第095話「異世界ハーレムをありがとう」

【能力名】

転移 → 転移・改


【詳細】

脳内で明確にイメージできる場所であれば、どれほどの距離や空間を隔てていても、一瞬で移動することができる能力。ただし、他の生物はおろか、あらゆる物体を持って行くことはできず、自らの肉体のみでないと能力が発動しない。また、能力の発動には1時間の精神集中が必要。

脳内で明確にイメージできる場所であれば、どれほどの距離や空間を隔てていても、一瞬で移動することができる能力。右手に握りしめた物体も一緒に転移可能だが、自分を含めて、合計で自らの体積の3倍未満のものしか転移できず、生物の場合は全裸でないと能力が発動しない。また、能力の発動には20分の精神集中が必要。


 強化しますか? ――【YES/NO】




 俺は強化の書を手に取ると、転移を選択して【YES】のボタンを押した。


 すると、本は発光し、やがて光の粒子となって俺の体内に吸い込まれるように消えていった。同時に、俺の頭の中には新たな力が宿ったという感覚があった。


「どうやら、無事【転移】を強化できたようだな」


 北村の魂を異世界に連れて行こうと次元収納の中に入れようとしたら、魂は生物扱いになるのか収納できなかったのだ。インテリジェンスウェポンは収納できるのに、純粋な霊魂はダメという謎仕様である。


 なので、結局転移を強化せざるをえなかったのだが……。まあ、どの道転移が強化の第一候補だったし、結果的にはこれでよかったのだろう。


「よし、じゃあ早速こいつを異世界に連れて行ってやりますか!」


 服を脱いで全裸になると、テーブルの上でカタカタ震えている壺を右手に持って、精神集中を始める。


 この壺は"封魔の壺"というマジックアイテムで、弱った魔物を封印することができるものだ。この中に入れられた魔物は、封印が解かれるまで決して出ることは叶わず、特殊能力を使うこともできなくなる。


 目を瞑って、ソレルの街の自宅を強くイメージする。


 すると、やがて俺の体は右手に持った壺と共に淡い光に包まれ始めた――。




◇◇◇




「あら? 今回は随分と早かったわね。もう戻ってきたの?」


 転移して早々、リビングへ顔を出すと、俺に気づいたフィオナが怪訝そうな顔で尋ねてきた。


「ええ、ちょっと用事があって。それよりフィオナ、王都ミルテのバザーってまだやってます?」


「……えーと、確か今日までだったはずよ。用事があるなら早く行った方がいいんじゃない?」


「分かりました。それじゃあ行ってきますね!」


 俺はフィオナに礼を言うと、玄関から外へ飛び出し、魔女の箒に跨って一気に空へと舞い上がった。



 全力で空を飛ぶこと数分、王都ミルテのバザー会場である、中央広場の上空へと辿りついた俺は、ゆっくりと降下し地上へ降り立った。


 もう片付け始めている店もちらほら見られる。急がなければ……。


 バザーの隅にある、見世物小屋の集まるエリアに足を運ぶ。人混みをかき分けて進みながら、一番奥にある場所へと真っ直ぐに向かった。


 目的地に到着すると、フードを目深に被った男が店の前で暇そうに欠伸をしていた。相変わらず閑古鳥が鳴いている様子だ。


「……おや? 君は確か……。また私のゴキちゃんを見物に来たのですか?」


「いえ、今日は見物ではなくて……。実は、売っていただけないかとお願いに来たのです」


「何と!? 私のゴキちゃんを、よもや君のような可憐な少女が買いに来るとは! 今日は何と素晴らしい日だ!」


 男は感激のあまり涙を流しながら、俺の手を握ってブンブンと振り回す。相変わらずテンションが高い人だ……。


「それで……買うにあたって、そのオスのゴキリオンについてもっと詳しくお聞きしたいのですが……」


「いいですとも! いいですとも! さあ、まずはこのゴキちゃんのイケメンっぷりから見てもらいましょうか!」


 店主は大喜びでケージのカバーを勢いよく外すと、檻の中にいたゴキリオンを俺に見せてきた。カサカサと高速で這い回る、巨大な黒茶色の物体を目の当たりにした瞬間、全身に鳥肌が立つ。


 わかっていたはずだが、やはり何度見ても気持ち悪いな……。


「前にも説明しましたが、オスのゴキちゃんは千匹に一匹の割合で現れる希少種なのです!」


「……それって、何だか男女比のひどく偏ったハーレム世界みたいですよね」


「ハーレム! まさにその通り! そして、このゴキちゃんは体に白い部分が多いでしょう? これはゴキちゃんの中では相当イケメンの証なのです! つまりはハーレム王にもなれる器なのですよ!」


