第114話「実践魔法の授業」

「――で、あるからして……授業で習ったことをいざ実戦の場で行おうとしても、緊張や不安、経験不足などが原因で上手くいかないことが殆どです。ですから、私の授業では座学の他に実戦を想定した模擬戦や、希望者がいれば実際に冒険者ギルドのクエストに同行して、実戦の経験を積む機会も設けようかと考えています」


 俺は教師になった者が一度は使ってみたい言葉、最上位に位置するであろう「で、あるからして」を、必要以上に使用しながら、実践魔法の授業を進めていく。


 最初は俺の容姿や身体をじろじろと眺めていた生徒達も、授業内容を聞くにつれて、次第に真面目な表情に変わっていった。


 うんうん、流石は魔法学園の生徒だ。世界各地から魔法を学ぶために集まったエリート達だけあって、こういうところは非常に素直だ。


 前世では、将来小学校の先生とかになるのも悪くないかな、なんて考えていた時期もあったので、なんだか感慨深いな。ここの生徒達は、大体中学生から大学生くらいの年齢の者が多いが、皆やる気に満ち溢れた良い目をしている。


「この学園には学園長の光の結界で覆われた大きな訓練場もありますからね。ここを有効活用しない手はないと思います。で、あるからしてですね――」


「おっ! 噂には聞いてたけど本当にかわいいじゃん!」


 俺がもう一度「で、あるからして」を使いこなそうしたところで、突然教室のドアが開いたかと思うと、いかにもチャラそうな風貌の男子生徒が入ってきた。


 金色の短髪に狐のように鋭い目つき。制服のシャツのボタンを外して胸元をはだけさせており、金のネックレスやブレスレットなどの装飾品をたくさん身につけている。


 彼の後ろには取り巻きらしき連中が2人と、執事のような服装をした七三分けの真面目そうな男子生徒が1人付き従っていた。


「おい、俺様が座るからそこをどけよ」


「え? ここは僕が一番最初に来て取った席なんですけど……」


 最前列に座っていた、気の弱そうな男子生徒が恐る恐る反論するが、金髪のチャラ男は全く意に介さない。


 結局その生徒は金髪男の恫喝に屈し、逃げるように席を譲ってしまった。


「ちょっとそういうのは困りますよー。私の授業を受けるなら、ちゃんと真面目に最初から入室してくれないと」


「そうですよ殿下。あまり他の生徒を困らせないでください」


 俺の発言に追随するように、七三分けの男子が金髪のチャラ男に苦言を呈するが、彼は耳をかそうともしない。


「先生もデビアスもかてーこと言うなって。俺達友達なので席を譲ってもらっただけでーす! なあ?」


「……は、はぃ」


 気弱そうな男子生徒の肩に手を回しながら、金髪のチャラ男はへらへらと笑う。それを見た周辺の生徒達も、そそくさと席を立って壁際の立ち見スペースに避難してしまった。


 その隙にチャラ男と取り巻きに最前列の席に座られてしまう。そして、デビアスと呼ばれた七三分けの男子も「やれやれ」といった様子で肩をすくめると、その隣へと腰かけた。


 真面目そうな顔しといてお前も結局座るのかよ……。


 不測の事態が生じてしまったが、ここで授業を中断するわけにはいかないので、俺はそのまま続けることにする。


「んん、それでですね。より実戦的な訓練を行うためにも――」


「はいはーい! 先生! 俺教えて欲しい実戦技があるんですけどー!」


 俺が気を取り直して授業を進めようとした瞬間、金髪のチャラ男が挙手しながら大きな声でそう叫んだ。


「ええと……君は」


「俺様はサンクサイウ王国の第2王子、フォクス・サンクサイウ様だぜ! サンクサイウ王国の名前くらいは聞いたことあんだろ?」


 そういや七三分けに殿下とか呼ばれてた気がするが、こいつ王子様だったのか……。


 サンクサイウ王国といえば、このリステル魔法王国の南西に位置する国で、領土面積こそそれほど大きくないものの、希少鉱石が採れる鉱山がいくつもあり、それで近年成り上がった新興国だ。


