第108話「猫の魔法使い」

 その黒猫のゴーレムは、可愛らしい声で鳴きながら俺の足元に擦り寄ってくると、つぶらな瞳でこちらを見上げてきた。


「よろしくお願いするんだニャ、ご主人!」


 黒猫ゴーレムは、そう言ってぺこりと頭を下げる。


 おお……喋ったぞ! 知性あるゴーレムを生み出すとは聞いていたが、人型じゃなくても喋るのか。しかも語尾が"ニャ"で、あざと可愛いな!


「きゃー! 猫ちゃんかわいいーーっ! 私、猫ちゃん飼うのが夢だったんだよね! お兄ちゃんありがとーーっ!」


「にゃにゃ! ご主人の妹君、はじめましてなんだニャ!」


 雫がスライディングするように黒猫に駆け寄り、そのモフモフボディを抱き締める。すると、黒猫は嫌がる素振りを見せることもなく、むしろ喜んで雫の頬にすり寄り始めた。


「なかなか可愛らしい猫じゃないかい」


「うん、それに賢そうだし、しかも高雄くんが言うにはとても強いんだろう? 頼もしいよ」


「ぼ、僕もモフモフしたいなぁ……」


 家族の皆も顔を綻ばせながら、雫と戯れる黒猫のゴーレムを微笑ましそうに見守っている。やはり猫は最強の生き物だぜ!


 母ちゃん、父ちゃん、空が黒猫のゴーレムに歩み寄り、その毛並みを撫で始める。早くも完全に家族の一員として認められたようだ。


「ところで、こいつの名前はどうしようか?」


「にゃにゃにゃ? 吾輩の名前を付けてくれるのかニャン? 素敵な名前を付けて欲しいんだニャ!」


「ふむ……」


 俺は期待のこもった眼差しで見上げてくる黒猫のゴーレムの前で、腕組みしながら考え込む。だが、なかなか良い名前が浮かばないので、家族の皆に聞いてみることにした。


「うーん、みんなはどんな名前がいい?」


 俺の問いに、母ちゃんと父ちゃんが顔を見合わせる。


「そうだねぇ、やっぱり黒猫ちゃんだし、クロとかはどうだい?」


 うーん、無難ではあるが安直すぎる気がするな。一応保留ということにしておこう。


「じゃあ、タマとかはどうだろう? 猫だし、可愛いくていいんじゃないかな?」

 

 父ちゃんさぁ、その声でタマは駄目だろう。却下だ、却下。


「じゃあ次は私ね。えーと、ノワールとかはどうかな?」


「フランス語で黒、母ちゃんのクロと同じじゃねーか! カッコつけすぎの中二病すぎるから却下!」


「むか~! じゃあお兄ちゃんはもっといい名前考えられるの!?」


 雫が可愛らしく頰を膨らませながら、俺に迫ってきた。うーん、カッコいい猫の名前ねぇ……。


 そこで俺は閃いた。


「そうだな。尻尾が2本の猫又だから……猫間ねこま炭治郎たんじろうとかはどうだろうか!?」


「こぉぉ~~、猫の呼吸! 壱ノ型・猫爪斬り! って何を言わせるニャ! 危険すぎるネタはやめるニャン!」


 こいつ……随分ノリのいい猫だな……。


「それに吾輩はメスだニャン! もっと可愛らしい名前をお願いするニャ!」


 メスだったのかよ! 吾輩とかいうからオスかと思ってたぜ……。


「さっきから黙ってるけど、空は何かいい案ないのかよ?」


 俺はそれまでずっと黙って話を聞いていた弟に声をかける。すると、空はおずおずした様子でこう答えた。


「"ニオ"っていうのは……どうかな? ほら、尻尾が二本あるから、二尾のニオ」


「「「おおー……」」」


 空の思わぬセンスに、俺だけでなく母ちゃんと父ちゃんも感嘆の声を上げた。雫は自分の案が落とされたのを確信したのか、ちょっと悔しそうだ。


「いや、いいんじゃないか!? かわいくて、それでいてかっこいい! いい名前だぞ!」


「吾輩も気に入ったんだニャン!」


「よし! お前の名前は山田ニオだ。よろしくな、ニオ!」


「にゃにゃにゃにゃーーん! 吾輩は山田ニオだニャー! 皆よろしくだニャン!」


 黒猫ゴーレム改め山田ニオは嬉しそうに鳴いた。こうして俺達の新たな家族が誕生したのである。





「ところで、お前特技はなんだ? 魔女っぽい帽子を被っているが、何が出来る?」


 しばらく家族の皆でニオをモフり倒した後、俺は気になっていたことを聞いてみた。ガーディアンたるもの、やはり戦闘能力も重要だ。


 すると、ニオは体をくねらせながら、誇らしげに胸を張る。


「吾輩は光と闇の二属性の魔法を使うことが出来るニャン。二属性だけニャが、たぶんご主人と同等レベルくらいの能力はあると思うニャ」


「うおお! マジかよ!」


 俺は興奮のあまり、思わず叫んでいた。


 光魔法は邪悪な存在に大きな効果を発揮するし、神聖魔法ほどではないが、回復効果のある魔法ある。闇魔法は様々なデバフなど汎用性に長けており、強力な攻撃魔法も存在する。


「お兄ちゃん、それって凄いの?」


「すげぇよ! 二属性だけでも特級冒険者の俺と同等とか、使い魔としては規格外だ!」


 流石はトマリと同じ、シュプリーム・ゴーレムコアで生み出されたゴーレムなだけはある。これなら山田家のガーディアンとして申し分ないだろう。


「ふふん、それだけじゃないニャよ。吾輩には、実はもう一つとっておきの特技があるニャン」


 そう言ってニオはニヤリと不敵に笑い、二本の尻尾をユラユラと揺らし始める。


 俺達はゴクリと息を吞んだ。一体どんな特技を持っているというのだ? 期待に胸を膨らませながら、ニオの言葉を待つ。


「ニャンと! 人間と吾輩が合体することで、猫魔法少女になることが出来るニャン! 猫魔法少女になると、光と闇だけじゃニャくて、火、水、風、土の四属性の魔法まで使用できるんだニャーー!」


「「「な、なんだってーーっ!?」」」


 山田家の面々は驚愕のあまり、一斉に声を上げた。まさか人間とも合体できるゴーレムだったとは……!


