第099話「3つの選択肢」
「本当にそれでいいのか?」
病室のベッドに横たわる委員長に向かって、俺は最後の確認をすると、彼女は迷うことなく首を縦に振った。
俺が彼女に提示した選択肢は3つ。
1.このまま元通りの生活に戻る。
2.エルドラドの学校に転校する。
3.アストラルディアに移住する。
このまま元通りの生活に戻る場合、俺や三上くんは全力で彼女をフォローするつもりだ。雫や他のクラスメイト達もきっと協力してくれだろう。
だが、それでも彼女は必ず好奇の目に晒される。俺達は彼女がとても優しくていい子だと知っているが、世間の人間はそうでないのだ。例え操られてただけだとしても、ネットの動画を見てしまった人間は、おかしな先入観を抱いてしまう。
もっと長い月日が経てば風化するかもしれないが、おそらく数年は尾を引くことになるだろう。高校生活、もしかしたら就職活動にも影響が出るかもしれない。
そして、エルドラドに転校する場合、遠い異国の地なので世間の目も多少は気にならなくなるかもしれない。しかし、今は良くも悪くもグローバルな時代なので、それでもやはり例の事件の影響は少なからず出てしまう可能性が高かった。
それに、今度は言語や生活環境の違いからくるストレスにも悩まされるはずだ。マイケル国王にサポートは頼むつもりだが、知り合いのいない環境で彼女の心が壊れないか心配だ。
だから、俺は彼女に最後の選択肢を用意したのだが……。
委員長が選んだのは、その3番目の選択肢――アストラルディアに移住するというものだった。
転移で人が運べるようになった俺は、ソレルの街の発展のために地球から移住してくれる人材を募集することにしたのだ。
その第一陣として、委員長にも一応声をかけてみたのだが、まさか彼女がOKしてくれるとは思いもしなかった。
「向こうには確かに委員長をおかしな目で見る人もいないだろうし、完全に一からスタートできるけど、ガラッと生活環境が変わるぜ? それに、一度アストラルディアに行ったら、永住するくらいの覚悟が必要になってくる」
帰ろうと思えば、俺がいる限り地球にはいつでも戻れる。
だが、アストラルディアは地球と時間の流れが違う。そこに移住するということは、地球との決別するくらいの覚悟が必要だ。
「いいの。どうせこっちには学校の皆と、養護施設でお世話になった先生達くらいしか知り合いはいないし……。それに、蒼嗣くんも一緒に行ってくれるって言ってくれたの」
俺は病室の壁際に立っていた三上くんに視線を向けると、彼は静かに頷いた。
「ソフィアさんが異世界人だって聞いた時は驚いたけど、色々納得できたよ。どうか、俺も陽依と一緒にアストラルディアに移住させてほしい」
そう言って三上くんは深々と頭を下げる。どうやら決意は固いようだ。
「蒼嗣くんと一緒なら、私はどこでだって大丈夫。……それに、ソフィアちゃんがお菓子屋さんを作ってくれるんでしょう?」
「ああ、俺の街に委員長のお店を作ってやるよ。もちろん、三上くんと一緒に住むための居住スペースも用意するぜ」
「……私、将来パティシエになるのが夢だったの。それがまさか、異世界で叶うなんて思ってもみなかった」
委員長は俺と三上くんの顔を交互に見つめ、嬉しそうに笑った。
「でも、確かに陽依はお菓子作りが得意だけど、いきなり店なんて任されて大丈夫なのか?」
「ふふふ……。そこは考えがあるから大丈夫だ」
三上くんが心配そうに尋ねてくるが、その辺は抜かりない。
実は、"並木野洋菓子店"の店主のおじさんを、スカウトすることに成功していたのだ。
アルトラルディアでは料理文化が発展しておらず、特にお菓子は碌な物がない。料理が得意なフィオナでも、お菓子作りは専門外だ。
なので、何とか異世界にお菓子文化を根付かせたいと、誰か頼れる人がいないかと探していた時に、彼のことを思い出したのだ。
