第106話「シュプリーム・ゴーレムコア」★

「それで、今日は何しに来たんだ? また、レアなモンスターの死骸でも持ってきたのか?」


 彼女は気だるげな口調でそう言うと、テーブルの上にあったティーカップを手に取って、優雅に紅茶を口に含んだ。


 相変わらず眠そうな半眼だが、口元には少しだけ笑みが浮かんでいる。


 こいつは珍しいアイテムが大好きだからな。きっと、俺が持ってきたであろう激レア素材をアイテム化することを楽しみにしているのだろう。


 まあ、残念ながら今日は別の用件なんだが……。


「いえ、今日はゴーレムコアをいくつか売ってもらえないかとお願いしに来たんですよ」


 俺がそう答えると、マキナは途端につまらなそうな表情を浮かべた。そして、ゴロンとソファーに横になると、心底面倒臭そうに溜め息を吐く。


「アイテムは売らないって言っただろう? あたしはコレクションするのは大好きだが、自分のアイテムを誰かに売るのは大嫌いなんだ」


「お金ならちゃんと払いますよ。白金貨10枚……いや、言い値で構いませんよ?」


「あのなぁ……あたしがお金に困ってると思うか? 特級冒険者だぞ?」


 ですよねー……。俺やこいつのような特級冒険者は、白金貨100枚くらいポンっと出せるような超富豪だ。俺も日本円に換算して100億を軽く超えるお金を持っているので、正直言ってお金には全く困っていない。むしろ使い切れないくらいだ。


 だが、そう言われることは想定していたので、今日は秘策を用意してきた。


「では、物々交換でどうですか? 私が持っているアイテムと、マキナのゴーレムコアを交換するんです。それなら別に構わないでしょう?」


「ほう……。面白い提案をするじゃないか。どれ、見せてみろよ」


 マキナはソファーから起き上がって座り直すと、興味深そうな表情を浮かべて俺を見る。


 俺はニヤリと笑うと、次元収納を開いて、中から地球産の様々なアイテムを取り出して、テーブルの上に並べていった。


「お? おおおお? 見たことない物ばかりだな。これはなんだ?」


 マキナはテーブルの上に置かれた、スマホやノートパソコン、ゲーム機や漫画本などを物珍しそうに手に取ったり、裏返したりしている。


 くくく……。ヨハンにエロ漫画を見せたときと同じ反応だな。地球ではその辺で売ってるなんてことはない普通の代物だが、こっちの世界では手に入らない珍しいアイテムだからな。


「これはこうやって使うんですよ」


 部屋に小型の魔力発電機を設置して、モニターとゲーム機を接続させる。そして、電源を入れて起動すると、モニターにゲームのオープニングムービーが映し出された。


「ぬおおおおーーーーっ! な、なんだこれは!? 箱の中で奇妙な生物が動いているぞ! ソフィア、これは一体何なんだ!?」


 やったぜ! 異世界人が初めてテレビを見た時の反応、いただきました!


 俺は心の中でガッツポーズをすると、ドヤ顔でマキナに説明する。


「ふふふ、これはテレビゲームという娯楽ですよ。こうやって操作して遊ぶんです」


 コントローラーを操作して、モニターに映るキャラクターを動かしてみせた。赤い帽子の配管工が、キノコの化け物を踏みつけたり、コインを集めたり、敵に亀の甲羅をぶつけたりと様々なアクションをしている。


