第092話「暗黒龍バザルディン」
「ドレスチェンジ! "天衣五宝"其の三――"慈愛の聖衣"!」
光と共に、シスター服に似た聖なる衣が俺の体を包み込む。そして、続けざまに両手に魔力を込めて、迫り来るブレスに向かって手のひらを突き出した。
「神聖なる光よ! 邪悪なる闇を浄化せよ――"セイクリッド・ハンド"!」
俺の両手に眩い閃光が収束し、巨大な光の手となってバザルディンのブレスを押し返す。すると、たちまち漆黒のブレスは白い光に浄化されていき、跡形もなく消え去った。
『ば、馬鹿なッ! 僕の最強ブレスが、ヒロインでもないただのモブメスガキに防がれただとぉ!?』
「まさかそれでおしまいですか? 最強チート主人公の力とやらは」
さっきは不意打ちだったから少し驚いたが、慈愛の聖衣を装備した俺の防御魔法なら、バザルディンのブレスだろうと問題なく防げる。
確かに結構な破壊力だし、世界探索者ランキングの上位にいるアリスでも、倒すのに苦労したというのは納得だが、所詮は地球のモンスター。この程度で最強チートなんて名乗られては堪らない。
「さて、もういい加減あの世に行く時間ですよ。トールハンマーでその巨体、木っ端微塵に吹っ飛ばして――」
「うお! バザルディンが動いてんじゃん! なにこれ! 動画撮っちゃお!」
「すげー! これ本物? テレビの撮影? どうやって動かしてんだ!?」
《並木野博物館から生中継でお送りしています! 博物館に展示されていた、暗黒龍バザルディンの剥製が、なんと動いています! ご覧下さい、この圧倒的な存在感と威圧感! 街を破壊しながら進撃するバザルディンの姿は、まるで映画の中に迷い込んでしまったかのようです!》
トールハンマーを放とうとした瞬間、野次馬やテレビのレポーターが、バザルディンにカメラを向けて、呑気に撮影を始めていた。
俺はその能天気な連中に向かって、空中から大声で叫ぶ。
「みなさーーんっ! 危ないので、早く逃げてくださーーいっ!」
しかし、その行動が裏目に出たのか、俺の声に気付いた人々が一斉にスマホをこっちに向けて、パシャパシャとシャッターを切り始める。
「シスターが箒に乗って空を飛んでるぞ!」
「しかもあの子めっちゃ可愛くね?」
「これはSNSにアップしたらぜってーバズるぞ! 動画だ、動画撮れ!」
《箒に乗った美少女シスターが暗黒龍バザルディンと戦っております! 彼女は一体何者なのでしょうか! 神の使者か! はたまた新たなる魔法少女の登場か! この中継はウニテレビが独占でお送りしております!》
おいぃぃぃ! 日本人! 危機感どうなってんだよっ! さっさと逃げろやこのアホ共! お前らそんなんじゃ異世界行ったら秒で死ぬぞ!
『うるさいぁ、ゴミ共が! 注目するなら僕だけにしとけよッ!』
北村はそんな野次馬の声に対して、苛ついたように叫ぶと、巨大な尻尾を薙ぎ払うように振り回す。
「"ホーリーシールド"!」
咄嗟に障壁魔法を使って、人々を保護するように展開した。
すると、バザルディンの尻尾によって、近くの建物が一瞬にして粉砕され、ガラスやコンクリートの破片が広範囲に飛び散るが、何とか人為的な被害は防ぐことが出来た。
「ああっ! 私の店が! パティシエになって苦節二十年……ようやく持てた私の城がぁぁ!」
北村の尻尾によって破壊されてしまった建物の前で、店主らしき男性が悲痛な叫び声を上げていた。看板には"並木野洋菓子店"と書かれている。確か、最近テレビでも紹介されていた人気店だった筈だ。
そんな店主のおじさんに向かって、バザルディンは容赦なく巨大な足を振り上げる。
「光の結界よ、悪しき者を封じる牢獄となれ――"ホーリープリズン"!」
『ぐぬぅ! 何だこれはぁ!』
バザルディンの巨体を、眩い光で構成された半透明の結界が包み込み拘束する。だが、北村が必死に足掻く度、ビキビキッと音を立てながら結界は軋み、僅かに亀裂が入り始めた。
流石に長くは持たないか……!
