第097話「秘密結社ナイトメア」★

「それでは、"秘密結社ナイトメア"の月例報告会を始めたいと思います」


 【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16818023212409115206


 円卓を囲む5人の男女。


 ベネチアンマスクのような仮面を被り、痴女のような卑猥なコスチュームに身を包んだ女性――いや、まだ少女と言うべきだろうか。


 彼女の言葉に、他の面々は無言で頷く。


「うん。それじゃあブリーフ仮面からお願いできるカナ?」


「はい、かしこまりました。首領閣下」


 首領と呼ばれた、白衣を着た紫の髪をした女性の言葉に、下半身に女性用のブルマー、顔に男物のブリーフを被った男――ブリーフ仮面は恭しく一礼をすると、立ち上がって報告を始めた。


「例の少年――北村琢夢は、私が想定していた以上に横行闊歩し、大量のダークエナジーを生み出しました。ですが、すでにWEAに捕獲され、死亡しているものと思われます」


 ブリーフ仮面は円卓の上に、ブルマーの中から取り出した結晶を置く。それは、どす黒い闇を凝縮したような球体だった。


「確かにかなりの量が集まったみたいだネ。ただ、ボクはああいった輩は嫌いだヨ。もうちょっと人選何とかならなかったノ? あれではまるで、彼に力を与えたボク達が悪役みたいじゃないカ」


 白衣の女性は、円卓に置かれたダークエナジーの結晶をコンコンと指で突きながら、不機嫌そうに呟く。


「悪役も何も、私達は悪の秘密結社だと思うのですが……。まあ、私も彼のような人間は理解できませんし、とても不愉快だったので、死んでくれて嬉しいですけれど」


「アナンネゲヴ。彼、君の知り合いじゃなかったっケ? 随分辛辣だネ」


 アナンネゲヴと呼ばれた仮面の少女の発言に、白衣の女性はどこか面白そうに笑う。


「知り合いというほどではありません。ただの顔見知り、それ以上でもそれ以下でもありません」


 彼女は心底不快そうに言うと、ブリーフ仮面へと向き直る。彼はそんなアナンネゲヴの視線に気づくと、肩を竦めて言葉を続けた。


「私だって彼のような人間は好きじゃないよ。全く美しさの欠片もないし、ブリーフも似合いそうにない。ただ、彼のような人間に力を与えることが、最もダークエナジーを集めやすいのも事実なんだよ」


「いつだってその力を使うのは人間自身だヨ。そして、力を手に入れた人間がやることなんて、大抵同じサ。醜いものダ。勝手に悪事を働いて、勝手に自滅すル。それが人間だヨ」


 人間の負の感情から生み出される、"ダークエナジー"と呼ばれるエネルギー。それを収集するために生み出された組織――それが、秘密結社ナイトメアだ。


「だから、ボク達はそんな彼らの周辺でダークエナジーを回収する作業に勤しむだけでいいんダ。ま、手早く回収できるならそれに越したことはないから、悪そうな奴がいたら魔力石を与えたり、適当な情報を教えてあげたり、それで生み出された多少の犠牲は見て見ぬ振りをするけどネ。そこはほら、僕達って悪の秘密結社だシ」


 白衣の女性はクスクスと笑いながら、仮面の少女に視線を向ける。


「とにかく、人間という生き物は、本質的に悪なんだヨ。ボクの持論だけどネ。まるで世界を滅ぼすために、ダークエナジーを生み出すがために存在してるようにすら思えル」


「うーん、本質的に悪……ですか? 善人もいると思うのですが……。私の元クラスメイトにも、とても善良な少年がいましたよ? まあ、悪意の塊によってその命を絶たれましたが……」


 アナンネゲヴはどこか悲しげな表情で呟く。そんな彼女の様子に、白衣の女性はふぅむ、と少し考える仕草を見せた。


「ああ、彼のことカナ? キミがどうしてもというから様子を見に行ったけど、少し遅かったネ。ただ、彼が命を落としたのは、別にキミのせいじゃないヨ。こんなことを言ってはなんだが、彼は元々死ぬ運命にあったんだろうネ」


「……死ぬ運命、ですか?」


「人類と魔王軍の戦いがあんな結末になったのも、ボクが今この場にいることも、あの時、彼があの場所で命を落とさなければ、おそらくあり得なかったはずなんダ。全ては繋がっているんダヨ」


「…………?」


 首領は時折わけの分からないことを言う。どこか納得いかないといった様子のアナンネゲヴだが、そんな彼女の反応を意に介さず、女性は話を続ける。


「ま、確かに彼のような真っ白で美しい心を持った人間は珍しいネ。今回の事件でも、あの子は全ての人間を助けようとしタ。だが、多くの人間は彼と同じ立場に立った場合、"苛立ち"や"悪意"なんて醜い感情を"大義名分"という名の仮面に隠して、助けられる民間人を平然と見捨てるものなのサ。むしろ正義の名のもとに、意気揚々と攻撃する者もいル。あの子は本当に稀有な存在ダ……」


 俯きながら「あの子なら、あるいは自力で天国へと至ることが――」と、ぶつぶつと呟く女性に、アナンネゲヴが声をかける。


「……首領?」


 その声にハッと我に返った白衣の女性は、こほんと一つ咳払いをすると、再び話始めた。


「とにかく、あの子は特別さ。力は時に人を狂わせル。人間という生き物は、例え善人と呼ばれるような者でも、心の奥底にはどす黒い闇を抱えていル。そうだね……例えばの話だけド」


 そう言って白衣の女性は、円卓を囲む一同を見渡す。


「うん、シンプルなのがいいネ。もし君達が"時間を止める能力"を手に入れたとしたら、まず初めに何をしたいカナ? おっと、熟考してはダメダヨ? ぱっと頭に浮かんだことでお願いネ」


 唐突な質問。だが、それに対して円卓を囲む者達は即座に口を開いた。


 まず最初に答えたのは、ブリーフ仮面だった。


「私なら男子にはブリーフを、女子にはブルマーを穿かせますね。それ以外にすることなんて思い浮かびません」


 次に答えたのは、アナンネゲヴだ。


「うーん、私なら気に入らない相手のスマホから個人情報を抜き取ったり、バックドアを仕掛けたりして、有事の際に備えますね」


「ふむ、君はどう思ウ? ミスター・オルパクトレイアン」


 白衣の女性が、今度は馬の被り物をした男に問う。


 彼はその馬のマスクの下から、若い青年のような明るい声で答えた。


「俺なら当然ギャンブルに使いますね! 時間を止められたら、もうやりたい放題っスよ!」


「なるほド。……どうでもいいけど、キミ、名前長くなイ? もう少し短くならなイ?」


「何言ってるんっスか首領! 本当はセントライトもシンザンもルドルフも8頭全部入れたかったんっスよ! これでもめっちゃ短くした方っス!!」


「そ、ソウ……。それにしても、キミ達……悪の組織の幹部のくせに、何かやることがショボくないかナ?」


 呆れる白衣の女性に、幹部達は皆、心外そうな表情を浮かべる。


 その様子を見て、彼女はやれやれといった様子で溜め息を吐いた。


「はぁ……、とにかくだ。今キミ達が口にしたものも含めて、人間という生き物は、力を得た時に最初に思い浮かぶ行為が"悪行"なんだヨ。普段善良だと言われている人間ですら、ちょっとしたいたずら程度かもしれないが、どちらかといえば悪と言われる部類の行動を思い浮かべル。いくらでも善行に使えそうな力だというのにねネ」


「なるほど、言われてみればそうかもしれませんな。この爺、目から鱗が落ちた思いですぞ。まあ、今の能力であったら大抵の男はスケベなことばかり考えそうですが、確かにそれもダークエナジーが取れそうな悪行ですな! カハハハ!」


 首領の指摘に、円卓を囲む幹部の1人――天狗のお面を被った老人が愉快そうに笑う。


 だが、それに対して円卓に肘をついた白衣の女性は、どこか冷めた口調でこう返した。


「いずれにせよ、人々の悪意によって、いずれこの世界は滅ぶだろうとボクは考えてるんダ。だから、その前にダークエナジーを可能な限り回収して、目的を達成したいんダヨ」


「首領の目的って、エルドラドのダンジョンの最下層にあるとされてる、異世界へ繋がる扉を開くことですよね?」


「うん、アナンネゲヴ。君には以前説明したと思うガ、異世界とは少し違うネ。ここやアストラルディアより、もっと上の世界へ繋がる扉さ。ボクは"天国への扉"と呼んでいル」


「首領のやることはギャンブルよりももっと面白そうだから協力は惜しまないっスけど、天上の世界なんて本当にあるんっスか?」


「ある。間違いなくあるヨ。君達は、この世界にダンジョンが突然出現して、不思議な力を使えるようになった原因をどう考えているのカナ? まるでゲームのようだと感じたことはないかイ?」


 彼女の指摘に、幹部達が顔を見合わせる。


 確かに、この世界にダンジョンが現れた原因は未だに解明されていない。だが、最初は不思議に思っていた彼らも、今ではすっかり慣れてしまい、特に気にする者もいなくなっていた。


「ボクは、長い……長い月日の果てに、ついにこの世界の真実に辿り着いたんだヨ。それは――」


 彼女が語る内容はあまりに荒唐無稽なものだったが、彼らの首領はこれまで一度も嘘をついたことはない。だからこそ、円卓を囲む幹部達は彼女の言葉を疑うことなく耳を傾ける。


 やがて、彼女の語りが終わると、しばしの静寂が部屋を包み込んだ。


「――と、いうわけでダ。"天国への扉"を開くためには、大量のエネルギーが必要なんダ。場所はわかってても現状では開くことができないからネ。もっとダークエナジーを集める必要があル。その為にもキミ達の力が必要なんダ」


