第115話「最も死にやすいタイプ」
おお、サンクサイウ王家始まって以来の神童って言われてるだけあって、かなりの魔力量じゃないか。
これは土の召喚魔法かな? 土と自分の魔力を媒介に、強力な霊獣を呼び出し使役する魔法だ。
「流石フォクス王子だぜ! 王子の呼び出す霊獣は、めちゃくちゃ強い上に働き者なんだぜ! いつも街の皆の為に色々な仕事を手伝ってくれるから、国民の間でも大人気なんだ!」
んん~? もしかして俺、こいつのことちょっと誤解してるか?
フォクスの取り巻きの1人が興奮気味にフォクスを称賛するのを見て、俺が内心首を捻っていると、フォクスは未だ長々と召喚の詠唱を続けていた。
「汝、我が呼び声に応えるならば、その大いなる力を今ここに示せ! 我に仇なす者に、大地の怒りを! 顕現せよ――」
「――――長いっ!」
――ドゴォッ!
大げさに両手を天に掲げ、無防備な腹部をこちらに晒したフォクスに、俺は一瞬で間合いを詰めると、鳩尾に右ストレートを叩き込んだ。
「おげぇぇぇええっ!?」
フォクスは悲鳴を上げながら空中を錐揉みしながら飛んでいき、観客席とフィールドを遮る防護結界に激突した。
ドサッ! っと地面に落下し、ピクピクと痙攣するフォクス。
「お、おい! 先生ちゃんよー! それはちょっとないんじゃねぇか!? 王子は今召喚魔法の詠唱中だったろ!?」
フォクスの取り巻きが不満そうにそう叫ぶ。他の生徒達も「確かに今のはズルいかも……」とざわついている。
俺はそんな生徒達にビシッと指を突きつけると、全員に聞こえるような大きな声を発した。
「レッスン1! 実戦は魔法の発表会じゃない! 隙を見せたら即座に攻撃をされるし、逆もまた然り! 実戦において、あなた達を殺す気満々の魔族やモンスター、盗賊らが詠唱の長い魔法を黙って待ってくれるはずがないでしょう!」
これは実戦経験のない者が陥りやすい罠で、魔法に限らずすぐに大技を繰り出して勝負を決めようとしてしまい、逆にそこを突かれて敗北するということがよくある。
「大魔法は仲間が前衛にいる状態か、もしくは完全に隙を突いた状態であることが前提です。では、今回のように闘技場のような場所で魔法使いが1対1で戦う場合、一体どうすればよいか、分かる人はいますか?」
俺の問いかけに生徒達はしばらく考え込んでいたが、やがて1人の女生徒が手を挙げた。
赤髪のショートカットの少女、メリッサだ。彼女も俺の授業に参加していたようだ。
「ではメリッサさん。お願いします」
「はい、先生。魔法使いが1対1で戦う場合、出来るだけ発動の早い魔法を連発して、相手に隙を与えないことが重要だと思います。大魔法を使うのではなく、低級魔法の威力と精度、これを磨くことが実際の戦闘で生き残る為の一番の方法だと思います」
うん、流石は学園治安維持部隊のメンバーだ。実際に敵意ある人間と何度も戦闘を経験をしている者の考え方だ。
「大変よろしい。そう、魔法使いはただ大魔法をドカンとぶっ放せばいいってわけじゃないんです。威力が弱い低級の魔法や単純な魔力による身体強化、これら基礎的な技の精度を上げることこそが、実戦において最も重要なのです」
右手を前に突き出し、"ファイアボール"を連続で発射して上空へ打ち上げる。
フィールドの中をヒュンヒュンっと高速で飛び交う火弾。更に俺が右手を握り込むと、それらは一斉に消失した。
その様子を見ていた生徒達は、驚きの声を漏らす。
「……おや? まだやる気ですか?」
「はあ、はあ……。当然よ! まだ勝負は終わってないぜ!」
フィールドの地面に突っ伏していたフォクスが、ふらつきながらも立ち上がって構えを取る。額には大粒の汗を浮かべ、息も絶え絶えといった様子だが、その瞳にはまだ闘志が宿っていた。
「いくぞ! 唸れ――"サンドランス"!!」
フォクスが地面に手を当てて叫ぶと、地中から砂の槍が無数飛び出し、俺に向かって襲い掛かってくる。
う、う~む。こいつ素直だな……。俺のレクチャーした通りの攻撃を早速実践してきやがった……。
「いい判断です。ですが……」
俺は向かってきた砂の槍を最小限の動きで回避し、フォクスの懐に一瞬で潜り込むと、鳩尾に右フックを叩き込んだ。
「うげぁ!?」
再び防護結界に叩きつけられたフォクスは、口から大量の胃液を吐き出し、地面に膝をつく。
「自分の身体の方を疎かにしてはいけませんね。ただ突っ立って魔法を発動するだけではなく、身体強化を怠らず、常に全身に気を配り、敵の攻撃に対して柔軟に対処することが重要です」
生徒達に語り掛けるようにそう言うと、観客席からは大きな拍手が上がる。
「さて……ん?」
「ぜぇ……ぜぇ……。まだ俺様はやれるぜ……」
満身創痍のフォクスがふらふらと立ち上がるのを見て、俺は少し感心する。だが、これはあまり良くない傾向だな……。
「フォクスくん、質問です。実際の戦闘において最も死にやすいタイプとは、一体どんな人でしょう?」
俺がそう問いかけると、フォクスだけでなく、生徒達は頭に疑問符を浮かべながらお互い顔を見合わせる。