「おじさん! 今のうちに避難してください!」
「……あ、ああ! すまないシスターちゃん、恩に着る!」
パティシエのおじさんは俺にお礼を言うと、破壊された店を一瞥したあと、一目散に走り去っていった。
《シスターの不思議な力によって、バザルディンが拘束されました! ですが、バザルディンも負けじと力ずくで拘束から抜け出そうとしています! 凄い、凄い! これは世紀の決戦になるぞぉ! 実況はわたくし、ウニテレビの
興奮気味に実況しているアナウンサーの声が響き渡り、人々は足を止めて俺達の戦いを見入っていた。野次馬が次々とスマホを向けてきては、写真や動画を撮影している。
くっ! トールハンマーで仕留めたいが、ホーリープリズンを使いながらでは、魔力を溜めるのが難しい! ホーリープリズンが破られれば、今度は民間人が犠牲になる。一体どうしたら……。
溜めのいらない魔法以外で攻撃をするか?
……よし、ならばこれでどうだ!
「
左手に保管されていた能力を、右腕から解放して発動する。
「――――カマイタチ!」
天道皇児のスキル――カマイタチ。風の刃を飛ばして、敵を切り刻むというシンプルな能力だが、俺クラスともなれば、その威力は並の風魔法を遥かに凌ぐ。
俺の右腕から放たれた巨大な風の刃は、空気を切り裂きながらバザルディンの首へ一直線へと迫り――
――ザンッ!
鮮血と共に、その身体と首を一刀両断した。
《や、やりました! シスターの一撃によって、バザルディンが首の切断されました! 最強の暗黒龍を倒すとは、驚きの戦闘力です! その美しき容姿も相まって、まさに戦場の聖女! 皆様、どうかこのシスターに温かい拍手をお願い致します!》
「「「うおおぉぉーーーーっ!」」」
アナウンサーの実況と共に、見物人から歓声が沸き起こった。彼らは、バザルディンの首が宙を舞う光景や、空中を旋回する俺を撮影しながら大騒ぎをしている。
だが、その歓声をかき消すかのように、凄まじい咆哮が響き渡った。
『ガアアアアーーーーッ! 痛いだろうがぁぁ! このクソメスガキがぁぁ!』
首無しのバザルディンの体が、むくり、と起き上がったかと思うと、一瞬にして胴体から首が生えてきた。そして、怒りに任せて俺を睨みつけながらホーリープリズンを破壊して、その巨体を空に浮かべる。
『くたばれクソビッチが! 僕のヒロインにもなれないモブの分際で、最強チートの僕をコケにした罪を思い知れぇぇーーっ!』
北村は、そう叫びながら再び巨大な口を開き、漆黒のブレスを吐き出した。
「"セイクリッド・ハンド"!」
俺は再び光の手を展開して、ブレスを受け止める。だが、先ほどの一撃よりも明らかに威力が上がっていた。かき消すことは出来たが、その衝撃で辺りの建物が破壊され、瓦礫が宙を舞う。
「"ウインドバリア"!」
地面にいる人々に向かって高速で風の防御魔法を飛ばし、降り注ぐ瓦礫から守る。その様子を、彼らはまるでアトラクションでも楽しんでいるかのように、歓喜の声を上げながら撮影を続けていた。
くそ! 場所が悪すぎる!
普通に戦ったら負けはしないものの、こうも民間人が近くにいては本気を出せない。それに、バザルディンは超再生能力を持っているので、生半可なダメージを与えてもすぐに回復されてしまう。
「あー! もう! 面倒くさいですね!」
こうなったら仕方がない。人命が最優先だ。街への被害は多少覚悟して、ちょっと乱暴だがあれをやってしまおう。
俺は空中を旋回しながらビルの屋上に立つと、魔女の箒を次元収納にしまって、両手を大きく広げながら叫んだ。
「ドレスチェンジ! "
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます