第104話「飲食店に最適な番犬」

「うわー、凄い! これが私のお店なの!?」


 委員長が子供のように目を輝かせて、店内をキョロキョロと見回している。


 ここはソレルの街のフィオナの食堂の真横に新しく作った、委員長の洋菓子店だ。木造の2階建てで、1階が店舗、2階が居住スペースとなっている。


 異世界ではあるが、店の中は日本の設備に限りなく近づけてある。水道や電気といったインフラも整っているため、日本にいた頃とほぼ変わらない生活を送れるだろう。


「異世界なのに水道や電気が使えるのは、少し変な感じだな」


「俺が日本から発電機や貯水タンクを持ち込んで、設置したからな。流石に街全体ってわけにはいかないが、大体の主要施設には電気や水道が行き渡っているぞ」


 三上くんが水道の蛇口をひねったり、電気のスイッチに触れたりしながら不思議そうに呟いていたので、俺が説明すると彼は感心したように嘆息した。


 ちなみに、発電には今地球で主流の魔力発電機を使っている。魔石の魔力エネルギーを電力に変換するという仕組みで、原発などと違って環境汚染の心配もない、とてもクリーンな発電方法だ。


 アルトラルディアの魔物からは魔石が取れないが、俺が地球から持ってきた魔石が大量にあるので問題はない。


 それに、この世界は空気中に大量の魔素が存在しており、人々は魔核を持っていて魔力を放出することができるので、魔力発電機があれば、いざとなれば人力で発電することも可能なのだ。


 今のところは一部の施設にしか電力は通っていないが、北村の事件で魔力石という高い魔力吸収効果と魔力の蓄積能力があるアイテムの存在が明らかになったので、それを利用すると、もっと大規模な発電施設を作れるかもしれない。


 巨大な魔力石を入手することができたなら、それを発電所の核として使えば、この街全体に電気を行き渡らせることも不可能ではないだろう。


 確かエルドラドのボスモンスターが落とすという話だったし、今度俺もエルドラドのダンジョンに潜ってみるかな。


 そんなことをぼんやりと考えていると、いつの間にか店内に入ってきたポメタロウが、トテトテと委員長の足元へとすり寄っていくのが見えた。


『ワンワン! ワフー!』


「あー、ポメラニアンちゃんだ! かわいい~。ねえ、ソフィアちゃん、この子はソフィアちゃんのペットなの?」


 委員長はしゃがみ込んでポメタロウの頭を優しくナデナデする。


「まあな。だけど、今日から委員長達の護衛と、この店の番犬としての仕事を頼んだんだ。ほら、ポメタロウ、ご挨拶だ」


 俺がそう言うと、ポメタロウは可愛いお座りポーズを取って、キリっとした顔立ちで「わふっ」と吠えた。


「番犬はありがたいけど、こんな可愛らしい子犬に護衛なんて頼んで大丈夫なのか?」


「まあ、心配になるのは無理もないか。おい、ポメタロウ! お前の力を彼らに見せてやれ!」


『ワフワフーーッ』


 俺の言葉にポメタロウは元気よく返事をすると、店内を凄い勢いで駆け回り始めた。ヒュンヒュンと風切り音を立てて走り回り、常人なら目で捉えることすら不可能な速度で飛び回る。


「うおっ! 何だこの動きは」


「すごーい! ポメちゃん、まるで忍者みたい!」


 三上くんと委員長が興奮したように騒ぎ立てる。


 ポメタロウは凄まじい速度で店の中を縦横無尽に走り回った後、入口の扉を通り抜けて外に出ていった。そして、遠くに見える、野菜の国の王子が叩きつけられそうな岩盤に向かって一直線に駆けていき――


 ――ドゴォオオンッ!


 凄まじい破砕音を立てて、それを粉々に吹き飛ばした。


 そのあまりの威力に、委員長や三上くんだけでなく、通りがかった街の人々が呆然とした表情で固まっている。


 ふっ……見たか、ポメタロウの力を!


 俺やフィオナが良質な魔力を与え続けた結果、外見は小さな子犬から変わってないのに、戦闘力はドラゴン並になってしまったのだ!


 ポメタロウが店の前に戻ってくると、俺は彼に魔力を与えて、体をわしゃわしゃと撫で回す。


『ワフ~ん』


 気持ちよさそうに目を細めるポメタロウ。俺はそんな愛犬を抱きかかえると、委員長達に向き直った。


「凄いだろう? ポメタロウは。委員長達はこの世界じゃ子供並みに非力だからな。俺の街は比較的安全だけど、念の為こいつと常に一緒に行動するよう心がけてくれ」


「う、うん……。よろしくね、ポメちゃん」


『ワフ! ワフ!』


 委員長が恐る恐る手を伸ばすと、ポメタロウはその手に肉球をぷにっと押し当てた。どうやら、彼女のことを気に入ったようだ。


「いや……待ってくれ。でも、洋菓子店に犬はどうなんだ? 確かに可愛いし凄いのはわかったけど、飲食店の中を犬が走り回るのは……」


「ふふふ、そこは心配いらないんだなぁー。実は、こいつはこれでもゴーレムなんだ。そして……なんと、ペットの一番の悩みである抜け毛が一切ないのだ!」


「「ええーーっ!?」」


 俺が衝撃の事実を打ち明けると、委員長と三上くんは驚愕の声を上げた。その目はポメタロウに釘付けになっている。


 そう……抜け毛の問題である。ペットを飼う上で誰もがぶち当たるこの問題は、ゴーレムなら解決されるのだ!