 しかし、殺し屋の里と繋がりがあるとか、魔王軍との戦いに非協力的だとか、黒い噂も絶えない胡散臭い国でもある。


「それで、フォクスくん。一体どんな実戦技を教えてほしいんですか?」


「様をつけろよ。お前教師っていっても平民で、しかも俺様より年下だろう?」


「…………」


 ピキピキ……と、普通の教師なら怒りで青筋が浮かびそうな状況だったが、俺はこの程度では動じない。今まで散々理不尽な目に遭わされてきたから、こいつみたいなただ調子こいてるだけのボンボンなんて、もうとっくに耐性がついている。


 それに、こういった輩はこの魔法学園では長く続かないのだ。その理由はすぐにわかるだろう。


「ええと、君はまだこの学園に来て日が浅いんですか?」


「あ? そうだぜ。先週、親父に連れられてここに来たばっかりだ」


 なるほど……やっぱりそうか。でないとこんなアホみたいな行動はしないだろうしな。


「あのですね。君はこの学園に来てまだ間もないのでご存じないのかもしれませんが、この学園では身分の違いによる上下関係というものは――」


「あーはいはい、そういうのいいから。で、実戦技を教えてくれんのか? くれねーのか?」


 俺が懇切丁寧に学園のルールを教えようとすると、フォクスは途中で遮って再度聞き返してきた。


「実戦技でしたら、私の授業をちゃんと聞いてくれるならいくらでもお教えしますよ」


「いえーい! 言質取ったりー! じゃあ早速寝技を教えてくださいよ。そのエロい体で、手取り足取り腰取りよー。もちろんベッドでやる寝技だぜ?」


 そう言って取り巻きと一緒にげらげらと笑い転げるフォクス。


 うーむ、流石に初日からここまで生徒に舐められては、今後の授業に支障をきたしかねないな……。


 ここは教師の威厳をしっかりと見せつけなければなるまい。こういった輩にはお灸を据えて、これ以上同じような生徒を出さないようにしなくては。


「はいっ! それではせっかくですので、今日は実戦技の勉強ということで、訓練場で少し実戦を体験してみましょう!」


 俺はパンパンと手を叩いて授業を一旦中断すると、生徒達にそう呼びかけながら立ち上がった。


「へへへ、おもしれぇじゃん。なあ、俺と手合わせしてくれよ先生」


「王子はサンクサイウ王家始まって以来の神童と噂されている逸材だぜ? 逃げたりしねぇよなぁ……先生ちゃんよぉ」


「実践魔法の先生が生徒に負けるなんてことがあったら、もう教師としての価値なんてないよなぁ。別のことで学生達に貢献してもらわねぇと。例えばその体を使っての授業とかな。いひひひっ!」


 フォクスは馴れ馴れしく俺の肩に触れ、取り巻き2人も下品な笑みを浮かべて俺を挑発してくる。七三分けはいつものことなのか、ただ溜め息を漏らすだけで、特に止めようとはしてこない。


 はぁ……。めんどくせー。


 てか、サンクサイウ王家始まって以来の神童って、サンクサイウ王国はまだ建国して20年くらいだろ……。その間の王族の数って、両手の指で数えられるくらいじゃねーの?


 俺は呆れながらもフォクスの手を肩から退かすと、生徒達を引き連れて訓練場へと向かった。




「はい、ここが学園の訓練場です。利用したことのある人もたくさんいると思いますけど、今日はここで実戦的な訓練を行います」


 やってきました、訓練場。


 訓練場は屋外と屋内の2種類があり、屋外は学校のグラウンドくらいの広さで、生徒達が魔法や武器の訓練に使えるように整備されている。


 土魔法によって作られた、壊れても何度でも再生する的やゴーレムなどが設置されており、他にも剣や槍、盾といった訓練用の装備品も借りることができる。


 また、地面が砂地になっているエリアや、氷雪地帯や灼熱地帯など、様々な環境を魔道具で再現した場所もある。


 訓練場の隅っこには、生徒達が怪我を負った際の治療を行うための保健室が設置されている他、食堂やこの世界でも珍しいシャワールームなどの設備もあり、その充実度合いは異世界の訓練施設でも群を抜いている。


