取ると、調味料と混ぜ合わせて下味をつけていった。
「これは……揚げ物かい?」
「ええ、シンプルですが、これが一番美味しいんです。次はキャベツを刻んでいきましょうか」
「うん、わかったよ」
おじさんがキャベツを刻んでる間に、俺は下味をつけたコッケコーの肉を小麦粉でコーティングしていく。
「キャベツは終わったよ。油の準備も万端だ」
「ありがとうございます。では、早速揚げていきましょうか」
俺はおじさんが準備してくれた油の中に、コッケコーの肉を投入する。
ジュワァァーっと耳心地の良い音が鳴り響き、油の中でコッケコーの肉がパチパチと音を立てながら踊る。しばらく油の中で泳がせ、こんがりと狐色に揚がったところで、一旦油から取り出し、キッチンペーパーの上に並べていく。
「そろそろご飯も炊ける頃合いですね」
「いやはや、便利なアイテムだね。米と水を入れておくだけで勝手に炊けるだなんて。しかも保温の効果まであるんだろう?」
おじさんが炊飯器の蓋をパカッと開けると、白い湯気と共にお米の良い匂いが厨房の中に広がった。
「おお! ベスケード帝国のお米、中々美味しそうじゃないですか」
「うん、大陸の中央から東では米はあまり人気がないんだけどね。ここより西のエリアではベスケード帝国の米といったら、庶民から貴族まで幅広く食べられている有名ブランドなんだよ」
そういえば大陸の西を旅をしていた時、お米料理をよく見かけた気がする。
俺の主な活動拠点は大陸の東だったから、あまり西のエリアには行ったことがなかったけど、どうやらそっちの料理の方が俺の舌には合ってそうだ。
地球の炊飯器で炊いたベスケード米を一口食べてみると、これなら日本人が食べても満足できそうなレベルの美味さだった。
「それでは最後の仕上げをしていきましょうか」
数分間休ませたコッケコーの肉を再び油に戻して揚げ始める。
カラッと揚がった肉を刻んだキャベツと一緒に皿に盛り付け、ご飯をたっぷり盛ったどんぶりと共にお盆に乗せた。
「うんっ! シンプルだけど凄く美味しそうだね! この香りだけでご飯が食べられそうだ。これは確かに人気メニューになること間違いなしだよ!」
興奮を隠しきれない様子でおじさんが叫ぶ。
俺は自信満々に頷くと、雫とアリエッタが待つテーブルへと料理を運び、彼女達に試食して貰うことにした。
「お? おおおお!? ソフィアちゃん! これってまさか!」
「凄く美味しそうな香りです! ソフィアお姉さま、これは何という料理なんですか?」
「ふふふ、これぞソフィア特製、"コッケコーの唐揚げ定食"です! さあ、お上がりください!」
【挿絵】
https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16818093072864147618
雫とアリエッタが意気揚々と箸を手に取り、唐揚げを一口頬張る。
次の瞬間、彼女達の目がカッと見開いた。
「うわ! さっくさく! これ超美味しいんだけど!? お母さんが作る唐揚げよりも美味しいかも!」
「お、美味しいすぎますっ! こんなの王宮の料理長にも出せませんよ!」
2人は凄い勢いで箸を動かし、ご飯をお代わりしながらあっという間に唐揚げの皿を空にしてしまった。
「んま~~い! 私もう毎日唐揚げ定食でいい!」
「私もです! こんなの何度だって食べれちゃいます!」
おいおい、毎日唐揚げ定食じゃ栄養が偏るからダメに決まってるだろ。
こりゃ他のシンプルメニューも、いくつか考える必要がありそうだなぁ……。
その後、"コッケコーの唐揚げ定食"は、リステル魔法学園の生徒達の間で大ヒットメニューとなり、食堂には連日長蛇の列ができることになるのだった。
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