「……あ? そんなの一番よえーやつに決まってんだろ?」
「違います。最も死にやすいタイプというのは、自分と相手の実力を正確に見極められない者です」
フォクスの答えに俺は首を横に振って答える。
「下手に実力のある者ほど、自分の力を過信し、根拠もなく自分は負けないと思い込んでしまう。そして、格上の相手に無謀な勝負を挑み、あっさりと命を落とす」
「……俺様がそれだって言いてぇのか?」
「ええ、その通り。生徒の皆さん! 今、私とフォクスくんの体を覆ってる魔力の量にどれくらいの差があるかわかる人はいますか?」
俺が観客席に向かって大きな声でそう呼びかけると、茶髪のロリ巨乳美少女が元気よく手を挙げた。
「はい、アリエッタさん!」
「はい。えっと……ソフィア先生の方が、フォクスさんより49……いえ、50倍ほどの魔力で全身を覆っていると思います」
アリエッタの回答に、観客席からどよめきが起こる。どうやら殆どの生徒が気付いていなかったようだ。
いや、俺もびっくりだわ。ここまで正確に魔力を感じ取れるのか、この王女様は……。
「ではアリエッタさん。もしあなたが私と戦うとしたら、どのような作戦を立てますか?」
俺の質問にアリエッタは特に考えることもせず、はっきりと答えた。
「決して戦いません。私では絶対に勝つことが出来ないからです」
その迷いのない回答に、フォクスは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。
「百点満点の回答です! 敵と自分の力量差を正確に見極め、適切な行動をとることができる人は、実際の戦闘でも生き残る確率がグッと上がります!」
「……くっ」
アリエッタが他の生徒達から賞賛される中、フォクスは悔しげに拳を握り締めて肩を震わせていた。
ふむ、せっかくだしアリエッタにもちょっと意地悪な質問を投げてみるかな……。
「アリエッタさん、あなたは先ほど私とは決して戦わないといいましたが、仮にもし私が指名手配中の殺人犯で、私を放置すれば大勢の人が犠牲になるとしたら、それでもあなたは戦わないのですか?」
俺の意地悪な質問に、アリエッタは表情を全く変えることなく即答した。
「それでも私は戦いません。私は戦闘タイプではありませんし、戦って勝てるような相手でもないのですから、逃げて相手の特徴や実力を他の方々に伝えることだけに専念すると思います」
おお~、この娘見かけによらずかなり冷静で合理的な思考の持ち主だな……。くくく、じゃあもっと意地悪な質問しちゃおうかな!
「では、私が盗賊団の親玉で、私の後ろには人質として大勢の人が捕らわれているとしたら? あなたが逃げれば人質の命はない、そう言われたらどうしますか?」
今度の質問には、流石のアリエッタも少し考えた後、真剣な面持ちで口を開いた。
「……それでも私は逃げます。私は王族です、自分の命は自分だけのものではありません。私が彼らに捕らえられたり殺されたりすることで、多く人に迷惑や損害を与えるのであれば、私は逃げることを選びます」
凄いなこの娘……。王族としての自覚と覚悟をしっかりと持っている。13歳にしては出来過ぎじゃないか?
俺がアリエッタの回答に感心していると、彼女はさらに言葉を続けた。
「ですが、実際にそのような場に出くわし、そしてもし捕らわれているのが私の友人であったのなら、このように冷静な選択を取れる自信はありません。きっと……私は愚かな真似をしてしまうと思います……」
そう言ってアリエッタは、隣にいる雫にちらりと視線を向けた。
あ、俺この娘めっちゃ好きだわ!
神聖魔法のギフトを持ってる人間っていうのは、こういった性格の人間が多いんだよな。聖女の資質ってやつなのかね?
「素晴らしい答えです! ですが、そういった絶体絶命の状況をも切り抜ける力を身に付けるためにも、やはり日々の研鑽が重要になってきます。今この場にいる生徒の皆さんは、そのことを肝に銘じて日々の努力を怠らないように!」
俺がそう締めくくると、生徒達から大きな拍手と歓声が巻き起こる。
雫は俺が先生をちゃんとやってることに、目を丸くして驚いているようだった。
「……ん? 今の話聞いてましたか? もしかしてまだ戦う気なんですか?」
フォクスがファイティングポーズを取ったのを見て、俺は呆れたように溜め息を吐いた。
「ああ、ご高説ありがとよ。話は尤もだが、俺は負けず嫌いでね。このままやられっぱなしは性にあわねぇんだ!」
こいつ……。やっぱり俺が思ってたタイプとちょっと違うな。あまりにも胡散臭い顔と態度だから、もっとどうしようもない小物かと思ってたんだけど……。
「いくぜ! おらぁ!」
しょうがないなぁ……。ここは先生としていっちょ付き合ってやるか。
その後、フォクスはがむしゃらに何度も俺に向かって攻撃を仕掛けてきたが、結局一度も攻撃を当てることはできず、ボロボロになった状態で気絶してしまったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます