第107話「山田さん家のガーディアン」★

「お兄ちゃん、随分と疲れた顔してるけど大丈夫?」


「疲れた顔もなにも、本当に疲れてるんだよ……」


 山田家のリビングでソファーにぐったりと横になりながら、心配そうに声をかけてきた妹に対して返事をする。


 原因は分かっている……。昨日、一日中続いたリリィとの追いかけっこのせいだ。


 あの後、不覚にもリリィに見つかってしまった俺は、魔女の箒で空を飛んで逃げたのだが、それでもあいつは意味不明なくらい高いジャンプ力や、無尽蔵のスタミナで追いかけてきた。


 あまりのデタラメさ加減に、もしや、こいつが魔王なんじゃないかと疑ったくらいだ。


 結局あいつを振り切るのは難しく、万事休すかと諦めかけたところで、偶然にも上空に皇龍ウルリカナリヴァが通りかかり、リリィをくわえて何処かに飛んでいったことで事なきを得た。


「……俺、本当は大したことないのでは?」


 特級冒険者になり、最近は自分も人類最強クラスの存在になったのだと自信を持ち始めていたのだが、あいつを見ていると、それがただの自惚れだったんじゃないかと思えてくる。


 アックスの気持ちが、ようやく少しだけわかったかもしれない……。


「それよりさー、本当に私が魔法学園に通ってもいいの!?」


 俺の対面の椅子に座っている雫が、テーブルに身を乗り出しながら尋ねてくる。俺は彼女の言葉に頷きながら答えた。


「ああ、何とか母ちゃんを説得できたからな。俺が一緒ならってことで、特別に許可をもらえたよ。10日間限定の短期留学だけどな」


 最初は渋っていた母ちゃんも、雫が魔法学園に通うことで自衛の力が身につくことを力説したら、俺が責任を持って面倒をみることを条件に、何とか許可を貰うことに成功したのだ。


