第091話「最強の器」★
「光よ、悪しき者を穿つ槍となれ――"ホーリーランス"!」
俺の右手から放たれた白く輝く光槍が、北村の霊体目掛けて一直線に飛んでいく。
だが、奴は近くを飛んでいたカラスの体を乗っ取り、空中を旋回して光の槍を回避すると、そのまま背を向けて逃げ出した。
「デカい口叩いて、結局やることは逃亡か! 往生際が悪いんだよ!」
《ふふん! そう言ってられるのも今の内さ!》
北村はカラスを操って、ビルの間を縫うように飛行していく。
俺は、魔女の箒でそれを追跡しながら、ファイアボールを放って攻撃を仕掛けるが、奴はそれを器用に避けながら、逃亡を続ける。
《下手くそだなぁ~! そんなんじゃ当たらないよぉ~!》
くそっ! 魔素のない地球で、魔女の箒に乗りながらの魔法行使は難易度が高すぎる! もっと飛行の練習をしておけば良かった……。
……いや、そうか。箒を操作しながらだから難しいんだ。だったら……!
「風よ、空を駆ける力を我に――"ウインドボール"」
空を飛びながら、前方に空気の塊を放ち、それに飛び乗ると同時に一度魔女の箒を次元収納に仕舞う。そして、ウインドボールを蹴って宙を舞いながら、北村に向かってファイアボールを放った。
魔女の箒を操作しながらじゃないので、先程とは比べ物にならないほどの精度と威力で、炎の弾丸が奴に迫る。
《ぎゃあああーーっ! あちちちちーーっ!》
ファイアボールが命中した北村の憑依したカラスは、激しい炎に包まれて地面に落ちていったが、北村はその前に、カラスから離脱して逃れていた。
俺は再び魔女の箒に跨り、北村の追跡を再開する。もう近くに鳥などの飛行生物は見当たらない。このまま追いかければ、すぐ奴に追いつけるはずだ。
だが、その時だった――
《お邪魔しますよ~!》
北村はビルの窓を掃除していた、清掃員のおじさんの体を乗っ取ると、安全ベルトを外して、空中にダイブしたのだ!
「……! ふざけんなよお前ぇぇ!」
イカレてんのかあいつは! 人の命を何だと思ってやがんだ!
「え? え? う、うわぁぁぁぁぁああああああーーっ!」
北村はすぐにおじさんの体から抜け出し、再び逃走を始める。突如、空中に投げ出されたおじさんは、わけも分からずに悲鳴を上げながら、真っ逆さまに落ちていく。
俺は急いで魔女の箒を旋回させて、おじさんを空中でキャッチしすると、彼をビルの非常階段にゆっくりと降ろした。
「……あ、ありがとう! 君は一体……?」
「すみません! 急いでるので!」
困惑しながらお礼の言葉を述べるおじさんを置き去りにして、俺は即座に北村の後を追いかけた。
「くそっ! もうあんな遠くまで逃げてやがる!」
俺がおじさんを助けているうちに、また新たなカラスに憑依した北村は、既にかなり離れた上空を飛行していた。
魔女の箒を加速させながら、俺はファイアボールを乱射して北村を追い立てようとするが、奴も飛行に慣れてきたのか、なかなか当たる気配がない。
北村はただ闇雲に逃げ続けている訳ではなく、どこか目的地が決まっているかのような動きをしている。何か良からぬことを考えているのは間違いなさそうだ。
「あいつ、どこに向かってるんだ?」
段々と並木野市の中心に近づいている。人通りも増えてきたし、誰かに憑依して逃亡を図るつもりなのか?
「させるかよ! 炎の矢よ、敵を穿て――"フレイムアロー"!」
《ブフフーッ! もうそんな攻撃完全に見切ったもんね! いくら攻撃しても無駄無駄――――ゴヒュアッ!?》
北村が俺を煽るような口調で、フレイムアローを避けたその瞬間――奴の憑依しているカラスの首が吹っ飛んだ。
「フレイムアローの中に、不可視のウインドカッターを混ぜておいた。……何を完全に見切ったって? キモデブ野郎」
俺はそのまま飛行の勢いを緩めず、カラスから命からがら抜け出した、北村の霊体に向かって箒を加速させる。
《コフーッ! コフーッ……! 口の悪い女だなぁ……! 結構かわいいから、僕の奴隷ヒロイン候補にしてやろうと思ってたけど、やっぱりやめだ! 僕はクソ生意気な女と、俺っ娘は大嫌いなんだよぉ! ヒロインってのは、おしとやかで、男を立てる主人公に従順な女じゃなきゃダメなんだよ! お前みたいなクソビッチはヒロイン失格だぁーーッ!》
「お前みたいなクソ野郎に嫌われて光栄だよ。それじゃあ、あの世に行く時間だ」
北村の霊体は大きな建物の上空で静止している。もう奴との距離は十分に詰まっていた。そろそろ決着をつけさせてもらおう。
《げひゃひゃひゃーーっ! 何で僕がわざわざ、自分の能力を懇切丁寧に説明してあげたと思う? それはさ、僕は絶対に負けないからだ! 始末されるのは君の方なんだよ!》
北村はそう言うと、右手を大きく掲げて、何やら光る球体のようなものを作り始めた。同時に、半透明だった奴の体が、さらに薄くなっていく。
……まだ何か隠し玉を持っていたのか? だが、どんな攻撃だろうと、憑依に類するスキルであるなら、俺には通用しない。
俺は"メンタルガード"という、精神攻撃を自動で防御するギフトを持っているので、憑依だけでなく、催眠、洗脳、魅了などの精神攻撃系の能力は一切効かないのだ。
いや、一切というのは語弊があった。"メンタルガード"は魔力を使って発動させているので、俺の魔力を上回る強力な精神攻撃は、防げない可能性がある。
だが、ギフトやスキルというのは、本人の性格や性質に合ったものが発現しやすい。そして、精神攻撃系の能力を発現する人間は、得てして自己中心的で、努力を嫌う、傲慢で怠惰な性格の者が多いのだ。
そういった奴らが、俺の膨大な魔力を上回れる可能性は低く、実際に今まで、俺が"メンタルガード"の自動防御を突破された例は無い。
《僕はずっとこの場所に向かっていたんだよぉ! さあ、目覚めよ! 主人公の僕にふさわしい機体よ、今ここに顕現せよ!》
北村は天に向かってそう叫ぶと、右手で作り出した光る球体を、下の建物に向かって投げつけた。
「何をっ!?」
マズい! 迎撃しなくては! 駄目だ、この位置からじゃ、攻撃を当てるのは間に合わない!
いや、落ち着け。奴の能力は憑依だ。例え進化したとしても、攻撃系の能力ではないだろう。それに、あいつだって無意味に建物を崩壊させるような真似はしないはず。
俺の推測通り、球体は建物にぶつかっても爆散するようなことはなく、天井をすり抜けて、そのまま中に入っていった。
だが、その直後――何やら大きな衝撃音が響き、建物が軋み始め、凄まじい揺れが起こる。
「……これは!? お前は憑依以外のスキルは持っていないはず!」
《くふふふふ! その通り。確かに僕は憑依以外のスキルは持ってないよぉ? だから、今のはただ、僕の霊体を分断して作った分身体を、放り投げただけさ。この場所には、僕にふさわしい最強の器が眠っているからね!》
建物の中から、大きな破壊音が響き、壁や天井が崩れ始めた。人々の悲鳴が響き渡り、辺りは大パニックに陥る。
「――――!?」
その時、突如建物の天井を突き破って、凄まじい速度で黒い壊光線のようなものが、俺に向かって飛来してきた。
「光よ! 我が身を守る盾となれ! ――"ホーリーシールド"!」
――ドゴオオォオオン!
間一髪、とっさに光盾を展開し、敵の攻撃を防ぐ――が、想像以上の威力に、俺は大きく後方に吹き飛ばされ、ビルの壁に激しく叩きつけられてしまう。
「――ぐぅっ!?」
壁にめり込んだ体を、何とか引き剝がすと、再び魔女の箒に乗って、宙に浮いて姿勢を安定させる。そして、すぐに壊光線の飛んで来た方を見ると――
『GYAAAAAAAAAAAッ!』
そこには、禍々しいオーラを放つ、巨大な黒龍の姿があった。
全長は30メートル以上あるだろうか。全身は黒光りする鱗で覆われており、凶悪な爪や鋭い牙を持ち、血のように真っ赤な目が爛々と輝いている。
黒龍は建物から這い出すと、こちらを威嚇するように大きな口を広げて、咆哮を上げた。
「……ここは並木野博物館か!? まさか、あのモンスターは!」
《来たか、主人公機よ! さあ、発進だ!》
北村の霊体は、吸い込まれるようにその黒龍の体へと入っていった。すると、その体からドス黒いオーラが立ち上り、辺り一面に瘴気を撒き散らす。
『ブフフフフッ! どうだ! 世界探索者ランキング第2位! レベルもMAXと言われている、あのアリス・アークライトが仲間と共に必死になって戦って、やっと倒した最強のモンスター、"暗黒龍バザルディン"だ! ダンジョンの外でこいつに勝てる人間が、果たしてこの地球上に存在するかな!?』
【挿絵】
https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16818023212086966450
逃げ惑う人々で、大混乱に陥っている並木野市の街中を、バザルディンはゆっくりと移動する。それだけで、地面が揺れ、建物は倒壊し、大惨事になっていた。
「やめろ! 街の人達を巻き込むな!」
『ふん! モブ共がいくら死のうが、主人公の僕とヒロインさえ無事なら何も問題ないんだよ! それが世界の真理だ! くひゃひゃひゃ!』
もはや、奴には何を言っても無駄か。これ以上被害が出ないように、さっさとこいつを片付けるしかない。
『警察も! 特殊能力対策部隊も! 主人公である僕を理不尽に迫害するゴミ共も! 全て消し飛ばしてやる! そして、その後にゆっくりと新たなる肉体を探し、美少女奴隷によるハーレムを築き上げるんだ! その第一歩として、まずはお前から殺してやるよ!』
不気味な笑い声を上げながら、北村の乗り移ったバザルディンは、大きく息を吸い込んだ。
『さあ、身の程知らずのクソ生意気なメスガキめ! 最強チート主人公の力! とくと味わうがいいーーッ!』
北村の叫び声と共に、バザルディンの口から漆黒のブレスが放たれる。俺は、迫り来る闇の奔流を見据えながら、首元のチョーカーに魔力を込めた。
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