第111話「桜花一陣」★

「よし、これで準備OKだな!」


 俺は"キャッツアイヴィジョン"で、リビングに大きな光のモニターのようなものを投影して、雫達がスカイドラゴンと戦っている様子を観戦する準備を終えた。


 リビングには、母ちゃん、空、ついでに未玖の3人が集まっており、椅子に座って配信が始まるのを今か今かと待ち構えている。


「ちょっとソフィア先輩! なんで私が観戦組なんですか!? 私も雫姉ぇと琴音先輩と一緒にスカイドラゴン倒したかったですよー!」


「……いやだってお前弱いじゃん。50階とか行ったら死にかねないし」


 スカイドラゴンは空に浮いてる上に鱗も固いので、近接デバフタイプのこいつとの相性は最悪だ。それにモンスター召喚もあるから、万が一の事態が起きたら危ない。


 未玖はむぅと不満そうに頰を膨らませたが、自分の実力を把握しているのだろう。それ以上駄々をこねることはなかった。


「あ、姉ちゃん達が映ったよ!」


 空がモニターを指さして叫ぶ。


 そこには緊張した面持ちで螺旋階段を上って行く雫と、落ち着いた雰囲気でその隣を歩く琴音の姿があった。


 琴音は「見えてますかー?」と、こちらに向かって手を振っている。


「おお、見えてるぞー」


 といいながら、俺は手を振り返す。まあ、こちらの映像はあっちからは見えないんだけどな。


 ちなみに、雫とニオの後に琴音も当然俺が転移で送り届けたのだが……。


 その際「謎の白い光? いえ、別にかけて貰わなくても大丈夫ですよ?」と言って、笑顔のまま服を脱ぎ始めたので、逆にこっちが恥ずかしくなってしまい、思わずお互いの全身を光まみれにしてしまった。


 俺はああいった場面で攻勢に出られると逆に弱いんだ……。


『ご主人、聞こえるかニャ~? 今からボスと戦うから、カッコいい吾輩達の姿を見て欲しいのニャー』


『緊張するよー……。本当に大丈夫かな?』


『ニオちゃんもいるし、大丈夫ですよ。ソフィアさんに行動パターンも聞いてますし、ちゃんと覚悟を持って戦えば、きっと勝てます』


 ニオが楽しそうに、雫が不安そうに、琴音がそんな雫を励ますように、2人と1匹は会話している。


「おや? 声まで聞こえるのかい? 雰囲気があるねぇ」


「ああ、"キャッツアイヴィジョン"は映像だけじゃなくて音声も届けることもできるんだ。ただ、こちらの声は俺からニオのみにしか届かないから、そこだけ注意だな」


 母ちゃんの疑問に俺が答えていると、どうやら戦闘が始まろうとしてるようだった。


 50階に足を踏み入れた2人の前には、何もない雄大な空間が広がっており、ダンジョンの中だというのに空が見えて太陽の光が差し込んできている。


 そして、上空に広がる青空の彼方から、巨大な黒い影が雫達に向かって飛来してきた。鋭い爪と牙を持ち、長い尻尾をうねらせながら大空を舞うその姿は、まさに空の支配者と呼ぶに相応しい。


 その黒い影――スカイドラゴンは、空気を切り裂きながら降下してくると、大きく口を開けて雫達に向かって火球を放った。


『にゃにゃ! 光よ、我らを守る障壁とにゃれ――"ライトバリア"だニャ!!』


 ニオが魔法を唱えると、火球が着弾する瞬間に雫と琴音の眼前に輝く光の壁が現れた。火球は光の壁に当たって爆散するが、ニオの魔法はその衝撃を完全に防ぎ切り、2人は無傷のままだ。


「おお、にゃんこ凄いじゃん! 頑張れー!」


「だけどあのドラゴン、思った以上に強そうじゃないか……。雫達は本当に大丈夫なのかい!?」


 未玖が楽しそうに応援の声を上げる中、母ちゃんはいつも通り強気な口調だが、やはり心配なのかその表情は少し強ばっている。


「大丈夫だって母ちゃん。雫達を応援してやってくれよ」


 俺は母ちゃんに笑いかけると、戦況を見守る。


 今度は鋭い爪で引っ掻くように攻撃を繰り出してくるスカイドラゴンだが、琴音が前衛として上手く敵の攻撃を防ぎながら、その隙に雫が水弾を撃ちこむという連携で攻め立てる。


