第103話「光の賢者」★

「あの名高い【サウザンドウィッチ】が、まさか痴女だったなんて……。幻滅です」


「だから誤解なんですって! あれは能力の関係上、仕方なく服を脱いでいただけで、決して私の趣味というわけでは……」

 

 魔法学園の廊下を歩きながら、俺は必死にメリッサに弁解をしていた。だが、彼女はまだ俺の事を痴女だと思い込んでるようで、冷たい視線を向けている。


 なので、もうちゃんと服は着ているとアピールするために、その場でくるりと回ってみたのだが――


「ちょっと! なんで穿いてないんですか!?」


 ふわりと揺れる俺のスカートの裾を慌てて押さえるメリッサ。


 ……おっと、しまった。急いで服を着たせいで、まだ下着を穿いてなかったんだ。危うく俺の白桃のような尻が衆目に晒されるところだったぜ。


 急いで次元収納からパンツを取り出すと、それをスカートの下に穿き込んだ。うん、これで一安心だ。


 ブラはこの場所で着けるのは色々とマズいので、このままでいいか。……まあ、黒い服だから透けることはないだろ。


 てへぺろ☆とウインクをしてみたのだが、メリッサはますます眉間に皺を寄せてしまった。


「そ、それよりメリッサさん。マルグリットって苗字、もしかして火の賢者、アネッサ・マルグリット先生の親戚かなにかですか?」


 俺は話題を変えようと、先ほどから気になっていたことをメリッサに尋ねた。


 彼女は「呼び捨てで構いませんよ」と言いながら頷く。


「ええ、アネッサ・マルグリットは私の大叔母にあたります。祖父の妹なので、血の繋がりは薄いですけどね。それでも幼い頃はよくお世話になりました」


 なるほど、やはりあの婆さんの血縁者だったか。赤い髪とか火魔法の適正とか、色々と共通点が多いもんな。


「……ですが、まさかあの大叔母様が魔王軍に下るだなんて……。マルグリットの名が泣きます……。嘆かわしいことです」


「ああ、もう知っているんですね」


 槍王ドノヴァンと、火の賢者マルグリットが魔王軍の八鬼衆となったことは、俺がギルドに報告したので、魔法学園にも伝わっているのだろう。


「魔王軍の脅威から人類を守るはずのリステル魔法王国の賢者が、人類の敵に寝返るだなんて……。世界中の笑い者ですよ」


「……そう、ですね」


「でも、正直意外でもありませんでした。この話を聞いた時、ああ、あの大叔母様ならあり得るな、と納得してしまいましたから」


 メリッサの意見に俺も同感だった。あの婆さんは賢者としての実力は確かだったが、それ以外の面で色々とぶっ飛んでいたからな。


 所謂、我が道を行くといった感じの人で、他人の意見に耳を貸すタイプではなかった。おそらく鬼と化したのも、人類が嫌になって魔王軍に寝返ったとかそういった事情ではなく、きっとひどく個人的な理由なのだろう。


「着きましたよ、学園長に面会するのでしょう? 」


 おっと、考え事をしている間に目的地に到着していたようだ。目の前には大きな扉が立ち塞がっている。この先に学園長室があるのだ。


「それでは私はこれで失礼します」


「ええ、ありがとうございましたメリッサ。またお会いしましょうね」


 お礼を言うと、メリッサは一礼してから踵を返した。彼女の背中が見えなくなるまで見送り、俺は目の前のドアをノックし、学園長室へと足を踏み入れる。


「失礼します」


 部屋の中に入ると、そこは沢山の本に囲まれた書斎のような空間だった。そして部屋の中央には机と椅子が置かれており、そこに一人の老齢の男性が腰掛けていた。


 真っ白な長い髪と髭を生やし、立派なローブを纏ったその姿はまさに大魔法使いといった風貌だ。


 彼は俺に気が付くと、書いていた書類から顔を上げてこちらを見た。


 【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16818023212827418599


「……む、お主はソフィア・ソレルか。随分と久しいのう」


「ご無沙汰しています、ワーズワース学園長。ご健勝でなによりです」


 リステル魔法学園学園長――"光の賢者"エルヴィス・ワーズワース。


 彼はこのアルトラルディア最強の光魔法使いであり、その実力は特級冒険者にすら匹敵すると言われている。特に魔族やモンスターは、光魔法が苦手な種族が多いため、彼の存在は人類にとって非常に心強いものだった。


 この魔法学園がこの世界で最も安全な場所と謳われるのも、彼の存在があればこそだ。彼はこの学園全体に強力な光の結界を張っており、万が一にも魔族やモンスターが侵入してくることを防いでいるのだ。


 その結界のおかげで、学園の中では生徒達が安全に生活することができるのである。まあ、俺が転移で入って来たように、人間の侵入は防げないので、完全に脅威をシャットアウトすることは難しいのだが。


「うむ。それで、ソフィアよ。今日はどのような用件じゃ? 儂はこう見えて多忙なんじゃが……」


「ああ、実はですね――――」


 俺はアリエッタと雫をこの魔法学園に編入させたい旨を伝えた。ついでに俺も臨時講師としてしばらく滞在させてもらいたいことも。


 ワーズワース学園長は顎髭を撫でつけながら、ふむ……と唸った。


「まあ、よいだろう。この学園の卒業生でもあり、特級冒険者でもあるお主ならば問題あるまい。……ただし、条件がある」


「条件……ですか?」


「ああ、実はだな。最近、リステル魔法王国の国民が行方不明になる事件が多発しておるのじゃ。儂も色々と手を尽くしておるが一向に手がかりが掴めず困っておった」


 ワーズワース学園長によれば、ここ1ヶ月の間に、この小さな王国内で10件以上もの失踪事件が起こっているらしい。


 しかも消えた者達は年齢性別問わず、全く共通点がなく、原因も不明。事件か事故か、人間の仕業か、魔王軍の手の者か、それすらも分からないらしい。


「学園は大丈夫なんですか? ここも危険なようでしたら、知り合いを留学させるのを憚られるのですが……」


 アリエッタや雫をここに預ける以上、安全面に不安が残るのであれば、学園への留学は延期した方がいいかもしれない。


「学園内は儂が常に光魔法で結界を張っているから問題ない。それに、学園の治安維持部隊が目を光らせておるから、生徒達の安全は保証しよう。だが、流石の儂でも学園内を結界で囲むのが精一杯じゃから、学園の外に出る場合は注意して貰わねばならんがね」


