第098話「事件の残した傷跡」

「ぎゅー! スリスリ……。怖かったなぁ、ごめんな。兄ちゃんが不甲斐ないばかりに、家族の皆に怖い思いをさせて……」


「だ、大丈夫だって兄ちゃん。僕は特に何もされてないから……」


「本当かぁ? 父ちゃんがあんな変質者みたいになって、わんわん泣いてたじゃないか」


「あ、あれはちょっとびっくりしただけだって……」


 俺はリビングのソファーに座り、膝の上に空を乗せて後ろからぎゅっと抱きつきながら、弟成分を補給していた。もちろん性的な意味は一切ない。純粋な家族のスキンシップだ。


 ……それにしても、空も結構大きくなったな。もう来年は中学生だもんな。まだ俺の方がちょっとだけ背が高いけど、この分だとすぐに追い抜かされそうだなぁ。


「に、兄ちゃん。それ以上はちょっと……。あの、何か変な感じになってくるから……」


「変な感じってなんだよー。そんなこと言う弟には、もっとスリスリしちゃうぞー」


 俺は空の可愛らしい顔に頬ずりをしながら、ついでに手足も絡めてさらに密着度を増す。俺の大きな胸や太ももが空の体に当たって、むにゅんと形を変えていた。


「……ちょっと! お兄ちゃんやめなって! 空が困ってるでしょ!」


 突如現れた雫が、俺を空からべりべりっと引きはがす。せっかく弟とスキンシップしてたのに……。


「あのさぁ……。空が同年代の彼女とか作れないようになったらどうすんの?」


「……彼女? 何で今そんな話になるんだ?」


 雫が意味不明なことを言ってきたので、思わず首を傾げる。


「こいつ……変なところで鈍感だよね。お兄ちゃんはさ、肉体は私達と赤の他人なんだから、もうちょっと気を使いなよ。空も嫌ならちゃんと拒否しないとダメだからね!」


「あ、赤の他人ってなんだよぉ……」


「あっ、いや! ちがっ! そうじゃなくてさぁ! ああ~、もう! とにかく! 家族だからってあんまりベタベタしないの!」


 赤の他人だなんて酷いこと言いやがって……。そんな意地悪する妹には――


「うりゃー! くっつき虫ー!」


「ぎにゃー!」


 俺は雫にがばっと抱き着いて、空の時と同じように、ほっぺをむぎゅーっと押しつけてやった。男の時だったら中3の妹にこんなことしたらセクハラだったが、今だったら全然セーフ。むしろ微笑ましい光景だろう。


「ちょ、離れろし! あー、もう! キモいんだけど!」


 雫も口では嫌がりつつも、顔はまんざらでもなさそうな感じだった。……やっぱり俺の弟と妹は最高にかわいいぜ。


 ……


 …………


 ………………

 

 しばらく弟と妹と戯れていたのだが、雫は友達と遊びに行くと言って出て行き、空も宿題をするといって自室に引っ込んでしまったので、俺はリビングでダラダラすることにする。


 今回の事件は、大いに反省するべき点があった。それは、莉音に言われた通り、俺がいくら強いとしても1人でできることには限界があるということだ。


 あまり己惚れたくはないが、俺が本気を出せば大抵のことは何とかなると思う。だが、自分は大丈夫だとしても、周りはどうだろうか。大切な家族や友達が再び悲劇に見舞われた時、果たして俺は颯爽と駆けつけることができるだろうか。


「何か対策を考えないといけないな……」


 もう二度と同じ過ちを繰り返さないためにも、俺はこれからのことについて考えを巡らせた。


《先日、並木野博物館に展示されていた暗黒龍バザルディンが突然動き出し、暴れ回ったという事件の続報です。探索者協会によると、ダンジョン産のアイテムを悪用した犯罪行為の可能性が高いとのことで、容疑者の少年の身柄を確保し、現在取り調べを行っている模様です》


 テレビではこの間の事件についてのニュースが流れているが、どうも情報統制がされているようで、真実は伏せられているみたいだ。


 ダンジョンの外でスキルを使用できることは、トップシークレットになっているので、例の事件は特殊なマジックアイテムを悪用した犯行として処理されているらしい。


《幸い死者は1人も出なかったようですが、並木野博物館周辺が壊滅的な被害を受けてしまったようで、政府はその対応に追われているようです。また、今回の件に関しましては、ダンジョン探索者を優遇してきた総理の責任を問う声もあるようですね》


《とはいっても、悪いのはアイテムを悪用したその少年でしょう? 変質者事件の犯人も彼だったようですし、このような悪質な犯罪を犯す人間は元々人格に問題があるんですよ。ダンジョン資源は、今や世界の経済を回す為に必要な資源となっていますから、総理を批判するのは見当違いかと……》


《ですが、LWDあたりも今回の事件をチャンスと捉えて、再び活動が活発になっているようです。この事件に触発されてテロでも起こされた日には、日本経済も大ダメージを……》