 そして、スカイドラゴンが怯んだところで雫と琴音が距離を取り、今度は詠唱を終えたニオが魔法を放った。


『にゃにゃにゃ! 拘束せよ――"シャドウバインド"だニャーーっ!!』


 地面から伸びた影がスカイドラゴンの巨体を縛り上げ、その自由を奪う。


 しかし、スカイドラゴンは拘束から逃れようと必死にもがいている。そこに雫と琴音が追い打ちをかけるように攻撃を仕掛けた。琴音の神聖樹の木刀が、雫の水神の涙から放たれた水刃が、スカイドラゴンの体を斬り裂いていく。


「やった! 姉ちゃん達、このまま押し切れーっ!」


「いや、ここからだ……。ほら、第二形態に変身するぞ!」


 スカイドラゴンは苦しそうな雄叫びを上げると、全身を発光させ始めた。


 そして、次の瞬間にはスカイドラゴンの体は遥か上空に浮かび上がり、光を放ちながら徐々にその形を変化していく。全身は金色に光り輝き、尻尾も長く伸び、周囲には赤と黄の球体が衛星のようにフワフワと漂い始めた。


『ソフィアさんの言っていた第二形態ですね。雫、モンスター召喚が来ますよ! 準備をお願いします!』


『わかってる! 今のうちに水弾をいっぱい浮かべておくんでしょ!』


 いくら強力なモンスターでも、行動パターンがわかっていればその難易度は格段に下がる。雫はモンスターが召喚される前に大量の水弾を周囲に浮かべる作戦の実行に入った。


『グオォオオオオッーー!!』


 スカイドラゴンの咆哮と共に、赤色の球体がクルクルと回転しながら輝きだす。


 すると、何もない大部屋が一瞬にしてモンスターの群れで埋め尽くされた。ゴブリン、オーク、オーガなどなど……。低層のボスモンスターすらが群れを成している光景は圧巻だ。


「ひぇぇぇーー! 行かなくてよかった……。あんなの絶対死ぬよー!」


 未玖が椅子に座ったまま、体を抱きしめてガタガタ震えている。


「高雄! 大丈夫なのかいっ! 雫達に何かあったらあんた承知しないよ!」


「だ、だ、大丈夫だって! 胸倉掴むのやめてっ! 見えちゃうからっ!」


 母ちゃんに胸倉を掴まれ、ブラチラだけに留まらず大事な部分まで見えそうになった俺は、慌てて母ちゃんの手を振り払った。空がチラリとこっちを見た後、急いで視線をモニターに戻す。