「本日は屋内の訓練場を使いますので、ついてきてください」


 俺は生徒達を屋内の訓練場まで誘導する。


 屋内訓練場は学校の体育館より少し大きいくらいの広さで、天井は非常に高く、壁には特殊な魔法がかけてあり、自然光に近い柔らかな光で訓練場内を明るく照らしている。


 部屋の真ん中には円形のフィールドがあり、床は整備された土の地面になっている。その周囲を取り囲むように観客席が配置されていて、一言でいえば闘技場のような施設だ。


 フィールドは学園長や他の教員達が共同で作り出した強力な結界によって覆われているため、大規模な魔法を使用しても観客席まで被害が及ぶ心配はない。


 なので、屋内訓練場では魔法や武器の訓練だけでなく、魔術大会や決闘などといった実戦形式の行事も定期的に行われている。


「さて、私の故郷では"百聞は一見に如かず"という諺があります。百回聞くより一回見た方が理解できるという意味ですね。というわけで、今からさっそく私の戦闘をご覧に入れましょう。誰か相手をしてくれる人はいませんか? 何人同時でもいいですよ」


 俺は闘技場の真ん中で、生徒達に向かってそう呼びかける。


 すると、最前列にいたフォクスが待ってましたと言わんばかりに手を挙げた。


「俺様が相手になってやるぜ!」


「フォクスくん1人ですか?」


「様をつけろっての! 俺様1人で十分だ。文句あんのか?」


 フォクスは他の生徒達を観客席へ追い払うような仕草をすると、1人で闘技場の真ん中まで進み出てきた。


 すると、生徒達は興味津々といった様子で、闘技場の周囲をぐるりと囲むように設置された観客席へと向かい、我先にと最前列の席を陣取った。


 フィールドには俺とフォクスの2人だけが残される。


「さあ、さっさとやろうぜ! ……と言いたいところだが、ただ戦うだけじゃ面白くねぇ。何か賭けようぜ。勝った方が負けた方に1つ命令できるってのはどうだ?」


「別に構いませんが、負けた方がそれを守るという保証は?」


「こんな大勢が見てる中で賭けの内容を宣言するんだぜ? 負けたのに約束を反故にするような奴は、相当だせぇクソ野郎って汚名が残るぜ。それだけで十分だろ?」


 まあそれもそうか。こいつプライドが高そうだし、確かにそれで十分かもしれない。


「いいでしょう。私が勝ったら、あなたは今後この学園内で王子の身分を盾に好き勝手な行動をするのを禁じます。授業にも真面目に参加するように。いいですね」


「はは! いいぜ。それじゃあ俺様が勝ったら、あんたには一晩俺様の相手をしてもらう。もちろん、あっちの意味の相手だぜ?」


「わかりました。それで結構です」


 俺がそう返答すると、生徒達から歓声が上がる。


 中には「俺が戦えばよかった……」などと後悔する声や、俺を心配する声も聞こえているが、大半はフォクスに対するブーイングの嵐だった。


 まあ、レアなギフトを持っているのなら、別に一晩くらい付き合ってあげてもいいんだが――


「いくぜ! 俺様の土魔法の恐ろしさをその身に刻んでやる!」


 あ、いらねーや。土魔法なんてとっくの昔にコピー済みだし。


 ……いや、でもこいつが土魔法とは意外だな。スキルや女神のギフトっていうのは、本人の性格や性質に適したものになることが多い。


 そして土魔法のギフトを持つ者は、地に足がついた堅実で真面目な性格をしているタイプが多いのだが……。


「さあ、とくと味わえ! 我が土魔法の真髄を! 大地の怒りをその身に浴びて、己の無力さを痛感するがいい! 祖は大地を駆ける偉大なる聖獣、数多の同胞をその身で守りし誇り高き王……」


 俺があれこれ考えている間に、フォクスは地面に両手を当てて詠唱を始めていた。

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