第090話「進化するクズ」
「ここだな……」
多田野さんが、前方のビルを指差しながら言った。
そこは、いくつものテナントが入っている雑居ビルで、どうやらここの5階から北村の気配を感じるという。
「ネットカフェみたいですね。こんなところに潜んでたんですか……」
「ま、ここなら袋のネズミでしょ。彼、憑依以外は大したことないんでしょ? 憑依はソフィアさんのホーリープロテクションで防げるみたいだし、後はもう捕らえるだけだね」
莉音は自信たっぷりにそう言うと、先頭に立ってビルの中に入っていく。俺達もその後に続いた。
「もし、俺達以外の奴らに取り付いて、人質にでもされたらどうする?」
「あー、俺が回復魔法使えますんで、取り付かれた人を片っ端から気絶させるとか、ある程度乱暴に対応してもらってもいいですよ。即死でもしない限り治せるんで」
「私も死んでなければ治せるよ~」
へー。ユニークスキル持ちっていってたけど、莉音さんも回復系か? いや、でも回復魔法使いは、この世界では聖女と巫女姫しかいなかったはずだけど……。
と、そんなことを考えているうちに、俺達はビルの5階まで到着した。
そして、ネットカフェの店舗に足を踏み入れた瞬間――
「うらぁああーーっ!」
怒号と共に、包丁を構えた店員と思わしき男が、こちらに突進してきた。俺はそれをひらりと躱し、足払いをかけて男を転倒させる。
「ほいっ!」
「ぐぇっ!」
男は受け身を取ることもできずに、床に勢いよく倒れ込み、後頭部を強く打って気絶してしまったようだ。
霊視を発動させると、男の中から小太りの男の霊体が現れ、慌てた様子で奥のブースへと逃げていく様子が窺えた。
「一番奥のブースに逃げました! 莉音さん、お願いします!」
「お任せあれっ!」
大きなたんこぶを作って気絶している店員に回復魔法をかけつつそう叫ぶと、莉音は即座に北村の霊体を追いかけてブースへと飛び込んだ。同時に、ブースの中から男の悲鳴が聞こえてくる。
気絶している店員を近くにあったソファーに座らせて、俺達は莉音の後を追うようにブースへ足を踏み入れた。
すると、そこには彼女の金鞭によって拘束され、宙吊りにされた北村の姿があった。
「くっ、くそぉぉ! お前らWEAの特殊能力対策部隊かぁ! この僕にこんな事をして、ただで済むと思ってるのかぁっ! 僕を誰だと思ってるんだ!?」
こんな状況になっても、北村は偉そうに喚き散らしている。その様子を見て、莉音は呆れたように溜め息を吐いた。
「誰ってただの犯罪者でしょ? よくもあれだけの事をしておいて、偉そうにしてられるねー。どんだけ面の皮が厚いんだか」
「犯罪だって? 僕が何をしたっていうんだ! 僕は、理不尽に僕を虐げてきたこの世界を、正してやってるだけだ! 僕がやることこそが正義の行いであり、僕の邪魔をするお前らこそが悪なんだよっ!」
唾を飛ばしながらそう主張する北村に、多田野さんは冷たい目を向けた。
「駄目だこいつ……。完全に妄想の中で生きてやがる……。さっさと魔力石を回収しようぜ、そうなりゃスキルを使えないこいつは、ただのデブだ」
そう言って多田野さんが、北村の首にかかっているネックレス型の魔力石に手を伸ばした、その時――
「うおおおおおーーーーっ!」
北村の雄叫びと共に、魔力石が眩い光を放ち始めた。
そして、その光が収まった時――――北村はガクンと項垂れ、糸の切れた人形のように動かなくなった。魔力石は色を失い、白に近い灰色になっている。どうやら魔力を使い果たしたようだ。
「ソフィアさん! 憑依を使われた! 北村の霊体はどこに!?」
莉音の緊迫した声に、俺は咄嗟に霊視を発動させて、北村の霊体を探す。すると、奴がブースの壁をすり抜けて、どこかへ逃げていくのが見えた。
「ちょっと待て! 本体が拘束されているのに、何で奴は霊体になって逃げたんだ? 霊体になっても、本体から遠くまで離れられないし、魔力が切れたら強制的に本体に戻されるはずだから、意味ねーだろ!」
多田野さんが、困惑したようにそう叫ぶ。
確かに北村の憑依は強力だが、射程距離や制限時間がある上に、あまり本体から離れすぎると死んでしまうというデメリットがある。
だから、彼の言う通り、本体が拘束された状態で、霊体だけ逃げる意味なんてないはずなんだが……。
「とにかく追いかけます! 多田野さんと莉音さんは北村の本体をこのまま見張っていてください!」
急いでビルから飛び出すと、北村の霊体は空を飛んで逃げていくところだった。
俺は即座にビルの側面を蹴って空中に飛び上がると、次元収納から魔女の箒を取り出し、それに乗って追跡を始める。