 彼女はそう言うと席から立ち上がり、円卓を取り囲む幹部達を見渡した。


「キミ達の協力によってダークエナジーは順調に集まっていル。そう遠くない未来、ボクの夢は叶うだろウ。だから皆、これからもよろしく頼むヨ!」


「「「はっ!」」」


 首領である白衣の女性が宣言すると同時に、円卓に集った幹部達も一斉に立ち上がって敬礼する。


 それを見て満足そうに頷くと、彼女は円卓の上に置かれたカップを手に取り、中に入った紅茶を口に含んだ。


「それじゃあ、報告会の続きを始めよウ。次はミスター・オルパクトレイアン、よろしく頼ム」


「はいっス。俺の潜入してるLWDは、北村の事件を大義名分に大規模なテロ活動を画策しているみたいっス! これはまた大量のダークエナジーが期待できるんじゃないっスかね?」


「LWDらしいネ。まあ、彼らは知らないだろうけど、ダンジョン資源は使わない方がいい、という彼らの主張はあながち間違いでもないんだけどネ……」


 白衣の女性は苦笑しながらそう言うと、カップを置いて今度は天狗のお面を被った老人に視線を移す。


「黒羽鴉、キミの方はどうカナ?」


「ほほほ。ワシはまあ、いつも通りですな。首領閣下の言う通り、悪巧みしている連中の背中をそっと押す程度ですわい。それでも十分過ぎるくらい、ダークエナジーが手に入りますがな!」


「うん、いつも助かってるヨ。引き続きお願いネ。それじゃあ次はアナンネゲヴ、よろしく頼むヨ」


「はい、私もいつも通りです。Aランク探索者――西方にしかた瑛佑えいすけの傍に張り付いています。彼は多くのダークエナジーを生み出すので、非常に効率良く集めることができています」


「よろしい、引き続き頼むヨ。では次は――――」


 ……


 …………


 ………………


 やがて報告会は終わりを告げ、円卓に集っていた者達は次々と立ち上がる。そして最後に残ったのは、首領である白衣の女性とアナンネゲヴだけだった。


「首領、そういえばムーンリーファさんがいらっしゃいませんでしたが、どうしたのですか?」


 ムーンリーファとは、円卓を囲む幹部の1人であり、2人しかいない女性幹部ということで、アナンネゲヴが姉のように慕っている人物だ。


 だが、彼女は今日この場に姿を見せていなかった。アナンネゲヴがそれを尋ねると、白衣の女性は困ったように首を横に振った。


「ムーンリーファは……退職したんだヨ」


「ええ!? 何でですかっ!?」


「どうも彼氏ができたらしイ……。それで、こんな痴女みたいな恰好をして暗躍するのは嫌になった、と言われてネ……」


「ええぇ……、そんな理由で大恩ある首領の元を去るなんて……」


 アナンネゲヴは、ムーンリーファの決断に心底ショックを受けた様子で肩を落とす。それを見た白衣の女性が、宥めるように彼女の頭を撫でた。


「キミも、嫌になったらいつでも辞めていいんだヨ。キミは悪の組織にいるには、少し純粋すぎるかラ」


「……私はどこまでも先生についていくつもりです。先生は、私の恩人であり、母親みたいな存在ですから。例え何があろうと、ずっとお傍にいます」


「やれやれ……。人類は滅ぶだろうと言ったけど、それはずっと先の話だヨ。キミもムーンリーファみたいに、普通の女の子として人生を謳歌して欲しいんだけどネ」


 秘密結社ナイトメアには、2種類の幹部がいる。

 

 首領である彼女に大きな恩があり、自ら望んで彼女の下に付いた者と、単純に金銭や、面白そう、といった理由で彼女に協力している者達だ。


 アナンネゲヴやムーンリーファ、黒羽鴉は前者であり、ミスター・オルパクトレイアンやブリーフ仮面は後者に該当する。だが、彼らは皆、首領のことを心の底から敬愛していた。


「まあ、この変な恰好は正直ちょっと遠慮したいですけど、私は今の環境を十分満足していますよ」


「変な恰好とは何だイ? 悪の組織たるもの、こうでなくてはいけないんダ。アニメをいっぱい見て勉強したからボクは詳しいんダ。ブリーフ仮面だって喜んでやってるヨ?」


「あの人は根っからの変態ですから!? 一緒にしないでくださいっ!」


 アナンネゲヴはそう言って、ぷりぷりと怒ってしまう。その様子を見て、白衣の女性は楽しそうに笑った。


「フフフ、まあキミの人生だから好きにしたらいいサ。……さて、ボクはこれから面接をしないといけないから、そろそろ失礼するヨ」


「……あ、もう求人出してたんですね」


「うん。結構応募があってネ」


「拘束時間短いですし、福利厚生もしっかりしてますもんね。なのにお給料は結構高いですし、その上ボーナスまで出ますからね。……仕事内容は、悪の組織ですけど」


 円卓の上に置かれた求人広告を目にして、アナンネゲヴはしみじみと呟く。悪の組織とは思えないほどのホワイトっぷりに、思わず苦笑してしまう。


「ふむ……せっかくだし、キミも面接官をやってみるかイ? 何事も経験は大事だヨ」


「……うーん、そうですね。それじゃ、私もご一緒させてもらいます!」


 アナンネゲヴは元気よくそう言うと、椅子から立ち上がった。そして、彼女は白衣の女性の後に続き、面接会場へと向かうのだった――。

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