「なるほど、ワーズワース学園長がそこまで言うなら、大丈夫そうですね」


 俺が頷くと、学園長は「ただ……」と言葉を続けた。


「悪意のない人間は、光の結界をすり抜けられるらしいのじゃ。先程も学園内に痴女が侵入したと報告を受けたばかりでのう……。そういったただの変質者は、対応のしようがなくてな……」


「……そ、そうですか」


「まあ、おそらくもう治安維持部隊に捕まっているじゃろうから、気にせんでもよい。……ん? どうかしたか、ソフィアよ?」


「い、いえ……なんでもないです。それで、条件とはその失踪事件に関してでしょうか?」


「うむ、お主にはこの事件の解決に協力してもらいたいのじゃよ。臨時講師ということで、コマ数も少なめにするし、調査の時間も取れるじゃろう。それに報酬も弾む。どうかね?」


 うーん、謎の失踪事件か……。


 報酬はどうでもいいが、王国内の事件でもあるし、万が一にでも留学中のアリエッタや雫が危険な目に遭うのは避けたいところだ。ここは依頼を受けて、さっさと事件を解決した方がよさそうだな。


「わかりました。その依頼、引き受けましょう」


 俺がそう言うと、学園長は満足そうに頷いた。そして、机の引き出しから数枚の紙を取り出すと、それを差し出してきた。そこには事件の詳しい概要が書かれている。


「やれやれ……。問題ばかりで胃が痛くて敵わんわい。我がリステル魔法学園の出身者から、2人・・も魔王軍に下る者が出たばかりだというのに、今度は謎の失踪事件とはな」


「……え? 2人ですか?」


 マルグリット先生が八鬼衆に加わっていたことは知っていたが、もう1人誰かいたとは初耳だ。


「……んん? まだ知らなかったのか。ぬぅん……お主には伝えておいた方がいいかもしれんな。……ミリアム、あの天才も魔王軍に下ったという情報がある」


「――――あり得ないっ!?」


 俺は思わず声を荒げてしまった。


 マルグリット先生はわかる。あの人は先にも述べた通り、自分の目的のためなら手段を選ばないタイプの人だ。だから魔王軍に寝返ったというのも理解できる。


 だけど、あのミリアムが……?




 ――ソフィア、また男のところに行ってたの?


 ――ええ、ちょっと……。


 ――最近少し度が過ぎるんじゃない? もう、そういったことはやめたほうがいいと思う。


 ――またお説教ですか? 放って置いてくださいよ……。足りないんです、まだまだこの程度じゃ……。


 ――あなたはもっと自分を大切にすべきよ。気持ちはわかるけど、そのような乱れた生活を続けていては、いずれ心に歪みが生じて……。


 ――っ、ミリアムに何がわかるんですかっ! 最初から全てを持ってるミリアムに、私の気持ちがわかるわけないでしょうっ!


 ――ソフィア! 落ち着いて……。ごめんなさい、責めるつもりはなかったの。


 ――……いえ、私の方こそ……すみませんでした。


 ――うん、そうね。ほら、これで涙拭いて。せっかくの美しい顔が台無しよ?


 ――……はい。いつも……ありがとう、ございます。




「…………」


 当時の俺は今より遥かに弱く、精神的にも不安定で色々と問題を抱えていた。よく泣き、感情のままに彼女にひどい言葉をぶつけたりもした。


 だが、それでも彼女は一度たりとも怒ったり、俺に愛想を尽かしたりすることはなく、どんな時でも俺の味方でいてくれたのだ。


 真面目で、清廉で、高潔で、正義感が強く、優しさに溢れ、天性ともいえる魔法の才能もあって……。そして、いつも仮面で顔を覆い隠していた、俺と同い年のエルフの少女。


 俺はミリアムのことを心から信頼していたし、尊敬もしていた。だからこそ、彼女が魔王軍に下ったというのは信じられなかった。


 学園の卒業を機に俺は世界中を旅することに決めて、彼女とはそれっきりだ。スマホもないこの世界、旅をしていれば中々旧友と連絡を取る機会もない。


 あれから8年もの月日が流れた。彼女はあの後、どういった人生を歩んだのだろう……?


「ふむ、君は彼女とルームメイトで、最も仲の良い学友じゃったな。……辛いかもしれんが、ミリアムと名乗る鬼の率いる軍勢が、ネラトーレル王国を攻めていたという情報もある。アネッサと共にグリムリーヴァ討伐隊に参加していたようだから、おそらく、彼女で間違いあるまい」


「……そう、ですか」


 ミリアムが魔王軍に寝返ってしまったという事実に、俺は動揺を隠せなかった。


 ……しかし、いつまでも落ち込んでいる訳にはいかない。


 今はアリエッタと雫を魔法学園に編入させ、失踪事件とやらを解決する方が先決だ。他にも三上くんや委員長をアストラルディアに移住させて、彼らが平穏に暮らせるよう尽力するなど、やることは山ほどある。


 俺は気持ちを切り替えると、学園長に挨拶してから部屋を後にしたのだった。

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