 最初はぽかんとした表情を浮かべていたマキナだったが、徐々にテレビゲームに興味を惹かれてきたようだ。


「お、おい……。あたしにもちょっとやらせてくれ」


「ゴーレムコア」


「……ちっ、分かったよ」


 マキナは舌打ちをして、近くに置いてあったバッグからゴーレムコアを1つ取り出すと俺に手渡した。俺はそれを受け取ると、コントローラーを彼女に渡す。


「よし……これをこうして……こうだな。これでいいのか?」


「ああ、違いますよ。コントローラーが逆です。こうやって持つんですよ」


 俺がコントローラーを正しい持ち方にして見せると、マキナはそれを真似して、同じようにコントローラーを持ち直した。そして、慣れない様子で操作を始める。


 最初は不慣れでぎこちない動きだったが、徐々にコツを掴んだのか、マキナは夢中でゲームをプレイし始めた。


「だから、そこはジャンプしてですね……」


「黙ってろよ! わかってるっての!」


 後ろからアドバイスしたら怒られてしまった。……まあ、楽しそうだし別にいいか。


 俺はゲームに熱中するマキナを見ながら、ソファーの背もたれに寄りかかって、のんびりと紅茶を楽しんだ。


 ……


 …………


 ………………


「ぎゃーーーー! ゴール寸前で赤甲羅をぶつけるのは卑怯だろうがぁぁ!!」


「あなただって、さっきバナナを投げて邪魔したじゃないですか」


 ゲームに慣れ始めたマキナが、対戦プレイをしたいと言い出したので、配管工達がカートに乗ってレースをするゲームを始めたのだが、俺とマキナの勝負は白熱していた。


 お互い負けず嫌いな性格なので、勝負事で熱くなるともう手がつけられないのだ。


 傍から見れば10代前半の少女達が、キャッキャウフフとゲームに興じている光景にしか見えないが、実際はお互いに精神年齢は40歳を超えてるんだよな……。


 ……うん、そう考えるとなんか悲しくなってきたぞ。


 そんなこんなをしているうちに、いつの間にか数時間が経過していた。


 そして――。


「どうですか? テレビゲームは面白いでしょう?」


 俺は勝ち誇った表情でマキナに言った。


 すると、彼女は悔しそうな表情をしながらも素直に頷く。


「ああ、面白いな。異世界の娯楽か、確かにこれならあたしのアイテムと交換する価値がある」


 ゲームの最中に、俺が地球という異世界に行って、これらを仕入れて来たことは説明済みだ。地球の娯楽に魅了された彼女は、どうやらゴーレムコアと交換してくれる気になったらしい。


「まずはこれが発電機です。地球のアイテムは殆ど電力で動いていますから、これが必須です。この魔力石に魔力を充魔しますと、半永久的に動き続けますよ」


「ふむふむ、なるほどな」


 発電機の蓋を開けて、中の魔力石を取り外してから、マキナに手渡した。これは北村が持ってたやつを没収したものだ。家庭用の発電機ならこれ一つで十分だろう。


「それでこれがゲーム機で、これがゲームソフト。……で、これがノートパソコンで、これが漫画ですね」


 次々とアイテムを手渡していく。マキナは真剣な表情でそれらをチェックすると、満足した様子で頷く。


「よし、全部貰おう。代わりに、とっておきのゴーレムコアをくれてやるよ」


 そう言うと、彼女はアイテムを全て小さなバッグの中にしまった。おそらく次元収納のような効果を持つ魔道具なのだろう。


 マキナはそのままバッグの中をゴソゴソと探って、中から金色に輝く綺麗な球体を取り出した。大きさはピンポン玉くらいで、表面には不思議な紋様が描かれている。


「これは……? 普通のコアとは少し違うように見えますが……」


「とっておきって言っただろう? これはシュプリーム・ゴーレムコアとでも呼ぶべき最高級品だ。トマリのような、知性ある最上級ゴーレムを生み出すことができる代物だよ」


「おおっ! それは凄いですね!」


 テーブルの上に置かれた黄金の球体を手に取り、マジマジと眺める。


 トマリのようなゴーレムか、それは是非とも山田家のガーディアンとして欲しいところだ。


「シュプリーム・ゴーレムコア1つと、さっき渡したやつを含めてゴーレムコアを3つ。それとお前の持ってきたアイテムの交換だ。どうだ?」


「交渉成立です!」


 俺は満面の笑みを浮かべて、ガシリと彼女の手を握った。



 その後、しばらくゲームをしたり、雑談したりしてダラダラと過ごしたあと、俺はソファーから立ち上がった。


「ん? もう帰るのか? もっとゆっくりしていけばいいのに」


 名残惜しそうに言うマキナ。こいつもなんだかんだで友達少ないからな。トマリらゴーレムはいるけど、他の人間とはあまり関わらないから、俺が訪ねてくると嬉しいのかもしれない。


「私も色々とやることが溜まってますからね。まあ、また近いうちに遊びに来ますよ」


「……おう、いつでも来いよ」


 相変わらず半眼のまま、あまり表情は変えずに返事をするマキナ。だが、僅かに口角が上がっており、彼女が喜んでいるのがよくわかった。


 俺は笑顔を浮かべながら玄関の扉に手をかけて……。


「あ、そういえば。私の前に、誰か他の女性がこの山にやってきませんでした?」


 看板の前にいたおじさんが言っていたことを、ふと思い出して、マキナに尋ねた。


 すると、彼女は伝えるのを忘れていたと言わんばかりに、ポンっと手を叩く。


「ああ、そういえばリリィのやつが来てるんだ。今は出かけてるが、そろそろ帰ってくるんじゃないか?」


「げぇぇぇ……っ」


「何だよその顔と声は……。あんなに慕われてるのに、お前は冷たいやつだな」


 リリィの名前を聞いた途端に、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてしまった俺を見て、マキナが呆れた表情を浮かべる。


 いやだってさぁ……。慕われすぎてるからちょっと怖いんだよ。友達ならいいけど、あいつ性的に迫って来るしさぁ……。


 え? 純情ぶらないで相手してやればいいじゃないかって? 相手は絶世の美女なんだから、普通に考えたら最高だろうって?


 ……俺はそういうの苦手なんだ。普段のあの行為の時は、頭の中を切り替えて、能力をコピーするための儀式だと自己催眠をかけてるんだよ。心を騙しているんだ。だから、素に戻った瞬間に恥ずかしさが爆発して、いつも羞恥心に悶える羽目になる。


 なので、女同士だと能力をコピーするためにするんだ、という免罪符が使えないから、素の俺が出てきてしまい、心が保たないんだ。


「と、とにかく私はこれで失礼しますね! また近いうちに来ますから!」


「あっ! お、おい!」


 俺はマキナの返事も聞かずに、玄関から飛び出す。そしてそのまま猛ダッシュで山を下っていくのだった――。




◆◆◆




 ソフィアが去った数分後、玄関の扉がガチャリと音を立てて開く。


 そこに立っていたのは、美しい銀色の髪を腰まで伸ばした女性だった。年齢は20歳前後といったところか。凛々しい顔立ちをしているが、どこか幼さを残しており、そのアンバランスさが逆に彼女の魅力を引き立てていた。


 ルビーのように真っ赤な瞳に、雪のように真っ白で美しい肌。スラっとした体型をしているが、その全身は無駄な脂肪など一切ない、鍛え抜かれたしなやかな筋肉で覆われている。


 それでいて女性らしさを全く失っておらず、出るところは出て引っ込むべき場所は引っ込んでいるという、まさに女性の理想のようなプロポーションをしていた。


 その姿は、まるでおとぎ話に出てくる戦乙女のような印象を抱かせる、絶世の美女であった。


 【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16818023213148518317


 彼女は玄関から家の中に入ってくると、鈴を転がすような綺麗な声で、マキナに向かって話しかけた。


「……マキナ、昨日貰ったこれ、壊れた」


「おいおい! それはモンスターの中でも随一の固さを誇るって有名な、メタルガメラルをアイテム化して作った剣だぞ! どんな使い方したら、1日で刀身が砕けるんだよ!」


 マキナは額に手をやり、げんなりとした表情で文句を垂れる。彼女の視線の先には、真っ二つに折れてしまった剣があった。


「皇龍ウルリカナリヴァと戦ったら壊れたの……」


「……リリィ、お前アホなの?」


 何故世界最強のドラゴンと戦おうと思ったのか、マキナは心底理解できないといった様子で尋ねる。すると彼女はコテンと首を傾けて答えた。


「私と戦って、って言ったら、いいよって、言ってくれたの。だから戦ってみた」


「……あ、そう」


 やっぱりアホだなこいつ……。そんな感想を抱きながら、マキナはリリィのことを半眼で眺める。


「くんくん。……ん、美少女の匂いがする」


「美少女の匂いってなんだよ。あたしのことか?」


「マキナは少女じゃ……ない」


「……ケンカ売ってんのかコラ」


 まあ、確かに少女ではないが、さっきまでここにいた女も少女ではないだろうに……。


「さっきまでソフィアが来ていたんだよ――」


「――シュバッ!」


 マキナが説明しようとした瞬間、リリィは一瞬で部屋から飛び出していた。


 玄関の扉を壊さんばかりの勢いで開くと、凄まじい速さで駆けていく。そしてあっという間に姿が見えなくなってしまった。


「はぁ……あたし以外の特級冒険者ってのは、どうしてこうもおかしなやつばかりなんだか……」


 ソフィアとリリィが凄い速さで追いかけっこをしている姿が目に浮かび、マキナは面倒くさそうに溜め息を吐くのであった――。

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