 それにしても、闇と光だけじゃなく、火水風土の四属性も使えるとなると、どれだけの戦闘力になるのか想像もつかない。


「よし、じゃあ試しに俺と合体してみてくれよ」


 俺は好奇心を抑えきれず、そう提案した。だが、ニオは首を左右に振って答える。


「残念ながら……ご主人には無理だニャー。才能がなさ過ぎて、猫魔法少女にはなれそうにもないニャ」


「な、なんでだよ!」


 俺は特級冒険者で、異世界でも有数の魔法使いだぞ! 才能ならピカイチだろう!


「ご主人の魔法使いとしての実力は、たゆまぬ努力と、変態じみた魔力増強の鍛錬。そしてスキルとギフトによるものだニャン。先天性の才能は一般人以下だニャン。吾輩と合体できるのは、天性の才能を持った人間だけだニャ」


「……そ、そんな」


 俺は床に膝をつき、ガクリと項垂れる。


 いや、正直知ってたけどさぁ。そこまではっきり言わなくても良くない?


 それに変態じみた魔力増強の鍛錬ってなんだよ。魔力は枯渇寸前まで使い切ると、著しく成長するっていうだけで、別に他意はないからな? 死が迫るあの感覚が癖になってるとかじゃないからね? 本当だぞ!


「ぷぷぷ、お兄ちゃんじゃ合体は無理みたいだねー。さ、それじゃあ私が猫魔法少女になってあげようじゃにゃいか。ほらほら、ニャンニャン!」


 すると、俺の様子を見てニヤニヤと笑いながら、雫が猫魔法少女になろうとニオに歩み寄る。


 だが、そんな雫にもニオは申し訳なさそうに首を横に振った。


「妹君も無理っぽいニャー」


「な、なんでよーーっ!?」


 まさか断られると思っていなかったのか、雫は驚愕と怒りが混ざったような声を上げる。そして、ニオに掴み掛かろうとして飛びかかるも、素早くかわされてしまい、勢い余って盛大に転んでしまった。


「妹君は我が強すぎるニャー。吾輩と合体できるのは、吾輩を受け入れて、上手く調和できる人間だけなんだニャー」


「そ、そんなー……」


 雫はショックのあまり、床に手をついて項垂れた。


 ふん、ざまーねーな! 兄を馬鹿にするからこうなるんだよ。


「うーん、それじゃあ我が家に合体できそうな人間はいないんじゃないかい? 魔法少女っていうくらいだから年頃の少女だろう? 我が家には高雄くんと雫くらいしか年頃の娘はいないし……」


 父ちゃんが首を傾げながらそう呟いた。しかし、その言葉を聞いた母ちゃんがドヤ顔で立ち上がる。


「ふん、あたしはいつまでも少女の心を持ってるよ! あたしが魔法少女になってやろうじゃないかい!」


「ははは、おいおい……それは流石に無理がある――」


「うーん、母君ならなんとかいけそうな気がするニャー」


「「なんでだよ!?」」


 俺と雫は声を揃えてツッコミを入れる。俺と雫が駄目なのに、母ちゃんならなんとかなりそうって意味分からないんですけど!?


「でも、猫魔法少女になると、外見はほぼそのままでかわいい衣装に身を包んで、猫の耳と尻尾が生えるニャ。母君はそれでいいのかニャン?」


「……む、それは困るね。あたしもTPOは弁えてるさね。残念だけど、魔法少女になるのは諦めようかね」


 ふう、やれやれだ。しかし、これで我が家には猫魔法少女になれる存在はいないことがわかった。どんな感じか見たかったが、まあ仕方ないな。


「じゃあさ、試しに空が魔法少女になってみたら? あんたなら猫耳とか似合いそうじゃん」


 雫が意地の悪そうな笑みを浮かべながら空の肩をポンポン叩くと、空は嫌そうな顔をしながらその手を払った。


「やめてよ姉ちゃん。男の僕が魔法少女になれるわけない――」


「むむむ、弟君はかなり吾輩との相性が良さそうなんだニャン。なんか合体できそうな感じがするニャ!」


「「ええーーっ!!」」


 俺と雫はまたしても声を揃えて叫ぶ。


 なんでだよ! なんで俺と雫が駄目で、母ちゃんと空に魔法少女の適性があるんだよ! 普通に考えておかしいだろ!


「い、いや……待てよ。でも空だったら魔法少女……アリじゃね?」


「うん、ありでしょ。ささ、空、魔法少女になってみなよ」


 俺と雫はジリジリと空ににじり寄ろうとする。


 空も流石に身の危険を感じたのか、冷や汗を流しながら後退し始めた。そして、ダッシュでリビングから逃げ出してしまう。


「「待てーーっ」」


「うわーーーーん!! 誰か助けてーーっ!!」


 その後、俺達3人による追いかけっこが繰り広げられることとなった。


 結局、空があまりにも嫌がるので変身させるのはやめとなったが、俺と雫は絶対にいつか空を魔法少女にしてやると心に誓ったのだった。

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