 ただ、「もし雫に何かあったら、あんたには腹を切ってもらうよ! もう一回異世界に転生してから帰ってきな!」と鬼のような形相で言われ、肝が冷える思いをしたが……。


「え~、たった10日間だけなのー? せっかくハ〇ー・ポ〇ターみたいな魔法学校に通えると思って、楽しみにしてたのにー!」


「こっちの時間で10日間な。向こうだと6倍だから2ヶ月だよ。今度の連休から行けば、1週間しか学校は休まなくていいし、ちょうどいいだろ」


「ああ、そうか! ……あ、私凄いこと思いついたんだけど!」


 雫は名案を閃いたと言わんばかりに、手をポンッと叩いて嬉しそうに微笑む。


「週末にさ、毎回そっちの異世界に行ってのんびりしたら、2日の休みでも12日も休めるじゃん! ね、どう? 凄くない?」


 いい考えでしょ! とでも言いたげな表情で俺を見る雫。そんな妹に俺は呆れながら答えを返した。


「お前なぁ……そんなこと頻繁にやってたら、あっという間に老けるぞ?」


「…………え゛?」


 俺の言葉に雫は笑顔のまま固まった。


「例えば、1年間向こうで過ごして帰ってきたとしたら、こっちでは2ヶ月しか経ってないわけだからな。おまえだけほぼ一学年上の肉体になっちまうぞ?」


「…………あ」


「俺みたいに不老だったら、行ったり来たりしても特に問題ないけどな。おまえは普通の人間だろ?」


「ぬぐあーっ! そうだった! ちくしょう、羨ましいぞお兄ちゃん! 私にも永遠の命をよこせーーっ!」


 ソファーにダイブしてきて俺の首筋をがぶっと噛んでくる雫。俺はそんな妹の頭をガシッと掴んで、アイアンクローを極める。


 きゃいきゃいとじゃれ合う俺達を見た母ちゃんが、夕食をテーブルに並べながら一喝してきた。


「あんたら! そんなに暇ならちょっとは手伝いな! 女たるもの、料理の一つも作れなくてどうするのさ!」


「女たるものって、そんな時代錯誤な……」


「じゃあ男たるもの、女に料理の一つでも作ってもらわなきゃね! どの道あんたはやるんだよ!」


「……はい」


 男だか女だかよくわからない俺としては、母ちゃんのお言葉に従い大人しく皿を並べるのだった。




「ふー、食った食った~」


 母ちゃんの作ったビーフシチューをたらふく食った俺は、お腹をぽんぽんと叩きながらソファーにもたれ掛かる。


「高雄! はしたない真似するんじゃないよ! もっと女性らしい振る舞いをしなさい!」


「家の中なんだから、別にいいだろ~?」


 下着でうろついてるわけじゃないんだし、別にいいじゃん。


 まあ、ちょっと下乳とパンツが見えてるかも知んないけど……。男は父ちゃんと空くらいしかいないんだし、気にしな~い。


「う、う~ん。僕も最初はちょっと戸惑ったけど、やっぱり高雄くんだなぁって感じがして、最近はあまり気にならなくなってきたよ」


「だろ~? 流石、父ちゃんよくわかってるぅ~!」


 俺はソファーからぴょんと飛び上がって、父ちゃんに抱きつこうとしたが、母ちゃんが怖い顔で俺を睨んでいることに気づき、空中で急停止して大人しくソファーに腰かけた。


 そして、身だしなみをササッと整える。


「お兄ちゃん最強のはずなのに、お母さんの前では弱いよね……」


 三つ子の魂百まで、とはよく言ったものだ。子供はいくつになっても、たとえ転生しようが母親には勝てないものなのである……。


 やれやれと肩をすくめて、食後のコーヒーに口をつける。俺は子供舌なので、もちろん砂糖とミルクをたっぷり入れた甘々のコーヒーだ。


「ねえ、兄ちゃんと姉ちゃん、本当に10日間も異世界に行っちゃうの?」


 俺がコーヒーを片手にまったりしていると、空が寂しそうな表情で尋ねてきた。


 つい先日、あんなことがあったばかりだし、自分だけが家で留守番することになるのは心細いんだろう。


「まあ、10日間なんてすぐ……。あ、そうだ。重要なことを忘れてたわ」


 何のためにマキナに会いに行ってたんだよ。山田家にガーディアンを配備する為だろうが。


 俺は次元収納からシュプリーム・ゴーレムコア取り出して、テーブルに置いた。


「これはなんだい? 高雄くん」


「最近何かと物騒だろ? だから家にガーディアンを配備しようと思ってさ。これは知性ある強力なゴーレムを作ることのできるアイテムなんだ。これで作ったゴーレムにこの家を守ってもらえば、俺達も安心して異世界に行けるって算段よ」


 俺の話を聞いた空と父ちゃんが、興味津々といった表情でコアを眺めていると、雫が横から口を挟んできた。


「それって、写真で見たあのドラスケみたいなやつ!? うちでもドラゴンを飼えちゃうの!?」


「あのなぁ……。日本、それも都内の一軒家でドラゴンなんて飼えるわけねーだろ。目立つだけで小回りもきかないし、メリットもねーじゃねえか」


 雫がアホなことを言うので、俺は呆れながらツッコミを入れた。すると、今度は空がワクワクした様子で俺に尋ねてくる。


「じゃあ、あの……人型とか? カッコいい騎士みたいなゴーレムとか作れるの?」


「うむ、なかなかいい意見だな、空よ。人型は自由度が高いから、ガーディアンとしては最適だ。まあ、作る難易度は高いがな……」


「へぇ……じゃあイケメンにしたらどうだい? マイケル国王みたいなハンサムガイのナイトが家を守護してくれるとか、凄く頼もしいじゃないか」

 

 母ちゃんの問いに、俺は腕を組んで考え込む。


 確かにマキナの作ったトマリのように、知性ある人型のゴーレムが作れれば、ガーディアンとしては申し分ない。しかし、俺はあいつほどゴーレムマスターとして優秀じゃないし、人型のゴーレムは一度も作ったことがないからなぁ……。


 それに、俺が戸籍で色々苦労したように、文明の発達したこの世界で、素性の知れない人間が不用意に増えるのはあまり良くない気がする。


「いや、今回はポメタロウのように小動物型のゴーレムにしようと思う。その方がペットとして自然だし、家にいる理由にも事欠かないしな」


 俺の提案に、家族一同は納得してくれたようだった。


 そして、早速ガーディアン作りに取り掛かるため、皆を引き連れて庭へと移動する。


「ドレスチェンジ! "天衣五宝てんいごほう"其の四――――"聖天大魔導せいてんだいまどう"!」


 俺は庭のど真ん中でチョーカーに魔力を注ぎ込み、聖天大魔導をその身に纏った。


「「「おおーーっ!」」」


 いかにも魔女って感じの衣装に、一瞬で様変わりした俺を見て、家族から感嘆の声が上がる。


 この魔力操作に長け、魔力の最大値も上昇する"聖天大魔導"を着た状態なら、きっと最高傑作のゴーレムを作れるはずだ。


「よし! 始めるぞ!」


 黄金の球体に全力で魔力を注ぎ込む。すると、コアは眩い光を放ちながら、心臓のように脈を打ち始めた。


 そのままコアを庭の土に優しく埋め込むと、今度は地面に魔力を流しながら作り出すゴーレムをイメージする。


 さて、どうするか……。強く、そして、山田家の新しい家族としてみんなに愛される、そんな存在……。


 さあ、想像の翼を広げて、最強のゴーレムを創造してみせようじゃないか!


「決めた! 我が魔力を糧に、生まれ出でよ――"ゴーレムクリエイト"!!」


 大量の魔力を地面に流し込みながら呪文を叫ぶと、ゴーレムコアを埋めた場所を中心に、庭一杯に光の粒子が舞い踊った。


 広がった光の粒子は、やがて一か所へと集まっていき、そこの地面から小さな黒い塊が少しずつ盛り上がってくる。


 そして、眩い光とともに地面から姿を現したのは――



「にゃにゃにゃにゃーん! 呼ばれた気がするにゃん!」


 【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16818023213252528813


 俺と同じような黒いマントにとんがり帽子。ピンと立った耳に、首筋にはピンクのリボン。青色のまんまるお目目に肉球つきの手足。


 モフモフの黒い毛並みに、二股に分かれた尻尾をフリフリと揺らしながら、二足歩行で立っている猫のような生き物だった――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る