北村によって、まだ何十年もローンが残っている店を破壊されてしまったおじさんは、店を畳むことも考えていたそうだが、俺がローンを全額返済し、更には新しい店も無料で用意すると言ったところ、俺の誘いに乗ってくれた。
条件は約2年の間、アストラルディアの委員長の店で、彼女にパティシエとしてのいろはを徹底的に教え込みながら、店長代理として働いてほしいというものだ。
その期間が終われば、晴れて元よりも豪華になった自分の店を俺がプレゼントするという契約である。
ちなみに、もし俺の街が気に入ったなら、そのままそっちに新店を作って永住してもらっても構わないというオプション付きだ。
これで委員長はパティシエの修行をしながら、異世界でお菓子屋さんを開くことができるというわけだ。
「並木野洋菓子店! 私あそこの店のシュークリーム食べたことある! 凄くおいしかった!」
「ああ、施設の先生が買ってきてくれたやつか。あれは確かに美味かったな。うん、あの店のおじさんに教われば、きっと陽依も立派なパティシエになれるさ」
三上くんはそう言って、委員長の頭を撫でる。
俺はそんな2人の様子を微笑ましく思いながらも、今後について話を進めることにした。
「ところで三上くんは、本当に委員長と一緒にアストラルディアに移住するってことでいいのか? 何かこっちでやりたいことがあったんじゃないのか?」
聞くところによると、三上くんは全国模試でも上位に入るくらいの勉強が出来るそうだし、将来は医者だか弁護士だかを目指していると聞いたことがある気がする。
すると三上くんは、苦笑いを浮かべながらポリポリと頰を搔いた。
「いやー、俺にそんな大層な志はないよ。ただお金を沢山稼げればいいなって思ってたくらいだし。それに……」
「それに?」
「実は俺、シミュレーションゲームとか大好きなんだ。特に街を大きくして、どんどん発展させていくとか……。ああいうやつ」
「ほう……!」
「ソフィアさんが異世界に街を作ってるって聞いてさ、すごく興味が湧いたんだ。異世界の街を自分の手で発展させていくなんて、最高に楽しそうじゃないか?」
俺も男の子の心を持っているから、三上くんの気持ちはとてもよく分かる。エヴァンに任せっきりではあるが、最初は何もなかった森に農場と街ができて、それがどんどん発展していく様子を見るのは心が躍るものだ。
なんとも意外な事実だったが、それなら話は早いかもしれない。
三上くんは非常に優秀だし、エヴァンがちょうど右腕となるような人材を探してたから、彼の元でソレルの街の発展に尽力してもらえるなら、俺としても願ったり叶ったりだ。
「ならば決まりだな。……では、まずこれを受け取ってくれ」
俺は次元収納から2冊の本と、音声データの入った再生機を取り出し、三上くんに手渡す。
「……これは?」
「俺の書いたルディア語の翻訳本と、アストラルディアについて説明した本、そしてリスニング教材だ。これである程度勉強してから、向こうに旅立った方がいいだろう。サポートはするけど、何も知識がない状態では苦労するかもしれないからな」
残念ながら、俺はどんな言語でも解せるようになるコンニャクは持っていないのだ。だから、向こうで生活するためには、最低限のルディア語をマスターしてもらわないといけない。
一応、翻訳魔法というのがあるにはあるのだが、これは一時間で効果が切れてしまう上に、会話だけで読み書きには対応していないので、長期に渡る滞在の場合、結局は勉強が必要となってくる。
「ええ……異世界って日本語が通じるんじゃないの?」
「そんな都合のいい話はないんだよなぁ……。てなわけで、頑張ってくれ」
俺は急にテンションの下がった委員長の頭をポンポンと叩くと、三上くんと顔を見合せて、くつくつと笑い合ったのだった。
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