 その時、雫の作った水弾が水刃に姿を変え、襲い来るモンスターの群れへ放たれた。水刃は周囲のモンスター達を斬り裂き、後方のモンスターをも巻き込んで行く。


『ニオちゃん!』


『はいニャーー!』


 周囲が空けたことを確認した琴音が、ニオを神聖樹の木刀の上に乗せる。そして、そのまま勢いよく上空へと打ち上げた。


 ニオは空中でクルリと一回転すると、肉球のついた両手を大きく広げ、地上のモンスター達を見下ろしながら上空に巨大な光の球体を作り出す。


『光よ! 悪を貫く矢となりて、降り注げ――"シャイニングレイン"にゃーっ!!』


 ニオの叫びと共に、光の球体は拡散し、無数の矢となって地上に向かって降り注いだ。光の矢に貫かれたモンスター達は次々とその命を散らし、大部屋の床を赤く染めていく。


 そして、その攻撃を何とか逃れたモンスター達も、雫が的確に水刃を飛ばして始末していった。


「な? 大丈夫だって言ったろ?」


「む、むぅ……。雫、立派に戦っているじゃないか。疑って悪かったね……」


 母ちゃんはようやく落ち着きを取り戻したようで、振り上げていた手を下ろして、椅子に座りなおした。


『琴音! 準備しておいて!』


『はい! 魔装展開――――"桜花守護紬"!』


 琴音が魔装を展開して、魔力を溜め始める。そろそろ決着の時だろう。


 周囲一帯からモンスターの影が消えたことを確認した雫と琴音は、上空に浮かんだまま次の攻撃に備えて力を溜めているスカイドラゴンを見上げた。


『ニオ! 落として!』


『了解にゃー! その身を地面に這いつくばらせてろニャーー! ――"グラビティプレス"だニャン!!」


 ニオが重力魔法を唱えると、スカイドラゴンの巨体がグンッと重くなって地面に向かって落下していく。スカイドラゴンは何とか抵抗しようともがくが、重力に抗うことはできず、その巨体が地面に叩きつけられた。


『やぁぁぁぁーー!』


 その隙に雫が水神の涙から直接伸びた刃で、スカイドラゴンの体を斬り裂いていく。スカイドラゴンはニオの魔法に抵抗することで精一杯で、雫に反撃することができない。


「姉ちゃん強い! ねえ、兄ちゃん見て見てっ!」


 姉のカッコいいシーンを見て、空が大はしゃぎで俺に抱き着く。俺はそんな空の頭を優しく撫でてやった。


「あっ! 琴音先輩が必殺技の構えに入りましたよ!」


 未玖も興奮気味に叫んで琴音の魔装開放を今か今かと待ちわびている。


『舞えよ桜吹雪、散りゆくは儚き桜の命。咲き誇れ、我が魂の桜花! その美しさを以て、全てを散らせ!!』


 琴音の魔装が霧散すると、そこから一気に桜色の魔力が溢れ出し、その全てが神聖樹の木刀へと吸い込まれていく。


 膨大な魔力を帯びた神聖樹の木刀は、桜の花びらを舞い散らせながら輝きを増していき、そして、その輝きが頂点に達した時、琴音は木刀を大きく振りかぶった。


『雫、ニオちゃん! 退いてください!』


『はいニャー!』


『よーし! 決めちゃえ、琴音!』


 雫とニオがスカイドラゴンから大きく距離を取る。そして、それと同時に琴音が一気に木刀を振り抜いた。



『奥義――――"桜花一陣"!』



 【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16818023213709414815



 放たれるは桜色の一閃――。


 琴音の魔装の力に加えて、神聖樹の木刀に蓄えられた大量の魔力。その全てを凝縮させた一撃は、桜色の魔力の奔流となってスカイドラゴンへと迫り、その巨体を飲み込んだ。


 部屋の中に巨大な桜の嵐が吹き荒れる。全身を桜の花びらで切り刻まれたスカイドラゴンは、断末魔の叫びを上げながら、その体を光の粒子へと変えていった。


 ひらひらと舞う桜の花びらが、大部屋を埋め尽くすように降り注ぐ光景はとても幻想的だ。


「凄い! 姉ちゃんと琴音さん、本当にスカイドラゴンを倒しちゃったよ!」


「やっぱ琴音先輩の技、カッコいいですね! 私も必殺技使いたいなー」


「凄いじゃないか雫! よく頑張ったね!」


 母ちゃんは雫の勝利に大はしゃぎで、空と未玖も目を輝かせながらモニターに映る雫と琴音の姿を食い入るように見つめている。


 俺も2人が無事で良かったと、ほっと胸を撫で下ろした。大丈夫だとは確信していたが、やはり心配なものは心配なのだ。


「ニオもちゃんと褒めてやれよ。まあ、あいつ視点だからモニターに映ってないから仕方ないのかもだけどさ」


 雫と琴音もよく頑張ったが、やはり特筆すべきはニオの魔法だろう。


 あいつの"シャイニングレイン"や"グラビティプレス"は、本当に俺と同等レベルの威力があった。これなら俺が不在の時も、安心して山田家を任せられる。


 モニターでは雫と琴音が笑顔でハイタッチを交わしている。俺はそんな2人を微笑ましく見ながら、画面に向かって小さく拍手を送るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る