第105話「アイテムコレクター」★

「おい嬢ちゃん! ここから先は私有地だぞ! そこの看板が見えないのか?」


 俺が山の中に入ろうとしたところで、近くにいた農作業着姿のおじさんから声をかけられた。


 ふとそちらに視線を向けると、山の斜面に立てられている看板が目に入る。



 ――『この先、ガジェット山。危険、入るな』



 武国ラシームの南に位置するこの山は、ガジェット山と呼ばれている。


 その理由は、この山全体が、とあるアイテム師の私有地であり、山の中には彼女が創り出した有象無象の珍しいアイテムが、まるでゴミのように打ち捨てられているからだ。


 ゴミと言っても、そのアイテム師にとってはゴミというだけで、中には希少価値の高い代物もあるので、それを目当てに訪れる荒くれ者も後を絶たないらしい。


 だが、山の中には彼女が趣味で造ったゴーレムが大量に徘徊しており、侵入者を撃退するために襲い掛かってくるので、迂闊に足を踏み入れれば命の保証はない。


「大丈夫ですよ、私は彼女の友人なので」


「そうかい? 先日もあんたのような別嬪さんが来たが、まだ戻って来てないようだから、ちょっと心配になってね」


「別嬪さん……ですか?」


 こんなところに俺以外の女が? 普通の人間なら、この山に入って生還するのは難しい。ちょっと気になる話だが、まあ、俺には関係のないことか。


 俺はおじさんに軽く挨拶をすると、山の中へと足を踏み入れた。


「相変わらず、凄い光景ですね」


 山の中は、まるでガラクタの展示会場だ。地面を埋め尽くすように散乱しているアイテムの数々は、まさに圧巻の一言。武器や鎧、薬に魔道具、装飾品から宝石の類いまで、ありとあらゆる種類のアイテムがそこら中に散らばっている。


 これらを全て売り捌けば、きっとそれだけで一財産を築くことだってできるだろう。


「……む、白金貨まで落ちてるじゃないですか」


 俺が地面に転がっていた白金貨を拾い上げた、その時――


 ヒュルルルルル……と、上空から不気味な風切り音が聞こえてくる。


 即座にその場から飛び退くと、一瞬遅れて俺のいた場所に巨大な岩石が落下してきた。


 ――ドガアァァアンッ!!


 凄まじい轟音と衝撃。舞い上がる砂埃に視界を奪われながら、俺は静かにその岩石が落ちてきた方向へ視線を向ける。


 すると、いつの間にか岩石の上には1人の女性が佇んでいた。


 メイド服姿の美女。美しい金色に煌めくロングヘアーが風に揺れており、肌の色は雪のように真っ白だ。まるで宝石のように輝く碧色の瞳は、俺のことをじっと見つめている。


 一見すると普通の人間のようにも思えるが、しかし、彼女の背には2枚の純白の翼が生えていた。


「止まりなさい! ここはマキナ様の私有地だ、無断で立ち入ることは許さない!」


 羽の生えたメイド服の美女が美しい声でそう叫ぶと、辺りに散らばるアイテムたちがカタカタと震え始めた。まるで、彼女の命令に従うかのように……。


「ちょ、ストップ! 私ですよ、ソフィアです。マキナに会いに来たんですよ! 矛を収めてくれませんか? トマリ」


「……む、その可愛らしい声は、ソフィア様でしたか。これは失礼を」


 翼の生えた美女――トマリがそう言うと、辺りに転がっていたアイテムたちは一斉に動きを止めて、静寂を取り戻した。


 トマリは地面へふわりと降り立つと、その無表情な顔をこちらに向けて、深々と頭を下げる。


 ――彼女は特級冒険者マキナの作り出した、魔導人形のトマリだ。


 マキナはこの世界で一番のアイテム師なのだが、ゴーレムマスターとしても超一流であり、トマリは彼女の作り出した最強のゴーレムである。


 ゴーレムでありながら高い知性を持ち、まるで人間のような感情まで持っている。そして、彼女はマキナの生み出したゴーレム達と意識をリンクさせており、全てのゴーレムを統括している、リーダー的な存在でもある。


 ちなみに、トマリという名前は俺がつけた。「止まりなさい! 止まりなさい!」と、俺がここに来る度に連呼するから適当に命名したのだ。


 だが、どうやらトマリも主人であるマキナも気に入ったらしく、今ではすっかりその名前が定着してしまっている。


「それでソフィア様、今日は何の御用ですか? もしかして、またマキナ様と殺し合いに来たのですか?」


「違いますよ……。あれはあいつが私のアイテムを奪おうとしたから、抵抗しただけじゃないですか。お互いに本気だったわけじゃないんです」


 水神ヴァルガリスの死骸から水神の涙が完成した時、それを奪い取ろうとして襲い掛かってきたのはマキナの方なのだ。あいつは普段はまともだが、珍しいアイテムが絡むと我を忘れて暴走する悪い癖がある。


 まあ、あいつの作るアイテムはどれも一級品だし、俺の数少ない友人でもあるから、その程度で縁を切るつもりはないのだが……。


「今日はゴーレムコアを買いに来たんですよ」


 激レアアイテムであるゴーレムコアだが、マキナのやつはそれを大量に隠し持っている。


 先日の北村の事件で、地球も完全に安全とは呼べない環境であることがわかった。そのため、山田家にも強力なゴーレムが一体欲しいと思ったのだ。


 それにこの先も、ゴーレムコアはあって困らないアイテムだからな。


「ナルホド……。では、お屋敷まで案内いたします」


 トマリはそう言うと、再びふわりと飛翔して山の頂上にある屋敷に向かって移動を開始する。俺は魔女の箒を次元収納から取り出すと、その後ろを追いかけた――。




「しばらくここでお待ちください。ただいまマキナ様をお呼びしますので」


 屋敷の中の一室、応接室のような部屋で俺は静かに紅茶を嗜んでいた。香り高いダージリンティーだ。マズ飯の異世界とは思えないくらいの高級感漂う味わい。


 流石は特級冒険者の屋敷だな……と感心していると、部屋のドアがガチャリと開かれた。


 そして、部屋に入ってきたのは――水色の髪をツーサイドアップにした少女だった。ゴスロリのような黒いドレスを身に纏い、眠そうな半眼でこちらを見つめている。


 【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16818023213040914803


 背は低く、かなり幼い見た目をしているが、これでも年齢は40歳を超えているらしい。前世と今生の俺を合わせた年齢よりも彼女の方が年上だ。


 彼女はこの世界で一番のレアアイテム保有者なので、たぶん若返り効果のあるアイテムとかを持っているのだろう。


「なんだソフィアか。しばらく顔を見てなかったから、どこぞで野垂れ死んだものだと思ってたぞ」


 失礼なことを言い放ちながら、彼女……特級冒険者のマキナは、俺の対面にあるソファーに座った。

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