第102話「学園の風紀を乱す者」★

 体全体が光に包まれ、一瞬の浮遊感を感じる。


 そして、次に視界が開けた時、俺の目に飛び込んできたのは見覚えのある巨大な噴水だった。


 ここはリステル魔法学園の真ん中に位置する、学生達の憩いの場である中央庭園だ。俺はこの学園に2年間も在籍していたので、ここには転移で簡単に移動することができる。


「いやー、それにしても久しぶりですね。ここに来るのは」


 うーん、と大きく背伸びをして俺は周囲を見渡す。すると、周りの学生達が俺の事を驚愕の表情で見つめていることに気が付いた。


 ふっ……。如何に魔法学園の生徒でも、俺のような美少女が突然転移で現れたら驚くのも無理はないか。


 俺は鷹揚に頷くと、心の中でドヤ顔をしながら歩き出したのだが――。


「そこの痴女! 止まりなさい! ここは由緒あるリステル魔法学園ですよ! そのような卑猥なものを見せびらかして恥ずかしくないのですか!?」


 【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16818023212724678326


 凛とした声でそう言いながら俺の前に立ち塞がったのは、赤い髪をショートカットにした少女だった。少しつり目がちな緑の瞳で、勝ち気そうな印象の彼女は、何故か俺の事をキッと睨みつけている。


 学園治安維持部隊のローブを身に纏ったその少女は、左手に魔法の杖を持ちながら臨戦態勢をとっていた。


 はて……? 痴女だって?


 まったく失礼しちゃいますね。確かに雫にはよく歩く18禁だのなんだのと言われますけど、これでも身だしなみには気を遣っているほうなんですよ?


 そんな俺が痴女呼ばわりされるなんて心外――――


「ふ、服も着ないで、このような学生が大勢いる場所を堂々と歩き回って! はしたないにも程があります!」


「…………あ」


 転移直後だから、まだ服着てなかったわ。


 ……てへ♡


「私はリステル魔法学園治安維持部隊所属、メリッサ・マルグリット! 学園の風紀を乱す痴女、大人しくお縄につきなさい!」


「ちょ、ちょっとま――」


 メリッサと名乗った少女は、俺が弁明する間もなく杖を振りかざすと、魔法を唱えた。


 彼女が突き出した杖の先から炎の玉が放たれる。その大きさはバスケットボール程の大きさで、凄まじいスピードでこちらに向かって飛んで来た。


「なっ!? こんな人が大勢いる場所で火の魔法を使うなんて正気ですか!?」


「ふっ、心配ご無用! 拡散せよ――"フレイムバインド!"」


 メリッサが呪文を唱えると同時に、火球は無数の小さな炎へと分裂し、それぞれが意思を持つかのように動き出した。そして、炎は蛇のような形になって俺に纏わりつき、その手足に絡みつく。


「むむむ、これは……っ!」


「このまま留置所まで連行させていただきますよ、痴女さん!」


 見事な魔法コントロールだ。そんじょそこらの魔法が得意な冒険者のレベルを遥かに超えている。流石は魔法学園の治安維持部隊といったところか。


 しかし――


「水よ、我が身を縛る炎を打ち消せ――"アクアヴェール"」


 俺が水属性の防御呪文を唱えると、全身が水に覆われ、瞬く間に俺を拘束していた火の枷は水蒸気となって霧散した。


「――な! 水魔法使い!? くっ! 火よ、矢と成りて我が敵を貫け―― "フレイムアロー"!」


 メリッサがすかさず次の呪文を唱える。今度は無数の炎の矢が現れ、俺に向かって一斉に襲いかかってきた。


 他の学生に被害が及ばぬよう、俺に対してのみ誘導性を持たせている。素晴らしいとしか言いようのない魔力操作の練度! なんだかちょっと楽しくなってきたぞ。


 学園生時代の模擬戦を思い出すなぁ……。あの頃は、よくここでルームメイトのミリアムと魔法の練習をしては、生徒達の注目を浴びていたもんだ。


 ……そういえば、彼女は今どこで何をしているのだろうか?


 まあ、いいか。今はそれよりも――


「氷よ、我が盾となれ――"アイスシールド"」


 呪文を唱えると同時に俺の目の前に現れたのは、氷で造られた巨大な円形の盾。


 メリッサのフレイムアローはその盾にぶつかると、ジュッと音を立てて全て消滅してしまった。


「な、なんで!? 水だけじゃなくて氷まで!?」


 驚愕の表情を浮かべるメリッサ。そして、学生達もまた俺の魔法を見てざわつき始める。


 男子生徒達は俺の魔法よりも、俺自身を舐めるように見てるような気がするが、きっと気のせいだろう。


「くっ、まだです! 天空より降り注ぐ炎よ、我が――」


「――おっと、そうはさせませんよ?」


 再び魔法を唱えようとしたメリッサにすかさず接近し、俺は彼女の杖を蹴り飛ばす。そのまま右手を軽く掴むと、柔術の要領で地面に投げ飛ばして、その上に馬乗りになった。


 瞬く間の出来事に、周囲の学生達は唖然としている。メリッサも目を大きく見開きながら俺を見上げていた。


「すっげ……! エロ可愛い痴女が、あのメリッサを投げ飛ばしちまった!」


「お、俺にもあんな感じで上に乗ってくれないかな……」


「今の見たか!? めっちゃ揺れてたぞ! あのおっぱい!」


 もっと真剣に見ろよ、魔法バトルの方をさぁ……。お前ら魔法学園の学生だろ? 結構ハイレベルな戦いだったと思うのに。まったく……これだから男子は。


 まあ、とにかく――これで決着だな。


「乱暴にしてすみませんでした。私は怪しい者ではありません。この学園の卒業生で、ソフィア・ソレルと申します。以後お見知りおきを」


 彼女の手を取って立ち上がらせると、制服の乱れを整えてやる。メリッサは呆然としたままだったが、すぐに我に返ったようで、コホンと一つ咳払いをした。


「……どうでもいいですけど、自己紹介の前に、まずは早く服を着てくれませんか?」


 ですよねー……。


 メリッサにジト目で睨まれた俺は、次元収納から服を取り出すと、そそくさと着込んだのだった。

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