 魔導生物であるゴーレムは、ふわふわもこもこの毛を持っていようが、体から離れた段階で、それは魔力の粒子となって空気に溶け込んでしまう。つまり、飼い主が抜け毛の掃除に悩まされる心配がないのである。


「そ、それは凄いな! 抜け毛もないし、シラミのような害虫も寄り付かないのか……。確かにこれなら、飲食店の番犬として最適だな」


 ポメタロウのふさふさな毛を撫でながら、三上くんは感心したように呟いた。


 うむ……これでこの2人が異世界で安全に暮らせるかどうか心配していた問題は解決したな。ポメタロウには、しっかり頑張ってもらおう。


 それから、俺は店と居住スペースを一通り見せてから三上くんの肩を叩く。


「三上くんには、この街の代表代理のところで街の発展のために働いてもらいたい」


「ああ、どれだけ役に立てるかはわからないが、できるだけ頑張ってみるよ」


「え~と……私は?」


「まだ店長代理のおじさんも連れてきてないし、店のオープンはもう少し先だな。まずは言語や生活環境に慣れないといけないから、2人ともしばらくはゆっくり休んでいてくれ」


 並木野洋菓子店のおじさんは、向こうで色々手続きなどがあるので、まだこっちの世界には来ていない。おじさんは委員長達と違って、いずれ日本に戻る予定だからね。


「うん、了解した。早くこっちの世界に慣れて、日本じゃ出来ない経験を楽しんでみるよ」


 三上くんは爽やかな笑みを浮かべると、委員長とポメタロウを連れて2階の居住スペースへと上がっていった。


 彼らは、日本にいた時よりもイキイキしているように見える。色々と吹っ切れたのか、異世界で生活することを楽しもうとしてるみたいだ。




「どうだった? 彼らやっていけそう?」


「ええ、少し不安ではありますが、問題ないと思います。でも、フィオナも色々フォローしてあげてください」


 委員長達が引っ越しの荷ほどき作業を始めたので、俺はフィオナと2人で彼らのことについて話し合う。


「フォローはするつもりだけど、私、日本語とやらは話せないわよ?」


「彼らは物覚えが速いので、すぐにルディア語を習得するとは思いますが……。フィオナ、これを」


 俺は次元収納から一冊の魔導書を取り出して、彼女に渡した。


「ああ、翻訳の魔導書ね。翻訳なんて殆ど使わないから、存在を忘れてたわ……」


 この世界の人間は殆どがルディア語を使うので、翻訳などという魔法は使う必要がないのだ。だが、稀に独自の言語を持っている民族や、ルディア語が通じない謎の人間がいるので、一応翻訳の魔法というものが存在はしている。


 この魔法は、かけられた人物があらゆる言語を解せるようになるという効果があるが、1時間しか効果が続かず、また、読み書きには対応していないというデメリットがある。


 でも、委員長達がルディア語を覚えるまでの繋ぎにはなるだろう。これがあるとないじゃ、コミュニケーションのしやすさが全然違うからな。


 フィオナは翻訳の魔導書を手にすると、アイテムバッグから取り出した暴食のグリモワールに食べさせた。


《魔導書……オイシイ……モグモグ》


 魔導書を貪るグリモワールの口から、長い舌が『みょ~ん』と伸びてきて、フィオナの脇を舐めようとしていたが、彼女は慣れた手つきでその舌を掴み取り、グリモワールの中へと押し込んだ。


 相変わらず酷い絵面だなぁ……。もう見慣れてきたけど。


「……めっ! よ!」


《ペロペロ……ワキ……》


「手で我慢しないさい! ほら……」


《ペロペロ……ペロリン……》


 グリモワールは必死にフィオナの脇を舐めようと舌を伸ばすが、彼女はそれを許さず、グリモワールの頭を押さつけながら、手を差しだして舐めさせていた。


「うーん、よく調教してるじゃないですか……」


「はぁ……これがなかったら、最高の魔導書なんだけどね……」


 どうも暴食のグリモワールは、手と脇を舐めるのが大好きらしく、特に脇には異様な執着を見せるのだとか。だが、流石にフィオナも脇を舐められるのは嫌らしく、グリモワールには毎回手を舐めさせているそうだ。


 ペロペロと手を舐め続けるグリモワールを見ながら、フィオナは深い溜め息を吐いた。

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