《お、お前はあの時の! 僕の霊体が見えるし触れるおっぱいちゃん! 空まで飛べるのか!? くそぉっ!》
「大人しく投降しろ! それ以上本体から離れると死ぬぞ!」
北村の霊体からは、糸のようなものが伸びており、本体から遠ざかる度に、それがどんどん細くなっていくのが見て取れた。
このまま本体から離れすぎると、それは千切れて、奴の肉体は死んでしまう。それは俺がクラスメイトだった時に、北村本人から聞いた話なので間違いないはずだ。
しかし、北村の霊体は、そんな俺の言葉など無視して、なおも必死に逃げていく。
そして――遂に北村の身体は限界を迎えてしまったのか、その糸はブツリと切れて消えてしまった。
「やれやれ……こんな呆気ない結末かよ……」
あれだけやりたい放題振る舞っていた男の最期が、まさか本体から離れすぎたことによる、自殺にも等しい終わり方とはな。何ともやるせない気分になるぜ……。
ポケットの中のスマホが震えたので確認すると、莉音からだった。
《ソフィアさん! 北村容疑者の体が心停止したの! おそらくもう死亡してると思う! 一体どうなってるの!?》
「霊体が本体から離れすぎたことによる、肉体の死亡と思われます。もう放っておいても、霊体の方も魔力が切れた時点で消滅すると思いますが、一応俺がトドメを刺して――」
そこまで言いかけたところで、北村の霊体が突然、眩い光を放ち始めた。先程とは比べ物にならないほどの魔力が、奴の霊体から放出されているのが分かる。
《ソフィアさん、どうしたの!?》
「すみません! また後で掛け直します! 北村の本体の方は、よろしくお願いします!」
《え!? ちょっと!》
俺は莉音に一方的にそう言うと、通話を切り、スマホをポケットに放り込んだ。そして、そのまま魔女の箒の出力を上げて、一気に北村のもとへと向かっていく。
《おおっ! 凄い! 力が溢れてくる! あははははっ!》
「どういうことだ? 霊体が完全に肉体と切り離されれば、後は死を待つのみのはずじゃないのかっ!?」
北村の正面5メートル程の位置で、静止した俺は、警戒しながら奴の様子を窺う。
《ふんっ! クラスの奴らから、僕の能力の詳細を聞いたのか? おしゃべりな奴らだなぁ……。でも、情報が古いね! 僕は進化したんだ!》
「……進化?」
《ああ、そうだ! レベルが大幅に上がったことにより、スキルも新たな段階へと進化を遂げたんだ! 今までは、肉体から伸びる糸が切れれば死ぬだけだったが、進化を果たしたことで、糸が切れた瞬間、死ぬまでに使うはずだった残りのエネルギー全てを、霊体に集約することが出来るようになったのさ!》
北村は興奮した様子のまま、高らかに笑い続けている。
「確かに普通の人間にしては凄い魔力だが……。肉体が死んで、戻る場所がなくなってしまったのなら意味ないだろ? 肉体から離れて霊体のまま行動をするのには、大量のエネルギーを消費するし、それだけの魔力があっても、もって数日程度のはず。消滅する前に誰かに憑依しまくって好き放題するつもりか?」
俺がそう問いかけると、北村はニタリと醜悪な笑みを浮かべた。
《くくくく……。それだけじゃないんだなぁ~~これが! 僕はさ、この形態になると、一度だけ"完全憑依"が使えるようになるんだよね。そして、完全憑依をすれば、そいつの肉体を完全に乗っ取って、自分のものにすることができるんだよ!》
「なんだって!?」
《ほら、僕って魂はまさに主人公って感じの才能の塊だけど、肉体はフツメンだろ? だから、いずれ僕に相応しい器に乗り換えようと、考えてたんだよね。それを、警察やお前らWEAの特殊能力対策部隊がさぁ、僕を犯罪者扱いして、理不尽に居場所も奪うから、ここらで古い肉体は捨てて、新しい器を見繕うことにしたんだ!》
そう言って北村は、下卑た笑い声を上げた。
そのあまりにも自己中心的で、他人を道具か何かとしか思っていないような発言に、俺は激しい怒りを覚える。
こいつを野放しにしては駄目だ……。このクソ野郎は、ここで確実に消滅させなければならない!
《くくく……さあて、誰に乗り移ろうかなぁ! やっぱイケメンかな? いや、将来有望な子供の方がいいかな? ブフフフ! 美人の母ちゃんや姉ちゃんのいるショタなんかも、最高だろうなぁ!》
「べらべらと自分の能力の説明ありがとよ。大層な計画を立てているところ悪いが、お前の野望はここで終わりだ。今すぐに俺が地獄に送ってやる!」
《ブヒヒッ! やれるものならやってみろぉーーっ!》
俺は右手に魔力を集め、凝縮させる。そして、それを一気に北村の霊体に向けて解き放った――。
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