「そうですか……。それで、オスのゴキリオンの一生ってどんな感じなんですか?」


 俺が尋ねると、彼は待ってましたとばかりに満面の笑みを浮かべ、胸を張って蘊蓄うんちくを語り始めた。


「オスのゴキちゃんは、その生涯をずっと巣の中で過ごすと言われてますな。働く必要も一切なし! メスが全てをやってくれます! まさに男にとって天国なのです!」


「巣の中で一生を、ですか? 嫌になって逃げ出すオスとかはいないのですか?」


「ふむ、そんなハーレムから逃げ出すゴキちゃんはいないと思いますが……。もし逃げ出すようなオスがいたとしても、メスが許さないでしょうな。貴重な遺伝子を残すため、オスの逃亡は決して許さないでしょう!」


「……へ~、それは怖いですね……」


「ゴキリオンは子供でも倒せるような最弱の魔物ですが、その中でもオスはメスに比べて一回り小さい上に、力も弱いのです。まさに生殖に特化して進化した存在というわけですな。なのでどうあがいてもメスから逃げることは不可能なのですよ!」


「なるほど……。ハーレムの中でしか生きていけない、悲しい生き物というわけですか……」


「ですが、ゴキちゃんにとっては幸せだと思いますよ? なんせ食っちゃ寝して、一日中メスと交尾だけしていればいいのですから。しかもオスのゴキちゃんの寿命は100年以上と長く、その間ずっと数え切れないメス達と酒池肉林のハーレム生活を送れるのです! おお! 同じ男として羨ましい限りですな!」


「それは……確かに幸せそうですね」


「そうでしょう! こんな感じで、オスのゴキちゃんはまさに勝ち組チート野郎と言っても過言じゃないのです! どうです?  購入意欲が湧きましたかな!?」


「ええ、それはもう」


「それは良かった! さ、それでは早速お値段の交渉に移りましょうか!」


 店主は商売人の顔になると、前回よりも少し高めの値段を提示してきた。だが、俺は迷わず首を縦に振って、提示された金額を支払う。


 ホクホク顔で金を懐に入れた男は、丁寧にゴキリオンの入ったケージを梱包し、俺に手渡してきた。



 ――これで全ての準備が完了した。



 俺は店主に礼を言うと、ケージを魔女の箒に括り付けてバザー会場を後にする。目指すは大陸の東に浮かぶ"黒い島"だ。





 箒に乗ること数十分、ついに俺は"黒い島"の上空に到着した。


 浮遊しながら島の様子を上空から眺めると、大量のゴキリオンが徘徊するおぞましい光景が視界に飛び込んでくる。一刻も早くここから離れたいという気持ちを抑えながら、俺は右手に持った壺の封印を解除した。


