第四章 TSクソビッチ、魔法学園の先生になる
第101話「神の贈り物」
アルトラルディアには、神聖樹と呼ばれる魔力の塊のような大樹が存在している。
その歴史は古く、創造神である女神ルディアが世界を作り終えた際に、世界を支える礎として、自らの一部を切り離して生み出したという逸話が残されており、この世界に生きる者にとっては、母なる樹として信仰の対象にもなっていた。
神聖樹は世界樹とも呼ばれており、全ての命の源であるとされ、万が一この樹が枯れるようなことがあれば、世界が終わるとも言われている程である。
この大樹の麓には、"森の守護者"と称えられる、エルフ達の集落があった。
彼らは太古の昔にこの地に住み着き、以来、神聖樹の守り人としての役割を担いながら、ひっそりと慎ましく暮らしている種族だ。
――そして、今。そんなエルフ達の集落に、緊張が走っていた。
「……そろそろ、お生まれになるのではないだろうか?」
「うむ、女王様が中にお入りになってから、数時間が経つ……もう間もなくだろう」
神聖なる魔力の満ちた大樹の下に、大勢のエルフ達が集まっていた。皆、一様にその表情は険しく、そわそわと落ち着きのない様子である。
彼らの視線の先には、大樹に寄り添うように建てられた一つの社があった。人が数人は入れるかという程度の小さな社であるが、それを取り囲むように集うエルフ達の数は軽く百を超えていた。
普段は静寂が支配する彼らの森には似つかわしくない、張り詰めた空気感が漂っている。エルフ達は皆、今か今かとその時を待ちわび、固唾を呑んでいた。
「女王様の初めての御子か……」
「ハイエルフはその生涯で1人、多くとも2人しか子供を産むことがないという……果たして、どのようなお子が生まれるのか……」
エルフ達の口々から漏れる言葉の数々は、彼らの期待と不安を如実に表していた。
この集落の長にしてハイエルフでもある女王、ディアーナ。
美しく、気高く、聡明で、それでいて慈悲深い。そんな彼女が産む子供だ、きっと素晴らしい存在に違いない……。エルフ達は期待に胸を膨らませていた。
だがその一方で、心配の声も上がる。
「しかし、御子の父親は一体誰なのだ?」
「わからぬ。女王様は我々の誰にも心を許さなかった。その相手が誰なのか、我々も知らされてはいないのだ」
「この集落の者ではないことは確かであろうな……。遥か昔に袂を分かった別の部族の者か、あるいは人間の冒険者か……。どちらにせよ、女王様に見初められる程の男だ。只者ではあるまい……」
「そうだな、我々には想像もつかぬような優れた者に違いない」
様々な憶測が飛び交う中、遂にその瞬間が訪れる。
突如、社の中から甲高い産声が響き渡ったのだ。
「生まれたぞ!! 女王様のお子が御誕生された!」
「女王様は無事か!?」
「早く、御子を見せてくれ!」
一斉に歓喜の声を上げるエルフ達。大樹を取り囲むように並ぶエルフ達が、我先にと社の前に詰めかける。
やがて、社の扉が開くと、中から産婆であるエルフの女性が姿を現した。その手には、純白の布に包まれているので顔は確認できないが、赤子と思わしき小さな存在が抱かれている。
出産を終えたばかりのディアーナは、額に汗を滲ませ、疲れきった表情をしているが、付き人である女官に支えられながら社の外に出てくると、集まったエルフ達に無事を伝えるように微笑んで見せた。
「女王様! 無事に御子をお産みになられたのですね!」
「女王様、おめでとうございます!」
「ええ、ありがとう。……皆にも心配をかけたわね。元気な女の子よ」
そう言って、ディアーナは社の近くに置かれていた長椅子に腰かけた。産婆が抱えた赤子をそっと彼女の膝の上に乗せ、その小さな身体を包み込むように優しく毛布を掛ける。
「こ……これは! なんという魔力だ。これがあの赤子から発せられているというのか?」