《それにしても、死者はおろか怪我人すら1人も出なかったのは凄いですね……。バザルディンを倒したのは例の回復魔法使い、シスター・ソフィアなのではないかと噂になっていますが……。彼女は一体何者なのでしょうね?》


 テレビの中では、コメンテーター達があれやこれやと議論している。俺のことも話題に出ているが、何とか正体はバレずに済んだようだ。


 ちなみに、LWD(Life Without Dungeons)とは、『ダンジョンなんて怪しい場所から産出された謎のエネルギーなど絶対に使うべきではない』と主張するダンジョン反対派の過激派のグループだ。


 今まで何度もテロ行為を行ってきた危険な集団で、海外では相当な被害が出ているらしい。日本人の犠牲者も何人か確認されている。


「お、西方またバズってんじゃん」


 スマホの方に目を遣ると、ネットのトレンドに"北村琢夢"や"ウニテレビ"と共に、"西方瑛佑"という名前が上がっているのが見えた。"シスター・ソフィア"というワードもあったような気がするが、それは見なかったことにしておく。


 スクロールしていくと、今回の事件についてのまとめサイトがあったので、ざっくり目を通してみる。



:この北村ってやつ西方のパーティのメンバーらしいじゃん

:もう追放されたらしいよ。それで自暴自棄になってあんな事件を起こしたのかもな

:こんな危険人物を放流した西方が一番悪い

:実は西方が黒幕なんじゃねw

:ありうるwwwあいつなんか胡散臭いイメージだしwww

:ウニテレビ無能すぎ。ちゃんとシスター・ソフィアの顔を映せよ

:体がエロ過ぎる。絶対顔もかわいい

:現場で見たやつによるとJCかJKくらいのめっちゃかわいい美少女だったらしいぞ

:てかあの娘ダンジョンの外で魔法使ってなかった? ガチの魔法少女とか?

:宇西アナ懲戒処分になったらしいな。シスターの邪魔しまくってたし当たり前か

:シスター・ソフィアの箒になりたい

:ところで、僕を貴方の奴隷にしてはいただけませんか? シスター・ソフィア

:北村の小説がなっちゃおうのランキング1位になってて草生えるんだがwww



「…………」


 半分くらいが俺の話題だった。そっとスマホの画面を消し、俺はソファーの上に寝転んだ。


 ネットでは西方があいつを追放したせいで自暴自棄になった北村が今回の凶行に及んだのではないか、なんて根も葉もない憶測が飛び交う結果になっている。


 実際は北村の勝手な暴走が原因であり、あんな危険人物を追放した西方の判断は、むしろ英断だったと思うのだが、世間はそんなことを知る由もないからな。


 そんなわけで、西方の評判は先日の立川ダンジョンの件でガタ落ちしたのが、今回の事件でさらに下がる結果になったというわけだ。


 そして、ウニテレビのアナウンサーのお姉さんは、事件現場で俺の邪魔をしたせいでネットで叩かれまくっていた。どうやら懲戒処分を受けたようだ。かわいそうだが、まあ正直かなり邪魔だったので、これは自業自得だろう。


「うわ……マジで北村の小説が『作家になっちゃおう』でランキング1位になってるじゃん……」


 北村の個人情報が書かれているサイトに、折角だからあいつが書いた小説のURLを貼ってやったのだが、犯罪者が書いた妄想丸出しのアホみたいな小説ということで見事にバズってしまい、何とランキング1位にまで昇ってしまったようだ。


 作中のメインヒロインであるお姫様が発したセリフ「ところで、私を貴方の奴隷にしてはいただけませんか?」は、ネットミームとなって広まり、最近はネタとして頻繁に使われているらしい。


 ちなみにこのセリフが放たれたのは、異世界に転移してきた北村がモデルの主人公とお姫様が初めて会話する場面なのだが、何の脈絡もなく唐突に主人公の奴隷にしてくれと姫が言いだす意味不明のシーンである。


 考察勢によると、とにかくヒロインを奴隷にしたかったが手段が思いつかなかったので、このような強引な形で自分の願望を表現したのではないかと言われている。


 ……こんな小説をただ読んだだけじゃなく、わざわざ考察までしてくれる人がいるとは、北村も異世界のゴキの巣の中できっと喜んでいることだろう。


「ま、そんなことは今はどうでもいい。それより、委員長の方が心配だな」


 委員長の傷は俺の回復魔法で完全に治ったが、ネットに拡散されてしまった動画は俺の力でもどうにもならない。


 すでに変質者事件の犯人は北村であったとの報道はされているが、映像の力というのはバカにできない。委員長は今後、好奇の目に晒されることになるのは間違いないだろう。


 彼女はこれから、一生あのデジタルタトゥーを背負って生きていかなければならないのだ。


「……俺には委員長に、いくつかの選択肢を提示してあげることはできる。けど、どう決断するかは彼女次第だ」


 俺はしばらく悩んだ後、スマホのアプリを起動して委員長に1通のメッセージを送った――。

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