《ぶはぁぁぁぁーー! や、山田ぁぁ! この僕をよくもこんな所に閉じ込めてくれたなぁ!?》


 壺から解放されるなり、北村の霊体は早速悪態をついて暴れ始めた。俺は霊体を右手で鷲掴みにして黙らせると、にっこりと微笑みかける。


「おいおい、せっかく念願の異世界に連れてきてやったのに、その態度はないんじゃないか?」


《なにっ! 異世界だと!?》


「ほら、あれを見ろよ」


 俺が上空を指差すと、北村の霊体もそちらへ視線を向ける。すると、ちょうど俺達の頭上を、黄金に輝く巨大なドラゴンが羽ばたいて通っていく姿が目に入った。


 ――原初の魔物の1体である、"皇龍ウルリカナリヴァ"だ。


 温厚な性格と、高い知能、そして強大な戦闘力を持つ、この異世界アストラルディア最強のドラゴンである。俺もこんな間近で見るのは初めてだが、何とも美しい姿だ。


《うおぉぉー! す、凄い! 本当に異世界なのか!?》


 北村の霊体が興奮した様子で騒ぎ出す。ウルリカナリヴァはこちらをチラリと見ると、まるで挨拶でもするかのように小さく鳴いて、そのまま飛び去っていった。


《おい、山田! 異世界に連れてきてくれたのは嬉しいが、僕の体はどうするんだ? このままじゃ何もできないぞ! 美少女ハーレムだって、作れないじゃないか!》


「まあ慌てるなよ。ほら、こいつを見てみろよ」


 俺は魔女の箒に括り付けてあったケージのカバーを外すと、中に入っていたゴキリオンを北村の霊体に見せ付けた。


《ぎゃぁぁぁぁーー! 何だこいつは! き、気持ち悪いぃぃ!?》


「気持ち悪いとかいうなよぉ~。これから長い……長い付き合いになるんだからさぁ~」


 グイっと右手で、霊体をケージの中へ押し込んでやる。北村の霊体は悲鳴を上げながら、ゴキリオンから距離を取ろうと必死に暴れ回る。


《や、やめろぉぉー! ぼ、僕は! こいつだけは! 生理的に受け付けないんだよぉぉぉお!!》


「……へぇ~、そいつは重畳」


 次元収納の中から魂剝刀を取り出すと、カサカサと動き回るゴキリオンの首にそっと当てる。


 そのまま刀身を押し込むと、ゴキリオンの魂は――ずるり、と体から引き剥がされ、空中に浮遊する。同時にその体はピクリとも動かなくなった。


「すまんな……。何の罪もないイケゴキよ。来世はイケメンにでも生まれ変わって、ハーレムでも築いてくれ」


 俺はそう呟くと、空中で浮遊しているゴキリオンの魂を、ホーリーライトで昇天させた。


 刀を見ると、先程まで禍々しい魔力を放っていた刀身が、今はただの古びたガラクタのように成り果てている。どうやらオルガテの魔力が尽きたらしい。もうこの刀には、何の力も残ってはいないだろう。


《お、お前……。さっきから何をやってるんだ!》


 ケージの中で喚いている北村の霊体に、俺は天使のような笑みを浮かべて語り掛ける。


「お前を父ちゃんの体から剥がすのにも使っただろう? 魂剝刀だよ。これで魂を剥がした肉体は空っぽになるから、その中には違う魂を入れることができるんだ。例え憑依の能力がなくても、別の生物に永久憑依することが可能なんだぜ?」


《お、おい……。ま、まさか……》


 これまでずっと余裕の表情を崩さなかった北村の霊体が、初めて焦りの色を見せた。俺はそんな霊体をがしりと掴むと、空っぽになったイケゴキの体の前へと持って行く。


「こいつは魔虫ゴキリオンと呼ばれる魔物でな? ゴキリオンのメスとオスの割合は1000:1なんだってよ。それで、こいつはその珍しいオスのゴキリオンってわけ。しかも体に白い部分が多いだろ? これはゴキの中ではイケメンの証らしくてさ、まさに顔面チートのハーレム野郎ってわけだ。なあ……北村。お前異世界ハーレムを望んでいたよな?」


《や、やまだぁぁぁぁ! お、お前狂ってるのか!? そんなことが許されるわけないだろうが! 人としての心はないのかぁぁぁ!?》


「お前は自らの欲望の為に肉体を捨てて、霊魂だけの存在になった。つまり、お前はもう人間じゃない、悪霊みたいなもんだろ? 悪霊相手なら別に何やってもいいんだよ。悪霊に人権なんてあると思うか?」


《や、やめろぉぉ! わ、わかった! と、特別だ、特別にお前も僕のハーレムに加えてやってもいいぞ! 本当は元男なんて御免だが、顔と身体は極上だから、特別に――》


 俺は奴の言葉を途中で遮って、イケゴキの体に押し当ててやる。すると、まるで吸い込まれるかのように、北村の霊体はイケゴキの体内にスゥーと消えていった。


 しばらくすると、死んだように動かなかったイケゴキが、突然手足をバタバタと動かし始める。そしてケージの中を縦横無尽に駆け回り始めた。


「うわ! 気持ちわるっ! めっちゃ変な動きしてんじゃん!」


《!!!! !? !? !!》


「悪い、ゴキの言葉はわからないんだ。さ、念願の異世界転生を果たすことができたぞ。あとは美少女達とハーレムを築くだけだな!」


 人間の俺から見たら全部気持ち悪いゴキだが、あんなにわんさかとメスがいるのなら、たぶん美少女もいるだろ。……知らんけど。


《!!!!》


 さあ、行ってこい! これからお前の新たな人――いや、ゴキ生の幕開けだ!


 俺は黒い島の中央上空で制止すると、ゆっくりと箒からケージを取り外し――そのまま地面へと放り投げた。



「異世界ハーレムッ!! あぁぁぁぁぁぁりがとうございますっっ!!」



 俺の叫びと共にケージは落下していく。まるで運命に祝福されたかのように――何千、何万のメスのゴキリオンの住む場所へと。


 地面にぶつかった衝撃で、ケージの蓋が外れる。中から飛び出た北村――いや、ゴキタムラは、必死にその手足をバタバタと動かしていた。


 だが、次の瞬間――数百にも及ぶ大量のメスのゴキリオンが一斉に北村に襲いかかり、あっという間に取り込んでしまう。


 それはまるでこの世の地獄だった。こうやって遠くから見ているだけでも、全身に鳥肌が立って、吐き気が込み上げてくる。


「新しい生を存分に楽しんでくれよ。今後数百年に渡るハーレム生活の始まりだ!」


 俺は上空からしばらく悪魔の饗宴を見物したあと、大陸へと戻るべくゆっくりと箒を発進させたのだった――。

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