「信じられん……。これはディアーナ様を上回る程の才能……、いやエルフの歴史始まって以来の神童かもしれんぞ!」
ハイエルフは生まれた瞬間から、その身に膨大な魔力を有している。しかし、それでも赤子は赤子。その魔力量は、大人に比べると微々たるものだ。
だが、その赤子は生まれて間もないにもかかわらず、この場に集まったエルフ達の殆どにも匹敵する程の魔力を身に纏っていた。
「……爺や、この子のギフトを鑑定して頂戴」
「は、畏まりましたですじゃ」
ディアーナの言葉に従い、爺やと呼ばれた老齢のエルフが水晶玉のような物体を取り出した。
その水晶玉を生まれたばかりの赤子の額に近づけると、淡い光と共に文字が浮かび上がってくる。
「こ、これは……!? 四大元素魔法のギフト! 火、水、風、土の四大属性全ての適性を持っておられますじゃ!」
「な、なんですとっ!?」
「し、信じられん! そのようなギフトがこの世に存在したのか!?」
爺やの言葉にエルフ達がざわつく。
如何に魔法に優れたエルフといえども、魔法の属性は一人につき一つ。それが常識だ。過去の歴史において、四つの属性の魔法に適性を持つ者など、聞いたことはない。
膨大な魔力を有し、さらに四つの属性全てに高い適性を持つハイエルフの赤子。それは、まさに生まれながらにして、全てを手にしていると言っても過言ではない存在だった。
「ディアーナ様。……して、お名前は何と致しますか?」
「そうね……」
ディアーナは少し考える素振りを見せたあと、ふっと柔らかな笑みを漏らしながら、自らの腕の中で眠る赤子へと視線を向けた。
「この子の名前は『ミリアム』よ。神の贈り物という意味を込めて……ね」
「「「おおっ……!」」」
エルフ達から歓声が上がる。新たなるハイエルフの誕生を祝福する声が、集落中に響き渡った。
――しかし、その歓声はすぐに鳴りを潜めることとなる。
「ところで女王様、御子様のお顔が見えませぬ。失礼ながら、御尊顔を拝見させて頂いてもよろしいですか?」
1人のエルフの言葉により、その場が静まり返る。言われてみればその通りだと、その場に集まった全てのエルフ達がディアーナの膝の上で眠っている赤子へと視線を向けた。
ミリアムと名付けられたその赤子は、未だ純白の布に包まれ、その小さな身体を隠している。
エルフは種族全体で美しい容姿をしているが、ハイエルフのディアーナはその中でも飛び抜けて美しい。そのディアーナの子供ともなれば、さぞかし愛らしいことだろう。エルフ達は皆、そう信じて疑わなかった。
だが……。
「え、ええ……」
何故かディアーナは歯切れが悪そうに答えると、自らの腕に抱かれているミリアムをそっと毛布から出して見せた。
――瞬間、辺りは静寂に包まれた。
全員が言葉を失う。ディアーナの膝の上で眠るミリアムの顔を見た、彼らは信じられないとばかりに目を見開き、動揺を露わにした。
「こ、これが……御子様……?」
「いや、しかし……これは……」
エルフ達は、皆一様に困惑の表情を見せ、口を噤む。
それも無理からぬことだ。何故なら、彼らの目の前に現れた赤子は、ディアーナとは似ても似つかない容姿をしていたのだから。
雪のように真っ白な肌をしたディアーナに対して、ミリアムの肌の色は褐色だった。薄っすらと生えている髪の色も、彼女と同じ金色ではなく、まるで老人のような白色であり、瞳の色も血のような紅色である。
鼻はつぶれるかのように低く、目付きも鋭く吊り上がっている。顔全体のバランスも悪く、エルフ基準でいえば――いや、人間を基準にしても、お世辞にも美しいと呼べないような顔立ちをしていた。
否、美しくない、というよりもむしろ――
――
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